揺籠の島で揺蕩う少女達。   作:カズあっと

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連続8話投稿。しんどいですね。


15話 巨人族の歴史6 意思。

 

 アンナの推察に、ダイダロは頷いた。愛情が為の残酷さであった。やりきれない想いが、幼女の胸には渦巻いている。

「そうなりますな。そして彼女達は、息子達の特徴を受け継いだ異形達を裔と呼びました。母親達は、人に戻る事が不可能な程に成り果てた息子達と裔達に、せめて死の安らぎをと望みました。我等騎士達に、彼等へ永遠の静謐を与える事を、求めたのです」

「だからこそ、騎士達は国と協調することをやめたのですね」

「聡いお方だ。その通り。とはいえ、それは我等の自己満足故、あまり巨人族の側へ心を寄せられぬように、お願いいたします」

「自己満足?」

「なに。簡単な理屈です。実際のところ、人が堕ちる条件など、詳しく定義されているものではありませんのでな。怪物から人に戻れる可能性があるか、ないかなど、本当は断じられるものではありません。故に、我等は見極める為の情報が必要だったのです」

 ダイダロの言う通り、人類種が、怪物や悪魔などの異形に堕ちる仕組みなど、解明されていない。諸説こそあるものの、現在の人類種の知見では、経験則の余地を出ていないのだ。それでも、確実に堕ちたと判る行動が、幾つか存在していた。

「ご存知なら、口に出さなくても結構です。巨人族の男は、特定行為によって、なんら特別な術式の必要もなく、《魂を重ねての強制進化》が行えます」

 《魂を重ねての強制進化》とは、秘術であり、ある意味では術式の深淵でもあった。その効果は《力》の取り込みと、寿命の延長や身体変化などと語られているが、実の所は、詳細が明らかではない。どのようにして為すのかも、知られていない。ただ判明している事は、これを行った者は、他者の魂を取り込んでおり、強大で歪に輝くという事と、堕ちた者達は例外なく、この秘術を行っていたという事だ。

「巨人族の男は、同胞、これは広いものでありまして、人類種全般を差しますが、その魂を、自然のまま取り込む事が出来ます。その為の手段が、主として、摂食と性交です」

 思わず顔を覆ったアンナを無視し、ダイダロは語る。術式の中には、測った力量や魂を可視化するものがあるという。これは術者によって、基準や見え方が異なるらしい。図やグラフであったり、数値であったりすることもあるとされている

 郷の伝承によれば、この技術を有する者がいつしか郷にやってきて、やがて骨を埋めたそうである。

 この教えを受けた者によるものなのか、その血が郷内に溶け込んだ事によるものなのか定かではない。だが、この力を有する男が、郷内には度々現れた。こういった手合いは得てして優秀で、多くの者が騎士となった。巨人族の間では、偉大なる父祖にして恩人に倣い、その技術を、鑑定眼と呼んだ。

「鑑定眼を持つ者には、成長の推移が見えます。過去視と組み合わせれば、成長とその手段の因果関係さえも判ります。それにより、《強制進化》を行った者かどうか、判断されるのです。我等騎士達には、その判定の為に、時間稼ぎをする必要がありました」

「それは、どれ程の時間が掛かるのですか?」

「そうですな。これは私の経験上なので信憑性は計りかねますが、短ければ即時、長ければ数日を要します。どうやら相性のようなものがあるようですので。ただ、鑑定眼持ちの数は少なく、戦場に耐えうるかも不明でありますので、はっきりとした事は言えませんな」

 通常、戦闘中に、そのような悠長な真似は出来ない。騎士達の苦労が偲ばれた。

「とはいえ、抜け道がない訳ではありません。理屈は判りかねますが、彼等が強制進化を行えば、見てさえいれば、我々には、そうと知れます。それを目撃した時には、鑑定眼持ちの裁定を経ずして、速やかに討伐へ向かう事が許されておりますので」

「……捨て駒を用意する事だって、出来ますでしょうに」

「可能性を模索する思慮深さは買いますが、心にもない事を言うのは、おやめなさい。それを許す程、我々とて、腐ってはおりません」

 言い切る気高さに、目が眩む思いだった。アンナとて、犠牲を許容するつもりはない。人を戦術の為に、道具として利用するなど、嫌なのだ。だが、効率を考えて、そういった作戦を執らないかと言えば、断言しきれない。いや、なんやかんやと体裁の良い言い訳を整えて、きっと私は許容してしまうのだろうと思ってしまった。自分は、オリヴェートリオなのだからと。

「またもや少し、話が逸れてしまいましたな。とはいえ、我等の捨て子達と、その裔への対処方針は、一足先にご理解頂けましたかと。彼等の図を見れば急降下襲撃が可能かどうかも、判りますでしょう」

