あまりいないかもしれませんが、お読みくだされる皆様へ。
現在においての筆者の作品は全て世界観、設定、時代背景などを共有しております。一応作品毎に、他の物を読まなくても問題とならない様に書いているつもりですが、ポカをしていた様で、恥ずかしく。
そんな壮大なお話ではありませんので、気にせずお楽しみ頂ければ。
48話 再びのお勉強。
「それから、たまにお勉強している時とかにも考えたのですけど、理術における納得は、あくまで効率が良いからそういった手法を取っているのであって、絶対的に必要なものではないんじゃないかなって。……これは、お勉強を疎かにして良いという意味ではありませんよ? 感覚や知識が豊富なら、目的地へ辿り着く為の行程は幾つも見出せます。だから納得の工程は、その行程を歩む為の強い気持ち、勇気に通づるモノなんじゃないかなっていうのが、私の考えです。理論には粗が多く、我が身の浅学は百も承知なのですが、今の私には、そう考えられることが幸せです」
「よく考えましたね。ご褒美に、花丸を差し上げましょう」
「え?」
そう言ってマリアが手帳を取り出すと、アンナにも手帳を出すように促した。この花丸制度。頻度は圧倒的に家庭内で行われる事が多いのだが、出先でも無い訳ではない。
『授業』は、時と場所を選ばずに行われるし、アンナが良い行いや、面白い発見をした時などにも、花丸チャンスがやってくる。
この制度自体、所謂、教育や躾の一貫なのだがその実。
人前で褒めたり、甘やかしたりする事が憚られると思っているマリアによる、苦肉の策でもあった。
彼女は家を一歩でも出たならば、アンナとの間に主人と従者という一線を引いているつもりである。
だが、教育上、良い行いは褒めたいし、学習意欲の向上に繋がるのならば有益だ。
そこで褒めたり甘やかしたりというご褒美の代替措置として取られたのが、この花丸制度であった。
アンナは覚えていないだろうが、一番初めに花丸を与えたのも外出先である。ルクレツィアが彼岸へと旅立って、丁度一年経った日の事だった。
のどかな陽気の日であった。
既にオリヴェートリオの屋敷を出ていたマリア達一家は、ルクレツィアの墓所から帰ると、カターニア中心部にて溜まった所要を片付けていた。
オリヴェートリオの墓所は初代からの遺言で、霊峰エトナ火山深くに設けられている。
大異界深くに墓所を置くなど普通ではないが、エトナ火山攻略は初代からの悲願であった。
二代目達は初代の意向を汲んで、その無茶を成し遂げた。
エトナ火山上層部にある小さな杜に、オリヴェートリオ代々の墓所は築かれている。
この杜、水場があるというのに霊獣が居らず、住まう野生生物達も大人しかった。穏やかな静謐は、死者の霊を慰めるにはうってつけでもあった。
実はこの場所。初代がエトナ山中を彷徨った挙句に偶然見つけた、通称安息地とも呼ばれる異界内異界である。
エトナ山で最初に発見された安息地でもあった。後に正式に命名され、『静かなる憩いの杜』と呼ばれている。
異界にはこのような場所。敵性存在が存在せず、異界常識下にない一定範囲が多くあり、人類種は転移陣などを設置し、攻略の糸口として利用している。
とはいえ、当時の霊峰エトナ火山においてはそれまで発見されていなかった。
険しい中層を抜け、上層へ辿り着いた者が出なかった為である。
経験則上であるものの、安息地が発生した場所からが、本来の異界とされていた。
大異界は一つ、あるいは複数の異界を核として、周囲へ新たな異界を展開する事により形成されている。
この核こそが、本来の意味での異界であった。
その外郭にある異界は、便宜上同じ名を持つものの、正式な異界としては扱われていない。
この異界亜種には幾つかの特徴があった。安息地が存在せず、地形や構造の変化が緩やかだ。加えて異界常識が絶対法則として適用されない。力量が突出した者ならば、法則を覆して活動が出来た。そのような超越者なぞ、あまりいないのだが。
なお、エトナでは異界亜種である下層から中層にかけては植生が変わり、異界常識にも変化があった。
薬効無効はそのままに、機巧制限が掛かる。
