『ユニコーンオーバーロード』クリア記念に。

オリ主とタチアナの短編小説です。

※若干ネタバレ注意

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オリ主×タチアナあります。独自解釈もあります。
苦手な方はご注意ください。


タチアナと炎が嫌いなカラス

レェブンは炎が嫌いだった。

赤々と燃えるそれは、どんなものであれ溶かし、焼き、そしてすべてを塵にしてしまうから。いままで積み上げてきた記憶もなにもかも、空に還してしまうから。

なにより嫌いだったのは、赤々と燃えている最中のその輝きはとても美しいと感じてしまうこと。両親だったものを目の前で焼かれたレェブンは、炎のそういうところが許せなかった。

瞼を閉じれば、鮮明に思い出す。

不治の疫病。感染したらもう助からない。そんな病に感染してしまった両親を、村人は泣きながら焼いた。両親は病でぼろぼろに乾燥した唇で苦しそうに介錯を受け入れた。

 

「あなたにうつる前でよかった」

 

両親がレェブンに残した遺言はそれだけだった。

村人への恨み言も、現状に対する怨嗟も、神に対する呪いも一切吐かなかった。

清い人たちだったのだろうと思う。全体のためにどうするべきか考え、未来と息子を案じて身を焼かれた。最後に口から出たその一言は、息子への愛にあふれていた。

 

けれど、愚かでもあったとは思う。

不治の病に感染した夫婦と暮らしていた息子が、その後、村でどんな扱いを受けるか、わからないわけではなかっただろうに。

村人たちは善良であった。だが偏見や感染の恐怖に勝てるほど勇猛ではなかった。

レェブンは家を追い出され、小さな村はずれの小屋に隔離された。

食事はいつも道端に届けられ、村人たちがいなくなってからレェブンはひっそりとそれを拾いに行く。

村人は善良だった。レェブンが病に感染している可能性は高かったし、彼だっていつ焼かれてもおかしくなかったのに、村人たちは彼を殺さず、隔離することにした。

もともとコルニアでも外れにある小さな村だ。無論、村人たちに人殺しの経験などほとんどない。病人を介錯し続けた彼らはきっと、なにか目に見える善行がほしかったのではないか、と思う。

自分たちは悪だ。けれど、望んでいるわけではない。レェブンを生かしたのは、そういった村人の口には表れない精一杯の抵抗だったのかもしれない。

 

しかし、病は留まるところを知らなかった。村人は日に日に減っていき、代わりに簡素な墓が増えていく。しかし、やがて疲れ果てたのか死体がふえても、墓は増えなくなった。

 

そしてある時からレェブンの元に食事が届かなくなった。

村はずれの小屋から見ても、村の荒れようはひどいものだった。死霊の住処、といわれても納得しただろう。

きっともう、病に関するものに目を向けることさえ嫌だったに違いない。

『疫病で死んだ夫婦の息子』。レェブンはある意味、村にとっては病の象徴だから。

 

レェブンは恐る恐る小屋を出て、村の中に入った。

食わなくては死んでしまう。それは自分の両親を焼いた炎に意味がなかったように思えて嫌だった。

 

村に入ったレェブンは息を呑む。

村の中には誰もいなかった。あるのは死体と、わずかに漏れるひゅー、ひゅーというどこからかの呼吸音。それも弱くなり、次々に消えていく。

レェブンは理解した。この村は病に敗れたのだと。

 

 

レェブンは炎が嫌いだ。

村に放った炎を見ながら、それを再認識する。

一人一人を介錯した。身を焼かれる苦しみを味あわずに済むように。

ナイフは血に染まり、皆から血が流れ出る。黒く変色した不健康な色ばかりだった。

痛みはあったろうに、だれもレェブンを責めない。もはやそんな余裕もないのだろう。

村に放った火は、彼らを焼いていく。すべてを塵にして天に還す。

その光景はやはり美しく、だからこそ、やはりレェブンは炎が嫌いなのだ。

 

 

 

