揺籠の島で揺蕩う少女達。   作:カズあっと

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17話 組合にて。パンとお肉。

 

 がやがやと、猥雑な喧騒に包まれているのは、冒険者組合カターニア支部である。この支部は組合のシシリア州本部を兼ねる為、建物自体も大きく立派であった。

 時間柄、依頼を終えた冒険者達が多い。人数を揃えられた組合職員達が、テキパキと流れる人波を捌いてゆく。

「先に、依頼の報告を済ませてしまいますね。すぐに戻るので、少々お待ちください」

 アンナが並ぶのは見習い用の受付だ。街の雑用を請け負う見習い冒険者には、そう多く報告する事項はない。効率化の為、特別に依頼の受付と報告を兼ねられるようになっている。

 断りを入れ、列の最後尾に並ぶ。こちらに並ぶ者は少ない。アンナの前には四人しかおらず、それ程二人を待たせる事はないだろうと思われた。

 当然ながらアンナの順番はすぐに回ってきた。労働依頼の場合、組合から配布された依頼書に依頼主からの認印を刻んで貰い、組合に提出することで完了となる。なんら問題なく、仕立て屋夫婦の引っ越し手伝いは達成となった。

「お待たせしました。私達がこれから向かうのは、あちらです」

 二人の元へ戻ったアンナ。やはり二人は目立つ。ダイダロの背丈が人波から遥かに抜き出ているからだけではない。ミリアムの色彩も目につきやすいものだった。赤毛は別に珍しい髪色ではないが、ミリアムのように紅玉の如き鮮やかな輝きは、とても珍しいものだった。

 そんな彼女達へ指し示したのは建物の最奥にあたる場所、冒険者組合カターニア支部長室にして、シシリア州統括室。冒険者組合の最高戦力、ギルドマスターの居城にして、唯一神教の聖人マザー・ドゥーラの礼拝堂であった。

「アンナちゃん。貴女、ギルドマスター様の知り合いだったの!?」

「見習い故、ギルドマスター様の事は存じ上げておりませんが、マザーはあれで、一応、ギリギリ、かろうじて? シスターですからね。迷える子羊を導く事もお仕事なのです」

「そういうものなのかしら?」

「多分、そういうものですよ? それに、どうせ借りる知恵ならば、一番の知恵者に借りた方が良いというのが、マザー・ドゥーラのお言葉です。きっと、良い知恵が借りられますよ」

 アンナはそう告げながら、トテトテと、修道服を纏った若い取次ぎの女性の元へ歩いて行き、彼女の手を取った。そして、その掌の上で指文字を描きながら一文字ずつゆっくりと、アンナです。マザー・ドゥーラへの面会を希望します。人数は三人です。と、言った。

 その後、一度天を指差し、右手の人差し指で軽く頬に触れ、小指を立てて上に挙げながら、マザー・ドゥーラと繰り返す。そして、自分、ダイダロとミリアムと順々に指差し、三人と言う。そして一度開いた両腕から、両手の人差し指の腹を、向き合わせるように近づける。最後に右手の親指と人差し指を開いて、指を閉じながら胸へと降ろす。その時には、会いたいですと繰り返し、得意気に微笑んだ。

 苦笑いをした取次ぎの女性の前髪が揺れた。夜の色を思わす黒髪だ。彼女は髪を掻き上げると、アンナとダイダロ達父娘を順々に見比べた。頷くアンナ。それへ頷き返すと女性は三人へ、一箇所に寄るよう手振りで示した。

 アンナは何故かミリアムに抱き抱えられ、その後ろに立ったダイダロがミリアムの肩へ手を置く。すると取次ぎの女性がまた頷いて、アンナ達の足元から眩い光が立ち昇る。それは複雑な幾何学模様と、幾つもの古代語が記述された精緻な図。精巧な、魔法陣であった。

「あ。お二人も、目を瞑っていた方が良いかもしれません」

「は?」

「え? もう遅くない?」

 そして三人は光の奔流に包まれた。取次ぎの女性は来客名簿を開くと、アンナちゃん、他二名と記帳した。大変な達筆であった。

 

 そして三人が立っていたのは、扉の前だ。厚く重厚な両開きの扉で、美しい装飾が施されている。意匠は薔薇だ。月明かりのような儚い灯火に照らされたそれは、唯一神教の施設を示すものでもあった。

