「さて、お嬢様。お嬢様は、我々巨人族の生殖行為の結果が、どのようなものであるかは、ご存知でありますかな?」
「……せっっ!……」
「妙な気分になるので、お顔を赫らめるのは、ご容赦願います」
俯いてしまうアンナだが、ダイダロは淡々として語る。人類種であるからして当然の事なのだが、巨人族もまた、他人類種との交配が可能である事を。別にこれに驚きはない。ミリアムが実例としてそうであるし、所謂、一般常識の範疇の知識であった。
「巨人の男がどのような人類種と交配しようとも、その子は巨人として産まれます」
「……こっっ!……」
またも妙な反応を返してしまうが、真面目な話の途中なのだ。アンナは瞳を閉じて、ブンブンと頭を振って頷いた。
「それに引き換え、女性達は必ず、番と同じ種族の子を産みます。どちらも統計上のものなので、どこかに例外はあるのかもしれませんが、まず間違いなく、そうなるでしょう」
この生態は珍しいものであるが、他に皆無なものではない。身体的な特徴は異なるが、いくつかの種族にも、似た生態を備える者がありますな。と、ダイダロは続けた。
だがそこで、ある疑問に思い至った巨人族の女性がいた。彼女は熱心な唯一神教徒であると共に、その出自に相応しく、信仰厚い竈女神の信徒でもあった。だが、彼女は思ってしまう。私達は本当に、巨人族なのだろうか? と。
その女性こそが、トール王の姫、名の残されぬ乙女の娘、初代ロストール王妃、名を持たぬ姫であったが、後に称された名は、アレッシア。守護者を意味する、尊き名前。その女性こそ、国母アレッシア=トールであった。
「彼女は王との間に九男八女を設けましたが、いずれも人間族でした」
国母とも称され、賢母とも呼ばれた彼女だが、実はこれには絡繰があるのだとダイダロは語る。彼女は母親譲りで念写と交信に素養があり、革命軍時代はそれを利用して戦術を練り、母親としては郷の女性達の知恵を借りて、立派に十七名の子供を手づから育て上げた。
「中にはロストールを離れた者もおりますが、いずれも名君や賢人として名が残されているあたり、立派な母親だったのでしょうな」
しかし、彼女は子供達が年頃になると、娘達に対し奇妙なお願いをするようになったという。それは、本当に愛しているのならば仕方がないと諦めましょう。ですが、可能な限り巨人族の男を伴侶としないで欲しい。という、意図の解しかねるものだ。
娘達は孝行なもので、この言いつけを守り、また、その娘達に伝え、その娘達もまた、同じように伝えていった。これが、後の世で巨人族を厭う空気の遠因となった事など知らぬまま、愛する夫の後を追う様に、末娘の成人を待たずして、齢五十六で彼女は静かに息を引き取った。巨人族の女性らしく、若く美しいままの姿で。
「実際のところ、彼女の真意は量りかねます。母親を苦しめた巨人族の男を憎んでいたからだとか、巨人として産まれた子供は、知能や感情に障害を持ちやすい事を恐れたのだとか、諸説はありますが、特にはっきりとした事は判っておりません」
「もしかしたら、国民感情に配慮しすぎたのかもしれませんね。その頃はまだ、階級主義を掲げていた巨人族に虐げられていた方々が、多かったでしょうから」
だからと言って、差別を助長するような発言を支持する事は、とても出来ませんけどね。と、アンナは続けた。
「そういう説も残っていますな。まぁ。この話も遠因の一つには違いありませんが、実際のところ、ロストールが巨人族を嫌厭するようになったのは、巨人族の男の振る舞いそのもののせいでしょうな」
ロストール太祖が王となり、建国を宣言したとしても、これは別に前王朝の残党が潰えた事を意味はしない。既得権益を当然とする、驕り昂り欲の深い、悪辣で残忍な巨人は数多く残っていた。
「当然、国は彼等の討伐を行いました。戦士や勇士、巨人の騎士を伴って。ですがそれで、残党の掠奪や襲撃の記憶が、人々から消え去る訳ではありません。また、彼等のような性向の巨人族の男は、子を育てません。彼等によって孕まされた娘達もまた、そのような忌まわしい子を、愛情を以て育む事は稀でしょう」
仮初にしても、悪と断じる事の出来る相手ならば、討伐に躊躇いはなかったし、巨人族の女達や騎士もよく協力した。だが少々、扱いに困る巨人達の集団があったという。
「それは、神隠しと称して捨てられた子供達や、先程の娘さん達に捨てられた子供達の生き残りでしょうか?」
その通りでございます。と応えるダイダロであった。彼が言うには、巨人族への偏見は、こちらの者共への印象が強いらしい。愚鈍にして凶暴、食欲と性欲が異常に強く、人語を解さない畜生。これと先の狡猾な巨人象を習合すると、巨大な体躯を誇り、驕り昂り欲深く、愚鈍であるが凶暴で、人語を解さない畜生である癖に、狡猾で残忍となる。
「まさしく、怪物ですね」
「多くの人類種達のイメージする、物語の中の巨人象は、こんな感じのものが最も多いのではありませんかな?」
「まぁ、確かに多いのですが。私の読んだ書籍の中だと、それらの要素に様々な属性を、物語に合わせて足し引きしている感じですね。ちなみに私が好きなのは、村に捨てられていた巨人族の子供を老夫婦が拾い、大切に育て上げたら、賢くはないけど、心優しい若者に育ち、やがて……というものです。バニアン物語というお話しですが、ご存知ですか?」
「存じあげませぬな」
