屋上から飛び出した先、待ち構えているのは大型の鎌の輝きだ。
落下しながら踊りかかる。この戦闘は空中で細かい機動ができる自分が有利。でも状態で攻めきれない。
ゆったりとした構えの相手。その動きが全部罠に見える。老練な構えと隙の作り方をするこいつは非常にやりにくい。いつもいつもそうだった。どこか大上段に構えて、指導をしてやると言わんばかりのその態度。
いつもそれにキレて突っ込んでいったが、だからこそわかりやすかったのだろう。
今はそれを知っている。
知った上で、その罠の山に突っ込んだ。
クラスターの余熱が全身から迸り、花壇の白い花が爆風で散っていく中を、それよりもはるかに速くゲイルに向かって直進する。
互いに銃口が向いて、殺意が装填されていく。
銃弾は避けられないから、発砲のタイミングを読むのが重要だ。自分はこれが上手かった。銃口の角度、人差し指の動き、肩の入り方。足の運び方。全てに癖があり意図があり、そして心の状態が反映される。
落ちながら、互いを殺すために照準を定める。
うるさいこの教師はいつも言っていた。相手の体を見ろ。相手の心を読めと。実際の動きの前に動きがある。初期微動をこそ見逃すなと、技術を教える時も戦い方を教える時も、根っこはいつも同じことを言っていたんだと気づいた。
だからこそ、相手の意表をつかなくては戦闘で先んじることはできない。相手より早く、思い付かないような発想で。目で追えないような速度で。体と心を置き去りにするのだ。
相手は当然避けると思っているだろうから、二発目が勝負だと考える。
だからこそ、引き金が引かれる寸前に手のひらを向けて前に出た。
射撃音が聞こえる前に、相手の動きを見て驚く。
自身の射撃によって体を回転させて自分を動かしつつ、こっちを撃ってきやがった!このジジイは本当に油断ならない。
被弾はこちらだけがするコースだが、そうはいかない。
細やかな爆破が散弾を迎撃する。爆風と散弾が正面でぶつかって弾が逸れた。被弾面積を最小にして装甲で受けるようにしたが、肩を掠めた程度。コートの肩口が裂けたが問題ない。
これは初めて見せるから、相手も驚いたことだろう。相手の姿がブレて、加速を使ったのがわかる。
予想外のことをされれば距離を取るのが普通だが、こいつは当然普通じゃない。
「こういう時は、決まって前にステップ踏みやがるよなぁ!?」
こいつはいつも、下がっても勝てる場面で前に出る。まるで相手の血を浴びる距離が適正だと言わんばかりに被弾覚悟で距離を詰めてくるのが常だ。
すでにおいてあるクラスターは、霧状の起爆物質がその空間を満たしているような状態だ。
その一帯が丸ごと爆弾になるように、空気が急激に膨らむ。
「どうせなら綺麗に死ねや!!」
言いつつもこれで死なないだろうとは分かっている。だからこそ、いくつかある回避のパターンを予測し携行グレネードを退路へと撒いてある。
やはりと言うべきか、ゲイルが屋上の端に向かって動きながら角度を変えて撃ってきた。
目で追うのが限界に近い速度で、それでも予測したから追えている。自分が罠を置いていない数少ないルートをこいつなら一瞬で選べるだろうから。
見えた。訓練の中でずっと見てきた動き方の癖があった。右に重心を移す時に左肩が先に動く。
右に爆破を使ってこちらも加速し、銃撃を放つ。
ゲイルの移動先を読んだのではなく、射線を潰す位置に動く。花壇の縁が爆破で吹き飛んで、土と花びらと照明の破片が宙を舞う。その煙がゲイルの視界に入った。一瞬だった。一瞬で十分だった。
まだ見せていない戦法で圧倒してやる。
距離が半分になった瞬間にまた撃ってきた。今度は近い。汗を手のひらに集中させた。
互いに被弾覚悟の撃ち合い。無傷などはなから考えていない嫌な動きだ。本当にこれはよくよく似てやがる。あの七光りの狩峰と出久の戦い方が混ざるようにしてどこか被る。
