揺籠の島で揺蕩う少女達。   作:カズあっと

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連続投稿でキリの良いところまで。


20話 階段は続くよ。どこまでも。

 

 その後、アンナ達三名はドロテアに談話室へと案内された。いつまでも飽きずに抱き合う三人に、とうとう痺れを切らしたダイダロが、聖母様に、ご相談があるのですが。と切り出した為である。

「そんな訳でして、マザー・ドゥーラ。何人かいる筈の、条件に合う女性冒険者の方々が魅力を感じるだろう依頼方法を、彼等父娘に指南して頂きたいのですが」

 まったく不必要な氷解の為の会話を幾つか挟んだ後、アンナは本題に入る。アンナの狙いはこれである。怖いもの知らずの女冒険者ならば、必要充分条件を満たす者はいるだろうという願望だ。

「アンナ。アンタ、なかなか難しい事を言ってくれるねぇ」

 例えば、この頼みが女冒険者の紹介を請うものであったのなら、一撃粉砕だ。ドロテアに追い返されるだろう。依頼は原則冒険者の自由意志に依って受けるものであり、統括者の指令など、特別警戒時や緊急時以外はあり得ない。

「そんな事言って、いっぱいお話ししたいなって、お顔をされてますよ。マザー。ほら! 素直になって!」

「アンナ。アンタってば、本っ当にクソ生意気な小娘だねぇ……。マリアに言って、折檻して貰おうかしら」

「お母さんは、そんな事しませんー。あ。ダイダロ様、忘れる前に、お土産出しましょうよ」

 お土産とは、セレーナの氷菓子である。アンナがダイダロにせがんで、持ってきて貰った物でもあった。商品を知って貰えは、良い案も浮かぶだろうとのアンナによる計略だ。お土産は、季節の丸ごと氷菓子である、梨の氷菓子一人前だった。更に言えば、運が良いことに梨はドロテアの好物でもある。これも当然、アンナによる謀であった。ちなみに、お土産はドロテアへのものだけだ。これ以上食べてしまっては、アンナは夕飯を取れなくなる。彼女は己の胃袋を、過大評価してはいなかった。

「おっと。こりゃまた、ご丁寧に。ありがたく、頂くよ」

 祈りを捧げ、いただきます。と手を合わせるドロテアだ。アンナやマリアの習慣も、彼女から来たものであった。

「おぉう。これは美味しいねぇ。私は梨には五月蝿い方だが、これは合格だね。……これは、いつでもあるのかい? ……何? 季節限定だと。……旬の新鮮な果実が取れないから、季節に併せるだって? 中々風流で良いじゃないか。……秋は柿かい? なかなか乙なもんだ。何度も通わなければ、ならないねぇ」

 そして、ドロテアは甘味を堪能しつつ、情報を引き出してゆく。このやり口もまた、チョロさと共に受け継がれてきた伝統であった。

 アンナが物凄く物欲しそうな表情をしていたので、ドロテアは一口だけだが「あーん」と言って、氷菓子を食べさせた。彼女達が大層幸せそうな表情をするので、ミリアムも嬉しそうに微笑んだ。ダイダロは昔日に憧れた女性からの好評に、感極まっていたようだった。

「うん。確かにアンナが言う通り、この味なら、繁盛間違いなしと言いたい所だけどねぇ」

 祈りを捧げ、「ご馳走様」と手を合わせたドロテアが、眉間に皺を寄せながら呟く。彼女もすっかり甘味の虜だが、それが相談事に対する解答となる訳ではない。

「そこで問題になりますのが、私の風体でありまして……」

 恥いる巨人族の男であった。これで彼は、謹厳実直な騎士である。容貌から反社会勢力の者と誤解されるのを、不徳の極みと反省する実直さがある。傷を消すつもりこそ、毛頭ないが。

