揺籠の島で揺蕩う少女達。   作:カズあっと

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 またキリの良い所まで連続投稿なのですが、この後の24話 夢から覚めて。が、執筆当初の完結でした。盛り上がりがなく、まったくタイトル回収が出来ていなかったので、その後も書き続けております。


21話 お家へ帰って。

 

「あら。感心ね。ちゃんと言われた通りに、机に向かうのは、控えているのね」

「だって、そう言ったもん」

 お風呂に入り、夕食を取り、なんとか不味いお薬を飲み下した後である。日課である柔軟体操を済ませ、暇になってしまったアンナが寝台でゴロゴロしていると、マリアがやってきた。

「あれ? 今日は、こっちで寝るんだ。トトは、お仕事に?」

「ええ。嵐が来そうだって、お昼前にシラクザへ向かいました。本当、落ち着きのない人」

 マリアは寝巻きだ。お風呂上がりなので、石鹸の良い匂いがする。

 彼女達の住まいは向かいの温泉から湯を引いている。つまりは温泉だ。温泉には独特の匂いがあるのだが、後に残る程の強さはない。

 肌に残るのは、花の香り。

 カターニアは、オリーブの一大産地であった。特産のオリーブオイルと、取り扱いの難しい水酸化ナトリウムという劇物。それに、エトナの果実や花などの植物から取られた精油を混ぜ合わせ、反応させて作られるのが石鹸だ。完成までに大層手間が掛かる代物で、それに応じた値段でもあるが、非常に良質であった。

「後で、マッサージをしてあげますよ。フロレンス直伝です。効果覿面間違いなしですよ」

「後で?」

「その前に、反省会ですよ。アンナお嬢様。本日はどのような働きをされたか、詳しくお聞かせくださいませ」

「フロレンス様から聞いているのでは?」

「貴女のお口から、お聞きしたいのです。それとも、お嫌ですか?」

「そうじゃないけど……。うーん、どこから話せばいいのやら……」

「ならば、最初から。依頼を受けた経緯から、聴かせて貰いましょうか」

 うん。と頷いたアンナは、聴きながら、マッサージを施しますからね。と、マリアに横になるように命じられた。素直に従うアンナである。後でって今なの? なんか早くない? と思ったのだが、口に出しはしない。彼女はマリアに触れられるのが、大好きだ。否など、あろうはずもなかった。

 

「……先週だったかな。見習い用の労働依頼を探している時に、その依頼を見つけました」

 それが本日請け負った、仕立て屋夫婦の引越し手伝いという依頼なのだが、掲載日は一ヶ月程前の日付であった。

「ああ。今年は夏が来るのが早かったですし、この暑さですからね。重労働系の依頼は、避けられがちです。それで、先週まで残っていたのですね?」

「受付てくだすったアリアお姉様に聞いたら、そうだって。何人か受けてくれたのだけど、必要な人員が足りてないって言うから、登録をお願いしました」

「……ああ。ご夫婦ということは、女手ですか。少々間が悪かったのかもしれませんね」

 頷くアンナ。平年よりも暑さが厳しい夏である。ただでさえ重労働である力仕事は受けが悪く、この時期の女冒険者達は、夏祭の準備に流されがちだ。公共の催しである催事は、負担の割に報酬も悪くない。言うなれば、美味しい依頼であった。

 加えてありがちな事なのだが、労働依頼には細かい契約事項まで詰められておらず、引越しなどの場合では、梱包や包装などに割り当てられた体力に自信のない冒険者まで、運搬などの高負荷な労働を強いられる事もある。冒険者にとっては旨味が少ない。

「せっかくだし、やってみようと思いました」

 とはいえ、アンナは見習いだ。仕事を選り好みする程に擦れてはいなかった。知識も経験も足りない彼女だが、最悪、力仕事でも、狂化(バーサーク)が使えるから、なんとかなるだろうとの打算もあって、請け負う事に決めたのだ。そして依頼当日となった。

 

 朝だというのに、蒸し暑い日であった。少し早めに、集合場所である仕立て屋夫妻宅へと赴いたアンナを、彼等は歓迎してくれた。

 夫人のお腹が大きい。もう一月程先に産まれる予定だ。と、嬉しそうに笑い合う二人に、アンナの労働意欲は漲った。

 少し早めに来たのは、荷造りの点検と補強を行う為だ。その必要を感じた為でもある。

 組合では複数の冒険者で組んでの仕事の場合、略歴を共用する。そう深いものではないが、端的な特徴は捉えられた。他の冒険者達は男性ばかりで、アンナと同じ見習いと、単純な力自慢ばかりであった。組合職員であるアリアお姉様に聞けば、彼等は皆、細かい作業などは不得手としているようだった。多少荷物の扱いが不味くても傷などが付かぬよう、梱包の補強をしようと考えて、早めにやってきたのだ。