これはあまり強力なものではないが、機巧兵団の運用に、障害を齎すものだった。
これらについては割と曖昧で、経験則によって実証されたものである。
実証されている限り、大気中では、機巧による物理学上の運動効果の多くが減衰される。例えば銃だ。
銃は機巧による運動力量により、強い殺傷能力を有する兵器である。この運動力量が減衰される為、銃の威力は著しく低下した。
これらは砲、弾頭などにも適用されて、元素結合を前提としたニュークリアさえも無効化されている。
そして弓や投石器などのような兵器。これらの威力も銃程ではないが、著しく減衰した。機械構造により効率化された力の伝達までもが減衰するのだ。
エトナ中層で最も有用な飛び道具は、肉体を用いた投擲であった。
おまけに、自身の肉体外部へ干渉する術式さえも制限される。
結界などのような障壁や、長射程、高威力の術式が上手く使えないとなれば、高位の術師でも活躍する事は難しい。
王都の神聖障壁程に強力ではないのだが、術式に慣れ切った者程、実力を発揮し難くなる。
しかも、影響があるのは主に人類種に対してで、霊獣達は術式に制限を受けず、遠距離攻撃を可能とする。攻略には大層不利な条件であった。
かくして、霊峰エトナ火山は身体強化による近接戦闘こそが主力となる高難易度大異界として、認知されている。
初代の時代までは戦乱による必要性から、大量破壊術式が重宝されていたので、それらを無効化する異界攻略は進んでいない。
危険であるものの、大戦後の人類種にとって、エトナは新たなる開拓地でもあった。
だが、それも今は昔の話。綿々と受け継がれてきた経験を活かし、現代の人類種はエトナの恵みを受け、共生している。
低層ならば薬効無効とはいえ、技術による優位性が生きる。
地味が良く、気候の安定した低層は広大だ。
従って農耕、牧畜に向いた。
稀に強大な霊獣達が現れる事があっても、山の麓に常駐する機巧兵団による戦力で対応出来る。
長期間の異界滞在は人類種の心身に変調を来す恐れがある為、定住者こそ少ないものの家畜には支障はないようで、エトナ火山低層は人類種の植民地となっていた。
そして中層からは霊獣達の縄張りである。
霊獣達は獰猛で、自然は険しい。更に異界構造の変化によって、刻々と地形も変わる。未だ、真なる意味での攻略はされていない。
それでも自然の恵みが豊富であり、エトナ産の銘を許された物品は、この中層で採取された物である。
低層の物品は、エトナ低層産と明記する必要があった。それは人類種の都合だが、品質の差は著しい。
危険は大きいが実入りの多い中層には、多くの人類種が挑んでいた。
上層は未攻略な上、危険度が高すぎる為、一般的にはこの中層こそが、大異界、霊峰エトナ火山と呼ばれている。
オリヴェートリオが安息地に墓所を設け、維持出来たのは転移陣と呼ばれる術具の力による所が大きい。
これはその名の通りのものである。
原理は複雑だが、空間上の特定の座標からこれまた特定の座標へと物質を移動させる権能を持つ、術具であった。
物質には、人類種を含む生物も含まれる。
設置は難しく、資源と費用、そして維持費も高額だ。使用には、大都市を約一日分賄う術力相当が消費される。
その上、現在設置可能な技術を持った技師は、確認されている範囲では大陸で三名。御使や神魔等の超越種にも設置可能であるが、その代償は大きかった。
そういった事情により、転移陣の数は有用性に比べて多くはない。異界攻略の有用性を深く知る冒険者組合の尽力によって、確認された異界の安息地には最大三つまで無償設置されるが、これも大型や危険度の高い異界に限られる事だった。技師三名は、いずれも冒険者組合の幹部である。
そして霊峰エトナ火山には四つの転移陣が設置されている。三つは組合によるものだ。エトナは異界の規模も危険度も最高位である為、不思議ではない。
問題は、四つ目である。これは、静かなる憩いの杜と、オリヴェートリオの屋敷を繋ぐものだ。
既に二代目の時には、公の存在として認識されている。現代においては疑問や苦情がある訳ではないのだが、有識者からしてみれば、異常な事であった。
