◇ファル(儀式まで残り四日)
突然ディティック・ベルから届いたメッセージは『実験場の廃棄されたはずの施設で悪漢に囚われている』……という内容だった。発信された座標はファルならば簡単に解析できる。一斉に送信しているであろう文面で、誤字が目立つあたり、事態は急を要するのだろう。
実験場の問題は即ちオスク派の問題だ。スノーホワイトが恩情により、処刑ではなく追放を選んだ実験場の暗部が、未だ晴れず蠢いていると考えるのが自然である。オスク派としてはこれを晴らさなければならない。ならない、のだが。
『ハムエル! 姫様に取り次いでほしいぽん!!』
今、ファルはスノーホワイトの傍にいることすらできていなかった。これは魔法使いたちの『現身様が電子妖精を用いるなんて』などという拒否反応と、他ならぬ現身自身の判断だった。彼女は簡易の端末に持ち替え、ファルにはこうして他の仕事を続けさせている。主をサポートするのが電子妖精だ、どう自身が感じようと従うのは従う。こうなるのは、想定外だ。
管理電子妖精として、データの処理を続けているのが今のファルだ。同様に現場指揮官から事務仕事に回されている魔法少女、CQ天使ハムエルに、頼むしかない。ファル自身には物理的な干渉力は皆無だ。
「はい? なんの話ですか?」
『姫様のお知り合いがピンチだぽん! 今すぐに連絡を』
「そうは言っても……いや。私じゃ無理ですよ。そもそも姫様は全然違うところに行ってますし」
『聞いてないぽん!』
「そりゃあ秘密の会談ですから」
『相手は誰ぽん!?』
「確か……あ、いや、言っちゃダメか」
『早く言うぽん!!』
「え……確か人事部門ですよ。例の新人魔法少女? の件で、姫様が怒ってて」
スワローテイルのことか。プフレが彼女を巻き込んでいたというのは、確かにスノーホワイトも直接会って初めて知ったことだった。あの事件で死んだ魔法少女の、それもリップルの大事な友人だったトップスピードの娘……関わらせたくなくて当然だ。プフレとは、これまでは味方寄りだったといっても、いつどう転ぶかもわからない同盟が続いていた。ここで会談したとして、ただで引き下がるプフレでもない。それはあのゲームを通して知っている。
『レーテは』
「レーテ様もです。リップル様がそちらに同行。たま様が姫様に同行中ですよ。そんな偉い人が今すぐ動けるわけないじゃないですか」
ナンバーワンとナンバーツー、そしてスノーホワイトの側近、皆離れている。タイミングは最悪だ。ファルには応える手がない。腕もなければ脚もない。
深く息を吐いたハムエル。オスク派はスノーホワイトが本格的に『膿を出す』行動を開始してから、確かにずっとこの様相だった。上役が表立って、あるいは秘密裏にでも、対外に直接赴いて、内側では部下が必死に書類仕事。スノーホワイトもレーテもそういう、内政を優先する人物ではないとわかっている。理想を掲げて邁進する、それはファルもそうあってほしいと望んでいた姿だ。だからだ。そのせいで、誰かを助けられないなんてことが、あって欲しくはない。
ならばととにかくメッセージを転送する。ディティック・ベルのことならば動きそうな、そう、あのゲームに関わった魔法少女と、ディティック・ベルの発信履歴を解析し、どうやら依頼を現在受けているらしい相手のネフィーリアにも繋いでおく。だができるのはこれくらいだ。ディティック・ベルへの返信は、オスク派から直接の援軍が出せそうにないことを、謝るしかない。スノーホワイトの簡易端末にはその会談が終わったらすぐにでも動けるかを確認するメッセージだけでも送り、それだけしかできず、既読もつかないままの画面の処理をやめた。
『あとは、あとは……』
本来処理しなければならないデータの進行放棄してでも、ファルは己のメモリをこの件のために使おうとする。キークがしたことの罪滅ぼしは今でも続いている。スノーホワイトの祈りを裏切りたくないのも、ずっと同じだ。だからこそ、魔法少女学級という未来を背負って、遺跡からの生還をも果たしたディティック・ベルは、希望の象徴になれる。失っていい人材ではないのに。