「顔の傷、消すかい?」

 そんな彼の気持ちを察しておきながら、尋ねる聖母。確かに彼女の神聖術式ならば可能だろう。だが、男は首を横に振る。例えビタロサでは理解されなくとも、傷は彼にとっての勲章だ。それを捨てる事は、彼自身の半生を否定する事になる。

「だろうねぇ。で、こっちには、何人か、そちらの条件に見合う冒険者の心当たりはあるよ。問題は、そちらの用意出来る報酬さね」

「そこで質問なのですが、私のこれまで培ってきた知識や技能を教導するというのは、報酬に値するものなのでしょうか?」

「ほう。中々面白い事を言うねぇ。アンナ。アンタの入れ知恵かい?」

「ええ。私は、ダイダロ様の知識や技能は、報酬として充分以上のものであると判断しております。人格的にも、大変立派な方ですし。どちらかと言えば、組合が教導を依頼しても損はないものだと推察していますが」

「こう、アンナお嬢様は仰ってくださいますが、某には、いささか過大評価に思われます」

 したり顔のアンナを横目に、やれやれと溜息を吐くドロテアだった。アンナの筋書きは読めたと、ドロテアは思った。

 だが、如何に勉強家のアンナでも、自分の隣に座っている巨人族の騎士の事までは、知る筈もない。単純に為人を見ての評価なのだろう。孫娘の成長は嬉しくはあるが、だからこそ、その先を見せぬ訳にはいかない。

「巨人族がフルングニルの騎士、ダイダロ=フルングニル。冒険者組合ロストール支部にて上級登録されたアンタの教導が過大評価なら、今ウチにいる講師陣は皆、辞職しなくちゃならないよ」

「え? 嘘!?」

「んー? でも、お父ちゃん。上級登録された頃にお母ちゃんが逝っちまって、お父ちゃんは冒険者の仕事なんて、全然してないよね?」

 驚くアンナに、のんびりと疑問を口に出すミリアムだ。彼女達は報酬について、口を出せる立場にはない。アンナは純然たる部外者であるし、ミリアムもセレーナから離れざるを得ない。必然、聴くだけの対応となるのだが、ドロテアのもたらした情報に一人は驚き、一人は疑問を持った。

「アンナや。アンタは直感に頼り過ぎだよ。人物評価は、しっかり裏を取らなきゃね」

「ダイダロ様は、上級冒険者だったのですか!?」

 ありがたい聖母の含蓄ある言葉など無視して、いち早く反応したのは、アンナであった。彼女はダイダロを高く評価していたが、そこまでの実績者とまでは、思い至っていなかった。

 なにせ、アンナの知る限り、現在のシシリア島で上級登録された冒険者は、たったの五名。冒険者としては休業状態のサルバトーレと、今日知った一人を除けば、三人しかいない。人口一千万人、しかも、巨大異界が存在する恵まれた環境のシシリアでさえ、たったそれだけの人数しかいないのだ。

 上級冒険者の公的な立場は、各国の上位貴族に相当する。一代、当人限りとはいえ、国際法上では、破格の待遇であった。まだまだ見習いであるアンナからしてみれば、上級冒険者は雲上人のような存在だった。

「ダイダロ様! 偉業は! ダイダロ様は、どのような偉業を、なされたのですか!?」

 アンナの興奮も無理はない。上級冒険者登録には、実力や人格は勿論だが、数々の実績が必要となる。そして上級登録される為の最大の難関こそが、偉業の達成だった。誰もが認める偉大な功績をあげたからこそ、上級冒険者として認められるのだ。

「確か、ロストールでの邪竜討伐だったね」

 どうどう、落ち着きなさいな。はしたない。と、食い気味なアンナを嗜めながらドロテアが答えた。ミリアムも、アンナの髪を梳るように撫でている。

「じゃりゅう!」

 寂しい語彙力に、ミリアムは吹き出してしまう。しっかり者に見えて、やっぱり、こういうところは子供なのよね。と、彼女は思った。

 巨人族の女性には、手の掛かる子ほど可愛がり、世話を焼きたがる癖がある。良い子である事に申し分はないのだが、彼女達からしてみれば、子と共に苦労し、成長する事は喜びだ。序でに言えば、大人の男に対しても、その傾向が強く出る。この性癖は、そういった性情の顕れなのだろう。