 前もって連絡を入れて貰ったので、互いに不安はない。保護(プロテクション)の術式を、既に梱包された荷物に重ねてかけていく。

 術式の重ね掛けは、一般的に高等技術であると言われている。元となる術式を解析し、同期させる必要がある為だ。上手くいけば、その効果は乗算される。これは、調和【ハーモニクス】と呼ばれる技能であり、ビタロサの学府においては必修となる技術であった。

 一通り終えると、集合時間も間近となった。だというのに、誰も来ない。アンナが訝しんで、依頼人夫妻に集合時間を確認し、次いで組合に問い合わせて貰うと……。

 依頼を請け負っていた他の冒険者達は、治療院送りとなったという。理由を問い糺せば、熱中症の疑いがあるとの事だった。

 ここのところ夜間の気温が下がらず、睡眠時に熱中症に掛かる市民が増えていた。気温調整することが可能な術具は、おしなべて高額だ。比較的過ごし易い気候とされるビタロサではあまり普及しておらず、所有者は経済的に余裕のある層や、一部の物好きに限られた。それが裏目に出ていた。この年は例年にない程の酷暑であった。

 労働依頼を主に請け負う冒険者層は、見習いから、良くても鉄位階である。特に美味しくはない重労働系の仕事となると、他に仕事がないから。という理由で請け負う者も少なくない。そんな彼等の稼ぎが良い筈もなく、高価な術具になど手を出しようがなかった。この夏、こういった事例が多く発生しており、幾つかの公共工事にも進捗に遅れが出ていた。

 依頼人夫妻は、すこぶる好人物達であった。人数が揃わない事を知ると、まずは治療院に運ばれた冒険者達を心配し、引越しは、また別の機会にすればいいと言った。彼等は、「今日は暑い中ありがとう。依頼の達成証明をしよう」と、アンナに対して持ちかけた。

 こういった場合、依頼の取り消しか、破棄や延期とする事が殆どだ。それらの処理であれば、依頼人は報酬を支払う必要がなくなるし、今回のように、冒険者、引いては組合の過失であるならば、同種の依頼を再度出す場合、依頼人側の支払いは大きく割り引かれる。そういった措置が取られる為、依頼人としては残念だろうが、わざわざ冒険者や組合に対し悪感情を抱くまでの事でもない。冒険者の資本は身体だ。それを大切に扱う事に、異論を挟む者などいないのである。

 だが、達成証明を刻印するとなれば、話は異なる。事実に関わらず、依頼は達成されたものとして扱われる。支払いは当然として、次回の減免措置などはなく、目的を達成しようとするならば、再度正規の報酬を提示して、依頼しなければならない。明確に、依頼人側の不利益であった。

 これをアンナが、受け入れる筈がない。依頼人夫妻に対して、彼女は依頼の破棄か延期を申し入れた。だが、夫妻は譲らない。彼等にも、通すべき筋があると言うのであった。

 彼等は、やって来た冒険者の一人が、まだ幼く、線の細い少女であると知って、夫人の荷物は運んで貰うが、出来るだけ負担の少ない雑用や、他の冒険者達の世話などに当たって貰おうと思ったそうだ。とても、引越しなどという重労働を任せられるとは思えなかったのだと。

 彼等は仕立て屋という稼業の都合上、大掛かりな機械や、重い家具を所有していた。まともな感性をした者ならば、このように酷暑の日に、少女に重労働を課してまで、引っ越したいとは言い難い。至極当然の計画だった。

 なので最初はアンナに対し、大きな期待は寄せていなかったのだ。と、彼等は詫びた。

 だが、調和を用い、保護の重ね掛けまでされれば判ると言った。幼い子供と侮っていたが、アンナが腕の確かな術師である事を。

 達成証明は、当初の侮りへの謝罪と、磨いた術式への敬意を含めたもので、対価としては決して高いものではないというのが、夫妻の主張であった。

 だが、ここで達成証明に刻印される事をアンナは断った。そして、引越しを始めましょう。と、やや強引に依頼の続行を押し切った。

 アンナの予感では、赤子が産まれるのは、そう遠い日ではないと告げている。その素晴らしい日に新居で祝福されないなど、許せる事ではなかった。

 最初に狂化による力を見せつけ、次に要領良く荷物を纏める。頑丈な荷車を曳き、覚えた様々な術式を駆使しながら、猛然と引越しを片付けた。かくして、大人五人、一日がかりを想定した依頼は、少女一人、半日がかりで達成となった。まさに十人力の活躍だった。