『ハムエル! いますぐファルを、姫様か、レーテのところに!』
「無理ですって。持ち場ほっぽり出す権限なんてあるわけないじゃないですか」
『じゃあ誰か遣わすぽん!』
「えぇ……あぁ、じゃあ、ちょっと待ってください」
ハムエルが通信機を手に取る。それが彼女の固有魔法である。範囲を設定し、脳内に直接話しかけることができるのだ。単純な連絡なら、相手に端末を手にとらせる必要がない分、早い。オスク派内のエージェントで、手の空いていそうな者を呼び出してくれている。せめて連絡係がいれば、ファルを届けてもらうこともできるかもしれない。しれないだけで、ファルにできるのは待つことだ。
『随分と無力に喘いでるねえ』
そこへ、ディティック・ベルの座標から送られてきた新たなメッセージ。送信元だけを見てまともに解析もかけずに飛びついたが、開いた途端におかしいと気がついた。メッセージのみならず、映像がついている。魔法の電波の強度が通常の端末の比ではない。表示されたのは見知らぬ魔法少女だ。何者だろうか。
『あんた誰ぽん?』
『虚ろの電影ヴィリース』
双方向による通信も当然のように繋がっている。返ってきたのは聞いた事のない名前だ。少なくとも、かつてファルが触れたことのある魔法少女データの中にはそのような名前の者はいない。
『同類だと思ってくれればいいよ』
『同類……ぽん』
『電子の海に生きる者同士、だろう?』
言いたいことはわからなかった。こうして、恐らくは電波を操っていることから言っているのだろうか。それ以上の意味は今の情報では出てこない。
『どうやら随分と必死になってくれているみたいだからね。気になって逆に解析してみたら、まさかキークのねえ』
『何を知っているぽん』
『電子妖精は無力だ。魔法少女でもなきゃ、そもそも実在もしてない。実験場の連中からしてみれば、スノーホワイトのおまけとも見られてないだろうね』
できる反論がない。事実だ。
『姫様は実に多くのプロジェクトを廃棄した。魔法の国のために色々やってきたっていうのにね?』
『姫様が断じたのなら、そうなって当然の非人道的研究だったに違いないぽん』
『そうなんだけどさ。使えるものがないわけじゃないし。これまで払ってきた犠牲が、ただの犠牲にしかならないわけだろう? それなら使った方がいいじゃないか』
『何が言いたいぽん!!』
『君に提供してみたいものがあるってわけ。君も、体が欲しいと思ったことはない?』
……無い、とは言いきれない。
ただ見ているしかなかった光景。マスターの力になれなかった場面。罪もない相手に刃を向ける彼女も、絶対に斬りたくない相手を斬る彼女も、どれもまるで止められなかった。もし自分に体があって、力があったなら、彼女は
『これは単純なお誘いさ。読者だって楽しみにしてると思う。きみの活躍を』
『……』
『それじゃあね、無力の妖精さん。助っ人が私から探偵さんを救えたらいいね』
『まっ、待つぽん! ディティック・ベルは無事なのかぽん!?』
『まだね。間に合うかは……助けに来る人次第だよ!』
ヴィリースからの通信がそのまま途切れる。届いている映像から切り替え、現実世界を映す。するとそこには、端末を手に取り、しげしげと眺めているハムエルの姿があった。
『ハムエル?』
「せっかく呼びつけたのに、行きたくないと言い出してしまいまして。引き継いで私が行くことになりました」
『……助かるぽん』
確かに、さっきまでハムエルが座っていた椅子に、かわりに紫の宝石を纏った魔法少女がいて、なかなかの手捌きで事務仕事を進めている。
「それで。どっちに行けばいいんですか?」
『行先は……』
スノーホワイトともレーテとも答える前に、ハムエルの方から呟かれた。
「危険な前線はやめて頂けますか」
その言葉で、ファルの中での選択肢にあった『ヴィリースとの接触』を消した。消えても消えきらないのは、あの電波が強すぎたからだろうか。