 言われれば、納得出来る。強靭かつ軽量を想像させる体躯に、より強靭な手足と関節。それらは、高質量と重力加速度による衝撃を抑え込み、獲物を捕らえることが出来るという話に説得力を持たせた。

「確かに、可能かもしれませんね。まるで、猛禽類みたい……」

「彼等の狩りの手法は、まさしく猛禽のそれです。これに対する方法は、主として三つ。逃げるか、防ぐか、殺すかです。残念なことに、輿入れの一団は、そのどれをも、為す事が叶いませんでした」

 どれも、準備を整えてこそのものだ。脅威排除の責を負う軍として、逃げることは論外だ。それ以前に、知覚する事すら難しく、この時も、そもそも奇襲に対応出来てすらいない。

 防ぐには相応の装備や術式が必要で、敵の機動力の高さに対しては、いささか分が悪い。備えた装備のある場所へ襲撃がある訳ではないし、この時期のロストールでは術士が貴重だ。強力な障壁が展開出来るものなど、そうそういるものではなかった。

 そして最後の殺すだが、これは可能であると、初撃に耐え得るならば可能だとロストール軍部は結論付けた。蝗は欲望が満ちる迄、戦場を離脱しようとはしない。脅威である急降下襲撃の対象は、単体であった。僅かな犠牲を許容すれば、打倒し得る。巨人族の騎士が蝗を引きつける事により、銃や砲の射程に収まった蝗を飽和射撃により討伐せしめた成功体験こそが、その根拠であった。ロストールの銃火器信仰は、益々加速していった。

「事実、その後、これに近い戦術により、蝗と呼ばれる異形と化した息子達を、軍部は複数体討伐しております。尤も、犠牲も大きかったようですがな」

 かくして、最初の蝗は見事討伐されたが、エリス姫の婚約者であるルデネ王太子の死亡と、輿入れ行列の壊滅、及び民間人の死者多数という報せが、各地へと届けられた。ロストール王国内は大きな悲しみに包まれたが、速やかにルデネ、ロストール間の通商条約が結ばれた。軍部は更なる徴兵を行い、軍事技術の発展に力を注いだ。当然、その戦力と権力は拡大していった。

「ルデネはこの時より、ロストールの最も強固な同盟国となりました。そして、人としての巨人族を知らない彼等は、怪物の駆逐を掲げ、先鋭的な反巨人主義へと走ります。この悲劇を利用して、国威発揚を狙ったものとの邪推もありますが、王太子を殺された立場からすれば、自然な感情でしょうな」

 危険性や感情の問題とは無関係に、変わりなく線路は敷かれていったという。

 ロストールとルデネという二国の人心に、深い悲しみと怒りを残した事件より三月程の後、ルデネ、ロストール両国内に、事件の被害者にして数少ない生存者である姫の、懐妊が伝えられた。それは、ルデネ王太子、いや、この時には既にルデネ先王とされていた青年と、襲撃事件の被害者達の喪が明けた頃のことであったという。

「時のルデネ王は、相当な無茶をされたという話です。王太子死亡の報せが己に届くやいなや、即座に退位されております。そして、王太子不在のままに彼を即位させ、隣国ロストールの姫との婚姻を結ばせました。しかしすぐに、健康上の理由により、王より譲位されたとして、王権に返り咲いております。その後、先王となった王太子の死が、ルデネ国民へ伝えられました。これらは全て、正式な手順を踏んだものです」

 何故そのような事をしたのだろうと、アンナは考える。聴くだけでも相当な無茶苦茶である。儀礼や式典などは、多くの人と金、そして時間が必要となるものだ。それを無理矢理に圧縮するなど、並大抵の業ではない。

 それとも、それ程に、息子を王としたかったのだろうか。愛情の在り方としては、ないとは言い切れない。だが、そのような我執に捉われて、莫大な資産を浪費する王を、商業国家であるルデネが許すであろうか。ましてや復位を許すなど、そこに明確な義や利がなければ、有り得ようとは思えなかった。

「いえ。ありましたね。明確な大義と利益が」

 恐らくですが。と前置いて、アンナは推測を語る。当時のルデネには、ロストールとの通商、ひいては同盟が必要不可欠だったはずだ。ルデネも海運が起こった後に勃興した、所謂新興国に違いはないが、その中では古参である。貿易圏に加わった多くの商業国家の先達として、参入した国家に対し、商習慣や技術の教導を行う立場にあった。

 このロストール二代目の治世の時代は、西方に浮かぶ貧しき島国ブリテンが、優れた造船技術と蛮勇によって、海洋に覇を唱えようと暴れ回っていた時期と重なる。彼等は海賊行為を、通商と言い張って正当化していた。