ほとんど着の身着のまま、コルニア領内を彷徨った。正確には元コルニア領内だが。

数年前に王都グランコリヌ城が陥落してから、この地はゼノイラ帝国の物になっていた。

ゼノイラ兵は蛮行を尽くし、土地を蹂躙した。そんな土地に丸腰とあっては、レェブンの命も長くは持たないだろう。そのはずだった。

 

どこからか馬の駆ける音が聞こえる。

現れたのは、鎧に身を包み、馬にまたがった精悍な男だった。

「君は・・・・」

男はレェブンのぼろぼろの身なりを見て驚いたようだった。彼は馬を降り、レェブンに目線を合わせる。

「私はジスラン。この土地で領主をしている。君はもしかしてこの先の村の者か?教えてくれ、何があった」

 領主、という言葉がうっすらと耳に入る。まさかそんな大物がこんなところにいるとは思わず、しかも薄汚い少年に対してわざわざ馬を降りて話しかけてくるとは思わなかったが。

本当のことを話せば、レェブンは殺されるだろう。

病で助からなかった者たちとはいえ、多くの人間を刺し、焼いた。

 

けれど、レェブンはもう黙っていられなかった。

楽になりたかった。彼らのところに、両親のところに行きたかった。

全てを身の前の領主にせきを切ったようにぶちまけた。

 

 

ジスランはそれを黙って聞いていた。兜のせいで表情は見えなかった。途中、息を呑むような声を聴いたような気もしたが、どうでもよかった。

 

どうかオレを、罰してください。殺してください。

 

懺悔のような告白を、レェブンはその一言で締めくくった。

 

どのくらいの後だったか。ジスランが動く。

ゆっくりと彼はレェブンに頭を下げた。

 

「すまない」

ジスランの行動に、レェブンは面食らった。なぜ?なぜ彼が謝るのか。

 

「二つ、君に謝りたい」

 

ジスランが言葉を紡ぐ。

 

「ひとつは、君の村を救えなかったこと。私がもっと早くに現状に気が付き、行動していれば彼らは死なずに済んだろう。君にその命を背負わせることもなかっただろう。病を軽く見た、私の愚行だ。本当に、すまない」

 

レェブンはただ黙って彼の言葉を聞くしかなかった。

 

「二つ目は、君の願いをかなえられないことだ」

 

ジスランはそういって頭をあげる。兜越しに、レェブンをまっすぐに見つめる。

 

「君の命は、村人たちの善性と、そしてなにより両親によってつながれたものだ。だから、ただここを通りがかった領主に過ぎない私に君の命は奪えない。それはあまりに、重たいものだからだ」

例え君が罪人であろうとも、だ。

 

見当違いな話だと思った。

 

レェブンはゆっくりと自分の手を見る。

多くの人を殺した。助からない命だっただろう。病に侵され腐るのを待つだけよりも、ずっとましだったのかもしれない。けれどそれはすべて言い訳だ。死者の気持ちを生者が図って正解にはたどり着けない。結局すべては慰めでしかない。

だから罰してほしかった。生者である自分よりも、死んだ彼らを慰めたかった。

 

「もし君が、罪を許せないというなら、どうしても罰してほしいというのなら」

そんなレェブンにジスランが言葉をかける。

 

「どうか私に、君が罪人かどうかを知る時間を与えてほしい」

 

 

 

 

 

 

 

レェブンはジスランの屋敷に引き取られた。ジスランからの提案を呑んだ形になる。

屋敷について驚いたのは、なにやらこまごまとした器具や薬品が大量に置かれ、クレリックたちがあわただしく走り回っていることだった。

「私は病に打ち勝てると考えている」

ジスランはそう語った。領内で流行り始めた病。それを治療する方法を探っているのだと。

「信仰で病は防げない。正しい知識と療法が必要なのだ。しかし、現状は芳しくない」

まだ有効な手立ては発見できていない。そういったジスランの声は歯がゆさに満ちていた。

「私は領民たちを救いたい。こんな世ではあるが、皆が安心して暮らせる町をつくりたいのだ」

それでもジスランは希望を失っていないようだった。

「君の村のような悲劇が、もう起きてはならない。そのために、私はここで研究を続けているのだ」

と、語るジスランに目を向けていると、奥の部屋から美しい女性が現れた。傍らには少女がひとり連れ立っている。ジスランが嬉しそうに女性の名を呼んだ。察するに家族なのだろう。となると横にいる少女は娘だろうか。

