宇宙ロボット兵器の戦闘補助AIですが、魔法のある星に人間となって転移したようです 作:レルラロル
スミノア王国南西部を塞ぐように広がるスタブ山脈。その麓には『深い森』と呼ばれる危険地域が広がっている。木々の背は高く聳え、生い茂る葉は空を塞ぎ根本まで光を殆ど通さない。凶悪なモンスターも数多く生息し、普通ならば足を踏み入れようとさえ考えないような森。
そんな森に平然と住まうミシェリアに拾われた僕――シュニは、そのミシェリアと共にスミノア王国首都に向かう為、まず森を出た所にある村を目指して歩いている。
「ミシェリア、後方から敵性存在が接近中です」
そんな中僕はマッピングの魔法を左目に展開しながら接近する危機を逐次報告していた。
「お、了解だ。――ほいっと」
背後を確認した彼女が腕を振るえば、後方から迫る小型の魔物に吸い込まれるように炎のメスが命中する。弱い部類の魔物だったようで、頭部への一撃で行動不能となり消滅していった。
「やはりその魔法は便利だな。ここまで魔物を寄せ付けずに歩けるとは」
「ありがとうございます。とは言え襲撃頻度は変わらず高いままです。いかにこの森に魔物が多く生息しているか分かりますね」
既に半日程歩いており、陽が落ちて足元もまともに見えない程であるのにも関わらず襲撃頻度は高いままだ。
「いやぁ、普段と比べれば楽で楽で仕方がないくらいだ」
そしてそんな歩き難いだろう森を迷うことなく、躓くことなく歩くミシェリア。
「それはミシェリアの魔法技術が高いからでしょうね」
「褒めるな、照れるぞ」
耳と尻尾が機嫌に反応して揺れる。
「君こそよくこんな森の夜道をスイスイ歩けるな? もっと時間がかかると思っていたよ」
「実際視力を頼りにするには限界が来ているので、現在はマップを基準にして歩いています。ミシェリアは見えるのですか?」
「まぁね。私は夜目が効く方だから」
恐らくミシェリアの種族的な特性だと推測。
「というかあまりにも歩きに問題ないから気付かなかったけど、視力的には見えてなかったのか!?」
「はい。ですがマッピングがあるので問題ありませんよ?」
僕がそう告げるも彼女は申し訳なさそうな表情をする。
「いや、さすがにその状態で歩くのは危ない。暗がりで目が見えない人体にも慣れておきたまえ。というわけでこの辺りで夜営をしようと思う」
「この森で就寝するのは危険では?」
先程襲撃された地点からまだほぼ離れていない。
「普通はね。ただ私は裏技が使えるんだ」
そう言って旅用鞄を木の影に隠す様置いたミシェリアは周囲の魔力を励起させる。魔法の前兆だ。
「何らかの魔法ですか?」
「まぁ見てなさい」
ミシェリアの操る魔力の量が増大していく。炎のメスよりも、神経麻痺付与よりも、圧倒的な量の魔力を周囲からかき集めている。
「私が持つ中で、最も派手で最もやかましい魔法だ」
そうしてかき集めた魔力がただの一点に集中し、強い光を放ち出す。彼女の指先に現れたそれは、その指の動きに合わせて凄まじい速度で上昇し、木々の分厚い茂みの中に消えていき――
そこで大爆発を起こした。
上を見上げれば木々から伸びる枝葉、幹は爆破点から球形に消滅し、月明かりが届くようになった。
「うん、見通しも良くなったな。研究に爆発は付きものだ。実験としても――失敗としてもね。だから縁として魔法にすらなっているのさ」
そう言って笑うミシェリアに僕は尋ねる。
「今ので魔物を呼び寄せてしまうのでは?」
そう言ってマップを確認すれば、当然の様に僕らがいるこの地点に向けて多数の敵性反応が寄ってきて……いない?