「ブリテンを抑える為の戦力が、ひいては、それを賄う資金と資源が必要だったのですね」

「西南には、似た様な海洋国家である、エスパニャ帝国がありましたが、彼等の志向は外洋征服でした。内海の治安に興味は薄く、貢物を怠らないブリテンに対しては鷹揚に構えるだけで、非を指摘するような真似はしません。ルデネは海洋の盟主として治安維持を担っており、力を示す必要がありました。加えて、この頃はどこの国もそうでありますが、人口問題に端を発する経済の停滞が深刻である時代でした」

「安定した国家は、どこも似た様な悩みを抱えますね。巨人族の脅威があるとはいえ、ルデネの狙いがロストールの豊富な農産物と資源である以上、同盟はなんとしても為したい国策だったのでしょうね」

「更に言えば、ロストールの発展した大砲や銃火器の存在も魅力でした。船に備え付け、訓練を施した兵に装備させれば、術士を育てるよりも、余程容易に戦力を充実させられますからな。職に溢れた若者の雇用を創る必要性もありましたので」

「その為の手短かな道こそが、新王の伴侶として、ロストール王家の者を迎える事だったのですね。そうすると、王太子の帰国と共に譲位、婚姻という流れは、そこまでは、既定路線。つまり、それ程に無茶なものではないという事に……」

 王妃と王太子妃とでは、政略上の重味が違う。ルデネの王には、王太子の他に子はなく、血脈による王政を敷く限り、その役目を担う事が出来る者は他にない。ルデネも唯一神教を国教としている為、一夫一妻制を取っているのだ。

 ここに来て漸く、アンナはルデネの現在の国体を思い出した。同時に、その歴史も。ルデネは議会主導の政治形態、国家が王権を有さない、共和制を敷いている。この制定に最も尽力したのは、ルデネ王国最後の国王、返還王ウィリアム。偉大なる指導者として、神授である王権を主の御許へと返還し、充分に成熟した民衆へと、政治と統治の手を委ねた賢人であった。それは民主制を敷く国家からは、偉大なる父にして政治家と呼ばれる男の名でもあった。

「王権という、ある種絶対的な権力を自ら解体し、平和裡の内に政治形態の移行を達成した、立憲君主制の父とも呼ばれるお方。彼が指し示した道標によって、多くの国家が、革命などで血を流す事なく、絶対王政から立憲君主制への変革を遂げたと言われています。実は私、女王エリスの物語よりも、返還王の対話集の方が、面白くて好きです」

 返還王の対話集とは、史実を元にした、滑稽本の類である。

 自称、無責任中年男ウィリアムが、自らに課された王権という重過ぎる責任から逃れる為に、口八丁手八丁、培った手練手管を武器にして、それを放り投げる相手達に対する、四十年に渡る説得の記録だ。軽妙洒脱な語り口で綴られる、機知と諧謔に富んだ会話の数々は小気味よく、時折り叙述される人生の悲喜交々には人情味が溢れていた。著者は隠居ウィリアム。編者には、ルデネ商工組合長の名が記されている。

「そちらも読了済みですか。お嬢様は、大変勉強家ですな」

 感心するダイダロに照れるアンナだが、流石に彼女も、またまた話が逸れていってる事を自覚していたので軌道修正を計った。セレーナ店主の話は、マリアに劣らぬ程面白いが、そろそろ郵便局へ行ったミリアムが戻って来てもおかしくない。その前に本題に入らなければ、本末転倒であった。

「パーラー・セレーナ店主様。フルングニルの騎士、ダイダロ=フルングニル殿。貴方様とのお話しは、大変面白く、興味の尽きぬところではありますが、時間は有限であり、このままでは、本題には遠いでしょう。お話しは途中であり、決して、貴方様の悩み、その全てを察せた訳でもありません。故に、貴方にはこれより、幾つかの質問を行います。正直に、偽りなく応えたまへよ。その後、私、アンナ・マリア・ルクレツィア・ドロテア=オリヴェートリオの名において裁定します。父と子と、精霊の御名によって。そうあれかし」

「御意に。そうあれかし」

 立ち上がるアンナ。ダイダロはカウンターの中で騎士礼を取る。彼に驚きの様子はない。これ程に博識で、世情に明るいのだ。アンナの事を知っていてもおかしくはないだろう。

「貴方様は、ミリアム様がお友達をお連れしたいと仰った時に、あまり歓迎されぬご様子でした。何故ですか?」

「はて? 某は、歓迎しようと申した筈ですが」

「正直に、偽りなく答えなさい。と、言った筈です。ですが、こちらの質問も良くありませんでしたね。それには謝罪を。改めて聞きます。貴方はミリアム様のお友達の前にその身を晒す事を、大変恐れましたね? 以後、私の質問には、『はい』か、『YES』でお答えください」