 ちなみに、この性癖を指してとある女権向上活動家曰く。巨人族の女はダメ男製造機だから、我々の活動に参加させるのは論外。とまで言われてしまっている。

「アンナちゃん。満点よ」

 両手の親指を掲げ立て、満面の笑みを浮かべるミリアムへ、表情に疑問符を浮かべながら小首を傾げたアンナであった。

 ミリアムはまた心中で、落ち着き払って令嬢然としている姿も尊いけど、子供らしい仕草の方が、この子には魅力的よね。と、考えていた。

「未だに組合にも誤解があるようですが、私が討伐した彼は、邪竜などではなく、ただの巨人族の青年ですよ」

「邪竜と成り果てたね。アンナ。アンタにゃ、後で資料を貸してあげるから、帰ってから読みな。……そんな膨れっ面しても、駄目だよ。アンタに付き合ってると、話が進まないんだよ」

 ダイダロはドロテアの言葉に深く頷いた。彼としても、まったくの同意であった。

「アンナお嬢様との会話は、誠に有意義なものですが、本題になかなか入れないのが、難点ではありますな」

「あー。確かに。アンナちゃんとお話ししてると、気まぐれな猫さんみたいにクルクルと話題が変わっちゃって、何の話してたんだろってなるわね」

 ぐぬぬと唸るアンナの頭を撫でながら、ミリアムまでもが同意する。三対一では分が悪い。仕方なく、アンナはダイダロへ話をせがむ事を諦めた。この会談はマリアとの『授業』ではないのだ。彼女としても時と場を弁えず、好奇心の赴くままに振る舞ってしまう悪癖は、反省すべき事柄だった。

「いい子だ。暫くそこで反省なさい。……で、ここで、ミリアムお嬢ちゃんに質問だ。アンタ、今までに、ダイダロ卿から教えを受けてきただろう? で、どう思う? 使いものになるものかい? 出来れば、娘としてではなく、中級冒険者、スカーレット・ウィッチとしての視点から、答えて貰いたいもんだがねぇ」

「え!? ミリアム様って、二つ名持ちの中級冒険者なの!?」

「宝石だよ。そしてアンナ。アンタは反省中」

 次々と明かされる新情報に、つい驚きの声をあげたアンナだが、ドロテアにピシャリと出鼻を挫かれてしまう。問答無用の一言に、しょんぼりと眉を下げるアンナであった。ミリアムに、よしよしと頭を撫でられた。

「尊敬するマザーにはお言葉ですが、アタシ、その二つ名、あんま好きじゃないんです」

「悪いね。でも、諦めな。二つ名ってのは、他人に呼ばれるものだからね。好き嫌いじゃ、どうにもならないものさ。私の撲殺聖女とかいうクソダサい物騒な二つ名、好きで呼ばせているとでも、お思いかい?」

 スカーレット・ウィッチも、撲殺聖女だって、かっこいいのに。と、胸中で思ったアンナであるが、声には出さない。彼女は反省中である。今、余計な事を言えば、お仕置きされる事は明白だった。お尻ペンペンは勘弁して貰いたい。ドロテアの躾は厳しいのだ。

 うんざりと吐息を漏らした女二人であった。両者とも、呼ばれる二つ名には思う所があるらしい。ままならないものですな。などと呑気に呟いたダイダロが、女二人に睨まれた。フルングニルの騎士などというまんまで無難な二つ名持ちの男には、女達の苦労など解る筈もない。

