揺籠の島で揺蕩う少女達。   作:カズあっと

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アンナはお話が大好きである。


10話 巨人族の歴史1 国と郷。

 

「お嬢様には聞かせたくありませんでしたか」

「面目ございません。六年程以前に他界しましたが、あの子の母は巨人族ではありませんので。それまで、あの子は母親と共に、ロストールで過ごしておりました」

「反巨人主義国の、あのロストールに?」

「ええ。あれは、私が放浪騎士として、諸国を周っていた頃の話です。十六年程前に起こった、デジャワの乱はご存知でしょうか」

 デジャワの乱とは、ロストール王国領デジャワ州で起こった、巨人族による大規模蜂起事件である。知識としては学んでいたので、アンナは頷いた。

「それでも、ご理解頂くには、巨人族の歴史から話さねばならんでしょうな。退屈な講釈かも知れませぬが、ご拝聴願います」

 語り出すは巨人の騎士。フルングニルの名を冠す、気高き父。物語るは、喧伝されることのない、巨人達の歴史。

 

 ロストール王国は、巨人達の住まう大山脈地帯の南に位置する国家である。美しき蒼きドナウと呼ばれる大河が山よりの恵みをもたらし、土地は肥沃で、広い面積を誇っている。

 ロストール王国の保有する国土に、かつての昔、あった国の名はトール王国。その名が示す通り、巨人族の神の名、トールを騙る巨人が治めた、巨人の王国であった。

「郷の伝承に依れば、このトール氏族を騙る者は、正式に騎士と任じられた者ではありませんでした」

 三百年程の昔、巨人族の郷では、急激な人口爆発が起こった。これは巨人族の騎士制度が実を結び、巨人族の郷に、生産、文化、医療など、様々な面で凄まじいまでの文明振興が起こった事に起因する。人が死ににくく、余暇が豊かであれば、人口が増えるのが自然であり、また、必然だった。

「人口の増加は発展を齎しましたが、同時に精神の腐敗を齎したとも言われ、現在でも、その賛否は両論ですな」

 最初は良かった。氷雪大山脈と称される程に過酷な自然と対峙してきた巨人族だ。人手があって困る事はないし、血族が生き延びる事は大きな喜びだった。彼等は山脈の中に次々に生存圏を拡げ、人はまた、そこへ満ちていった。だが、やがて彼等は行き詰まる。頑強な身体に、知識と技術、そして文明を身に付けた彼等を以ってしても征服出来ない、自然の脅威、そして異界という脅威に。

 旧い世代はそれらに立ち向かい、多くが帰らぬ人となった。彼等は挑戦と困難に立ち向かう事を美徳としており、絶対たる死地に向かって、喜んで身を投げ出した。

 そして残り、実権を握ったのが、後に飽食の世代と呼ばれる人口爆発後の世代であった。彼等は先人の美徳を、愚かな思考だと罵った。自然の脅威になす術もなく死ぬ事も、飢えて死ぬ事もなかった世代の多くの者には、異界への挑戦という旧い美徳など、無謀な愚行と呼び、侮蔑の対象ですらあった。

 この頃には、彼等にとって非常に都合の良い思想が、巨人族の中で蔓延している。それは、最大多数の最大幸福。とある政治思想家により提唱された、功利主義的道徳感の原理であった。乱暴に言えば、最も多くの人々に最大の幸福をもたらす行為を善とみなす思想である。

「幸福など、とても定量化出来る概念ではありませんでしょうに」

「その通りでございますよ。お嬢様。しかし熱に浮かされた人々には、呑みやすく、厳しい現実から目を背けられる、甘い薬でもありました」

 自分のでも、他の血族や知人のでも、死は不幸であり、幸福とはまるで遠いものだ。困難は不幸であり、幸福とはまるで遠いものだ。多くの者が、そう考えた。そして、異界という困難より目を背けた彼等は、程よい獲物を見つけたのだった。山を下った先、平原には、豊かな土地があるではないかと。そこに住まう小人共を啓蒙してやる事こそ、最大の幸福をもたらすものだと。この思想すら、その小人達によって齎されたものだという事を忘れて。