とりあえず母親似じゃないな、とレェブンは思った。

青白い肌に薄緑色の髪、闇をたたえたような黒い瞳。病的ともいえる、死んだような表情。すべてが母親に似ていない。

と、彼女と目が合う。

「あなた、誰」

端的な質問が飛んできた。挨拶とか、そういうのはすべて抜き。見た目通り淡白な性格なのかもしれない。

そんなことを考えてなかなか返事をしないレェブンを、緊張していると勘違いしたのか、ジスランが助け舟を出した。

 

「タチアナ、彼の名はレェブン。例の村の生き残りだ」

 ジスランのその言葉に、タチアナの目がやや鋭くなった。

 

「ジスラン様、では彼は病の」

「そうだ。だが彼は感染しなかった。それも聞けば数年の間らしい」

「病には潜伏期間というものが存在します。すぐにこいつを隔離するべきです」

 一定のトーンで、しかしはっきりと意思を示すタチアナ。ジスランはそれに対し首を振る。

「それを判断するのは早計だ。タチアナ、彼を検査してくれ。それで病の兆候があるなら対応しよう。それまでは保護した領民だ。手厚く扱ってくれ」

「…かしこまりました」

 

ジスランの言葉にタチアナは深々と頭を下げる。そのまま彼女は隣の部屋へと向かった。

「彼女はタチアナ。優秀な研究者だ」

ジスランがレェブンに説明する。

「君と年も近い。仲良くなれるだろう」

それはどうだろうか、とレェブンは思った。どうみても人と仲良くなろうとするタイプには見えなかった。

 

「何をしているの。早く来なさい」

 

扉の向こうからタチアナの声がする。すこしいらだった様子だ。

レェブンは慌てて彼女の後を追った。

 

 

 

 

 

 

ジスランの屋敷にレェブンが来てから一年がたった。

そのなかでレェブンはいくつか理解したことがある。

まずジスランについて。

彼はもともとコルニアの領主だったがゼノイラが侵攻した際にゼノイラに鞍替えしたらしい。なんだか彼の性格に合わないような気もしたが、領民の安全を第一に考えた結果、という話をクレリックの一人に聞いた。

次にジスランの奥方。

美しい金髪の女性で、明るく、領民にも慕われている。領地の民がゼノイラになにをされようと不当な要求を断り続けているのは、彼女をまもりたいと領民が思っているから、とジスランが自慢げに語っていた。夫婦仲は良好で、二人寄りそう姿は絵画のように美しかった。

 