体中の汗腺が動いていた。クラスターを使った後だから汗の量が多い。手のひらだけじゃなく腕全体に薄く纏わりつかせながら、着弾のタイミングをはかる。
散弾が来た。
体の表面に立ち昇った水蒸気が全て爆破して迎撃する。
触れる直前に起爆する。汗の膜が爆発して弾を弾いた。爆発反応装甲と同じ発想で、衝撃が腕を走って痺れるが、そんな衝撃は慣れたもの。散弾も熱も通らない。
ここでようやく、地面がやってくる。
道路の真ん中にどうやってか着地した重傷の老人は、それでもいまだに脅威のままだ。
「……良い使い方だ。まだ新しい手札があるとはね。いいじゃあないか」
相手の体にこちらの弾が直撃し、それだけでしばらくすれば死ぬであろう傷をつけた。
その怪我でゲイルの声が変わる。喜色に溢れ、感嘆のような息をついた。
計算していなかった動きを見た時の、授業でたまに見せた顔だった。そういえばこの表情をさせてやろうといつも殺す気で向かっていったんだっけ
まだ相手には余裕がある、きっと動ける。けど、体勢が崩れたその一瞬を逃さなかった。
右足が花壇を踏んで進み、左足がアスファルトを蹴って、ゲイルとの距離がゼロになる。
この無防備な接近では避けられない。相手もそれを理解して、銃を構えてそして撃つ。
一切逃げずにやってやる。針の穴を通すかのような早業でそれをした。
人差し指と中指を銃口に突っ込んで、そしてその火薬の圧を指で止めた。
弾ける肉と血飛沫。そして銃の破片。
結果としては、ゲイル先生の銃が内側から弾けるという光景が生まれる。
自分は個性によって、圧力と熱と光をコントロールする力場を発生させているらしい。すでに加速された銃弾なら無理だが、圧力をどこにも逃さずに返すという芸当はできるのだ。
銃身が割れて薬室が砕けて、ゲイルの手から吹き飛んだ。屋上の端を越えて落ちていく金属の音が聞こえて、遠くなって、消えた。
こちら指は健在で、二本指が煙の軌跡を引きながら上に弾かれる。それはまるでピースサインのような光景だった。
こちらは銃を構えて、そして向こうは持っていない。これで、一旦は勝利だろう。
距離をとって空中から撃っていれば負けはない。相手はすでに血を流しているから、ここで安全策をとれば勝てる。
そう考えるのは、この戦法を教えた張本人だろう。
だからこそ、自分の今の怪我を無視して最高速の加速で前に出てきやがる。
こっちはすでに後退しているが、相手の加速のほうが速い。
相対速度が塗りつぶされて、鎌が届くその瞬間。背負った空間が、爆発する。
「だぁれが逃げるってんだ!?俺はな。完璧に勝つんだよ!!」
その爆発を足場にして前に出れるのはこの世に自分だけだろう。まるで地雷を踏んで加速するかのような理外の前身は、慣れた自分すら血の気が引くほどの加速度だった。熟練のパイロットでも気絶するようなGがかかっていただろうが、それを無視して前に出た。
沸騰するような体の中の圧力が、血液を無理やり回してくれている。
血走った目は、相手を捉えて話さない。
掌底が相手を捉えて、そして溜めた力を連続で解放してやった。
爆炎が続け様に掘削するようにして、相手の胴体で炸裂し恩師が吹っ飛んだ。
「お前には色々教わった。今逃げりゃ勝ちってのもわかる。けどな、それじゃあ時間がかかんだろうが。俺は最善最速で殺して、拾えるやつだけ拾ってやる。何より、ダセぇことしなくて勝てるんなら俺は余計なことはしねえ」
「ふっ。ははは。このところやけに聞き分けが良いと思ったら、牙を隠すことも学んでくれていたとはね。嬉しい誤算が、続くじゃあないか」
「っち!鎌で防ぎやがったか?まぁ、てめえが俺を殺せるなんざ。んな無駄な心配すんなや。俺が圧勝して誰も傷つけないうちにやってやる。自分がまいた種ってやつだ。安心して成仏しろや」
