「ふふふ。クーナおねーちゃん。でも、まだまだ納得しきれていないお顔をしていますよ?」
「ま。そりゃね。ノエミちゃんがお臍と太腿が大好きって事は知れたけど、それでも顔が判らない程だっていうのは、謎だもの」
「なっ!?」
「謎って、良いですよね。でも、そのお臍と太腿の謎、我等が名探偵が、見事解決してみせますよ! さぁ! 名探偵エスコット様!」
ノエミの抗議の叫びは、ノリノリのアンナによって掻き消される。
ノエミは、私は人体の特定の部位に執着するような変態ではないと、叫びたかった。
彼女が執着するのは全身の調和である。特定一部の美しさに拘り、全体の調和をないがしろにするなど、彼女の哲学にはない。
個体としての美しい人体を愛で、気飾らせる事にこそ愉悦を覚える。立派な変態であった。
「もー。アンナちゃんも好きよねー」
「シーゲルソンはそんな事、言いませんー」
苦笑するレベッカへ、ツーンと言うのだ。
たまに見せる子供らしい姿に、クーナはクスリと笑い、リーナとノエミ、そしてレベッカはほっこりしていた。
「ふふ。では、謎解きと行こうかね。まぁ、既にネタばらしはされているが、この場合、人類種の認知能力によるものなのだ」
口調をシーゲルソン風に改めて、レベッカが語り出す。自称イケオジボイスでだ。
彼女が言うところによると、人類種の認識能力は個体差が大きいらしい。
特定の色を認識出来ず、視覚する色彩が他の者と異なる者や、一定の音域が聞き取れない者などだ。
重篤なものでは、顔を覚えられない者もいるという。
「え? じゃあ、もしかして、ノエミちゃんにも、そういう……」
「「「「違う」ぞ」わ」よ」
が、一斉に否定される。クーナはホッと安心したような表情を見せるのだから、大概にお人好しなのだろう。
だが、レベッカが言いたいのは、同じ物を見て、別の意味を見い出すという、認識の個人差なのだ。
これは価値観や文化、知識量からのものでもあった。
「そうだねー。あぁ。クーナちゃんにも判りやすい例があったよ。最初から、こっちで説明すればよかった」
そして、片手を掲げると、人差し指と中指を立てた。これは、現在一般的に勝利を意味するハンドサインである。
魔王統治期にブリテンの首脳が勇者達へ勝利を祈ると言いながら掲げた事から広まった。
勝利から転じて、平和を求むという意味も持つ。
だが、クーナの祖国の一部の地域においてはこのサイン。罪人に向かって物を投げるという意味を持ち、大変侮蔑的な表現方法であった。
これはあまりにも意味が異なるけど、大袈裟なくらいが判りやすいかな。と話すレベッカに、クーナは成程ね。と頷いた。
「つまりは、同じ物を見ていても、受け取る側の前提が異なれば、まったく違う意味を持つって話かな?」
「そんな感じー。で、ノエミの場合は、その受け取り方が普通じゃない方なんよねー。ね?」
「普通じゃないとまで言われると、平凡な私としては心外なんだが、そうなんだろうな」
「何が平凡よ。クーナお姉様。コイツ、目視で採寸が取れるのよ。まさに、女の敵よ」
不機嫌に漏らすリーナであった。
彼女はノエミによる体型管理を受けた事が何度かある。正確には、拳闘大会出場の為の体重管理であるが。
リングに上がるには、大会規定に従って、正確な体重を申告しなければならなかった。
「大体は問題のない体重だったじゃないか。しかも、最初の二回以外は、お払い箱だし」
「流石に、そこまでは体重増やせないもの。階級一個上げただけで、あんなに辛いとは思わなかったわ」
リーナだが、小柄な彼女の体重は最軽量級の規定体重を結構下回る。
規定体重は上限であるので出場には問題ないのだが、拳闘という競技において体重による階級別けは強い意味を持つ。
この競技、体重の重い方が有利という信仰が強い為である。学園拳闘部の顧問もまた、その熱烈な信奉者であった。
最初に挑戦した最軽量級トーナメントはまだよかった。体重制限の下限が公表されていなかったからだ。
顧問もシュペー家の令嬢が拳闘に真剣に取り組むなどとは思っておらず、怪我をしないだけで良いとしていた。