そして最後にタチアナ。この屋敷に住み込む優秀な研究者。

確かに素人目に見ても他のクレリックたちとは動きが全然違うように感じた。

それはたしかな研鑽と知識によるもので、そういったところは純粋に尊敬できた。

しかし、タチアナはそんな自身に納得していないようだった。

「失敗ね。これも効果はない」

 数週間かけて作り上げた薬にたいして、彼女はそう断じた。周りのクレリックから落胆の声が聞こえた。清掃をしていたレェブンにも、そんな様子が目に入った。

「つぎ」

しかしタチアナは全く動じなかった。さっさと次の実験に取り掛かる。

クレリックの一人がすすり泣き始めた。何も変わらない現状に限界を感じているのだろう。

「うるさい。泣くのなら出て行って」

しかし、タチアナはそんな相手にも容赦しない。すすり泣くクレリックはひどく傷ついた表情でタチアナを見て、部屋から出て行った。

「そんな言い方ねぇだろ!みんな頑張ってんだ!」

 クレリックの一人が食って掛かった。しかしタチアナはどこ吹く風だ。

「頑張ったから何?薬は完成してないし、誰も助かってない。まだ途中なのよ。そんな段階で折れるならここにはいらない」

「このっ」

 怒るクレリックが腕を振り上げる。

 鋭い張り手がタチアナの頬を打った。

「…気は済んだ?ならさっさと作業にもどって」

それでも意にも帰さずに作業を続けるタチアナに、クレリックは憤懣の表情を浮かべながら部屋を出ていく。きっと最初に出ていったクレリックを追っていったのだろう。

部屋に重苦しい空気が満ちる。それでも皆、重い足取りで研究へと戻っていった。

レェブンは赤くはれたタチアナの頬を見つめることしかできない。

「なに? 用があるならはっきり言って」

 すると、タチアナの方から声をかけてきた。レェブンは一瞬言葉に詰まるが、痛くないか?大丈夫か、と聞いた。

「平気よ。自分のケガの状態くらい自分でわかる。切れてもないし、問題ないわ」

それだけ返すとタチアナはまた自分の作業に戻った。

その小さな背中に、レェブンは声をかけた。

どうしてそこまでするのか、と

「周りに対しての私に対応のことを言ってるなら、あなたには関係ないわ。彼女たちが折れるならそれまでよ」

そうじゃない、とレェブンはつづけた。どうしてそこまで頑張るのか、と。

「…ジスラン様のためよ」

 それだけ言うと、タチアナはもう口を開かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

レェブンがジスランの元に来てから二年後。

レェブンは屋敷の護衛として槍を学んでいた。先輩の兵士から稽古をつけてもらいながら、ふと稽古場を通りかかったジスランを見る。

彼はこの一年ですこし、暗くなったような気がする。

領民の病は改善することなく、そして最近、彼の奥方が体調を崩すことが増えた。

クレリックたちがついて治療に当たっているが、良くなったり寝込んだりを繰り返している。愛妻家の彼にとっては気の休まるときがないだろう。

と、よそ見をしたせいで先輩の放った訓練用の剣をかわしそこねた。

先輩のあっ、という叫びと、鼻に強烈な一撃を見舞われたのはほぼ同時だった。

 

「私、いそがしいのだけど」

 医務室で鼻の治療を行うタチアナが不満を隠そうともせずにレェブンをにらむ。実際彼女は忙しいので、たまたま通りがかった彼女にこんなことをさせたことについては申し訳なさでいっぱいだった。

ごめん、と謝ればタチアナはいらいらした様子で言葉を返す。

「謝るくらいならケガをしないで。しかもただの訓練で」

おもわずまたごめん、と口に出してしまう。するとタチアナはさらに苛立ちながら言う。

「レェブン・・『カラス』は菌を媒介する。血を流しながら研究室に入られたらたまったものじゃない。だから治すのよ」

それはさすがに言いがかりではないだろうか、と思ったが、悪いのは自分なので黙るしかない。

と、タチアナの表情がいつもと違うことに気が付いた。目の下にひどく深いクマがある。いつもよりすこしだけ動きも緩慢なように思えた。

大丈夫か、声をかける。するとタチアナはまた苛立たし気にレェブンを見る。

「何が?私の時間を奪ったやつになにか心配されるようなことがあるかしら」

それを言われるとなにも言えない。しかし、せめてすこし寝た方がいい、と伝えた。

「馬鹿を言わないで。時間がないのよ。早く成果をださないと」

タチアナはそういって譲らなかった。それでもレェブンは放っておけなかった。なにか取り返しのつかないことになりそうで。

休まないと。最悪精神攻撃は覚悟してタチアナを見つめて伝える。

「‥‥ジスラン様の奥様の状況を知ってるでしょう。だんだん寝込む時間が長くなってる」

「奥様はジスラン様の心の支え。失われれば、きっとジスラン様は立てなくなる。いままでのジスラン様ではなくなってしまう」

「だから、救わないといけないの。そのための努力を惜しむ理由はないわ」

 だからあんたにかまう時間はないのよ、そういってタチアナは席を立つ。が、直後にふら、と足をもつれさせた。慌ててレェブンが立ち上がり支える。

休もう、頼むよ。身体で彼女を受け止めると、その体はレェブンが思っていたよりずっと軽い。細い身体は今にも折れてしまいそうだった。

「…もう、後悔したくない」

 ぽつりとタチアナがつぶやいた。

「命は失って終わりじゃないのよ。残された者の心も壊してしまう。私やあなたがそうであるように」

「死は病。伝染して心を壊す。だからどこかで止めなくちゃいけないの」

レェブンはそれ以上何も言えなかった。去っていく彼女を見送ることしかできなかった。

納得してしまったからだ。共感してしまったからだ。

レェブンだって、両親や村人たちと同じような人たちをこれ以上出さないためならなんだってしただろう。時計を戻せる魔法があるなら、よろこんでかじりついただろう。

しかし、針は前にしか進まない。消えたものはずっと消えたままだ。

だからせめて今あるものを守るために進もうとするタチアナの覚悟が痛いほど理解できたし、絶対に邪魔をしてはならないものだとおもってしまったから。

 