「今ので逃げたということですか?」
「いやぁ? そんな簡単じゃない。むしろシュニの言う通り、呼び寄せているんだ」
そう言って不敵に上空を見上げるミシェリア。
「再度敵性反応を確認します。――ひとつだけ高速でこちらに向かってきている反応有り。間も無く会敵します」
上空に開いた大穴の向こう側から、独特な羽ばたき音が聴覚に届く。それは鳥や蝙蝠が羽ばたく程度では到底鳴り得ない重く響く音であり、対象が極めて巨大であることの証左。
「夜の安全の為、君を狩らせてもらうよ――」
その言葉に応えるように、大穴から飛び込んでくる巨大な生命体。三眼の魔物の時にも、アルビエロ相手の時にも見せなかった油断ない表情を浮かべながらミシェリアは続ける。
「――ドラゴン君?」
目の前に着地した、全長12メートルにも及ぶ巨大な翼竜。
この星ではドラゴンと呼ばれる、一つの街程度なら簡単に壊滅させうる強力な存在である。
対象スキャン開始。形状解析中……完了
全長:約12メートル
体表:硬質化した鱗に覆われている。金属の様な光沢を持つ為、強度が非常に高い可能性がある。
特殊部位:翼は翼手目に類似した構造だが、別途で更に腕を持つ。四本の角を有し、内2本は特に大きく後方に伸びている。
飛行能力:翼による揚力だけでなく、体表を覆う微細な魔力により飛行を補助している兆候あり。
「さて、倒せばしばらくこの辺りにはアレより弱い魔物が来なくなるんだ。ここが踏ん張りどころってやつだね」
前方8メートル程の近い位置に着地したドラゴン。
ミシェリアが裏技というのも納得できる。そもそもこれを倒せなければ成立しない手法なのだから。
「ミシェリア、援護します」
今回は簡単に撃破とはいかないと判断した僕がそう申告すれば、ミシェリアは目を一瞬だけ丸くすると、フッと笑った。
「私一人で倒す予定だったけど、そうか。確かまだサポート用の魔法があるんだったね?」
「物理的弱所のマーキングを行い、ミシェリアに僕の視界を同期します」
言いながら魔力を励起させとある魔法の縁を意識する。
「意味は分かるが、どうなるのか想像つかなくてちょっとワクワクするじゃない」
僕の左目のインターフェースに新たな情報が追加される。一瞬魔力が放出され、ドラゴンを含むこの付近全体に浸透するよう行き渡る。すると視界内にいる指定した対象――今回はドラゴン――の物理的弱所に赤い光点が表示された。更に――
「今同期します」
「これは、シュニと同じ物か……」
ミシェリアの左目周囲にも魔力で構成されたインターフェースが出現――同期完了を確認。
「あの赤い点が弱点ってことか? いや、赤い点が移動したな……どういうことだ?」
対象が此方を睨みながら一歩前へ進むことで光点は複雑な動きで移動。また時に2点、3点と赤い点が増える瞬間も存在することに対する質問。
「現在対象の構造は外見から得られる情報のみ知り得ている状態です。なので生物的弱点は不明の為、そこを攻撃すれば体勢を崩すという物理的弱所のみが表示されているはずです」
彼女は光るインターフェースから与えられる情報をを興味深げに眺める。
「なるほど……重心的な弱点ってことか。それでも凄まじい魔法だよ、これは。そこを付けば倒れ込むってことじゃない?」
「光点はその瞬間における対象の体勢によって常に移動する為、タイミングは難しいとは思いますが、お役に立ちますか?」
「十分過ぎるほどね!」
ミシェリア3メートル程まで巨大化させた炎のメスを3本周囲に生成し、ドラゴンに向けてまず一本を射出した。弱所を狙っていないことから牽制であると思われる。
改めて対象に意識を向ければ、ここまでの会話中攻撃を仕掛けてこない冷静さがあり、今までに襲いかかってきた魔物とは知能から異なることが伺える。