「愚かな事に我々巨人族は、傲ったのです。隣人の友愛を忘れて」

 とはいえ彼等は、巨人族の制度を変えたり、祖先からの教えに真っ向から反するような真似まではしなかった。彼等の多くには、それをする程に気概がある者が出なかったし、そうしない事によって齎される利益を計算出来るくらいには、狡猾であった。

 故に、黙認した。職や生きる道を求め、郷を抜け、平原へと降りる若者達を。同時にそれを捕らえる為の騎士を育成しながら。

 この政策により、巨人の里の人口動態は安定を取り戻した。溢れ者達は勝手に郷を出て行くし、捕らえられた溢れ者達は、即座に極刑に処された。掟を破りし者に斟酌を計る者などいなかったし、本来、掟とは、それ程までに重いものなのだ。郷の外の巨人族が何をしていようが、郷の巨人達には関心などなかった。ないフリをしていた。

 他所の国から掟破りの者共の苦情が来ようが、討手を派遣しております。捕えたので極刑に処しましたと伝えれば、それ以上の追求はない。むしろ感謝や、畏怖される有様だ。この政策を止められる者など、郷の指導者には皆無であった。

 そして、郷を出た若者達に目を向ければ。

 彼等の多くは、郷内の生存競争に敗れた者達である。当然、状況により研磨された基礎学力の土台があった。知性水準は平原の民と比べて劣らず、むしろ凌駕する者も少なくなかった。そして力は文字通りに十人力だ。古来より、巨人一人に対し、遅滞戦術が取れるのは、訓練された一般的な兵十名であるとされている。この事実に、郷で劣等、落ちこぼれ。などと蔑まれて生きてきた若者達が、増長せぬはずもない。

「嘆かわしい事に、多くの者が志を忘れ、我欲を満たす為の行為に耽ったとされています」

 彼等は思うが儘に振る舞い、奢り昂った。集落を襲い、掠奪をすれば欲しい物が手に入る。チマチマと労働に勤しむ事など、馬鹿らしい。弱肉強食は、人類種の本能だ。貢物を対価として、小人を護ってやっているのだ。それが幸福であり、正義であるのだと。

 そんな彼等が恐れるのは騎士の襲来だ。だが、騎士達は殆どの場合単独で、野に住む巨人達が結託し、衆の力を頼れば返り討ちにする事など、そう難しくはない。加えて騎士達は、その倫理観の高さからか、人質戦術が非常に有効だった。

「彼等がどれほど自身の正義を主張しようとも、虐げられた人々には、単なる暴虐な賊であり、卑劣な悪人であります」

 人々が、反感を持たぬ訳がない。英雄が、巨人族の騎士や、他種族の勇士達などと協力して、悪辣な巨人を討伐する物語の雛型が出来上がったのも、この頃でしょうな。と、ダイダロは語った。

「とはいえ、物語のように悪者を成敗して、めでたしめでたし。とは、いかぬのが世の現実です」

 中には実力においては騎士を凌駕する者もおり、品性により落第とされた彼等は殊更に、性質の悪い巨人でもあった。勝つ為、生きる為には卑劣な手段も躊躇いなく取れるし、倫理観などというものは、元来持ち合わせていない。

 そんな中の一人が、トール王国の建国者である。彼は自身の実力に、余程自信があったのだろう。巨人族の郷を望む平原に、巨大な城と、それを囲む都市を築き上げた。その立地により、郷からの騎士の派遣は容易い。郷は次々と騎士を送ったが、そのことごとくが彼によって討ち取られた。同時に彼は配下となった巨人族の若者を各地へ派兵、侵略を開始する。それこそが、巨神の名を王と国とが戴く、巨人達の王国、トールの始まりであった。