もしこの時言葉をかけていれば、何か、何かかわったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

ジスランの奥方は、それからしばらくして亡くなった。

遺言は、「自分の身体を研究に役立ててほしい」だった。

ジスランは泣き崩れ、ずっと部屋から出てこない。

屋敷中が哀しみで包まれていた。レェブンもそれは同じで、またぽっかりと心に穴が開いたような感覚を覚えた。穴だらけの心。その穴から炎が噴き出す感覚。たまらなく、嫌だった。

ふと、タチアナの姿がないことに気が付いた。

心配になって探してみれば、研究室に明かりがともっているのを見つけた。

扉に手をかける。

 

「入ってきたら殺すわよ」

 

と、扉の奥から声がした。タチアナの声だった。

「レェブンね」

なんでそこまでわかるんだ、と聞けば淡々とした声色が帰ってくる。

「この屋敷で、この状況で私を探しに来るもの好きはあなたぐらいよ」

「研究室を滅菌したばかりなの。かけらも菌を持ち込まないで」

研究室の中からかすかに物音がした。滅菌の仕上げでもしているのだろうか。

「それで、なにか用?」

 タチアナがそう問いかける。なんだか力のない声だった。

 用はない、でも心配だった。姿が見えなかったから。

 そう伝えるとタチアナはしばらく返事をしなかった。これ以上会話する気はないらしい。

 ゆっくりと、レェブンは踵を返した。きっと邪魔にしかならないだろう。そう思った。

「‥‥助けられなかったわ」

 ふと、そんな声が聞こえた。

「かならずお救いすると、ジスラン様に約束したのに」

 わずかに声が震えているのが分かった。レェブンは、その声を聴いたことがある。

 ほかならぬ、自分の口からだ。

「ジスラン様にお願いしたわ。私を罰してくださいと。役に立てない私に罰をと」

 でも、とタチアナは続ける。

「その願いをあの方は聞いてくださらなかった。ただ、ありがとうと。1人にしてくれと」

「私はあの人に、罰してほしかったのに」

 

「殺して、欲しかったのに」

 

震える声は、あの日の自分と同じ声だった。

わかっている。レェブンも、タチアナも、本当はそんなことを願っているわけじゃない。けれど、どうしようもなく許されたいのだ。許されたいけれど、差し出すものを何も持っていない。レェブンは村人たちに、タチアナはジスランに差し出すものを持っていない。

だから、命を差し出して終わりにしようとする。壊れた心に価値を感じられないから、終わりにしようとする。

きっと普段のタチアナはそれを許さない。そういう人だ。けれど、今の彼女は心に穴が開いて、そこから炎が身を焼いている。それが痛くて、終わりを望む。

安い言葉はかけられなかった。

 

きっとしばらく、誰も来ないと思う。

 

それだけ伝えて、レェブンは今度こそ立ち去った。後ろから聞こえる物音を、これ以上聞かないように。

 

 

 

 

 

 

