「トール王の妃は、初代ロストール王妃のお母様は、どなたなのかは判っているのですか?」
「彼の王は、妃を置きませんでしたな。ですが、王を暗殺しに来た女騎士を降し、姫を産ませたという記録が残っています」
「女騎士? それは人間族のですか? まさか巨人族のとは言いませんよね?」
「記録に残っていない以上、そのどちらかかもしれませんな」
「あり得ませんね。仮に人間族だとしたら、当時のトールならば、必ず小人と残します。小人の女騎士と。ならば、巨人族の女騎士? これもあり得ません。掟によれば、騎士は男性のみに許された仕事だそうですからね。ましてや、巨人族には、希少な女性を騎士とする理由がありません。もしかしたら、その女性は巨人族の娘。即ち旅に出された乙女達のうちの一人だったのでは、ありませんか?」
「正解です。トール王の治世は三十四年。姫が成人を迎える前年に、ロストール太祖によって討たれております。太祖がロストール建国、そして姫との婚姻を宣言したのは、その翌年。つまりは姫の成年に合わせたと言えば、もうお判りですな?」
「黒幕は、郷の女性達ですか。ですが、何故そこまで手間と年月を掛けて、革命など? そして、そんな経緯から、何故ロストールは反巨人主義国家となってしまったのでしょう?」
一旦、答え合わせをしましょうか。と、ダイダロは頷いた。
郷の母親達は、娘達からの報告によって最初に、神隠しに遭ったと伝えられた子供達が、山から捨てられていた事を知った。
彼女達は激怒した。
捨てられた子供達は、そのほぼ全てが、頭か心、またはその両方に、発達の遅れや、明らかな障害があった者達だ。身体こそ頑健であるが、何の教育も施さず、愛情を注がずに育つままに任せれば、彼等に待つのは無意味で残酷な死か、獣にも劣る、哀れな畜生道ばかりであった。
当然ながら、養育は困難を極める。満足に産んであげられなかった事に、罪悪感もあった。
だが、だからこそかもしれないが。丹念な教育と精一杯の愛情を注ぎ、歩みは遅くともやがて成長し、人同士の関わりの中で、困難にぶつかり、困難に打ち勝ち、時に負け、時に悩み、互いに嘆きあった息子達が、一個の人として認められた時。彼女達は大いなる幸福に包まれるのだ。
確かに手は掛かる。だが、手を掛けて成人となり、仕事を任された時、彼等は真面目で、純朴な、優しい心を持つ、眩いばかりに輝かしい若者となっていた。
それを知識と経験だけでなく、本能で知る彼女達にとって、男達の行った、彼等が役立たずな劣等種の間引きと呼ぶ悍ましい行為は、深刻かつ重大な裏切りであった。
まず手始めに、彼女達は教育を名乗り、間引きを誘う男達の手を跳ね除けた。彼等から齎される恵みと共に。何はなくとも、それだけは、しておかなくてはならない。
トール歴十二年の事である。自分達の傲慢な行いによって、革命の狼煙があがった事を、郷の長老達はまだ知らない。
「実際のところ、いかに怒りに駆られており、必要に迫られていたとしても、この判断は最善手ではありませんでした。男達から不審を抱かれるだけでなく、ただでさえ乏しい人手を、より多くの方面へ割かなくては、ならなくなったからです」
そうであろう。と、アンナは思う。絶対数の少ない女だけでは、人手が足りないのだ。農耕、狩猟、採取。子供達の為、日々の糧を用意するには、これらが必然的に不可欠であり、それらを担うのは数に勝る男手だ。彼等とて、経験と蓄積された技術がある。見様見真似で行ったとしても、そう簡単に上手くいくはずもない。
「彼女達は、たちまちのうち、困窮しました。多くの子供を抱えたままに日々の糧を得るのは、難しいことでした。しかし、そこに救いの手が差し伸べられます」
その手こそ、彼女達の息子達。男達が役立たずの劣等と呼び、母親達が光り輝く若者達と呼んだ、息子達であった。
「彼等に割り当てられていた仕事は、主に肉体労働です。貶すつもりはありませんが、計画と準備を整えてさえあれば、身体を懸命に働かすだけでも、ある程度の成果を齎すもの。労力の割に実入の少ないと言い、郷の男達が自ら進んで行う事のなくなった事業、つまりは、今で言う第一次生産業です。それらに割り当てられていたのが、輝く者達でした」
「輝く者達?」