「心温まる素敵なお話ですよ。次回の来店時にお持ちしますので、是非お読みください。うちのトトはこれを読んで、巨人王に、オレはなる! って言うくらいに嵌っていました」
「巨人王の呼称には、少々複雑ですが、お言葉に甘えてお借りしましょう」
「最初の方は滑稽譚が多いのですが、私の断然お勧めは、十二巻から始まるアスパラ島編ですね! 何せ——。コホン。失礼しました」
「いえいえ。愉しみになりましたよ」
「はい! 刊行済みの百六巻まで、残さず持ってきますね!」
え? と目を点にしたダイダロだが、アンナはご機嫌だ。何かの冗談なのだろうと解釈した彼は、愉しみですな。と、無難に返す。この細腕でそんな数の書籍を運べるはずなどないのだ。聞き間違いだろうと、軽く流した。決してアンナの思わぬ興奮に、引いてしまった訳ではない。恐らくであるが。
「それはともかくとして、捨て子の子供達ですな。ロストールは、彼等に手を焼きました。何故なら、巨人族の女性達や、騎士達は生け捕りを主張する。明白な被害が出ているのだから、国としては速やかに討伐したい。ここに軋轢が生まれたのが、ケチのつけ始めです」
子供達の事情を既に聞いていたアンナは、国よりも女性達に同情的だ。国としては、彼等が無害化出来れば問題ないはずだ。団結して、生け捕りにすれば良いでしょうに。としか、思えなかった。
「そう上手く、人心を束ねられないのが、現実です。国民の中には、肉親を彼等に食われたり、孕まされた者がおります。人語を解さない有害な獣など、狩ってしまいたい。そう思うほうが自然でしょう。意見は対立し、蜜月だった王国と巨人族との仲は急速に冷めていきました」
更に言えば、捨て子達の多くは既に、畜生道へ堕ちていた。人の言語も情も知らず、生存本能に従って成長し、異形の怪物と化した捨て子達。彼等は無詠唱術式と、身体変化を巧みに用いてロストールの国土を食い荒らす。蝗の群れを引き連れて、細長く強靭な手足と、長い髪、黒緑に発光する身体から名付けられた通称は、深淵の底に沈む王に仕える蝗【アバドンの蝗】。彼等の凶猛は熾烈を極め、人類種の天敵とさえ、呼ばれる事になる。
その上で、余計な事をする者がいた。そう、前王朝の残党である。奸智に長けた彼等は、これ幸いと、巨人族達は、裏で繋がっているぞ。という噂を流した。大抵の者は一笑に付したが、この噂に打ちのめされたのは、巨人族の女性達だった。噂は、真実ではないが、一面では事実である。情と義務の間に挟まれた彼女達は、それでも捨て子達を諦める事が出来ず、王国の討伐には不介入を宣言し、独自に騎士達を使って生け捕り、再教育という方針を打ち上げていた。
「この不連携が当然となった後、ロストール三代目国王、女王エリスが即位します。この頃には既に、巨人族とその他人類種との間にある、潜在的な感情の対立は拭い去れないものとなっていましたな」
「復讐の女神、近代戦争の母、エリス・エリス=ロストール女王陛下」
その名は、現在の創作にも良く現れる。母と同一の名を持つ珍しさと、劇的な生涯からだ。
ロストール二代目国王はリューガとアリッサの長男で賢君と呼ばれたが、彼の治世では巨人から被る被害を抑える事が出来なかった。
彼は内政に才があった。二代目としては最適であるが、国内に天敵と不倶戴天の敵がおり、安定しない状況では、その手腕を存分に活かす事が出来ず、後世の識者には、彼の治世がエリス陛下の後であったならばとさえ嘆かれた。
「巨人をその国土から駆逐したエリス様こそが、反巨人主義の提唱者でした」
「聞き及んでおります。エリス陛下の治世が、天敵を一掃した功績とは裏腹に、内政面では、ロストール史上、最悪と呼ばれた事も」
狂気の女王。巨人を滅ぼす者とも渾名される女王の生涯は、伝説として語られている。彼女の話をするならば、産まれ落ちる前からの逸話を語らねばならない。
「リューガとアリッサ。革命の英雄と気高き姫君との間に、末姫として産まれ落ちた娘、その名はエリス。体格こそ人間族のものの、その顔立ちは、美女として名高い、母アリッサと瓜二つであった」
アンナはエリスの物語で必ず語られる序文を、高らかに暗唱する。
「エリス程、幸福な少女はいないだろう。父であるリューガが王都周辺の敵達を一掃し、束の間とはいえ、ロストール王国内に安寧が齎されていた時代に産まれた少女は、両親と十六名の兄姉から愛されて、美しく、健やかに育った。両親の喪が明けて、ルデネ王国の王太子との婚約が発表されたその翌日まで、確かにエリス姫はロストールで最も幸福な少女であった」
そこまでで、アンナは口を噤む。ダイダロも別に先を促したりはしない。
「そこまで諳んじられておられるなら、女王エリスの事跡に関しては、説明不要でしょうな」
頷くアンナ。後にエリス程、不幸な女はいないだろうと続く伝記は読了済みだ。女王エリスの物語はその生誕の前から、そしてその生涯の全てがあまりにも血塗られていて、アンナは苦手であった。だが彼女の伝説には軍事的、及び技術史的に大いなる価値がある。火薬、大砲、鉄鋼技術、そして銃火器の開発と戦争技術の発展の歴史。それらと女王の生涯は、重なるものでもあった。
実の所、序文を暗唱出来る程に覚えてしまったのは、何度もの挫折の結果であった。アンナの読書は、一気読み派である。栞を挟んで途中からを良しとしなかった。
だが、そんな過去など意味はない。この先も同じで、楽しい話などではないが、知っておくべき事である。静かに、続くダイダロの言葉を待った。