「それで、ミリアム様。ダイダロ様の講師としての資質は、いかほどなのでしょう?」

 反省を一旦止めたアンナが、嘴を挟んだ。ドロテアも、何も言わない。会話を円滑に進めるのならば叱られなどしないのだ。このままでは二つ名についての愚痴で話題が逸れるのではないか。と、危惧したアンナの気配りによる、軌道修正であった。

「ああ。そうだね。質問には、ちゃんと答えなきゃいけないね。あんがとね。アンナちゃん」

 ミリアムが言うには、ダイダロから冒険者としての様々な知識を授かりはしたものの、大体は基礎的な事であり、売りとするには足らないだろうという事だった。

 父は騎士として各地を渡り歩いていた為、博識である事に間違いはないのだが、これも冒険者には魅力に乏しいと思う。と、ミリアムは語った。即物的でない知識は役には立つが、それだけで成り立つ程の力はないとも言った。

「だからさ。お父ちゃんが人に伝えられる事の中で、報酬に値するような代物は、実践が伴うものしか残ってないと思うんだよね」

「ほほう。例えば、どんな物があるんだい?」

「うん。まずは、ソーの格闘術かな。その派生の武器術までは、基礎を教え込む分には問題ないと思うよ。尤も、これは武術だから、本人の資質と鍛錬が物を言うよね。他の武術を修めた人達には、それ程嬉しくないものだろうし」

「うむ。技を見せ、理論を語る事は可能であるが、武芸とは結局は本人次第であるからな」

「いやいや。それだけでも充分さね。まずは、これで一つ。他にも色々、あるんだろう?」

「そういうもの? 他には、環境適応術や、野外での生存技術とかかな? それらの延長だけど、調理や錬金術なんかは、お父ちゃんの得意分野ではあるよね。どれも、実践が必要な事は言うまでもないから、報酬としては適当じゃないかもだけど」

 とうにミリアムの敬語は崩れてしまっている。ドロテアに自分の言葉で話しなさいと諭されてのものではあるが、ドロテアの相槌が上手く、言葉を繕うよりも先に、ミリアムが答えてしまう事によるものだった。アンナは、これが年の功というものなのだろうな。と、三人の会話を聴きながら思っていた。

「なかなか、いいじゃないか。ダイダロ卿。アンタは、エトナに登った事はあるのかい?」

「安息日毎に、食材の調達に向かっていましたな。中層までは問題ありませんでした。が、これからは控えようと思っております」

「ほう。そりゃ、もったいないね。また、なんでさ?」

 ダイダロは、アンナの提案により、安息日に営業する事を決めたのだと答えた。さすがに営業中に、エトナとの往復するのは厳しかった。

「うん? アンタ、まさか、定休日は設けないつもりなのかい?」

「定休日でございますか?」

 あ。と、アンナは思わず口許を抑えた。彼女は確かに安息日の営業を勧めたが、休日については触れていない。当たり前に安息日の穴埋めで、どこかで休日を設けるものだと思い込んでいたのだが、この反応だ。直感的に彼女は、ダイダロがお仕事中毒者であるサルバトーレの同類である事を察した。なので、恐る恐るだが、尋ねる事にした。杞憂であって欲しい。そう望みながら。

「ダイダロ様。まさかとは思いますが、休日を取るご予定は、ありませんでしたか?」

「特には、ございませんでしたな」

「おバカ! 休日も取らずに働き詰めで、一体どのようにして健康を維持出来るというのですか。他にも、所用を片付ける為の時間も必要です。何事も、身体が資本なのは冒険者としても常識ですよね! まさか、そんな事すら判らない上級冒険者のダイダロ様では、ございませんよね!?」

「いえ。あの……」

「返事は、「はい」か「YES」です」

「はい……」

 突然怒り出したアンナに、ダイダロは引いていた。休養が大事なのは百も承知の事である。店を開いていても、充分に休養は取れるものだと、彼自身は思っている。寧ろ、店を開いている事が憩いの時であるとの、持論もあったのだが、それを口に出すと余計に怒られそうなので、口を噤んでおいた。

