優しい霧雨。ところにより暴雨。   作:柚子餅

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向かう先はアルビオン⑥

 

 才人たち四人は空賊に拘束された後、船の船倉に放り込まれた。扉には外から鍵をかけられてしまっている。

 四人の腕を縛っていた縄は船倉に押し込まれる直前に解かれたが、ルイズたちの杖も、才人のデルフリンガーも取り上げられていては手も足も出ない。

 伝説のガンダールヴも、魔法衛士隊の隊長も、得物がなければそこらの平民と変わらない。抵抗のしようもなく、どうしようもなかったのだった。

 

 船倉には火薬の詰まったタルや、穀物が入った袋などが乱雑に置かれている。ワルドはそんな船室を確かめるように見て回っている。才人はそれを横目に、腕をかばうようにしてぱんぱんに詰まった布の袋の上に座り込んだ。

 ルイズとルイーズもそんな才人に倣って隣に腰を下ろすのだが、その際にルイズが少しばかり才人の左腕に触れてしまう。

 

「いっ! つうっ!」

 

 空賊の姿が見えなくなってすっかり油断していた才人は、腕に走った痛みにくぐもった悲鳴を漏らした。

 

「あっ! ご、ごめんなさい。才人、大丈夫?」

「あ、ああ。なんてことねぇよ」

 

 珍しく素直に謝ったルイズに対して、つい才人はやせ我慢して返していた。声に反応したワルドから注目を向けられた為に、弱っているところなんて見せられるか、と無理やりに痛みを噛み殺す。

 

「なんてことないはずないでしょ! 水の秘薬だってほとんど塗れてなかったのに、あんなに力任せに押さえつけられて……!」

 

 心配しているルイズを才人が手で制している隙に、ルイーズが近寄って件の左腕の袖をめくり上げた。才人が止める間もなく巻かれているハンカチを解いてしまう。

 

「ひどい……! 昨夜より悪くなってるじゃない!」

 

 言うように、才人の左腕の火傷は悪化していた。少量の水の秘薬では多少の痛みを和らげるだけで、効果としては気休めに過ぎなかったのだ。

 空賊に無理やりに押さえつけられ、よりにもよって怪我した左腕をひねられたまま連行された為に、肩まで続く水ぶくれが破れてしまっている。

 

「ぁ……」

 

 ルイズがその才人の火傷に、思わずといった様子で息を呑んだ。そんなルイズが着ているブラウスの袖を掴んで、ルイーズが縋るように声を上げる。

 

「ねぇ、もう水の秘薬は残ってないの!?」

「……」

 

 ルイズに水の秘薬を預けているのだろうか。それは、何故? 才人の脳裏に疑問が浮かんだのも一瞬。しかし左腕の痛みで、それ以上思考が働いてくれない。

 

「それに、いつまでこんなことを続けなければならないのよ! サイトが、こんな風になっているっていうのに……!」

「なぁ、ルイーズ。どういうことだよ? 何を言ってるんだ?」

 

 黙っているルイズに向けて、ルイーズが声を荒らげている。痛む左腕を庇いながらも、才人はらしくない二人の様子に何度目かとも知れない違和感を覚えていた。

 

「三人とも、そんな声を上げていったいどうしたんだい?」

 

 船室を見て回っていたワルドが何事かと歩み寄り、怪訝そうに視線を向けてくる。

 

「いえ……その」

 

 ワルドの存在に気づいたルイーズは表情を曇らせ、俯いてしまった。戸惑いを隠せずにいる才人たちを前に、ルイズは決心した様子で真剣な顔をルイーズと才人に向ける。

 

「……わかった。ルイーズ。ごめんなさい。もう少しだけ、私のわがままに付き合って。才人、あなたは私がこれから何をしても黙っていること。いい?」

「ルイズ?」

 

 唐突に黙っていろと言われて、当然才人は疑問の声を上げた。そんな才人を、ルイズが有無を言わさない様子で見つめてくる。

 

「いいから。わかったの?」

「あ、ああ。よくわかんないけど、黙っていればいいんだろ」

 

 才人から答が返るなりルイズは一つ頷いた。次いで右手を背にやって、マントの下――おそらく腰の辺りを探り出す。

 しゃらん、と金属が滑る音がしてその手が引き抜かれると、そこには才人がいつか見たものが握られていた。

 