「は?」

「『はい』か、『YES』です。『はい』ですか? ですよね。知っていましたよ」

 曖昧な回答で濁そうとする男を、アンナは決して許さない。マリア直伝の技である。サルバトーレも、よく言い訳をして、質問から逃れようとするのは知っていた。例え『いいえ』か『NO』と答えようが、涙を堪えて『嘘つき』と呟けば、大体は陥落するのだ。

「貴方はご自身の経験から、巨人族が疎まれているものだと知っています。故に、街の人々に頼る事に躊躇いがありました。恐らく、はっきりとは言わなかったのでしょうが、ミリアム様がお店の事を宣伝などしないように、巧妙に思考誘導などをされていたのではありませんか?」

「……はい」

「あれだけ利発なお姉様です。お父様が、お店の喧伝を良しとしない雰囲気を醸せば、察してくれますでしょう。でも、次の安息日にお友達を誘ってみたいと仰られた時、ミリアム様は、とても勇気を振り絞りました。気付いていましたよね?」

「はい」

「あの時、僅かにですが、店主様は言い淀みました。迷ってらっしゃいました。ですので、ご自分が表に出ない事を、条件とするしかなかった。上手な断り文句が、思い付かなかったからですよね?」

「はい」

「それは、ミリアム様が巨人族の娘である事を知って、お友達が離れる可能性を危惧したからですね?」

「……はい」

「素直になってきましたね。とても、いいですよ。ですが、それは貴方が勝手に、そう思っているだけですよね?」

「な!」

「『はい』か、『YES』ですよ」

「……はい」

「ならば、良い機会ですね。貴方の危惧が必要なものだったのかどうか、次の安息日で解るのですから。ここに、必要な情報は出揃いましたので、裁定を下します。よろしいですね?」

「はい」

「アンナ・マリア・ルクレツィア・ドロテア=オリヴェートリオの名において、裁定を下す。汝、ダイダロ=フルングニル。貴方はそう。少しだけ臆病で、自分の事を知らな過ぎる。ミリアム様を、ご覧なさい。誇り高く、正義感に溢れ、優しさに満ちております。それを育んだのは誰か? そう。貴方です。貴方と、そんな貴方の周りにいる誰か達が、あの輝かしい女性を創り上げました。なので、娘さんを誇るのと同様に、貴方自身と、貴方を成り立たせる全てのモノを誇ってください。そして、それ以外の者達にも目を向けて、向き合ってみてください。向き合って、心を開いてみてください。隣には、父親だからではなく、騎士だからでもなく、偏見や先入観に惑わされずに、ただのダイダロ様自身を愛してくれる人達がいるのですから。貴方も、隣人を愛してください。そして世界に数多在る、まだ見ぬ隣人を探し、また愛してください。父と子と、精霊の御名によって。そうあれかし」

「父と子と、精霊の御名によって。そうあれかし」

 アンナの長広舌を、頭を下げたまま聴いていたダイダロが、作法に従い十字を切った。

 俯いたままの彼からは、表情から感情を汲み取る事が出来ない。神経を張り詰めれば聴こえる吐息や鼓動は、落ち着いたものに聴こえた。

 真摯に受け止めてくれているようだった。

 アンナの裁定を、いや、アンナの心に湧き上がった、ただの我儘を。それらしい言葉遣いで取り繕っただけの、ただのお願いを。

 そんなダイダロの姿を、微笑みを浮かべて、静かに見詰めるアンナなのだが——。

 ——やってしまった……。マリア《お母さん》や、ドロテア《おばあちゃん》じゃあるまいし、何を偉そうな事を! こんな事、聡明なダイダロ様が、お解りになっていない訳ないじゃないですか! 理解ていて、身を引いていたのに決まってるじゃない! なのに、図々しくも私は……。勝手に人の心の内を決めつけて……。はしたない女だと、怒ってしまったかもしれません。図々しい子供だと、呆れられてしまったかも知れません。うう……。ぬいぐるみコレクションの中に埋まりたい。なんという慎みのない女なのですか、私は! 私のバカ! 恥知らず! うう……。

 などと、心中では盛大に悶絶している。

 見た目には、表わす事はない。この均衡を自分から崩してしまっては、とてもじゃないが、耐えられない。羞恥心で溶けてしまう。そうアンナは本気で思っていた。

 暫しの間、態度だけは悠然としているように繕って、心中では大忙しであった。




投稿した筆者も心中では大忙しです。こういう構成なので、人気とはなりそうもありませんが、この先もお付き合い頂けたら幸いです。
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