「お二人とも、視界は大丈夫でしょうか?」

「なんとか」

「アタシは無理。ちょっと待ってて」

 魔法陣の光に瞳を灼かれた後に、この暗さである。視界を取り戻すには相応の馴れが必要だった。ダイダロには問題がないようであったが、ミリアムには少し辛いようだった。

「……ん。見えてきたよ。ここは、礼拝堂かい?」

「その扉ですね。今日のマザーは、ちょっとだけ忙しかったのかも知れません。少し待ちますが、大丈夫でしょうか?」

「押しかけたのはアタシ達だよ。大丈夫も何もないよね」

「今日のシスター・カンナは、ちょっとだけ機嫌がよかったようですね。普段の彼女なら、マザーの礼拝が終わるまでは取り合ってくれないか、機嫌が悪いと跳ばされます」

「シスター・カンナってのは、さっきの取次ぎの女性ね。で、跳ばされるって何?」

「文字通りですね。組合の入り口とか、街の広場とか、お家とかに跳ばされます。それぞれ前から順番に、適当に時間を潰しておけば呼ぶ。半日は空く予定がない。今日は無理。の、意味合いがあるそうです。尤も、彼女の機嫌次第なので、本当かどうかは分かりませんが。ちなみに、政治的な権力を盾にして、そういう意図がある面会希望者も例外なくお家に直行です。マザーは聖職者の政治利用を好みませんから、仕方ありませんね。あと、読書とか、編み物をしている時に声をかけるのは、厳禁ですよ。ほぼ確実に跳ばされます」

 虎の尾を踏んでいたのか。と、顔を覆ったミリアムに対し、心配ありませんよ。そうそう跳ばされる事などありません。シスター・カンナは穏やかな、優しい方ですから。と、アンナは結んだ。

「先程の魔法陣。あれは、何かしらの術具の効果ですかな?」

「いいえ。違いますよ。あれは、ただの念写(コピー)です。あ。……そういえば、セレーナの写真。あれは一体、どのようにして?」

 ダイダロの質問に、質問で返す。一応は回答したのだから問題はそうない。だが、あまり褒められた真似でもない。アンナとて、その自覚はあったのだが好奇心が上回った。

 最初は何処ぞの大物が関わっていて、その恩恵による物かと思っていたのだが、二人の話と、ここまでの経緯を省みれば、それはありえないと判る。ならば二人のうち、どちらかの技なのだろうと推測したのであった。

「ああ。あれ、アタシの。王都に行かなくちゃならなくなったのも、あれのせいでねー」

「え!? ミリアム様の!? 凄く、凄いです! ご立派な特技じゃないですか! 写真が撮れる人なんて、ビタロサでも三人くらいしかいませんよ! それにメニューの写真、どれも凄く美味しそうでした! あんなに綺麗に撮れるなんて、素敵です! あの写真には、ミリアム様のお気持ちが強く籠められていたのですね!」

「そりゃ、お父ちゃんの料理を写した写真だからね。美味しそうなのは当たり前さ。実際に、美味しかったろ? ま、褒められて、悪い気はしないけどさ。アンナちゃん、あんがとね」

 照れ笑いを浮かべて返すミリアムに、確かにダイダロ様のお料理は絶品でした。と、飛び跳ねて喜ぶアンナであった。

 ——しっかりしているように見えて、こういう所は、随分と子供らしいんだねぇ。お姉さん、ちょっと安心するよ。

 ——令嬢然とした佇まいもよろしいが、こういった子供らしさも尊いものですな。某、とても安心致しました。

 それは、奇しくも父娘二人の見解が一致しかけた時だった。

『さっきから、騒々しいったら、ありゃしないねぇ。主の家の前だよ、バカ娘。飛び跳ねるのは、やめなさい。まったく、はしたない』

 三人の頭の中へ、力強く威厳ある、女性の声が響いた。台詞は随分と砕けたものだが。

『用があるなら馬鹿騒ぎはやめて、さっさと入ってきな。お転婆め』

 言葉に従い、扉を開こうとするアンナだが、取っ手に手が届かない。そういえば、いつもは中から開けてくれていた。

「あけてくれないの?」

『こっちは聖別中だ。手が離せないんだよ。手が届かないなら、そこの娘か、男にでも頼むんだね。そんな事も考えられないのかい? アンタ、頭の中身は空っぽかい? この尻軽娘が」

 ポンポンと罵声が飛ぶが、いつもの事だ。気にはしない。ミリアムは驚きに目を白黒させているので、ダイダロを見上げる。落ち着いた表情をしていた。彼は黙したままに頷いて、扉の取っ手へ手を掛ける。

『いつも言っている通り、主の御家に入ったら、ちゃんとお行儀良くしておくんだよ。わかったね、アンナ』

「はぁい……」

『お返事は、「はい」か「YES」だよ』

 生返事をしたアンナへ叱責が飛ぶが、まるで堪えた様子はない。彼女がギョッとして目を剥いていたダイダロへ、お願いします。と頼むと、表情を取り繕った彼は神の家への扉を押し開いた。重く軋む、音が響く。

