揺籠の島で揺蕩う少女達。   作:カズあっと

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読まれたいんだ。


22話 病院へ辿り着き。

 

 アンナが意識を失っていたのは、ほんの短い間のことらしい。医師と看護師、薬師と癒者がそれぞれ複数。それだけの大人数に囲まれて、アンナは説明を受けていた。

 最初に、早産でこそあったが、娘が無事産まれた事。また、母子共に現在の健康状態は良好である事を伝えられる。最大の懸念は払拭されたので、アンナは安堵して力が抜けて、くてんとしてしまったのだが、次にはこっぴどく怒られ、叱られた。

 彼等によれば、どうやら、アンナの身体は、余程酷い状態だったらしい。外傷こそないものの、身体中の筋肉や腱が損傷しており、骨の多くも疲労骨折を起こしていたという。救急治療は既に施しており、後遺症の心配はないそうだが、数日の間は疲労と筋肉痛や骨の痛みに悩まされると宣告された。

 彼等には、くどくどと無茶をするなと注意され、また叱られた。運良く今回は無事だったものの、次があるとは思うなと脅されもした。彼等からしてみれば、アンナは幼い少女である。肉体の潜在能力を解放するなど、出来上がっていない身体には負荷が高過ぎる。至極尤もなお叱りだった。

 その会話の折に尋ねたのが、狂化(バーサーク)の不調についてだ。彼等は人体とそれに纏わる術式の専門家だ。話の流れで狂化の不調を出すと、彼女の身体に、そんなに長時間狂化の理術が掛かっていた痕跡はないという。ならば、どうやってあんなに力を出せたのかと考えていると、医師のうちの一人が、仮定を示した。

 それは、本来の意味での、理術によらない天然の狂化【バーサークル】が発動していたのではないかという話だ。その特徴を聞けば、色々と当てはまる事が多く、筋も通っている。が、そんなモノの発動のさせ方などアンナは知らないし、学んだ限りでは、そういったものの習得には修行や経験が不可欠とされる。アンナにはこの時、それ程の経験などないのだ。話を聞いた医師はまったく面白くもなさそうに、それこそ、人体の神秘ってヤツじゃないのかな。火事場の何とかとかの。などと言っていたが、アンナには答えの出せない疑問であった。

 ちなみにこの時に、術式の同時発動が可能となっている事が判った。一つの壁を超えたという事だ。試みに組み合わせた術式の中に、狂化が含まれていた為、またもやこっぴどく叱られた。

 一通りの情報交換を終えたアンナと医師達である。彼女は酷く疲れていたし、彼等もまた、彼女自身の安静を求めた。そんな中、ソワソワと落ち着きのないアンナへ、看護師の中の一人が声を掛ける。産まれたばかりの赤ちゃんと母親に、逢いに行かないかと。

 アンナにとって、まさに渡りに船の提案だった。母子共に健康の報告に、充分に満足していた彼女だが、欲はある。それは、産まれたばかりの赤ちゃんを、生まれたばかりの一つの家族を、この目で見たいという、なんとも慎ましくも微笑ましい、ささやかな欲望だった。

 そして、新生児室前。

 この病院では、産まれる前後の母子はここに何日か入るのよ。と、看護師に教えられる。説明によれば、その健康状態を適切に保つ効果があるらしい。外界とは隔たれた空間に、幾つもの大規模な術式や術具が用いられている。人造の異界。実装者は、そう表したとされていた。新生児室の構築は、十年ほど前に計画され、七年前に試験実装された。そして五年前になって、本稼働に至ったそうだ。

 ——その時、これがあったら、マリアお母さんの子、お姉様も、ルクレツィアお母様も。そう彼女の胸が痛んだのは、仕方のないことだ。

 眠る赤子を、愛おしげに眺める母親。そんな二人を眺めるアンナの隣に、並び立つ男があった。赤子の父親である。彼は僅かな間、妻と子の姿を見つめると、やがてアンナへ向き直り、両手両膝と額を床に着けると涙を浮かべながら、猛烈な勢いで感謝と謝罪の言葉を並べ立て始めた。東洋に伝わる、土下座であった。

 当時のアンナは、その意味を、知識としても知らない。だが、猛烈な勢いに、気を呑まれてしまった事だけは確かだった。感謝は、妻子を救ってくれた事に。医師達の誰かに、聞いたのだろう。謝罪は、アンナの負傷に対してのものだった。

 涙と鼻水を垂らしながら喚き続ける男に、アンナは、この人はなんて誠実な人なのだろうと思った。アンナは彼を立ち上がらせ感謝も謝罪もいらない。けれど、それで気が収まらないのなら、貴方の妻子を、貴方の家族を、変わる事なく愛し、見守り続けると誓って欲しい旨を伝えた。やがて気を取り直した男は、涙を零しながらも、言われずとも、天地神明に誓ってと、両手を併せ、拝んだ。運命的なものなのか、それと同時に、愛おしげに我が子を見守る母親、彼の妻も、此方の様子に気付いたようであった。

 新生児室は防音であり、外から音は入らない。また、健康に適切な空間構築の都合上、外の様子は、それを望まないと視認できないとされている。この偶然の一致に運命を感じぬ者など、そういない。母親である彼女もまた、彼と同じくしてその瞳に涙を溢れさすと、両手を併せ、拝む。拝みながら、彼女は唇を動かした。喉の動きから、声が出ていないことが判る。眠る赤子の隣だ。大声など出せない。それでも、彼女の唇の動きの示す言葉は、夫と同じものだった。

 アンナの胸には、迫るモノがあった。

 二人の感情に中てられたのか、それとも、取り返せなかったモノへの悲しみか。つい連られるようにして、彼女の瞳にも、熱い涙が盛り上がる。途端、赤子が、むずがって目を覚ますと、泣き始めた。新生児室は防音だ。声は聞こえない。それでも、様子を見れば明らかだった。

 これではいけない。この場に相応しい表情は、これではない。ならば、一つしかないだろうとも考える間もなく、アンナは両唇に指を当て、その口角を吊り上げた。

 これは母へ最後に見せた、謂わば、取っておきの表情だ。愛し、愛される者達へ贈る、最高の表情【プレゼント】。それは、祝福され、愛されるべき者へ捧げる、祈り。それこそが、笑顔。

 アンナは言葉にはしない。しかし、伝わるのだろう。最初に母が、次に父が、そして最後に看護師が。彼女に続き、赤子へ笑顔を贈ると、やがて、すやすやと安らかな寝息を立てて、赤子は眠り始めた。

 今日産まれ落ちたこの子に、精一杯の愛情と祝福が注がれるますように。私と貴女と世界の全てにおいて。そうあれかし。

 笑顔で、祈りを捧げる。父と子と精霊の御名においてではなく、自分とあの子と、世界の全てへ、そうあれかしと。

 

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