「は? ちょ、ちょっと待ってくれ。何でそれをルイズが持ってるんだよ?」

「黙っていてって言ったでしょう。後でちゃんと説明するから」

 

 ルイズの手に握られているのは、一振りの銀のナイフであった。それはいつか、デルフリンガーを買い求めた街の武器屋でルイーズがねだってルイズに買ってもらっていたものだ。ルイーズはフーケ捕縛の際に縄を切るために使っていたが、それ以降、才人はそれを見た覚えがない。

 それを、ルイズが持っていたのである。

 

「イル・ウォータル・デル……」

 

 目を白黒とさせているうちに、ルイズが銀のナイフを手に呪文を唱え始めている。

 杖がなくては魔法は使えないと聞いていたのに、呪文を唱えているルイズ。そも、杖があったとしてもルイズでは爆発しか起こせない筈。

 

 事態がよく掴めていない才人は、呆然と座り込んだままだ。それでも反射的にルイズの手の甲にルーンがないかを確かめる。

 ガンダールヴのルーンは、前に確認した時と同じく見えない。……いや。ルーンこそないものの、手の甲がところどころぼんやりと光を放っているようには見えないだろうか。それにしては布か何かに覆われているような感じで、光っているとも言い難い。そのように見えたのも僅かな時間だったので、どちらにせよ確証はなかった。

 

「う、あ? 腕が……」

 

 しかし、成功する筈もないルイズの魔法は、効果を現している。淡い光を放って、才人の左腕から痛みが和らいでいった。見れば、目を背けたくなるような火傷は、痕こそ残しているものの大まかに塞がっていく。

 こうしているうちにも疑問はいくつも湧いて出てくる。けれど才人は同じだけ混乱が湧き出ている為に抜け出せずにいて、ぼんやりと口を開いたまま動けない。

 

 がたん、がたたん、と小さな木箱が床板の上を転がっていく。才人が反射的に音を追って視線を向けていくと、ワルドが数歩後退してそれを蹴っ飛ばしたらしいことがわかった。

 彼は口元を戦慄かせて、射抜かんばかりにルイズの手にある銀のナイフと、治癒された才人の左腕を見比べている。

 

「な、何故だ? どういうことだ? ルイズ! 君の魔法は爆発する筈だろう!? 君が四系統の魔法を使えるだなんて、ありえない。あってはいけないことだ!」

 

 才人の驚きはもちろん大きかった。しかし、目の前で起こるその現象に一番に驚き、うろたえていたのはワルドであった。そのあんまりなワルドの言葉を受けて、ルイーズの表情が可哀想なぐらいに強張った。目を見開いて、愕然とした様子で顔を白くしている。

 

「……ルイーズと才人の召還に成功して属性が定まったのか、【水】のスペルが唱えられるようになりましたわ」

 

 ワルドの視線を塞ぐようにルイーズの前に立ったルイズが、しかし彼を一瞥だけするとルイーズに向き直った。

 

「そ、そんなことが……」

 

 ひどく無表情に、無感動に告げるルイズの様子にも気づかずに、ワルドはルイズとルイーズを見比べている。忙しなく視線をやり、しばらくしてようやく顔を青ざめさせているルイーズとそんな彼女を気遣うようにしているルイズを把握したか、失言していたことに気づいたらしい。

 

「う。す、すまない。僕とした事が何ということを……。その、ルイズ。それにルイーズ。僕の失言については最早許してくれとも言えない。申し訳ない」

 

 慌てて帽子を取り、深く深く頭を下げるワルド。しかし動揺は収まっていないらしく視線は定まらない。そんなワルドを前にルイーズは俯き無反応で、ルイズはそんな彼女の肩を抱いている。二人ともワルドを視界にも入れていない。

 

「……君をそうした原因である僕が言えた事ではないが、ルイーズが落ち着いてから改めて謝罪させてくれ。それまではなるべく君たちの視界に入らないようにしている。本当にすまなかった」

 

 どちらにも自分の声が届いていないと知るや、ワルドは再び頭を下げて隅へ移動していく。才人は視線でワルドを追っていたが、それに気づいた様子もない。言葉の通りにルイズやルイーズの視界に入らないよう、タルの陰に腰を下ろして思いつめた様子で何事かを考え始めている。