「まったく。ダイダロ様が、トトみたいに、お仕事が趣味で、大好きだから、これもまた休養になっているとかいう謎理論を言い出さなくて、安心しました。趣味とお仕事は、きっちり分けてくださいね」

 その判断は正解だったようで、痛いところを突かれた彼は、素直に「はい」と頷く事しか、出来はしなかった。

「お父ちゃん。アンナちゃんみたいな小さな子に怒られて、アタシ恥ずかしいよ……」

 モジモジと恥じ入るミリアムだが、アンナは彼女をも睨みつける。わざわざ、頭の上に指を二本立てる、怒ってますよのポーズを取りながら。まったく怖くないし、むしろ可愛いな。などと、ミリアムには思われていたが。

「ミリアム様も同罪ですよ! ちゃんとお父様に、休養を取らせなさい! 見て見ぬ振りをする事は、罪を犯すのとおんなじ事なのです!」

「う、うん。頑張るよ……」

「ミリアム様は素直で可愛いですね」

 うんうんと満足気に頷くアンナだが、実は戦々恐々としていた。つい出過ぎた真似をしてしまったのだが、後悔はない。ないのだが、この場にはドロテアも居る。そして、アンナは反省を命じられている。そして審判は、聖母の手に委ねられていた。

「アンナ」

「はい」

「後で、お仕置きね」

 非情なる有罪判決を宣告されたアンナは、肩を落とし、がっくりと項垂れた。

「ま。この子の言う事は、間違っちゃいないよ。ダイダロ卿。どうせなら、お店の休日は週に二日はお取りよ」

「二日ですか?」

「そうさ。二日だよ。一日は、好きに過ごすといいさ。アンタにとっての安息日が、その日だね。そしてもう一日は……」

 言いかけて、ドロテアは言葉を止める。ミリアムが、何かに思い当たったような顔付きをしていた為だ。言ってみてごらん、お嬢ちゃん。と、促した。

「その一日を使って、お父ちゃんには、希望する冒険者達への教導を行なって欲しいんじゃないかな。実践も含めた色々な技術の」

「正解さ。そうしてくれるんなら、組合から依頼を出す形になるね。高くはないが、こちらが金を出す事になるよ。その他にも、報酬というか見返りは、それなりにはなるだろうね。期待して貰っても構わないよ」

 ふむ。と頷くダイダロだった。確かに悪い話ではないし、その条件なら受け入れやすい。多くの元手が掛かりもしないので、用意する物は時間と、教導計画くらいである。

 とはいえ、お膳立てされて、全て丸呑みというのも情けない。

「思わぬ厚遇、嬉しくは思いますが、それでは、依頼の受諾は、冒険者自身の自由意志という原則に反しませんかな」

 別に、反しはしないよ。と、ドロテアが首を振った。依頼をするのは組合で、受けるかどうかを決めるのは、アンタさ。教導を受ける冒険者達とは無関係にね。と、彼女は言う。

「ふむ。すると、何ですな。最初に思い描いていた展開とは、立場が逆になりますな」

「だろうねぇ。どう見ても堅物なアンタの事だ。大方、労働依頼の適切な出し方と、報酬の相談にでも来たつもりで、いたんだろうしね」

 まさにその通りです。と、ダイダロが答えた。依頼をするつもりで組合にやって来て、逆に依頼を受けるかどうかを問われるとは、想定外である。しかしそうなると、彼には一つの懸念が生まれた。