記念出場だと思っていたのだ。
近年の格闘術の流行によって、競技に触れたいという令嬢達の参加は、珍しいが無くはない。
そういった変わり者の一人だと思っていたのだ。顧問は、指導者としては結構な節穴であった。
「よっぽどお前の方が、女の敵だと思うぞ」
太りにくい体質など、誰もが羨むだろう。そして大会に出場したリーナは、圧倒的な強さで階級を制する。これが、一冠目。
それで顧問の目の色が変わった。リーナの拳闘が、あまりにも凶暴かつ洗練されていた為だ。
降って湧いた掘り出し物の才能に、今後の希望を尋ねれば、自分の拳がどこまで通用するか知る為に、階級を上げていきたいと言う。
まずは二月後に催される予定の、一階級上のトーナメントへの挑戦を目標に掲げた。
体重による階級別け信者である顧問は、当然ながら反対している。
試合規定により、リング付近には治癒術師が控えているが、それで万全とはいえない。
不慮の事故や不測の事態は起こり得るのだ。
安全を考えれば、階級を上げる事など無謀でしかなかった。そこでリーナが待ち出した条件が、大会中に一発でも有効打を受けるようならば、その階級で留まるというものだ。
あまりにも無茶で強硬な主張に顧問は根負けし、やがて折れた。
その条件を達成する事が可能ではないだろうとの、打算であった。
だが安全の為に、顧問はリーナへ可能な限り規定体重に近付ける事を求めた。
階級信者である顧問にとり、それは安全性を担保するものだ。
残念な事にこの顧問。指導者としてはとても、優秀とは言い難い人物であった。
「本当に、きつかったわ。最初はなんとか規定体重に乗せられたけど、身体も重かったし。太るのって、本当に難しいわ」
この時、リーナは十二歳。身長の伸びは止まっていた。本人は第二の成長期を諦めていないが。
年齢としてもかなり小柄で、痩せ気味である彼女は増量には筋肉の増加が良いだろうと、規定体重へ近付ける為に鍛錬を積んでいた。
この時、健康管理と身体計測に協力したのがノエミであった。
「その台詞、あんまり言うんじゃないぞ。モデル達に怒られるからな。彼女達は体重を落とす為に、涙ぐましい節制を積んでるのだからな」
「彼女達は皆、長身じゃない。態々体重を落とす必要なんてないわよ。なのに、何で筋力を落としてまで、痩せようとなんてするのかしら。まったく理解出来ないわ」
「リーナは華奢だからねー。しかも少食じゃん? で、あの運動量。太るのは大変だよね。でもね、普通は、あんなに修行しないから」
「だって、修行しないと鈍るじゃない。それに、アレは黄金の左にとってはただの日課よ」
「それって普通じゃないからね」
思わず突っ込むクーナであった。
そしてリーナは顧問との約束通りに体重を増し、一発の有効打も貰わずにトーナメントを制した。
全ての対戦相手を試合続行不能判定してだ。
この記録は、前トーナメントから継続されている。
そして、更に上の階級への挑戦を宣言した。
有言実行に、顧問も頷くしかない。だがそこで、階級の壁にぶつかる事となった。
「思えば、馬鹿な事をしたわね。無知程、怖いものはないわ……」
遠い目をして黄昏れるリーナへ向けて、アンナとクーナ、二人の疑問の視線が注がれる。それを察したレベッカが、再び口を開いた。
「アンナちゃんは、もしか知らないかもだけど、クーナちゃんはわかるよね。拳闘とかの格闘術の試合では階級毎に、幾つから幾つまでの体重って記されているの」
「うん。知ってる。オーバーしたら不戦敗なんだよね。だから、減量を頑張るって事も」
「じゃあさ。下の数字に満たなかった場合って、どうなるか知ってるかな?」
「「え……?」」
ハモったのは、二人ともである。アンナは階級制を認知したのが今日であるし、クーナもそんな事を考えた事もなかった。そしてそれは、大会運営側も同様であった。
無論。個人差はあるが、術式制限化における格闘術では理論上、体格の大きい方が優位とされている。
その為の、公平を期しての階級制だ。