 すっかり状況に置いていかれた才人はあまりの急展開に何をしていいかもわからず、しかし黙っていろという言葉だけは覚えていたので疑問を投げかけるわけにもいかない。痛みがだいぶ薄れた左腕を押さえて、一人で何度も何度も瞬きする。頭の中は真っ白で、これからどうすべきなのか、という思考すらも出来ずにいたのだった。

 

 

 しばらくして人並みの思考能力が戻ってきた才人は、才人なりに今までのことについてを考えていた。

 そうして、ようやく現在の状況が掴めて来た。これまでの二人に対しての違和感を思い出していくと、今回ルイズが魔法を使えたことと繋げることが出来たのである。

 

 きっとルイズとルイーズの二人は入れ替わっていたのだ。それも、今日だとか直前になってからだとかの話ではないのだろう。

 一ヶ月ほどを一緒に過ごしてきた才人だったが、ルイズとルイーズの二人は世界が違うとはいえ同一人物なだけあって、仕草から声色からほとんど同じである。ルーンの有無という先入観もあったが、お互いが口調と目つきさえを真似てしまえば見分けがつかない。いささか、ルイーズに比べてルイズの演技は拙いようではあったが。

 ともかく違和感はいくつもあったが、才人はそのことごとくをルーンの有無で騙されていた。きっとルイーズが何らかの魔法かマジックアイテムを使って、ルーンを隠していたのだ。まさかそんな大仰な手段を使ってまでルーンを隠しているとは思わなかったし、そんなことをしているなんて才人は露ほどにも考えていなかったのだった。

 

 入れ替わったのはラ・ロシェールの宿に向かう途中で合流した後か。いや、おそらくは学院を出発の時にはもう入れ替わっていたに違いない。

 そうでなければ、女神の杵でのキュルケの「あの子を信じている」という発言に説明がつかない。最近になって多少は話すようになったが、ルイズとキュルケが犬猿の仲なのは変わっていないのだ。きっとウンディーナに乗って才人たちを追っていたルイズはキュルケたちに見つかり、ルイーズにしては不自然な言動をして入れ替わりに気づかれてしまったのだろう。

 

 先ほどの発言から考えれば、今回の入れ替わりはきっとルイーズの発案だ。けれど、では何故二人は入れ替わったりしたのか。

 才人が考えるに、自信はないが、その方が今回の任務を遂行するに確実だったからではないだろうか。こう言っては何だが、ルイズは魔法が使えない為に刺客などに襲われたとしても敵を倒せないし、自衛も満足に出来ない。それどころか、下手をすると足手まといにもなりかねない。

 才人はそれを、フーケと戦った時に身に染みて知っていた。あの時と同じ調子で敵の前に飛び出されては、才人がどれだけ苦労しても足りなくなってしまう。きっとルイーズもそれを懸念して入れ替わりを提案したのだろう。

 

 ルイーズや才人、ギーシュが馬で先行して、その後ろを水竜に乗ってルイズが上空から追えば、ルイズが賊に襲われる心配はほぼなくなる。ルイズが襲われないということはつまり、ルイズが預かっている密書が奪われることもなくなるのだ。

 事実、馬で先行していた才人たちは、目的不明の盗賊集団に襲われた。ワルドがいた為にルイーズは魔法を使わなかったが、ああして先んじて露払いをしていけば少なくとも後発のルイズに危険が及ぶことはないだろう。空船に乗る直前に現れた仮面の男にしても、どう見分けたかは知らないがルイーズが扮していたルイズにまず襲い掛かった。何とか凌ぐことが出来たが、もし危害を加えられたとしても、ルイーズに危害が及ぶということにさえ目を瞑ればこれ以上ない目眩ましになるのである。

 

 才人は出発する時に刺客に襲われることなど考えてもいなかった。戦争している危険なところに手紙を届けるだけだと、そう楽観的に考えていたのだ。こういった危険を、ルイーズは予期していたのだろう。ルイズの身の安全、そして任務の達成を考えれば、才人では考え付きもしない妙案だ。

 だとしても、勝手にルイズの身代わりになっていたルイーズに対して、才人は言ってやりたいことがいくつもあった。

 

