◇ディティック・ベル(儀式まで残り五日)
ディティック・ベルが目を覚ました時、そこは牢屋だった。さっきまで、実験場の施設に潜入していた、と思ったのだが、記憶が曖昧だ。今は何時なのか。外を見ようとした。白い天井は同じだが、壁には冷たい鉄格子が並んでいる。向こうには確かに時計があるが、もう夜遅いらしかった。丸一日、気絶していた、ということなのか。
確か……目的だった♡♡♡恋娘と遭遇して、同時にこう、もっと凄いものとも遭遇を……。
「ベルっち! ベルっち!! 大丈夫っすか!?」
「え? あぁ、うん……うっ……あ、ごめん、ちょっと怪我したくらいかな」
「あぁ……!! ベルっちの瑠璃色の脳細胞が!!」
「常にラズリーヌのことばっかり考えてるみたいになってる!?」
恐らく何かの破片でも当たったのか、側頭部が少し切れて血が出ていた。出血そのものは止まっていて、そう深刻なものではない。それよりも深刻なのはラズリーヌの方だった。
「……ちょっと待って。ラズリーヌ、それ大丈夫なの!? 大丈夫じゃないでしょう、せめて包帯を」
「あーそうっすか? あたしはまだ平気っすよ」
「いや、こんなに血が……! 私なんかよりずっと酷いじゃないか」
背中に残る大きな斬撃の跡に、手足にも傷が明らかについている。せめていくつかは楽になるようにと、ディティック・ベルは付着した血を拭いてやり、応急処置のセットから包帯を引っ張り出す。持ち歩いていてよかった。応急の応急でしかないが、気休めにはなるだろう。
「ん、しみるっす」
「ちょっと我慢してよ」
「ねえ」
「わっ!?」
「包帯、こっちにももらえる? 縫って処置はしたけど、見た目が酷くて」
声を掛けられて初めて気がついたが、メルンとメルン・チックのふたりも同じ牢屋に入れられていた。メルン・チックの方の怪我は、ラズリーヌ同様に目立つものの、動けないほどではない。酷いのはメルンだった。彼女の片脚は、太腿の途中から失われている。傷口は縫ってありまだ繕われているが、その衝撃は大きいのか、彼女はすすり泣いていた。
「目が覚めてからずっとこの調子。全く! 魔法の義足の技師くらい探してあげるし。探せば手足生やせる魔法少女くらい見つかるわよ。なんだったら……私がこいつらのぬいぐるみ直すのにお世話になってる生体技師を紹介しましょうか」
「ひぐっ……ぐすっ……うぅっ……違う……違うのっ……」
「じゃあ何よ!? どうしろって言うの!?」
「どうしたも、こうしたも、全部駄目……ここで終わり! 見たでしょ!? あんなのにやられて! もう勝てっこない! みんなここで死ぬんだよ!!」
「ッ……」
何も言えなかった。事実、こちら側で唯一まともに戦えるラズリーヌでさえ、こうして牢屋に囚われている。そして誰も死にもしていないということは、加減をして制圧した上で、今すぐ殺さなくてもいいと判断されたということ。現状、冷静になればなるほど、勝ちの目はない。あのラズリーヌでさえ言葉に詰まっている。
「……助けは、呼べ、るわけないか」
端末を慌てて起動したが、そこに映し出されるのは謎の『ヴィヴィチャンネル』という動画だった。画面の中では、ヴィリースがくだらないことをしている動画がずっと流れていた。妨害電波だろうか。ラズリーヌのも、メルン・チックのも、メルンのも、どれも試して結果は同じ。自棄になったメルンが端末を投げ捨て、床に叩きつけた。まるでそれを合図にしたかのように、画面が切り替わる。
『ヴィヴィ、チャンネル〜。どう? クラシカルな牢屋に入れられてみた気分は』
「……最悪よ!! 出しなさい!!」
『はい無理〜。恋娘ちゃん! 例のやつ持ってきて』