「とはいえ、トールの侵攻は、戦力の割に遅々としたものであったと記録されています。これは我等の性向によるものもありますが、最も大きな要因に……。お嬢様には、心当たりが、ありそうですな?」

「はい。本来巨人族の方々は、外征を好まぬとお聞きしますが、それは関係ありませんね。そもトール王の外征自体が、急速な人口増加に対応する為の、経済政策の一貫であったと解釈しております」

「ほう。お続けください」

「補給、そして開拓。その途上での間引き。この意図が、トールの外征にあったように察せられます」

「ご名答です。この巨体から判るかと思いますが、我等巨人族が日に必要とする栄養量は、他の民族の数十倍以上です。その為に、糧食の消費が非常に激しい。その癖、次々と人口は増える。元々賄えた食料生産ではとても足りたものではありません。奇しくも、郷と同じ様な状況に陥ったのが、その頃のトール王国でありますな」

「為政者としては、優秀であったのでしょうね。征服した土地を我慢強く開墾させ、道を均し、充分な生産力と物流を確保してから、また征服へ向かう。これらは今も、ロストールの資産として残っております。その過程で、力劣る者、身体弱き者、心健やかならぬ者は段々と淘汰されても行きます。それらを包括した結果こそが、彼の狙いだったのでしょう。ただし……」

「「民の心を慮る事が出来なかった」」

 二人の言葉が重なる。トール初期最大の政策にして、稀代の失策とされる政策があった。強固な階級制である。これは、巨人族とその他民族との間に明確な待遇の差を設け、巨人達の忠誠を買わんとするものだ。それは苛烈な政策で、当時の文書を紐解けば、実質的な奴隷制と変わらぬ程であった。

「この階級制、王国の発展と共に少しずつ緩めて、段階的な融和政策などを取る事は出来なかったのでしょうか?」

「難しいでしょうな。トール王はこの政策により力をつけ、王としての基盤を確立しました。それを手放す事など、考えもしますまい」

 それでも、初期は問題が少なかった。彼は王を名乗りはしたものの、その権力基盤は脆く、政策を広く市井に浸透させるには、力が足りていなかった。当然そんな政策がある事を知る事もなく、職があるからとトールへ集った巨人族の男女は、時に巨人族同士で、時に他民族と番となって、子を成した。

 この頃となると、郷を抜けるのは、なにも野心に溢れる者達ばかりではない。なにせ、碌に教育を施されぬまま、口減しに郷外へ捨てられた幼子だけでなく、家を護る事を美徳とし、竈の女神を篤く信仰する巨人族の女性までもが、郷外に出ていたのだから。

「そういえば、巨人の郷の大人達は、よく女性が外へ出る事を許しましたね」

「その頃の女性達は、長老達の欺瞞に、不信感を募らせていたのだと聞いております」

「ならば、余程郷に囲おうとするのでは? 確か、巨人族での女性の出生率は低いものであったかと」

 ダイダロは、アンナの見識の深さに、舌を巻く思いであった。見た目には、初等教育を始める年頃、五つか六くらいの歳にしか見えない。だというのに、所有する知識の量や洞察力は、大人顔負けだ。話しているだけで面白い。有意義な対話は、騎士の本分でもある。ちなみに彼はこの時、アンナの歳を二つか三つ、低く見積もっていた。別にそれが、彼女への評価を割引く事にはならないのだが。

「それに、巨人族の女性は皆様、ミリアム様のような、宝石の様に綺麗な方々なのでしょう? 奪われぬように、大切に仕舞い込みたい。という殿方のお気持ちも、解らなくはありません」

 巨人族の女性は、男性程に野放図な巨体とはならない。精々が、平均的な成人男性よりはやや大柄、という程度に収まる。これは巨人族の男性の肉体が、骨格、筋肉を肥大へ向けて成長させる傾向にあるのとは逆に、女性の肉体が、密度を高める方向で成長する為だという学説が実しやかに語られるが、真偽は定かではない。