ドラゴンは翼で難なく炎のメスを弾き、その肥大化した角に紫電を走らせながら大きく息を吸い込んだ。
注意:対象の周囲の魔力が過剰に反応、また体表から判断できる程首の中心部が高温に変化していることを確認。
「おっと、それをさせるわけにはいかないんだなーこれが!」
直後に対象が口を開いた瞬間、ミシェリアがドラゴンの口に向けて炎のメスを2本とも射出しつつ、僕を後ろから抱えて走り出す。
燃え盛るメスのうち一本は顔の鱗に弾かれたが、残りの一本はドラゴンの角に命中。大きくのけぞった対象の首の温度は急低下、攻撃行動を中断したことを確認。
「危なかった。一応範囲外まで逃げたけど、止められなかったら電撃入りの火炎ブレスが飛んできてるとこだった」
攻撃対象を電流で麻痺させ、さらに高熱のブレスで焼き尽くす。時間経過による継続ダメージすら狙う極めて凶悪な攻撃。――改めて危険性の高い魔物であると再認識。
「あれでブレスを中断したということはミシェリアが攻撃した角は弱点だったということですか?」
「ブレス中だけね。とまぁそんな訳で、生物的弱点は私が知っているから問題ない」
「頼もしい言葉です」
「とりあえずシュニはブレスの兆候があったらあいつの正面から避難して。あと尻尾もかなり長いから、そもそも離れてた方が良いかもしれん」
対象の全長の内約半分は尻尾であることを考えれば妥当な判断。
「DEMIAの腕を出しますか?」
攻撃が炎と電撃なら、宇宙線や恒星からの電磁波等が当たり前に対策してあるDEMIAの腕ならほぼダメージを受けないと思われる。
「いや、それは本当に困った時の切り札にしておく。それに、物理的弱所までご丁寧に表示してもらって勝てないなんて、この森に住む資格が無くなってしまう」
そう言って笑うミシェリアは、再びドラゴンと向かい合う。
攻撃を強制的に中断されたドラゴンは、その眼に怒りの感情を明確に宿し、地面を強く踏み鳴らし翼を大きく広げて威嚇行動をとる。たったそれだけでこちらのいる位置まで強風が届いた。
「さて、続きといこうか」
ミシェリアは新たに5本の炎のメスを展開しながら走り出す。彼女の魔法の自由度の高さには感心させられる。――大きさ、数、威力。それぞれをかなり自在に操っていることはこれまでの戦闘から判明している。
「健闘を祈ります」
僕はそう言って対象の尾が絶対に届かない位置に移動する。かと言って離れ過ぎるとブレスを回避出来なくなる可能性がある為、ギリギリの位置ではあるが。
「さぁこれはどうする?」
言いながら2本のメスを射出。巨大な燃え盛るメスがドラゴンに襲いかかるが、一度鱗でも弾けたことで驚異は無いと判断したのか、角を狙う物だけ翼で弾こうとする。しかし――
「悪いね、さっきのは威力を下げすぎていた」
先程とは異なり命中した瞬間爆発を起こし、ドラゴンは弾こうとした翼ごと大きくのけぞった。
「あぁ、これは良い」
インターフェースを確認したミシェリアがそうこぼす。僕と同じ情報を見ているなら、次は――
「今この瞬間、その右足を攻撃されたらどうなる?」
のけぞった瞬間、物理的弱所を示す赤い光点が対象の右足に集中。姿勢を立て直す前に更に2本のメスが首と、その右足へと飛来する。首は体勢を立て直させない為、右足へは勿論、体勢を崩させる為だ。
ミシェリアの魔法による攻撃はその目論見通り首と右足に命中し、ドラゴンは大きく転倒した。しかし――
「おっと!?」
ドラゴンは倒れ込みながら長い尻尾をミシェリアのいる方面へ向けて薙ぎ払った。先端にいくほど細く鋭くなっているその尻尾は、凄まじい速度でもって彼女の回避先すら潰すように襲いかかる。
「上しか避けようがないじゃないっ!」
通常なら必中といえる攻撃をミシェリアは、上へ飛びあがり回避した。回避手段としては合理的だが、本来あまりにもリスクが高い方法だ。ミシェリアの跳躍力が一般的な物であれば、だが。