「烏滸がましい話かもしれませんが、やはり労働は、自由意志によって行われるべき物だと思います。教導を餌として釣った冒険者が、楽しんで働いてくれるものでしょうか」

 もっともな意見であった。望まない労働など、苦痛でしかない。報酬目当てなだけでは、意欲が沸くとも思えなかった。

「エトナに登ったアンタなら、あそこの異界特性も知ってるだろ? お嬢ちゃんの言う、アンタが人に伝えられる技術ってのは、ここじゃ、垂涎ものさ」

「それ程大それたものでは、ありますまい」

「謙遜は、およし。人に真面に物を教えられる腕の立つ冒険者なんざ、希少なんだよ。察しておくれ」

「ああ。……それは、まぁ、そうですな」

 現在こそ、気軽な副業として親しまれている冒険者稼業だが、本来、身を危険に晒して報酬を得る冒険者など、ただの無法者に過ぎない。元々は、そういった方法でしか生計を立てられない溢れ者達の受け皿であった冒険者組合だが、長い歴史の上で、時に英雄が現れ、時に時代の需要に応える事によって市民権を得て、現在に至っている。どういう訳だか腕の立つ冒険者程、癖の強い者が多かった。

「大丈夫さ。今の若い奴らは、よく弁えているよ。急がば回れって事もね」

「そこはかとない不安が残るのですが」

「そこは組合を統括する責任者の、人を見る目を信じて貰うしかないだろうさね。まぁ、大船に乗った気でいておくれ。カターニアの冒険者には、打ってつけな娘達が居るからね」

 自信を持って言われれば、そういうものかと受け入れる他にないのだ。ダイダロは流れに任せる事を決めたようだった。

「三日以内に契約書を用意させるよ。書類の送り先を教えておくれ」

 住所と番地をダイダロが伝え、ドロテアがメモを取る。

「契約内容の確認が出来たら署名して、二人で組合に持って来るといい。話は通しておくよ。その後で、雇用主のアンタ達の紹介と、派遣する娘達の面接をしようじゃないか。構わないかい?」

 父娘揃って頷いた。落ち込んだままのアンナをあやすミリアムだったが、話はちゃんと聞いていたようだ。対照的にアンナは、うつらうつらと船を漕ぎ出しており、全く話が耳に入ってはいないようだった。

 ドロテアは、今日は有意義な時間を過ごせたね。二人とも、またの来訪を楽しみにしているよ。と、結んだ。

 どうやらこれにて会談は終わりのようだが、セレーナの父娘は困ってしまった。それは、夢の中へ遊びに出ているアンナの扱いだ。彼女自身は軽い為、運ぶのには問題ない。けれど、どこへ運べば良いのかが判らない。当然だ。彼等は今日が初対面である。聞かなければ、送り届ける先である家など、知りようもなかった。

「何、心配はいらないよ。バカ娘の保護者は、もう着いてるさ。マリア。別に遠慮はいらないよ。話が終わるまで待たせてしまって、すまなかったね」

 椅子に座ったまま、スヤスヤと安らかな寝息を立て出したアンナの頭を撫でて、ドロテアが言った。すると静かに扉が開く。

「うちの娘が、ご迷惑をお掛けしまして、申し訳ございません」

 そこには扉を閉めると共に、深々と頭を下げた女性がいた。鈴を転がしたような声。煌めく金色の髪が、サラリと流れる。女性が顔を上げれば、雪のような白い肌。左右の瞳の色彩が、異なる。華奢で背丈は低いが、一分の隙もなく着こなした侍女服の、胸部の盛り上がりが凄い。思わずミリアムは、自分のモノを棚に上げて二度見する。ダイダロは視線を逸らしていた。

 そして、アンナによく似た面差しの麗人は、嫋やかに微笑んだ。淑女の礼を、一つして。

「娘が、大変お世話になりました。私、アンナの母親で、マリアと申します」

「これはご丁寧に。私はパーラー・セレーナの店主をしているダイダロと申します。こちらは娘のミリアムです」

「ミリアムです。学園生です」

 騎士礼にて、言葉を返すはダイダロだ。ミリアムはマリアと同じく淑女の礼で名乗る。

「この子、今日は少々無茶をしたらしくて、心配で。それに、なかなか帰ってこないですし」

「それは大変、申し訳ございません。差し出がましい事ですが、お嬢様は大変お疲れのご様子でしたので、ついお引き止めしてしまいました。何せ、アンナお嬢様は、我が店のお客様第一号でしてな」