そして闘士は僅かなりとも有利を取るべく、減量して階級を落とすのだ。
計量は試合前日に行われる為、若くて健康であれば回復も早い。これは一種の駆け引きであった。
「それは、やっぱり不戦敗では……?」
「いえ。待ってアンナちゃん。リーナちゃんは学生七冠よ。二年の間にそれだけ多くのタイトルを獲得するには、幅広い階級に出場する必要があるの。つまり、導かれる予測は……」
「は!? 流石です! クーナお姉様!」
「えへへ……。おねーちゃんでいいよぅ」
アンナは敬意と気分の高揚により、思わずお姉様呼びだ。
ついさっき呼び始めたばかりなので、おねーちゃんとクーナ様が混じってしまっている。
クーナは満更でもなさそうだ。
孤児院の義母は先代王妃とはいえ、すっかり肝っ玉母さんであった。
一応言葉遣いなどは教え込むものの、普段の生活においては貴族的な行儀作法など必要ない。
孤児院では最年少であったし、その後にやってきた子供達も可愛らしくお姉様などとは呼んでくれない。
クーナとて、年若い乙女である。
絵物語や小説なども読む方だ。ほんのちょっと新鮮なお姉様呼びに、憧れがない筈もなかった。
以後、なんかお姉様呼びの方が嬉しそうだなと察したアンナは、おねーちゃんとお姉様、二つの呼び方を使い分けるようになる。
この場では、ペチンと掌同士を叩き合って、キャイキャイしていた。とても楽しそうだった。
「アンナ。アンタも大概尻軽よね。クーナお姉様とは、今日が初対面でしょ? なんか、マリアお姉様が心配するのも頷けるわ」
「えー」
呆れたと溜息を零す毒舌リーナであるが、別に悪意はない。
クーナは信用出来る女性であるが、こうも簡単に懐いているのを見れば、心配にもなった。
思えばアンナは、リーナ達にもすぐに懐いていた。
とてもチョロい。正直なところ、ここまでチョロいと、悪いヤツに騙されそうで、不安である。守護らねば。と、リーナは決意を固めた。
彼女の面倒見は良い。毒を吐きつつも、チョロさは良い勝負である。
なお、レベッカとノエミ、そしてクーナも、まったく同じように考えていた。皆揃ってチョロかった。
「ま。そこまで行けば、正解ね。階級って、便宜上下限が記されてはいるけど、そこに厳密な意味はなかったの。要するに、運営判断ね」
リーナが言うには、体重差により危険だと判断されれば試合不成立となるが、制度としてそれが定義されている訳ではないという。
結局は興行の都合に左右されるらしい。
元々、体重による階級制信者が関係者には多い。
落として少しずつ上げていき、勝てなくなるまで挑戦するのが慣例であった。
力を落とすような無理をしてまで体重を増やすなど、想定外である。
「まぁ、ウチも頑張ったのよ? 計量直前まで体重を増やそうとしていたし、お水を沢山飲んで、口の中にもお水をいっぱいに貯めていたくらいだもの。それでも、届かなかったけどね」
「まるで、リスのように頬袋を膨らませていたな。惜しいな。あの時もしミリアムがシシリアにいたなら、写真を撮って貰っていたのに」
「ちょっと。酷い辱めよ」
そして計量後、当然ながら会場は騒然とした。
前例が無い事態であったのだから、当然だろう。
そして大会運営の裁定により、問題無しとされた。
この場合の規定が、制定されていなかったからでもあるが、鍵となったのは無差別級の存在であった。
この階級、その名の通り体重制限がない。
「おかげで、その後は私をお払い箱さ。酷い女だよ。まったく」
「しかも多分、その時が一番苦戦したんじゃない? 確か二回しか、試合続行不能判定取れなかったでしょ」
「とても身体が重くてね。有効打を貰わないようにしてたら、倒しきれなかったわ」
学生拳闘の試合では、讃美歌一曲の間の戦闘を三回行う事で決着する。
讃美歌一曲は、一日を四百八十分割した時間に相当した。
それでも一度の有効打を受ける事なくトーナメントを制し、更なる階級上げを表明した。
これには周囲からも、諌めるような声が上がる。
階級の壁にぶつかったと思われていた為だ。
体重により拳の威力は変化するし、体重によりまた、頑健さも増すからだ。