 これ、もしかして手が届いていたとしても、開けられないんじゃないですか? そうアンナは思った。

 そんな思惑とは無関係に、三人は清冽な気の漂う聖堂へ踏み入った。ダイダロが静かに後ろ手で扉を閉ざすと、アンナは入り口近くに置かれた聖水盤に手を浸し、十字を切る。

 それに倣おうとミリアムが動き出そうとしたが、ダイダロに目で制されて止めた。

 ミリアムは察しの良い娘である。アンナは洗礼を授かった歴とした信徒であるが、ミリアム達父娘はそうではない。父は礼法の真似事は虚礼であり、非礼であるのだ。と、言外に告げている。言葉は無いが、そう言っているのだと彼女は気が付いた。

 ミリアムは、慣れぬ淑女の礼を取る。主と呼ばれる超越存在に、今の自分が最大限の敬意を表するのならばこれ以外にはないだろう。父であるダイダロもまた、騎士としての最敬礼を取っていた。

「二人とも。感心な心掛けだが、そんな堅っ苦しい真似なんかしないで構わないよ。主は慈悲深く寛大なお方さ。我等が主の住まう御家へ、ようこそ。巨人族の方々」

 掛けられたのは、先程まで頭に響いていたものと同じ声。力強く威厳に溢れた、けれど砕けた口調の、女性の声だった。

 礼から直った二人の巨人族は仰ぎ見る。聖壇に立つ人影を。修道服を見に纏った、並ならぬ覇気と神威を纏いし一人の女を。

 そして再びの最敬礼。更にミリアムは跪く。溢れる神威を顕現させているのがその人であると直感したが故に。息を整えて口上を述べようとするダイダロだが、思わぬ方向から横槍が入った。

「ごきげんよう。マザー・ドゥーラ。もう聖別、終わっちゃってるじゃないですか。嘘吐きは、破門ですよ」

「こまっしゃくれた事をお言いでないよ。アンタが来たって言うから、わざわざ急いで終わらせたんだよ。まったく。年寄りをくたびれさすんじゃないよ」

「いつも、私も手伝うって、言ってるじゃないですか」

「アンタのは、手伝うじゃなくて、邪魔するになってんだよ。無駄口を叩いてないで、聖堂へ来たら、まずは主にご挨拶。いつも、言ってるだろう」

「はぁい……」

「返事は?」

「はい!」

 聖壇から降りてきたマザー・ドゥーラに、ピシャリと尻を叩かれて、アンナは聖壇へ向かう。聖壇には聖別されたパンと肉、そして葡萄の醸造酒であるワインが山程置かれている。

 主への挨拶も行わず、そういえば。と、アンナは思い出す。この暑い夏の盛りの間、エンナの生産者達は各都市の教会へ生産物を持ち寄って、大挙して礼拝へ向かう。そこで開かれるのは盛大な宴会だ。その目的地の一つには、カターニアも当然のように含まれていた。

 エンナの民による巡礼と称した保養旅行は、暑さによる消耗を嫌った一種の生活の知恵であった。過去には州軍が護衛をし、現在では、教会により雇用された冒険者達が引き継いで、彼等、巡礼者を装った旅行者達を護衛している。あくまでも安全で気楽な、息抜きの為の旅路であった。

 実はこの催し。唯一神教会の聖人マザー・ドゥーラが、エンナの民の夏季の高い死亡率を知って整えさせたものだ。暑い中での肉体労働は危険であった。それに歯止めをかける為、オリヴェートリオに献策し、今では立派な習慣となっている。

 州軍の護衛を赤字覚悟で冒険者組合が引き継いだのも、ついでとばかりにエンナの民に組合の利用を促そうと画策した、冒険者組合シシリア州統括、ドロテアによる施策であった。

 この二つの役職者は同一人物の為、狙いは明らかであったのだが、誰も気付いていないようだった。時として、人の鈍感さは理論を超えるのだろう。身近にいるアンナでさえ、現在のこの催しの裏側にある意図に気付くのは、この日から一年以上後の事である。

 それはともかくとして。アンナの目の前の食材は圧巻であった。焼き上がってそれ程時が経っていないようで、パンは芳醇な香りを醸したままだ。

 アンナの大好きなマリアの料理の源流はドロテアのものだ。既にダイダロの手によってお腹は満ちているとはいえ、食指が動かぬハズもない。だが、基本的には真面目なアンナである。飽食は罪だと自身に言い聞かせ、やがて誘惑を跳ね除けた。そして、やっと主へのご挨拶、礼拝を行った。

 ——天にまします我等が父よ。今日再び、主と見えた幸運に、感謝と祈りを捧げます。バンとお肉と、ワイン、じゃなくて、葡萄ジュース、もうちょっとだけ頑張って、牛乳の御名によって。そうあれかし。

 大変罰当たりな礼拝なのだが、咎める者はない。礼拝は声に出すようなものではないし、主は非常に慈悲深く、いたく寛大であるのだ。




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