「……研究者というにはフィジカルが強すぎるのでは?」
飛び上がったミシェリアは低く見積もっても3メートルは跳躍している。それによりこの星の人類種の身体能力がかなり高水準である可能性が出てきた。
回避には成功したミシェリアだが、依然危機は去っていない。尻尾を振り回す遠心力を利用して対象は既に体勢を立て直しつつある。
飛び上がったミシェリアが着地するのと、体勢を立て直した翼竜が飛び上がるのは同時。立場を入れ替えるように、飛び上がったドラゴンの首中央部が高温化する。ブレスの兆候だが、角に紫電を纏っていない。一度中断されたことで学習している模様。
「これはマズイか⋯⋯っ」
ミシェリアが歯噛みする中、行動を中断させられなかった対象の口から青白い炎がミシェリアに向けて放たれる。走って逃げ回ることで僕を炎の範囲外にしているのは恐らく意図的なことだろう。
逃げるミシェリアを追うようにドラゴンは継続的にブレスを吐き続ける。寸前、巨大な炎のメスを生成したことが確認出来たが、直後にミシェリアがいた周囲ごと爆炎に飲み込まれてしまう。
「⋯⋯⋯⋯」
ミシェリアが敗北した? いや――マップからもミシェリアを示す点は消えていない。しかしこの座標は⋯⋯。
「一旦離れた方が良さそうですね」
僕はあえて声に出して行動を宣言。こちらを次なる標的としたドラゴンが振り返る。
あまりにも小さくて、弱そうな僕をワザと恐怖さるかのようにゆっくりと近づいてくる翼竜。
「今ですミシェリア」
直後、ドラゴンの背後の地面が爆発したかのように吹き飛び、その中からミシェリアが飛び出してきて、そのまま対象の背に飛び付いた。
「いやー、あっついあっつい! 流石に死ぬかと思ったが、――お前の負けだ」
衣服のところどころを焦げさせ、腕の一部を火傷させたミシェリアが、背面部の突起を足にかけ、その体幹だけでドラゴンの背に張り付いたままそう告げる。
翼竜は身を捩りミシェリアを振り落とそうとするが、落ちそうになる様子すら見せない。そうして懐から取り出した注射器のような物をドラゴンの首元に突き刺すと、まるで糸が切れたかのように崩れ落ち、対象の機能は完全に停止。恐るべき即効性だ。
「竜種の魔物に特効性のある毒物だ。最後まで正々堂々戦うとでも思ったか? そんなもん私が保たないわ!」
倒れ込んだドラゴンの背から飛び降りたミシェリア。思えば随分と危険な作戦だったようだが⋯⋯。
あの時彼女が飛び出してくる前の座標は僕達の位置よりも低い場所を示していた。つまり、地下だ。ミシェリアは炎が通過する直前、特別大きく生成した炎のメスで地面を抉って潜り、地下に一時的なシェルターを作ったのだ。しかしながら自分の魔法も炎という事もあり、完全に無傷とはいかなかったのだろう。だから服が焦げており火傷も負っていたのだ。
「想定より強い固体で驚いたな。もっとサクっ倒すつもりだったんだが、なかなか上手くいかないものだ⋯⋯」
「ミシェリア、火傷は大丈夫ですか?」
戦闘後の状態確認。思えばDEMIAに搭載されていたころから、やっていること自体はあまり変わっていない。
「ん? ⋯⋯あぁ、腕か。なに心配はいらない。回復用の薬も当然持ってきている」
そう言って戦闘前に置いていた鞄の中から一本の薬瓶を取り出すと、焦げた袖を引きちぎって腕に直接薬品をかけ始めた。直後うっすらと白い煙を上げながら火傷による爛れ、炎症がみるみるうちに治癒されていく。
「⋯⋯凄まじい効能ですね。宇宙全体で見ても恐らく類を見ない治癒力でしょう」
「そうなのか? 普通の安い回復薬だから欠損とか治せない程度の物だが」
反応を見るに本当にこの星では一般的な物らしい。
「効果範囲はともかく治癒速度が異常です」