牢屋の向こう、鉄格子の外で、通路の扉が開いた。現れるのは、言葉の通り恋娘だ。相変わらず頭上でハートマークが点滅している。病んだ目でぶつぶつ喋りながら現れてくるあたり、まともな状態ではないのが明らかだ。そして彼女は何かを引き連れてきている。下部につけられたキャスターがガラガラと音を立てながら、両側には培養槽、中央には謎めいた装置、まるで謎の機械が持ち込まれる。そして左右の培養槽には、初めて見る魔法少女と、メルン・チックが引き連れていた魔女風の魔法少女、ふたりの遺体がそれぞれ収められていた。当然、メルン・チックは憤り、鉄格子に向かって叫びながら掴みかかる。すると鉄格子にかけられた魔法のせいか、弾かれて、うめき声とともに壁に叩きつけられていた。
「大丈夫っすか!」
「えぇ……平気よこれくらい。こう見えて、コスチュームの中に綿が詰まってるもの」
口では気丈だが、あれが元々大事な仲間だったものだというのなら、好き勝手されて気分のいいものなわけがない。ディティック・ベルでさえ、既に@娘々がああなっていることに不快感を覚えざるを得ない。ヴィリースはこれが見せたかったのか。画面の中から再び声がする。
『恋娘ちゃん、やっちゃって』
「はい、アル、です」
『まず電源レバーを上げるでしょ? それからぁ』
ヴィリースがひとつひとつ指示を出して、恋娘が機械を操作していく。その通りに動き出して、培養槽の中が激しく回転し、青い電流が走り、中身が見えなくなる。今度はモニターの表示が変わった。魔法少女ふたり、『ミス・マーガリート』と『ドッチウィッチ』の名前が表示されると、それらの全体像が分解され、重ね合わされていく。
『データ照合、統合、認証、成功。いいよ、即興の電磁融合式だけど、いけそう……そう……うん……』
機械が激しく揺れる。やがて培養槽がふたつ、伸びてきた新たなコードによって接続され、何かが流れ込み、何かが抽出されてゆく。やがて不可思議なシルエットが生成された。ふたりの魔法少女を丁度重ね合わせたかのような姿。貴婦人然としたようであり、魔女のようであり、あしらわれた孔雀の目玉模様は交通標識へと置き換わり、手にした武器はこれもまた道路標識のついたレイピア。データの嵐の中から現れたそれは、恋娘と同じように、魔法少女たちの存在が重なり合ったものであった。
『よし……完成……っと』
「なっ……なによこれ、なんのつもり、なんなのよ!?」
『何って……あぁ。そうだなあ。名前は、えーと、ドッチウィッチに、ミス・マーガリートだから……「ドッチ・ガ・リッチ」! でどうかな! ハァイ、聞こえるかいドッチ・ガ・リッチ!』
新たに生み出された合体魔法少女は、ゆっくりと顔を上げた。
『今日からお前も私、虚ろの電影ヴィリースの合体魔法少女兵団だ! 返事は!?』
「…………はい」
『キャラ付けは、うーん、どうしよっかなー、うーん、思いつくまで保留しとこっかなー』
ぶつん、と画面が切れる。ブラックアウトした画面ではなく、今度は現実世界に影が現れる。恋娘とドッチ・ガ・リッチ、両方の肩に腕を置き、両手に合体魔法少女、状態のまま、ヴィリースは気取ってみせた。
『というわけさ。どう? 何がしたいのかは理解してくれた?』
「……最低っすね」
『2代目ちゃんにそう言われるとさすがにショックだなァ。でもめげない、七大悪魔だから』
「魔法少女の死体を合体なんて……意味がわかんない! なんで! なんで!? わかった、私たちも、そうするつもりなのかっ」
『察しがいいね! でも今日のところはいいネーミングもキャラ付けも思いつかないから。ここまでにしておこうかな! それじゃあ! 面白かったらチャンネル登録よろしくね!』
「ッ……ふざけないで……なんなの……なんなのよ! あんたは!!」
『だからヴィリースだってば……はぁ〜! この返し、気持ちいい〜! 没キャラにされなくてよかった! ね、読者も嬉しいよね! こんな楽しいヴィリースが、このお話に出てきてくれてさ!』