 

 また、不可解なのは、ギーシュはともかくワルドや才人にまで入れ替わりを秘密にしていたこと。それに、ワルドに対して『ルイーズが魔法を使えない』と伝え、『ルイズは魔法を使える』などと誤認させていることだ。

 前者に関しては、ギーシュにも才人自身にしても演技の才能があるとは考えていないので、憤りはあるものの『敵を騙すには味方から』ということでもいい。才人とギーシュに黙っていた手前、ワルドも騙す羽目になってしまったのであれば、それもわかる。しかし、何故未だに二人は黙っているのだろう。才人はルイズが使えるはずのない魔法を使ったことで気づいたが、そこで仲間である筈のワルドに誤った情報を与えたままにしているのは何故なのか、それがわからない。

 そこだけは、考えても考えても才人には納得のいく理由が思いつかなかった。才人は自分が頭がいいほうだとは思っていない。ルイーズは言わずもがな、直情型な性格ではあるもののルイズだって才人よりは頭がいいだろう。そんな二人が意味のないことをするとは思えない。

 きっと理由がある筈だが、やっぱり才人にはわからなかった。

 

 

「ま、後で話してくれると言っていたから、今は気にしなくてもいいか」

 

 とりあえず、当面はルイーズをルイズと呼んで、ルイズをルイーズと呼べばいいのだろう。そう考えたが、途端に才人は自信がなくなっていた。間違って、ルイズをルイズと、ルイーズをルイーズとその通りに呼んでしまいそうだ。

 才人は我が事ながら、ルイーズが才人に入れ替わりを知らせなかったのは正しかったのだと思ってしまう。

 

「もう既に、どっちがどっちなのかわかんねぇ……」

「才人。そんな心配しなくても大丈夫」

 

 頭を抱えている才人に声がかけられる。才人が声がした方へと顔を向けると、少しばかり眠そうな目つきをした、左手の甲を隠すように布を巻きつけている少女の姿があった。

 何度か瞬きする。外見特徴からすればルイーズなのだが、入れ替わっている今に限り、左手を隠しているのはルイズのほうだ。

 

「えっと、左手に布を巻いてるってことは、ルイズか? いや、呼ぶ時はルイーズって呼ばなきゃいけないのか。ああ、もう。ややこしいな」

 

 船室の隅でワルドが未だ酷く真剣な顔で何事かを思い悩んでいるのを確認してから小声で問いかける。

 

「だから。もう大丈夫だって」

「へ? ああ」

 

 再び頭を抱えた才人はにっこりと笑いかけられて、目の前にいる少女がルイーズであることに確信を持った。

 その笑みと、口調と、雰囲気に、上手く嵌らなかったパズルが綺麗に収まったような、そんな錯覚を才人は覚えていた。ルイズではこんな柔らかい笑みなどは、余程のことでもなければ浮かべるはしないだろう。

 

「ルイーズ。元に戻ったのか」

「うん。今まで黙っててごめんね」

 

 才人の問いかけに対して、ルイーズは躊躇なく頷き返した。いきなりの暴露を受けて、才人は視線を宙へと逃がした。憤りを覚えていたことも忘れて頬を掻く。

 

「いや、まぁ。ルイーズにも理由があったんだろうから、俺はいいけどよ。でも、なんでこんなことを? ルイズを護るためなのか? それともお姫様の任務のためか?」

 

「そんなのもちろん、ルイズを護るために決まってる」

 

 ルイーズの声に迷いは感じられなかった。言葉どおりに『何があってもルイズを護る』という決意が溢れている。

 

「才人にだから言うけれど、アンの任務なんて正直なところはどうでもいい。ルイズが何としてもやると言うから、成功させたいとは思っているけど。私がずっと考えているのは、今回何があっても私のご主人様を傷つけさせないようにすること」

 

 ルイーズがじっと見つめる先には、布袋に腰を下ろし、まだ顔を白くさせて俯いているルイズの姿があった。もちろん今はルイーズの手にハンカチが巻かれているので、ルイズがそれまで左手につけていただろうハンカチは解かれている。

 

「才人は違うの?」

「……いいや。俺もルイーズと同じで、あいつを護ってやりたいとは思ってる」

 

