つまりは、大人となり、娘もいるダイダロにとってマザー・ドゥーラは英雄であり、憧れであり、偶像であって、そして初恋だ。魔王討伐後には放送が無くなったが、一行は有名人である。その消息は、容易に知れた。姫は国へ帰り、神聖ロウム帝国初の女帝として選定された。勇者と剣士は海を渡り、冒険の旅に出たという。そしてドロテアは教会に戻るとやがて孤児院を開き、同時に旅する修道女として、冒険者としても活躍した。そんな彼女がギルドマスターとして据えられたカターニアでダイダロが居を構えた事は、ただの偶然ではない。
昔日のダイダロ少年も、もはや良い歳の大人なので、そのような裏事情はお首にも出さない。彼の初恋の姫君は、少女時代の面影を残す、美しい女性へと成長していた。もしも彼女が昔日のままの姿であったのなら、彼は冷静でいられなかっただろう。とても業の深い事だった。
「はじめまして。マザー・ドゥーラ。アタ、私、只今名乗りをあげましたダイダロの娘で、ミリアム・セレーナ=フルングニルと申します。今はまだ只の学生ですが、私、いつか子供達の力になれるような大人になりたいと思ってて、それで、聖母様に憧れてて、その……」
「嬉しい事言ってくれる娘さんじゃないか。ミリアムちゃんと言ったね。よろしくね。頑張んなよ。貴女なら私なんかより、余程立派な大人になれるわ。ダイダロ卿、良い娘さんを、育てなさったものですね」
「恐縮です。マザー。私めらに、敬称も敬語も不要でございます」
「ああ。助かるよ。あの子のせいで、先に地金を見せちまったからね。私もこの方が話しやすい。幻滅したかい?」
「「いいえ。とんでもない」」
異口同音が重なった。ダイダロは口を噤み、ミリアムは口をひらいた。
「アタシ、聖母様の声を聴いてたら、お母ちゃんの事を思い出しちゃって、懐かしくて、嬉しくて、ごめんなさい。すごく失礼な事、言ってますよね……」
「可愛い事言ってくれる、娘さんだねぇ」
ドロテアは、跪いたままのミリアムを抱きしめる。同時に目線でダイダロに、この娘の母親は? と問い掛けた。
「六年ほど以前に、他界しております」
ダイダロが答えると、ドロテアはミリアムの背中を、トントンと優しく叩いた。
「こんな婆さんで良ければ、お母ちゃんとでも、おばあちゃんとでも、好きに思ってくれて構わないよ。アンタ達巨人族の娘なら、母親は多くて困る事はないだろう? ダイダロ殿、アンタ、六年の間独身かい? まさか、娘の不調に気付いてなかったってのかい?」
独身でございますね。とダイダロが答える。
「うぇーん! お母ちゃーん!」
すると、ドロテアの胸に顔を埋めて、泣き出してしまうミリアムだった。あまり知られている事ではないが、巨人族の娘、殊に乙女は寂しがり屋の、甘えん坊である。これは、巨人族の共同体の中で造られてきた性格だった。自分の子も他人の子も、母親達は共同で育児を行い、愛情を注ぐ習慣がある。娘の出生率が低い事もあり、未来の母親仲間にかける期待もあるが、母性本能がくすぐられるのか、母親達は女の子の世話を焼きたがる。これが習性にまで昇華されてしまっているのが巨人族の女性達だ。娘である乙女達も、その状態が自然であると安心するのもまた、昇華された習性だった。彼女達にも自覚は無い為、それを知る者は少ない。
「一体それは、なんの話です?」
このように、同族である巨人族の男ですら、認知していない習性だった。
「アンタ、知らなかったのかい。乙女達には、母親が必要なんだよ。それも、多ければ、多い程良い。それを六年も放って置くなんて、とんでもない虐待だよ。ミリアムちゃん。アンタ、そんな環境なのに真っ直ぐに育ってくれて、お母ちゃん、とっても嬉しいよ」
よしよしとミリアムをあやしながら、ドロテアはダイダロにキツい眼差しを送る。
「まったく、念頭にございませんでした」
昔のツンツンしてた頃の目だと、胸中で狂喜乱舞したダイダロだったが、神妙に頷いた。背筋にゾクリと走る快感に負ける程、未熟者ではなかった。
「まぁ、アンタがたった一人でこんなに素直で可愛い娘に育てたのは、立派なものだけどね。余程愛情込めて育てたのだろうねぇ」
「面映い事ですが、娘にかけた愛情に、恥じるところはありません」
「うんうん。立派な心掛けだが、無知は罪だよ。ダイダロ卿。アンタはミリアムちゃんが充分に甘えられる環境を作っておやりなさい。何も、アンタが再婚する必要は無いが、信頼出来る大人の女達と、娘さんが交流出来る場所を整えてやればいい。ここも、その一つとして使うと良いよ」
恐縮し、無知に恥入るダイダロであったが、素直に好意を受け取った。だが、彼は思い出してしまう。暫く後には娘は王都の学府へ行くのだと。
「そのご提案、遂行するにやぶさかではありませんが、実はこの子、ミリアムは、秋から王都の学府へ行くのです。その場合、一体どうすればよろしいのでしょうか?」
どこの学府だい? と、ドロテアが尋ねる。ダイダロの返答に、それじゃ、着いていっておやり。とは言えないねぇ、と、ドロテアが応えた。ダイダロが行ったとしても、ミリアムは寮生活だ。厳しい規則により、家族とはいえ顔を合わす機会は、週に数時間が良いところとなる。
「あそこなら知り合いもいるし、手紙を書いておくよ。同封するから、アンタも娘をよろしく。と、手紙をお書き。何、心配すんなって。悪いようにはならないよ」
既にドロテアは父娘に絆されていた。見極めるなどと息巻いていた癖に、大変チョロい女であった。さすがはアンナの母、マリアの母親である。チョロインの伝統は、間違いなく脈々と受け継がれていた。
「あ。ミリアム様! ずっるーい!」
そこに飛び込んで来たのが、パンと肉と葡萄酒への礼拝を終えたアンナであった。ドロテアに抱かれたまま、ミリアムは器用に両腕を拡げる。アンナへ、抱きしめてあげると。するとアンナは嬉しそうにミリアムの胸に顔を埋めた。一人取り残されたダイダロは、痒くも無い禿頭を掻いているしかなかった。
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