ヴィリースはケラケラ笑った後、装置の上にどっかり乗って、ふたりの合体魔法少女に押させて装置ごと去っていった。ガラガラという音がどんどん遠ざかる。メルン・チックの怒りは収まらない。今度は彼女が端末を投げて叩きつけ、黒いままだった画面がまたくだらない動画の連続に戻ってしまった。
「……おふたりとも。いいですか」
「なによ。何もできない私を笑いたいわけ?」
「違います、協力を」
「協力したって意味無いよ。あいつらのきまぐれで! 死ぬんだよ! 死んだらあんなふうに玩具にされる! あぁ、やだ、やだっ、やだぁ!!」
「いえ、ですから」
「何が合体魔法少女よ。何が悪魔よ、何がッ……」
「あの!」
「嫌……死にたくないぃ……」
「……話を!! 聞いて!!!」
ここが牢獄だということも今この時だけは忘れて、思いっきり声を出した。恐怖も怒りも今はいらない。冷静に、方法を探したい。それだけは見失うべきじゃないはずだ。
「ベルっち、でも、何をどうするっすか?」
「助けを呼びます」
「できるの!?」
「……賭けというか、ヴィリースがそこまで万能ではないことを祈ることになりますが」
「やりましょう、やらなきゃ、ほら! 立つわよ、肩!」
「う……無理だよ……そんなの……」
「今すぐ死にたい!? それとも足掻いてから死にたい!? 私は足掻いてから死んでやるわ!」
地団駄を踏みながら叫ぶメルン・チック。すっかり怯えたメルンに肩を貸し、身長差からアンバランスになりながらも、話は聞いてくれそうだ。ディティック・ベルは呼吸を整えた。
「少し……待ってください。私の魔法を使います」
そうしてディティック・ベルは、壁に顔を寄せ、そしてそのまま口づけをした。壁の冷たさが唇を冷やす。すると、口を離した時、壁面にカートゥーン調の若い男性の顔が浮き上がってくる。ディティック・ベルの魔法は壁と対話するというものだ。普段なら情報収集に使うものだが、今回は違う。
「やあ! どうしたのかな!」
「口の中に入れて貰えませんか?」
したいのは壁の中という空間の確保だった。壁の顔は大きく口を開け、その内側に空間ができる。そこに、まずはメルン・チック、彼女が操る残されたぬいぐるみであるゴム・マーリーを入れてもらった。マーリーには魔法を使わせる。ゴム毬の魔法は、ゴム毬を当然生み出せる。そのサイズは、自分を包み込むこともできるわけだ。壁の顔の口蓋に沿うように膨らんだゴム毬。その中に、メルンと一緒に入ってもらう。
「今更何をしろっていうの」
「できたら、外の電波の位相を反転させていただければ」
「それができたらこんなところにいない」
「でしたらできる限り強めの電波をとにかく発射してください」
指示された通りに動くメルン。肩を貸されたまま、頭頂部のアンテナを輝かせ、電波を発射する。そしてこのゴム毬の中は、外から電波は入ってこない。吸収もされないまま跳ね回った電波が、加速した上でひとつになり、外に出ようとしていた。
「これで……すみません、ゴム毬の形を変えてもらってもいいでしょうか」
「いいわよ。なんでも」
「ありがとうございます。これで……外に叩きつければ……そう、ほとんど再現できてるはず……お願い、繋がって……!!」
メルンの頭のアンテナに端末を近づける。そして、うまくできそうな場所を探した。今度はヴィリースのチャンネルではなく、砂嵐が映る。つまり、ヴィリースの妨害電波を消すことは出来ている。あとは!
「……助けて、と、実験場の廃墟……今だ!」
どうにか繋がっていることに賭けて、連絡先を持つ魔法少女たちをとにかく適当にでも選んで、一斉に送るボタンを押した。どれかひとつでも届いたらどうにかなってくれるはず。自分たちにできる残る行為は、やはり祈るしかない。祈って、そして、返事は案外とすぐだった。はね起きるように端末を確認した。
「……まだ、わからないよ、私たち」
画面には自分のメッセージと、その傍らについた『既読』の文字。やり取りをしている相手の部分には──『ファル』と、そう書かれていた。