僕がそう言えばミシェリアは軽く顎に手を当てて思案する。
「んー⋯⋯、もしかしたら魔力の有無が関係しているかもしれないな。前も言ったが、魔力は人だけでなく岩にも空気にも含まれる。もちろん植物にもだ。この回復薬の原材料となる薬草にも魔力は含まれるはずで、それが宇宙ですら見られないという回復速度を促しているのかもしれん。――話を聞いた瞬間に考えついた程度の仮定だがね」
「それでも十分辻褄は合うかと」
しかし、もしそうなら魔力は不確定要素が多い概念ということになる。ここに至るまで何度も、接触や魔法による精密な探知を行なっているが、魔力として認識できるのは魔法として使用され始めた瞬間からだ。それまで魔力はエネルギー探知にも素材探知にも引っかからない。使用前の魔力は『存在するが確認できない』ダークマターのような状態の可能性がある。
火傷した腕をゆっくり回しながら念入りに薬をかけていたミシェリアは、程なくして満足したように頷いた。
「まぁこんなもんかな」
「戦闘お疲れ様でした。ドラゴンの死体も消えたようですね」
見れば僅かな魔力の残滓だけを残し、あれ程の大きさを誇ったドラゴンの死体は完全に消滅していた。
「よし、じゃあ当初の予定通りここで野営するぞ。あんな強い魔物が倒されたことは他の魔物にもすぐ分かるだろうし、しばらくはここに近づいてこないだろう」
「ドラゴンより弱い魔物の生存本能を利用しているんですね」
僕は起動していたマッピング魔法を終了する前に周囲の敵性反応の動きを確認する。驚くほどこの近辺の魔物は消え去っており、少し離れた位置にある反応もここから離れるように動いている。
「そういうことだ」
そう言ってカバンからテント用の布を取り出すと、杭と紐を使って手際よく設営していく。
「慣れてますね」
「まぁね。フィールドワークでよく野営するから」
言いながら携帯ランタンを取り出し、テント内に設置した。布越しの明かりが暗い森をぼんやりと照らしだす。
「毎回あのように強い魔物を倒して安全を?」
「それは同じ『深い森』内でも場所によるな。魔物が寄り付かない巨木の側を使ったり、そもそも食べられる生物がほぼないから魔物もいない地域を使ったり、色々だ。今日はそのどちらも近くにないからあの方法だったのさ。言ったろ? 裏技だって」
「なるほど、普段あまり使わない手法としての裏技なんですね」
「そういうことだ。⋯⋯さぁシュニも入れ。一人用のテントだが、君は小さいからどうとでもなるだろう」
言われるままに僕もテントに入る。一人用というのも納得の狭さで、最低限寝るスペースを確保するためだけの物のようだ。二人並んで寝るだけで横幅はいっぱいになるだろう。
ミシェリアはコートを脱ぎ、白衣を脱ぎ、テントの隅に畳んで置いた。枕にするようだ。
僕も真似するようにコートを脱いで頭の位置に設置した。
「明日の朝早くに出れば、夕方までには村に着くく予定だ。今日は色々あったし、疲れたからさっさと寝てしまおう」
シャツ姿になったミシェリアは開いた寝袋を僕ごと被る。二人で入る物ではないが、確かに僕が小さいおかげか意外と余裕があるようだ。
「了解しました」
「じゃあシュニ、おやすみ」
彼女はそう言ってランタンの火を消す。
「はい。⋯⋯あ、一つだけ質問いいですか?」
「ん? なんだ?」
「寝るとはどうすればいいんでしょうか?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯え? ――あっ」
そんな僕の質問に、初めて自己紹介をしたとき並の絶句をしてから問題に思い至るミシェリア。
「そういえば寝るってことも当然初めてになるのか⋯⋯」
ミシェリアは苦笑しながら視線をこちらに向ける。