軽視されがちな最軽量級からとはいえ、学生大会であっても三階級制覇は素晴らしい実績だ。
ここで止めてしまっても、彼女の拳闘への適正を疑う者などいなかった。
「で、次と、その次の階級では三回ずつ試合続行不能判定を逃すと。これ、ヤバいよね。逃した彼等六人、昨今の専業闘士の注目株達よ」
「流石に才能もあって、洗練されてたわね。努力を惜しまなければ、まだまだ伸びるでしょ」
続いてまた、有効打を貰う事なく二階級を制覇。これで五冠。一年を通して拳闘と絵物語創作に明け暮れて、リーナは十三歳となった。
「そして進級して六冠目。これに挑戦して、決勝で初めて土を付けられたんだったな? 一個上に」
「ノエミ。誤解があるようね。私が試合で土を付けられた事なんて、一度もないわよ」
「そうか? 滅茶苦茶悔しがってたし、誓いも果たせていない。何よりお前、自分で実質的には負けね。って言ってたじゃないか」
「う。それは、そうなんだけど……」
十三歳のリーナが決勝で当たった男性は、その後、学生三階級制覇を成し遂げて卒業した。今では進学をせずに、専業闘士となっている。
「ま。どう見ても無茶な減量で適正体重外の相手に初めてを奪われて、しかも倒しきれなかったんだから、気分は負けだよねー。あー。アンナちゃん、ちょっと待っててね。リーナの初めての人、見せてあげるねー」
「ちょっと。変な言い方はやめなさい。アンナに変な誤解されたらどうすんのよ」
声を低めて言うリーナを尻目にレベッカは、パタパタと雑誌棚に向かって行く。
「大丈夫ですよ。リーナお姉様。アンナは賢いので、すぐに初めて有効打を貰った殿方だと察せましたよ。……ところで、有効打って、どのようなものですか? なんとなくは判るつもりではあるんですけど……」
席を立ってしまったレベッカ以外の三人は、あー。そこからだったかー。と嘆いた。
まったく知識のない者に、話すのは難しい。三人は丁寧に、拳闘用語を解説していった。
「こう言っては何ですけど、その方って、とてもお強いんじゃありませんか? リーナお姉様に怪我がなくて良かったと思うんですけど、それだけでは、御不満ですか?」
そう問えば、あーもう! 可愛いな! と、ノエミとクーナに揉みくちゃにされてしまう。
リーナはフンとそっぽを向いてしまった。
このお姉様。自分はアンナへ心配するような事を言う癖に、逆にアンナが心配するような事を言うと、こういった態度を取る。
どうも怒っている様子ではないようなので、アンナはこれもツンデレであろうと解釈していた。
リーナの齎した絵物語は、着実にアンナを染めている。
「まぁね。敵もさる者っていうのもあったんだけど、ウチが不満なのは、どう考えても、勝ちを譲られたからなのよ」
有効打は防御の隙間を掻い潜り、損傷を与えたと判定された打撃を言う。
拳闘大会には幾つかの決着方法があって、審判判定による試合続行不能に、陣営による試合放棄、一曲中の有効打により三度倒れるなどだ。
そして時間内に決着がつかなかった場合。判定となる。
基本的には有効打による損傷によって裁定されるが、この判定、審判による心象判断の比重が大きい。不利な条件である程に、勝利に結びつき易い。
「肉体的なダメージは互角で、有効打数は遥かに上だった。どちらも倒れず、反則や、怯懦な振る舞いも見せていない。これなら勝っても、不思議ではないと思うが」
「ノエミ、アンタ。いつの間に、拳闘にそんなに詳しくなったのよ」
「いや。隣にいた顧問の受け売りだが?」
「あっそ。そんなお気楽言ってたのね。やっぱり節穴ね」
「リーナちゃん、ご機嫌斜めね。そんなに判定勝ちが不満?」
「勝ちは勝ちでありがたく受け取るわよ。でも、アイツは本気だったかもしれないけれど、底を見せなかったわ」
「「「底?」」」
リーナが言うには、攻防技術ではほぼ互角。速さを含む、手数においては優位が取れて、一撃の重さでは敵わないと感じたらしい。
判定であれば、不利な条件で、手数が多い彼女が有利となるのは明白だ。