「我々は農業、林業、漁業などといった、生活に必要不可欠な業務に携わる方々を、現在、そう呼んでおります。お嬢様は、彼等の労働の様子を、ご覧になった事はありませんか? 陽光の下、生き生きと汗を流す彼等の表情は、とても輝かしく、尊いものです。母達の呼称に倣ったものですが、大変相応しいものかと」
「とても素敵ですね。輝く者達による、日々の恵みに、精一杯の感謝を。そうあれかし」
「そうあれかし」
楽しげに祈り、笑い合う二人。だがダイダロは、当時の厳しい世相を、アンナへ伝えねばならない。
「当時の郷では、生産物を全て徴収し、労働に必要な分だけを再分配するという方式が取られていました。輝く者達へ与えられる糧は、労働に支障の出ないだけの、本当に必要最低限の量でした」
これらの食糧を、彼等は母と弟妹達の為に、文字通り身を削って差し出した。どれ程に母親達が息子達の成長と優しさに喜び、また、己の無知を嘆き悲しんだであろう。この時まで彼女たちは知らなかったのだ。腹を痛めて産んだ愛する息子達が、同様に腹を痛めて産んだ可愛い息子達から、斯様な扱いを受けている事を。
母親達は自らの無知と無関心を恥じ、人としての誇りを失ってしまった男達に、更なる怒りを燃やした。彼等には、とてもではないが、郷の統治を任せておけぬと。
「これは、とある研究者の学説ですが、大元の、旧い巨人族の道徳や掟は、彼女達、母親の価値観や倫理観に従って、造られたものだと言います。他者を傷付けず、愛情を以て育む事を第一の理念に掲げよ。などという掟など、大変それらしく思えませんかな?」
アンナは、いくつかの掟を思い出す。言い回しこそ猛々しいものの、内容はどれも、優しさや愛情を尊ぶものだ。言われてみれば、巨人族の掟として求められるものは、母性的なものが多いように感じる。更に言えば、いくつかの掟は唯一神教の教えとも重なるものであり、彼女が馴染み易く、また覚え易かった理由でもあった。
「またも少々お話しから外れてしまいますが、何故に巨人族の郷では、唯一神教の教えが、根付かなかったのでしょうか?」
申し訳ないと眉を下げ、アンナが問う。話の脱線は本意ではないが、気になってしまったのだ。疑問を当事者に投げられる機会など、そう多くある事ではない。ならば、知りたい。それを我慢出来ないのは、彼女の悪癖であった。
「いえいえ。教えは結構根付いておりますぞ。尤も、我々にも呑み込み易く像を変えた、所謂、異端という形式でですが」
「巨人族の方々は、北方古代神の信仰者ではありませんか? 例えば、竈女神様のようなお方の」
「うーむ。説明となると少々難しいのですが、そうですな。別に我々は、北方古代神などを信仰してはおりません。ただ彼等の遺した言葉や物語が倫理観に適うから、それに応じた行いを尊ぶのです。それは、唯一神教に対しても変わりありません。不遜と、誹られますかな?」
「いいえ。腑に落ちたとまでは言えませんが、なんとなく伝わりました。この手の質問こそ、それこそ不遜でしたね。申し訳ございません」
アンナは引き下がる。信教の問題に触れるのは、あまり正しい行いではない。疑問が湧いたので、つい尋ねずにはいられなかっただけだ。
彼女自身、それ程敬虔な信徒ではないので、ダイダロの言わんとする事は、やんわりとだが伝わった。異端の教えは危険を孕むが、扱いを間違えさえしなければ、問題はないだろう。そう、誰にとっても。
「お嬢様はご存知ではないようですが、唯一神教徒、多いですよ。巨人族には」
まぁ、これも話の流れですがと前置いて、ダイダロが語る。かつて騎士が持ち帰った文化の中には、当然、唯一神教の教えも含まれていた。
「多重信仰ですね?」
「ええ。女性達の多くはそうでありましたな。尤も、神聖術式が行使出来る程に敬虔な者は、あまり多くはおりませんが」
唯一神教を名乗りはしているが、その教えの中に、他の神々を認めぬものはない。どころか、信教の自由を保証しているのだから、懐の深い宗教であるともいえた。
「女性達が? 郷の母親達の在り様は、戒律に背くものがありますよね? それでも、信仰を?」
「左様。二夫に仕えずという、貞淑の戒律に触れますな。ですが、教えの中には、産めよ、増やせよ、地に満ちよ。というものも、またあります」
深く掘り下げるには、まだまだ学問が足りていないが、研究によれば、唯一神教も北方古代神話も。また、それ以外の様々な信仰も。根底にあるものは同根か、非常に近いものなのではないか。という仮説があるという。教えと神話が類似しているものが多いことからの着想らしい。