まだ戦えるのだろうと身構えるが、そこでゲイルが膝をついた。地面に手をついて、そのまま横に倒れた。起き上がろうとしない。どうせ罠だろう。
しかし、慎重に距離をとって経過を見守り、煙が晴れて詳細を見れば一目瞭然だ。
そこにあるのはもう立てない老人の姿。
手を失い、足を失い、胴体に深い傷がある。計算通りの勝利がそこにある。
なのに受け入れられなかった。何をしても死なないとどこかで勝手に思っていた。授業の最初から今までずっと。そういうものだと思っていた。
「ああ、さすがにもう、動くことは……できないね。君の、強さは、本物だ。君にはあの……オールマイトでも救えないものを救うことができるだろう。その果断さはヒーローにはありえないから。だが、しかし最後に救えないものも……また確実にある……」
血が溢れるように出ている。
口の端から出ていた。小さく落ちて赤が広がり、今更降ってきた白い花びらが乗って、赤黒く滲んだ。
「……またクソ説教か。死ぬ間際くらいはっきり言えや。途中で終わりやがったら……殺すぞ」
感情を殺して、警戒を続けていた。
まだ動くかもしれない。まだ何か来るかもしれない。そう思いながら距離を取る。でもそれが理屈じゃないと気づいていた。
動いてくれ、という願望かもしれない。もう一回立ってくれたら、もう一回殴れる。まだ、戦い続けることができる。
まだ語り合うことができる。戦い続ける歓びを、恩師と感じ続けることができるのだから。
「はっは。その暴言を聞いて安心するなんて、死期が近いらしい。それでも……私は、助言者だからね。では……。みじかく、伝えよう」
ゴポリと血と色々が混ざったものが溢れるのを見て、近づいた。
やっと近寄れた。膝をついてゲイルの横に座り込む。近くで見ると小さく細い。
こんなに細く弱々しい老人だっただろうか。いや、信じられない。さっきまであれだけの動きをしていた体が、今急激に萎んでしまったように見えた。
真剣にその言葉を待った。その衝撃に備えていた。
「校庭で、複数の生徒が、ておくれになっているはずだ。緑谷出久が……であう前に、かれらを殺せ。慈悲の刃を……振り下ろせるのは、英雄ではない。君のような……人間だから」
手が伸びていた。
ゲイルの手だった。呆然と伸ばしていた。まだ残っている方の手が、ゆっくり動いていた。握った。指が細かった。冷たかった。授業中に黒板を指していた手と同じ手だった。最初に自分を転がした力強い手は、たった今自分が殺したのだ。
「それで、最後なんかよ。先生……」
「ああ、私を、ここから出してくれ……と願い続けていたが、最後の最後に、まだ見ていたいと思うなんてね」
目が変わっていた。
誰か、誰でもいい、助けてくれと。その目はずっとそう言っていた。一体何人が気づいていたのだろうか。でも今は違った。満足げで、恐怖がなくて、ただもう少し生きたいという色が初めてそこにあった。
握った手に少し力を込めた。ゲイルの指が動いた。
「……任せろ。先生は、安心して死んでいい。次は、俺だから」
「君は、君のヒーローではないが……。それでも君は、私のヒーローだね」
意味のわからないこと最後まで言い続けて、先生は死んだ。
生まれて初めて尊敬して、完全に負けて。最後まで勝てた気がしない師を殺した。
でも体はまだ動く。なら今すぐ意味のないことをやめて、すべきことがある。
さっきまで恩師であった亡骸に背を向けて。自分が殺すべき相手の方へと飛んでいく。
もう戻れない友人を、まだ落ちていない友人のために代わりに殺せるというのなら、喜んでそれをしようと、心から思えてしまっている。
きっと報いは受けるだろう。それから逃げるつもりもない。
自分はヒーロー失格だ。
それでもゲイル先生の教え子であると、それだけは胸を張って言える気がした。
赤黒い花弁は、葬送の炎によって灰となり、白くなってどこかへ消えた。