 才人だって、いろいろと考えることあるが、何かあればルイズを護ってやりたいというのは変わらない。

 ワルドとの決闘の後、ルイーズに扮したルイズは、才人を絶対に必要だと言ってくれた。あの時は普段のルイズの態度と、婚約者だというワルドのこともあって、その言葉を信じきることが出来ずにいたが、事情を知った今は違う。

 今まで反発ばかりだったルイズがどう思ってくれていたのかを知ることが出来た。慣れない手つきで傷の手当てをしてくれて、心から才人を心配してくれた。

 そんなルイズを思えば、才人は多少の無茶だって付き合ってやろうとも思える。ワルドに情けない嫉妬心を覚えている場合じゃない。火傷だって、なんだというのだ。ご主人様を、傷つけさせてやるものか。

 

「……でも、それでもルイーズとは、ちょっと違う」

「違うって?」

 

 首を僅かに倒して見せたルイーズを真正面に、才人は意を決したように声を上げた。

 

「ルイズが傷ついたりするのは我慢ならない。だけど、だからって代わりにルイーズが傷ついたりするのだって、同じくらい嫌だ。あいつも護る。けど、同じ使い魔だからってことじゃなくて、ルイーズのことだって護りたいと思ってる」

 

 真剣に見つめる才人のことを、きょとんとした様子でまじまじと見るルイーズ。

 その言葉の意味を把握するなり、ルイーズは僅かに頬を染めた。確かにちょっとプロポーズ染みた照れくさい言葉だったかもしれない、と才人の顔にも血が上ってくる。

 

「それって、ラ・ロシェールに向かう道中、馬に乗ってた才人が言っていた言葉?」

「へ? 何それ?」

「ほら。私を護る騎士になってくれるって……」

 

 しかし、返ってきたのはもっと恥ずかしい言葉だった。思いもよらぬルイーズの発言に、ぶっ、と思わず才人は噴出していた。

 そういえばあの時テンションに任せて、そんなことを声高に叫んでいた。でも、上空のグリフォンに届くような声量を出したつもりはなかったのに。ルイーズの頬が染まったのは、もしかしなくてもあの時の才人の台詞を思い出したからだろう。

 

「ちょ、え!? あれ、ルイーズにも聞こえてたの!?」

 

 慌てふためいている才人を前に、ルイーズは「私、【風】のメイジでもあるもの」と悪戯っぽく笑って続けた。【火】のメイジが温度に敏感になるように、【風】の適正を持つメイジは音などの空気の振動に敏感になるらしい。

 才人はもう、耳まで真っ赤だ。そんな才人を見てくすくすと笑っていたルイーズは、目を細めて優しく呟いた。

 

「そう。でもそれなら、才人も私と同じ。一人見知らぬ土地に召還されてしまった同じ境遇の才人のことを、私だって助けてあげたいと思ってる。ほら、やっぱり私たちはおんなじ。違わない」

 

 ルイーズはそれだけ言うと、顔を赤くしたままの才人を置いてルイズの元へと歩いていってしまった。

 そのまま俯いているルイズに声をかけて何事かを語りかけると、ルイズはルイーズの豊かとはいえない胸へ顔をうずめていた。婚約者からのまさかの言葉に、ショックが治まりきらないのだろう。

 

 才人は立ち尽くしていた。何度か口をぱくぱくと開いていたが、結局ルイーズを引き止める言葉は出てこなかった。

 普段は見せない悪戯っぽい笑顔や、妹や弟を見守るような優しいルイーズの表情に、なんだか才人の胸はきゅう、と締め付けられていた。

 そうして視線を巡らせて、そんな彼女に抱きついているルイズが落ち込んでいる姿を目にする。今度は胸がえぐられるような思いがした。

 

 あんなルイズの姿は、見たくない。あいつはつんと澄まして、ちょっと怒ってるぐらいがよっぽど似合っている。

 いや、やっぱり二人仲良く、笑っていて欲しい。

 

 呆然とその後姿を追っていた才人は二人から視線を動かさないままに、胸の部分を右手で握り締める。

 どうにも酸素が足りない。浅く呼吸を繰り返す。そうして、小さく一言だけを呟いた。

 

「……俺、どうしちゃったんだろ」

 

 

 

 




以前に公開していた話は以上になります。
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