「有名な類似は、家と子と母親を護る竈女神の神話と、聖母の逸話ですな」
竈女神は処女神だ。純潔のまま懐胎し、後に世界を滅びから救う神子を産んだ。聖母もまた同様にして、救世主を産み出した。これらの逸話の類似性や、戒律と掟の相似性から考察するに、元は同じモノを個別自由に解釈し、信仰し、宗教としたのではないかとの学説がある。
「教えの話はこの辺りにしましょう。大変興味深くはありますが、今はロストールの興りの話ですので」
そうでしたね。お続け願います。と、アンナが促せば、巣立った息子達の現在の様々な姿を知ったこの時より、母親達は、より精力的に動き始めたのです。と、ダイダロは語った。
彼女達は子育ての合間を縫って、様々な物事を学んでいった。生活に必要な産業から、統治や政治に至るまで、多種多様な知識を。これらの狙いは明らかだった。
「彼女達は郷の運営を、自らの手で行おうと計画しました。その為には現在の長老達は邪魔ですが、そう簡単に排除する訳にもいきません」
現実的に、現在進行形で郷の運営を任されている者達を、その立場から降ろすのは難しい。
行政や生産など、日常の必須事業が止まってしまえば、そこに齎される混乱は、想像に難くないだろう。加えて、失望してはいても、彼等もまた愛する肉親である。心情としても、あまり横暴な真似は出来ない。
しかし、彼女達は乙女達から齎された情報によって、知ってしまった。トールでの他人類種への扱いと、トール王と長老達の繋がりを。その座から降さなければならないのは、長老達だけではなく、郷外にある、トール王もなのだと。
「そしてある時期、着々と郷の実権を握る計画を遂行していた母親達ですが、やがて彼女達を大いに嘆かせる事態が起こります。娘である乙女達のうち、何人もの娘との連絡が、突然に途絶えたのです」
巨人族の女性は情が深い。外に旅立った乙女達の多くは、驕り昂り増長した同じ巨人族の男よりも、不遇の中でも懸命に生きる他の人類種の男に心惹かれた。中にはその恋愛を実らせ、成年と共に婚姻を結び、郷を抜ける乙女もいた。
母親達が嘆いたのは、そんな娘達にではない。彼女達は連絡を怠らず、郷を抜ける際には夫を伴って、郷へ顔を出したのだから。新たな幸せ、新たな家族を、祝福こそすれ、嘆く事などないのだ。その後も連絡を怠るような娘など、一人たりともいなかった。
問題は、連絡の取れなくなった乙女達だ。これは母親達にとって、異常事態である。巨人族の女性の学習能力は高く、母達は娘に惜しげもなく教育と愛情を捧げた。実力では騎士を超え、豊かな教養を身につけた娘達だからこそ、信頼して郷外に送り出したのだ。彼女達は例外なく、
やがて、行方不明となっていた娘達の消息が、母親達に明らかとなる。交信と念写を高い練度で身に付けた、とある乙女の手によって。
彼女が見たのは、トール王の右腕とされる重鎮、宰相の結婚式だ。別に招かれての事ではない。そういう催しがあるとの噂を聴き、興味本位で会場へ潜り込んだだけだった。彼女も他の乙女達の例に漏れず、傲岸な外の巨人族の男を嫌っていたが、煌びやかな催しへの好奇心が、嫌悪感に勝った。彼女はこの時、十二歳であったと伝えられている。
ウキウキとして、会場を覗いた彼女が見せられたのは、期待とは真逆の、いとも無惨なものだった。
王がいる。その隣には誰もいないが、その前へと並ぶ重鎮達の横には、夫人がいる。皆揃って、美々しく着飾った、色彩豊かでいて豊満な肢体をもった美人であった。彼女は、それが同胞であると即座に悟った。だが、女達の瞳の焦点があわぬ表情には生気がなく、一様にして不幸せそうな顔をしている。
そこに花嫁を伴って、宰相が現れた。十二歳の乙女は花嫁の顔に目が奪われて、思わず叫んでしまう。それで気付かぬ男達ではない。たちまちのうち、彼女は捕えられた。茫然として、他の夫人達と同じ、ちっとも幸せそうではない花嫁の顔を見ながら、抵抗も出来ずに。仕方がないとしか、言いようがなかった。花嫁は、一月程前から消息を絶っていた、五つ歳上の彼女の姉だったのだから。
「それから一年近くの時を経て、王により、姫が産まれたとの宣言があったそうです」
「その方が、記録にある女騎士なのですね」
「そうかもしれませんな。以後の記録にはあまり出てこないので断言はしかねますが。そうだとして、彼女が遺したのは、革命の立役者である、姫だけではありません」