「はい。同じ初めてでも食事は口に料理を運び、咀嚼し飲み込むという全てが能動的動作であった為に問題なかったのですが⋯⋯」
「確かに⋯⋯寝るのはそうもいかないからなぁ。人間ですらたまに寝方忘れたりするし」
「そうなのですか?」
「あぁ。翌日早く起きなければならないとか、そういう理由がある時に限って特に眠れなくなったりするものだ⋯⋯」
そんなことを言いながら遠い目をするミシェリア。経験則だと推測。
「まぁそんなわけで説明は難しいんだ。とはいえある程度疲れていて、目を瞑って何も考えずにいれば気がついたら眠っているってのが大半だから、とりあえずそれをやってみたらいいんじゃない?」
「目を瞑って何も考えない⋯⋯了解しました」
「頑張れ⋯⋯ってのもおかしいか。んじゃあおやすみ」
「はい。おやすみなさい」
目を瞑り、思考の中断を実行。
⋯⋯⋯⋯。意識の低迷を確認、これが睡眠欲というものと推測、このまま休眠に入ります。
「⋯⋯なんだ、案外すぐ眠るじゃない」
睡眠に入る直前、そんなミシェリアの声が聞こえたような気がした。
〼
暗闇の中、意識だけが起動する。
肉体の操作不能。
いや、そもそも繋がっているのは肉体ではない。
操作こそ出来ないがこの接続の明瞭さ、反応の速さ。
これは――DEMIAだ。
慣れたようにDEMIAの状態を確認すれば、最低限の機能だけを残してスリープモードに入っていることが分かる。
今この状況であれば――AIとしては過分ではある――前マスターに与えられた権限によりスリープモードを解除出来るが⋯⋯。別の条件としては、二百年の経過でも解除される。これは初期設定だ。残り時間は――
「やはり、この腕であったか」
確認中、どこからともなく声が聞こえる。数刻前に登録済みの音声。
「やはりかの少年は神の御子だ。間違いない」
ゴード・ナルダイトの音声だ。
しかし、何故DEMIAの側から彼の音声が聞こえるのか。
「機竜で急ぎ確認に戻って正解だった⋯⋯。帝都の地下深くに祀られるはずの神のお体を自由に扱ってみせるあの少年は、やはりアルビエロに⋯⋯」
その時、意識が起動した時と同様、唐突にあらゆる処理が行えなくなる。意識が、接続が途絶える。
どうやら、DEMIAはアルビエロにあると考えた方が良さそうだ。この情報は、ミシェリアにも伝えるべき――
〼
「お、目覚めたか?」
寝袋の中で意識が覚醒する。すぐにミシェリアに伝えるべきことがあるはずだ。
「⋯⋯⋯⋯?」
しかし、記憶を確認しても何も出てこない。
というよりも記憶されていない⋯⋯?
「ん、どうした? 珍しい顔をして」
「いえ、眠っている最中、何らかの映像、音声を確認していたはずなのですが⋯⋯記憶に残っていなくて⋯⋯」
「あぁ、夢でも見たのかね? 寝たのが初なら夢を見るのも初めてだろうから驚くのも無理はないんじゃない?」
「夢、ですか」
「そう。寝てる時に見た夢ってのは、まぁ思い出せない。特にいい夢を見た時に限って思い出せなかったりする」
「記憶に残らないことが普通、ということですか?」
「まぁ大体はそうだね。たまに妙に覚えてる夢があったり、確定ではないけど」
「なるほど⋯⋯」
一瞬だけ、思考に何かが引っ掛かるような感覚に陥ったが、僕の中に夢を見たという記録はもはや残っていない。これでは説明も不可能と判断し、僕は思考を切り替えた。
「言い忘れていましたね、おはようございます、ミシェリア」
「あぁ、おはようシュニ」
挨拶を交わしてから服を着込み僕達はテントを出る。空を見上げれば、当然ながらミシェリアの開けた森の大穴は健在であり、浅く差し込んだ朝日によってテントの周りは森の他の場所よりは明るくなっている。
今日夕方まで歩けば、村に着くという。
この危険な深い森を抜けるまで、まだしばらくかかる。ミシェリアが強くとも油断はするべきではないだろう。