「ごめんなさい。アタシ、全然配慮が足りてなかったよ。子供の帰りが遅くなれば、お母ちゃんは心配だよね……」

 快活に語るダイダロと、ひどく申し訳なさげに謝るミリアムに、マリアは笑みを深めた。

「謝らないでくださいまし。ミリアム様。貴女はとても利発で、優しい娘さんですね」

 マリアは、ミリアムの元へごく自然に歩み寄り、良い子ですねと、頭を撫でる。マリアが普通に手を伸ばしても、ミリアムの頭には届かない。圧倒的な母親力に呑まれて、しゃがみ込んでしまったのはミリアム自らの行いだった。

「う。ちょっと恥ずかしいかも……」

「ダイダロ様。とても良いお嬢様を、お育てになりましたね」

「自慢の娘でしてな」

「恥ずかしいから、やめてくれよぉ……」

 ミリアムは、クスクスと笑うマリアに、されるがままだ。このような姿を見せられると、マザー・ドゥーラに言われた乙女達には、多くの母親が必要だという話に信憑性が加わる。だが、別にダイダロの努力次第で、どうにかなる事でもない。潔く、なるようになるさ。と、彼は達観した。

「アンナが初めての客となりますと、お店を開かれたのは最近ですね」

 セレーナの大凡の場所をダイダロが答えると、マリアは、ああ。あの辺りですね。と頷いた。カターニアの地理には明るいようだった。それでは今度、アンナと一緒に伺わせて頂きますね。と、彼女は言った。

「でも、マリアさん。良くアンナちゃんがここに居るってわかったね。多分だけどアンナちゃん、交信使えてないでしょ?」

 交信が使えるのなら、あの子は母親に連絡を入れるだろうし、その事も伝えてくれる筈だとの推測だ。随分な信用であった。

「ええ。シスター・カンナより連絡を頂きまして、こうして迎えに参りました。お二人には、娘が良くして頂いたようで、お礼申し上げます。本当に、ありがとうございました」

 淑女の礼を、また一つ。アンナのものよりも、洗練されたものだ。ご令嬢の教育は、この女性によるものかと、ダイダロは納得した。

「あー。あの受付のお姉さんか。アンナちゃんは随分と懐いていたみたいなんですけど、仲良いんですね」

「ええ。シスター・カンナもまた、マザーの娘と言う意味では、私の妹です。それに、彼女はアンナに、手話と刻印術の先生をしてくれていますからね。とっても仲良しです」

「手話?」

「西フランクの修道士会で体系付けたられたとされる、身振り手振りを用いた会話方法の事ですな」

「あら。ダイダロ様は博識でございますのね。フランクの、レペー司祭というお方が纏められたそうです。それをマザーが探し出して来て、私達に授けられました。お陰で、私達の世界は、ほんの少しだけ拡がりました」

「すると、あのシスター・カンナという名の女性は……」

 言い淀むダイダロに、マリアは悲し気に首を振った。柳眉を下げ、愁に満ちた表情だった。

「ええ。お察しの通り、あの子の世界には、音という概念が存在しません。けれど、人です。ごく当たり前の事に、喜び、怒り、悲しみ、楽しむ、只の人でしかありません。人を想い、その関係に悩む、一人の少女でしかなかったのです。音を知らず、声を持たない彼女の想いと、私達を繋いでくれたのが、手話でした」

 そう言って、眠るアンナを抱き上げる。細腕のどこにそんな力があるのか、少女の体をまったく揺する事もなく、滑らかに。そしてマリアは、アンナの耳元に唇を近づけて囁いた。