後世で女騎士とされた乙女は、大層稀有で、大変優秀な術士であったという。捕らえられ、意識を奪われる寸前に、彼女は己の目で見た光景を、母親達だけに留まらず、他の乙女に、目の前にいる心を壊した姉を含む全ての巨人族の女性達へ、その全ての情報を心に焼き付けた。念写と交信が得意であった彼女だからこそ、出来た技だとされている。
「この交信により、女性達は、救わねばならぬ者をまた、背負いました。消息を絶っていた乙女達は、なんらかの薬物や術式による調整により、心を壊されていたのです」
そうして時と手間をかけ、女性達は味方を増やし、敵の力を削ぎながら着々と郷と王国で、革命への道程を整えていった。その間に王国の革命軍には人間族や獣人族の勇士や戦士、本来敵であるはずの、巨人族の騎士まで加わっていったという。
「当時の騎士達は恐らく、母親達の意向で動いていたのでしょう。我等騎士の倫理観は、母親達と、非常に近いものですから」
そして、始まりの日より二十三年の歳月をかけて、とうとう、後のロストール太祖、リューガがトール王を討つと同時に、女性達は長老達をその座から追い落としたという。彼女達は革命の狼煙を上げた日から、この日まで、巨人族の男に、その身を一指も触れさせなかったらしい。郷の人口は大きく減少していたが、人口問題は必然的に、解消していた。
「実はこの郷での闘争は、女性達にとって、大層不利なものでした」
個体としての能力は女性が上だが、総力戦ともなれば、数でいえば四倍の人数差があった。郷の男は単純な頭脳を持つ者が多く、上役に命令されれば、考える事なく従う習性があり、女性達としても、大規模な闘争に発展させる事は避けたかった。故に彼女達はこの日、少人数での会談を長老達へ申し込んでいた。数の不利は覆し難いが、総力戦となるよりは、余程マシだという判断だった。
その席で女性達の代表者は、長老達の放逐を宣言した。これには、流石に男達も抗うしかなかった。
「廃さねばならぬ長老達と言っても、女性達にとっても、息子であり、夫であり、兄弟であり、父親でもあります。傷付けたくはないと思うのが人情です。しかし、長老達の方はそうではありません。娘であり、妻であり、姉妹であり、母親でもある女性達を、明確な脅威として、有害な敵として認識しました。この意識の差は、大きなものでした」
それは大きいだろうと、アンナも考える。たとえ実力差があろうと、生き残る為に死力を尽くす者と、戦闘と殺害に躊躇いのある者が争えば、力の差など容易く覆る。女性達は薄氷を踏んでいたのだろう。と、彼女ですら思うのだ。
やがて双方に何名もの死者を出し、追わぬという条件で長老達を放逐した後、女性達は郷の統治を宣言する。これは簡単であった。凡その郷の男達は単純で、盛り上がっていれば乗るだけだ。見目麗しい女達が音頭を取っているのだから、盛り上がらぬ訳がなく、乗りに乗らないハズもない。この時、女達は郷の教育を充実させなければならない。と、改めて心に誓ったという。
「かくして、トール王を姫と共に討ち倒し、失われしトール、即ちロストールの名を冠した、リューガ=ロストールが、ロストール初代国王として即位したその日。姫との婚姻の儀にて、巨人の郷との恒久不可侵条約が結ばれる事となる。これでとうとう、黒幕達の計画は、占めて完遂となりました。めでたし、めでたし」
一息に宣い、そして一礼するダイダロだ。
「これにて、二つの革命の物語は、お終いとなります。ご拝聴、ありがとうございました」
絶妙に節をつけたダイダロの言い回しに、アンナはパチパチと拍手する。実際はペチペチとしか鳴っておらず、大変情けない物音なのだが、それを指摘する無粋者はここにはいない。
「大変面白い、大河物語でした。お話、ありがとうございます」
淑女の礼に微笑を載せて、ダイダロを労うアンナだが、実の所彼女には、大きな疑問が残っていた。
「ありがたき幸せ。されどお嬢様、こんな物語と成り立ちの国であるのに、何故、巨人族への偏見が蔓延し、ロストールが反巨人主義を掲げているのかという疑問が残ったかと思われます。……お嬢様。目を伏せても無駄ですぞ。そういう眼をされておりましたので」
少々生臭い話なので、お耳に入れるのは心苦しいのですが。と前置いて、ダイダロが再び語り出す。