 それはともかくとして、巨人族の女性は色彩豊かで目鼻立ちが整っており、背丈が高い。その上で、豊満でいて均整の取れた、肉感的な美女が多かった。肉体は健康かつ頑健であり、老いて死ぬまで、容色が衰えることがない。加えて、非常に孕み易いという体質があった。これらの要素は、男にとって、非常に魅力的である。希少性が高く実用的で、その癖、所在が明らかでもあった。権力者や富豪が、持てる全てを賭けてでも、追い求める程に。

「アンナお嬢様ほどのお方でも、我々巨人族の風俗には、明るくはないようですな」

 彼女の言う通り、巨人族では、女性の出生率は低い。原因は不明だが、現実的な統計として、それは表れている。需要と供給の問題から、アンナはそう推察したのであろう。希少性は資産である。貴重品は目をつけられぬように、奪われぬように、大切に仕舞い込むのが、一般的な風習だった。

「これは結構、皆様誤解されている事なのですが、巨人族の社会は風説に流れるような、男性優位社会ではありません。逆に、全ての氏族がおしなべて、女権が大変強いのです」

 怪訝そうに眉を顰める幼女に、これは説明が必要そうだな。と、ダイダロは尋ねる。

「かつての巨人族の郷での家庭形態は、多夫一妻制が一般的であったことは、ご存知でしょうか?」

「寡聞にして、知りませんでした」

 これは、女性という性別の出生率の低さと、生活圏拡張の必要性から、男が死にやすいという環境より発した風習なのだろう。と、ダイダロは語った。今も残る習慣や信仰も、これを根幹に置くと、合理性が見えるのだと、彼は言う。

「多夫と言っても、一時に複数の男と番になる訳ではありません。年毎に、番となる者が変わるのです。定められた順番で、別の男と番うのです。それも、産まれた子を育てながら。これの意味が、お嬢様には、判りますかかな?」

「毎年、夫が亡くなるか、行方不明となる?」

「その通りでごさいます」

 それ程に、大山脈の自然とは過酷だったのだろうかと、アンナは思う。そして、妻子を残し、それに挑もうとする巨人族の男達の思考は、欠片すらも理解出来ないでいた。それ程に、重要な事なのだろうかと。同時に、共同体を維持するには、それくらいの保険も必要だろうとも、酷薄な思考が告げている。そのチグハグな思考を壊すように、脈絡のない言葉を弄る。

「婦女は政治に関わるべからず。能く家の中を護り、愛で満たせ。この戒律、いえ、掟ですね。これがある以上、統治や政治の場で意思決定し、氏族の代表者として振る舞うのは、男性の役割なのでは、ありませんか?」

「よくご存知で。そうですな。それが役割ですな。そういった仕事こそが、我等の役目。その為に産まれ落ち、そうであろうと勤めることこそが、我等男の、本懐でもあります。女性達が望むからこそ、我等は死地にも挑む勇気が湧きますので。お嬢様は、大変優しゅうございますなぁ」

 アンナは、優しさなどではないと、叫んだ事に自覚はない。が、それでも思考は冷酷に、唇は滑らかに、それでは、郷の冷酷な政策は、女性達の意向だと言いたいのですか。と尋ねた。

 これに閉口したのは、寧ろダイダロの方だ。

 やっと子供らしい感情の発露があったという矢先に、この質問である。彼は目前の幼女を計りかねていた。もしや転生者か、何かの転生体なのではないかと疑うも、彼を睨みつけ、唇を噛み締める幼気な少女を見れば、その推測も霧散する。超越者は、そんな表情を、決してしない。もしもこれが擬態であるならば、喜んで騙されてやるとさえ、彼は思った。

 それに、彼も乗った事ではあるが、話が逸れすぎている。ここらで軌道修正しなければ、話が終わる前に、ミリアムも帰ってきてしまうだろうということは、ダイダロの予測の範疇であった。

 

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