 新居へ荷物が一通り据えられた後、せめてものお礼にと、依頼人夫妻が昼食を用意していた時である。急に妊婦が苦しみだした。

 産気付いたのだ。経験の浅いアンナには、それが判らなかったが、その苦しみように、安息(レスト)を使う。この時には術式の同時発動は未修得であった為、狂化は解除している。半日の無茶が祟って疲労困憊であったアンナだが、安息を自分と夫妻にかけ、状況把握に務めた。

 妊婦に聞けば、今にも産まれそうとの事だと知れた。夫によれば、出産予定日は大凡六週間後であった。どう考えても早産だ。母体の感覚は、医者の予想よりも当てになる。それに適切な対応を取らなければ、母子共に命の危険があった。

 予感があった。

 医師や産婆を呼び、そこからの対応では、間に合わない。新居には、出産に必要な人も物資も足りていない。ならば、どうするか。行くしかない。出産が可能で、適切な処置を施してくれる場所へ。

 夫へ、かかりつけの医師を問えば、近くはないが、そう遠くもない。アンナは計算した。飛ばせば、必ず間に合う。

 アンナが手荷物を探ると、御使のおくるみがあった。緊急時に役に立つので、普段から携行しておくようにマリアから言われていた物だ。マリアの物ではない。ルクレツィアの、一度たりともアンナを包む事のなかった御使のおくるみであった。謂わば、形見の品だ。同時に有用な術具でもあった。

 妊婦に安息をかけ、睡眠(スリープ)の術式を施した後、御使のおくるみに包む。子供の父となる男はは、この後の行動を説明しながらだ。

 これから妊婦を荷車に乗せ、それをアンナが曳き、医師の元へ向かう事。とても急ぐので、安全の為に妊婦を術具で包み、その際に睡眠と安息の理術をかけているが、これは心身に悪い影響はないので、安心して欲しい事。妊婦を医師に託すまでの間、手を取り、声を掛け、励まし続けて欲しい事。また、荷台は揺れるので、怪我をしないように。との注意も忘れなかった。彼は動揺していたのか、それら全ての提案に対し、即座に異論はないと頷いた。

 睡眠に抵抗がなく、すぐさま御使のおくるみは、その権能を発揮する。狂化を自身に、安息を自身を含む三名へとかける。どちらも、効能に問題はないようだった。この時、初めて術式の同時発動が成功したのだが、その事にアンナが気が付くのは後の事であった。

 荷車を曳き、駆ける。幸いにカターニアは大都市だ。道は悪くなく、大人の男性の力ならば、直線で振り落とされる程の揺れはない。問題は、曲がり角だった。だが、妊婦の夫も、危なげなく身体を使って耐えている。優男に見えて、運動能力は高いようだった。

 ここで一番の障害となったのは、皮肉な事に当たり前の日常を営む道行く人々や、馬車や牛車を始めとする車両である。彼等はアンナ達の事情など知る由もないし、暴走と呼べる車両の通行など、想定する事もなかった。

 なのでアンナは、大きな荷車を曳いたまま、それらを避け、躱し、駆けねばならなかった。微かにでも触れれば、お互いにただでは済まない。

 往来に注意を払い、道程の障害を予測するその間にも、安息と狂化を欠かさない。妊婦の苦しみようは尋常ではなかった。安息の効果がなければ、意識を取り戻してしまうだろう。そうなれば、御使のおくるみの権能は解除され、母子共に危険であった。子供の父親だって、心配だろう。動揺して、怪我でもされては堪らないのだ。

 速度の維持の為、狂化は欠かせない。筈なのだが、この時、妙に術式の効能が不安定であった。

 判りきった事実だが、アンナの素の筋力では荷車など曳けず、駆ける速さなど、なめくじと良い勝負である。それを知っているからこそ、狂化の発動を疑っていなかった。

 だが、思考が妙に高揚したり、逆にとても鎮まったりと安定しなければ、肉体の方も、時に荷車や足が異常に重く感じたり、逆に軽く感じたりと、非常に不安定なものであった。

 通常、狂化の際に、そのようなぶれ幅はない。人体の潜在能力を理論によって解放する術式だ。文字通りに理論立った働きでなければ、人体は、いとも容易く壊れる。

 そうして辿り着いたのが、カターニアの街で最大の医療施設、州立カターニア総合病院である。幸い、医師達は優秀だった、駆け付けた彼等に、助けて。と、請えば、一目にして状況を察したらしく迅速にして適切な処理を行った。それを見届けたアンナは、もう心配はいらない。と、ついに意識を手放した。





 感想や評価など、頂けると幸いです。まずは、読んで貰える所からでしょうが。
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