転移陣の設置には、冒険者組合と教会、そして現代では国連所属国による満場一致の採択が必要とされる。
転移陣は有用かつ、使用法によれば危険な術具である為、この措置は当然だ。
その上、使用にも事前の申請が必要とされている。
犯罪行為への予防や、消費術力による弊害を抑える為にも必要な事だった。
ただし、幾つかの例外があった。
それは、古代より設置されていた転移陣に限っての事ではあるが、所有国家の王族達による使用であった。
元王妃であるシシリアナ孤児院長はこの特権を利用して、ロウムとカターニアを結ぶ転移陣により、息子に会いに来ていた。
王族でない、一貴族であるオリヴェートリオが何故転移陣を設置し、無制限利用が許されているのかを知る者は既にいない。
だが事実として、公式に採択されている。その上で、無制限の利用が認められていた。
この転移陣。既にオリヴェートリオの屋敷を出ていたマリア達が使える筈もなく、その時のルクレツィアの墓参りとは、何の関係もないものだった。
命日にあわせ、エトナ深部の墓所へと赴いたマリア、サルバトーレ、アンナという三名の一家であるが、静かなる憩いの杜へは、十四日を費やしていた。
この数年前まで上層を攻略中であったマリアとサルバトーレであるが、その頃でも、構造変化が大規模ではない事を前提としてなお、中層を抜けるには、七日を費やす必要があった。
二人共、霊峰エトナ火山を攻略していた頃からは、数年のブランクがある。更に今回は幼いアンナを連れている。
強行策は難しい。なので、余裕を持って倍の日数を予定していた。復路は転移陣が使用出来るので、問題はない。
既にオリヴェートリオの屋敷には根回し済みであった。ヨアキムも墓所へ訪れるだろうが、彼は長居しないだろう。未だに彼は、ルクレツィアの死を受け入れていなかった。
眠らせたアンナを『御使のおくるみ』に包み、サルバトーレと共にエトナ中層を駆け抜けるマリア。
時折、安全を確保した上、休息を兼ねてアンナを起こし、身体を動かさせたり、共に遊んだりする事も忘れない。
この頃のアンナは現在よりも更に貧弱で、体調変化には気を配る必要があった。
そして少々のんびりとしたペースで墓所である静かな憩いの杜へ辿り着いたのは、命日の前日であった。
そしてつつがなく慰霊の祈りを迎えた後、転移陣によってカターニアへ帰った一家である。何一つ劇的なものなどない、穏やかな十四日間であった。
だが、カターニアへ帰って来てからが、大人達は忙しい。
マリアはアンナを信頼する母でもあるマザー・ドゥーラに預け、不在により滞った様々な仕事を片付けに走った。サルバトーレも同様だった。
ドロテアに預けられ、冒険者組合で一人遊んでいたのは、もうじき四つとなるアンナであった。
ドロテアは忙しいらしく、アンナの相手をしながらも、忙しなく働いていた。
大変そうで、あまり長い間相手をしてもらうのも気が引けて、アンナから一人で大丈夫だと持ち掛けた為だった。
そうはいかないだろう。と言うドロテアを押し切って、お仕事に集中するよう求めたのはアンナ自身である。
頑固なアンナの態度に、問答は時間の無駄であると察したドロテアだ。
仕方なしにアンナへ保護術具を渡し、好きにするといいよ。ただし、身が危ないと思ったらすぐにそれを使うんだよ。と言って、握っていた手を離した。
幼いアンナが気を遣わざるをえなかったのは、ドロテアが片手で書き物をしていたせいでもある。
寂しくないようにと手を握っていてくれたのは素直に嬉しいが、それでお仕事が遅れてしまっては仕方がないのだ。
ちなみにドロテアに渡された保護術具、マリアに渡された物とまったく同じ物である。おまけに、渡された時の言葉も良く似た内容であった。
そして冒険者組合内を行き交う人々を眺めたり、設置されている案内書などを眺めていたのだが、やがて飽きた。
いかに利発な幼女といってもこの時まだ三歳。人間観察などを楽しめる程、成熟していなかった。
そして、なんとなく、無意識のうちにフラフラと組合を出て、街中へと繰り出している。
マリアとドロテアには、組合からは出てはいけない。と言い含められていたにも関わらず。
読まれたいし、感想だって欲しい。けど、難しいですね。