「ほら。起きなさい、アンナ。皆様に、お暇のご挨拶をなさい」

「ぅぇ? ……マリアお母さん? おはようございます? え? なんで?」

「ええ。おはようございます。お迎えに参りましたので。それと、まだ寝ぼけていらっしゃるのなら、よく周りをご覧なさいな」

 キョロキョロと首を回したアンナ。視界には、ドロテアがいる、ミリアムがいる、ダイダロがいる。アンナは状況を察した。会談は終わっていたようで、三者共に立ち上がっている。

「もしかして私、寝ちゃってた?」

「ええ。それはもうスヤスヤと、良くお眠りになられていましたわ」

 アンナはたちまち頬を赧めて、イヤイヤと首を振った。

「自分で立てます」

「却下です。このまま、ご挨拶なさい」

「えー」

「えー。じゃ、ありません。今日の事は、フロレンスから聞いていますよ。ついでに、貴女が受け取らずに逃げたっていうお薬も、受け取っていますからね」

「ぇぇ……。あの、苦いやつ?」

「どの苦いやつかは判りませんが、フロレンスが、二度と無茶する気が起きないように、うんと不味くなるように仕上げたって、自慢していましたね」

「ぅぇ……」

「帰ったら、お風呂に入って、お夕飯。済んだらお薬をお飲みなさい。今日一日は、机に向かうのも禁止します。それと、貴女の口から改めて、今日の出来事を報告して貰いますからね。反省会ですよ。その後は、大人しく寝てなさいね。わかりましたか?」

「はぁい……」

「返事は?」

「はい!」

「良いお返事ですね。さぁ。皆様に、お暇のご挨拶を」

 何故か遠い目をするダイダロと、クスクスと笑うミリアムに顔を向ける。途中でドロテアとも視線が合わさったが、滅茶苦茶イイ笑顔だったので、視線を背けた。絶対に、碌でもない事を思い付いた顔だった。仕方なしにマリアに抱き上げられたまま、頭を下げる。

「マザー・ドゥーラ。本日は貴重なお時間を割いて頂き、誠にありがとうございました。ダイダロ様、ミリアム様、本日出会えた良縁に、感謝致します。叶うのなら、このご縁が末永く続く事を、主にお祈りします。父と子と、精霊の御名によって。そうあれかし」

 そうあれかし。と、三つの口から同じ言葉が返される。その後は、三者三様だった。

 ミリアムは手を振って、またねー。と、笑った。ダイダロは、またのご来店をお待ちしております。と、頭を下げた。ドロテアはイイ笑顔をしたまま手話により、お尻ペンペンを示唆した。恐る恐るマリアの顔を見上げたアンナは、その唇が、「ええ。ペンペンですよ」と動くのを見て、顔を蒼ざめさせた。

 マリアが辞去の挨拶をし、礼拝堂の扉から廊下へ出ると、そこには思わぬ人物が立っていた。シスター・カンナである。扉が開き、礼拝堂の明かりが漏れた事で気付いたのだろう。彼女は視線を落としていた本に栞を挟むと、本は瞬く間に消え失せた。驚きはない。空間術式を応用した、収納術である。

 マリアは微笑んで膝を僅かに落とすと、頭を下げる。両手が塞がっている為の略礼だ。同時にマリアは唇を大きく動かしていたのだが、アンナからは見えない。アンナの視線は、プイと顔を逸らしてしまったシスター・カンナへ向いている。彼女は耳まで真っ赤にしていた。

 マリアの足元に、眩い光が立ち昇る。複雑な幾何学模様に古代文字、そして幾つもの数式。シスター・カンナによる転移術式の前兆だった。明度の差に目が眩まないように、母娘は揃って瞳を閉じた。

 

 目を閉じておいてなお、感じる光が消えた。

 薄く瞳を開ければ、夕日に照らされる我が家があった。どうやらシスター・カンナは家まで送り届けてくれたらしい。マリアが歩み、扉を開く。玄関へ入った二人は、お互いに「ただいま」と言い合った。




連続投稿って、読んで貰うには悪手なのですかね? 読まれたい。
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