それを、此方以上に相手方が意識しない筈がないというのが、リーナの言い分である。
彼女は、自分ならば、勝ちに徹するのならば危険を侵してでも倒しに行くだろうと語る。
「真剣に向かい合ったのは、ウチにもわかるわ。でも、アイツは死力を尽くして闘った訳じゃない。勝って帰れたかもしれない死合いをアイツは捨てたのよ。これで、勝ちを譲られたと思わない程、ウチは無神経ではないわよ」
倒せ得る拳があるのに、そうしなかったのは、何故か。
人によれば、負けない戦術を取ったと分析するだろう。奥の手を晒す事を恐れたと言われれば頷ける。
何せ、彼はその試合を最後に階級を上げる事を表明していた。
だが、実際に相対したリーナには、そんな甘い闘士とは思えなかった。
ヒリヒリと感じたのは、勝ちを諦めた視線ではない。結果的には勝利という名の栄誉は得たが、まったく勝った気にはなれなかった。
その男はその後、学生三階級制覇を達成して、専業転向を表明する。それからは卒業するまで、公式戦出場はなかった。
僅かな可能性に賭けたリーナが出場した無差別級にも参加していない。
無差別級はリーナの優勝で幕を閉じたが、彼女にとっては無意味な冠だ。
「ただいまーっと。……? どったの? みんな。なんか、微妙に空気冷えてない?」
「レベッカ。あの時のリーナのお相手、そんなに強かったのか?」
「あり? ノエミ知らんの? 昨日、世界王者になったよ? 学園の放送でもやってたけど」
「「「「え?」」」」
四人の驚きに、小首を傾げるレベッカだった。
両手に持った新聞を広げている。その一面には、若き王者誕生の見出しが、写真付きで描かれていた。
「ほう。大したものだな」
感心するノエミ。
「やるじゃない。ま、当然よね」
納得するリーナ。
「え? あ? マ?」
混乱するクーナ。
「すっごく、すっごいですねー」
そして、感激するアンナであった。当たり前のように語彙が死滅している。
「この人が、リーナの初めてを奪ったんだけど、なかなかイケてない?」
「そういう言い方、やめなさいよ」
「つーか、セッテじゃん。リーナちゃん。マジで? この人に公式戦で勝ったの?」
唸るリーナであった。やはり勝ったとは思ってないらしい。
「クーナおねーちゃん。ここです」
通算の勝ち星を図で表した表に、一つだけ黒星がある。大層目立っていた。
勝利は白星で描かれている。それが唯一の黒星だった。そしてその隣には、勝利者インタビューが載っていた。それを、ノエミが読み上げる。
「何々。この勝利は、死力を尽くさぬままに、僕を倒した少女に捧げる。次の機会があるならば、僕と、君の全てを晒させる事を誓おう。ですって。すっごく情熱的じゃない? 貴女は、何て返すのかしらね」
あまりにも情熱的なノエミの言葉に、リーナはガクリと目を閉じるのであった。
「わわわ! リーナ、大丈夫っ?」
そして意識を手放したフリをするリーナと、責任を感じて彼女へかかりっきりとなるレベッカを他所に、アンナはクーナへ、ノエミお姉さんがお顔を認識していなかったのは、最初に魅せられたというお臍と太腿が、余程凄かったからなのでしょうと言った。
ネタバレになってしまうから話さないが、ザ・クロウに仕掛けられた謎の中の一つには、認識相違、あるいは錯覚からの証言の不正確性を利用した叙述トリックがある。レベッカのお芝居からそこへ思い至っていたアンナには解る。
ノエミは今日逢うだろうからとクーナの話をしてくれた時、肩書き以外はお臍と太腿について終始していた。
思い返せば、それは意識しての事ではない。
単純に、お臍と太腿をクーナと等式で結んでいた為だ。
ノエミは他人を称す時、その最大の特徴を用いて表現する事が多く、あまり他に気を払わない。
その特徴を際立たせる事に頭が一杯になるというのが、本人の弁である。
その悪癖のせいだというのが、アンナによる推察だった。
あまりにもしょうもない結論に、クーナは、まぁいいか。そういう事もあるだろうと頷いた。
忘れられる事よりも、ずっと良い。
レスが欲しい……。うらめしやー。