それから数年、ジスランは狂った。

薬を完成させるためにあらゆる分野の研究に手を出した。一般療法を超えた医術、未開拓で危険の伴う禁術、ゼノイラの魔術師に教わった、怪しげな呪術。

そして、残虐な人体実験。

病の恐ろしさと、失ったものに対する責任と後悔が、ジスランの心にも大きな穴をあけた。

屋敷の近くには医院ではなく、「収容所」が建てられた。

そこに感染した患者と、感染した「かもしれない」人間を放り込む。

感染者の身体は切り刻み、そうでないものも場合によっては投薬や解剖の犠牲となった。

もちろん領民は必死に抵抗した。なぜ、どうして、と叫ぶ彼らを連行する役目を担うのは、レェブン達だった。

老人、子供、女にけが人。なにも関係ない。病かもしれないなら、連れて行くしかない。

逃げ出そうとしたものの足を槍で突いて、馬車に乗せる。感染が広がらないように、マスクをつけて。それは鉄でできた、皮肉なことにカラスによく似たマスクだった。

収容所に一団を放り込むと、決まってタチアナが出迎えた。顔のクマは一層ひどくなり、瞳にはもう色がない。そんな彼女を見ると、いつも心がきしんだ。

「お疲れさま」

 返り血だらけのレェブンを、返り血だらけのタチアナがねぎらった。

 出会ったころにはない奇妙な感覚を、レェブンはタチアナに感じていた。

 きっとそれは『共犯』という連帯感。

 狂う主の意志を、正しいものだと信じ、奪う命を犠牲と称し、それでも歩む覚悟を決めた。

 もう自分たちが救われることはない。そんな不健全で奇妙な一体感だった。

 

 

 そして、とある雨の日だった。

 青い旗を掲げた一団がやってきた。

 彼らは自分たちを、「コルニア解放軍」と名乗っていた。

 

 

 

 

 

 コルニア解放軍は、屋敷に向かって進軍を続ける。

 森からの奇襲も、バリスタも意にも介さずに突き進んでくる。

 兵力としてはこちらが上なのに、状況はゆっくりと、確実に劣勢になっていく。

 雨の降りしきる砦にてジスランを守りながら、レェブンは必死に槍を振るう。

 解放軍はまるで正義は自分たちにありと言わんばかりに攻撃を重ねている。

 と、ジスランたちの元に敵の飛行部隊・・・短髪のグリフォンナイトが向かっていくのが見えた。焦って振り向き、救援に向かおうとするが、赤い髪の兵士が立ちふさがる。

「行かせねーよ!」

盾を構えたファイターの彼が、そのまま盾で殴りつけてくる。焦って躱そうとするも、後方にいたソルジャーの女が彼に指示を出し、動きを修正している。兵士としての練度が、あまりにも違う。

盾で殴りつけられ、くらくらとした頭で思わずうずくまる。

だめだ、倒れるな。

必死に自分にいい聞かせる。タチアナが言っていた。研究は間違いなく進んでいる。薬が完成するのも、遠い未来ではない。

やってきたことは無駄じゃない。あの日の炎は無駄じゃない。

けれど今コイツらにそれをぶち壊されたら、あの炎は燃え続ける。焼き続ける。次はジスランとタチアナを焼く。

それだけはダメだ、これ以上、穴をあけたくない。

気付けば、レェブンの口からは叫び声が漏れた。立ち上がれない体に鞭打って、思い切り槍を振るう。

「うわっ!?」

「レックス!」

 赤い髪の青年の盾に槍をたたきつけ、後退させる。驚いた顔で武器を構えなおす彼らをにらみ、槍を強く握る。

 必死に頭を回して、後方のソルジャーを狙って槍を突き上げる。

「させるかよ!」

しかし、赤い髪の、レックスと呼ばれた青年がそれを盾で防ぐ。鋭い金属音がして雨の中でさえ一瞬火花が散る。しかし、技量の差は埋められない。レックスの盾が一瞬早く、衝撃を逃がしてレェブンの槍を弾き飛ばす。

その隙を見逃さず、ソルジャーの少女が槍をレェブンの身体に突き立てた。激痛が走る。

ぼたぼたと流れる血を見て、理解する。

ああ、ここで終わる。両親が愛した自分の命はここで終わる。

自分が死ねば、ジスランはどう思うだろうか。

きっと今の彼なら自分を実験台にして薬の完成を早めるだろう。

自分が死ねば、タチアナはどう思うだろうか。

きっと同じだ。きっと自分の死に意味をくれるだろう。

 

すこしだけ、寂しさを感じた。悲しんでほしいな、などという身勝手な願いが首をもたげる。きっと痛みが自分をおかしくしたのだろう。

 

「あぶねぇ‥。なんなんだよお前。なんでそこまですんだよ」

レックスが自分に言葉をかける。正義感を振り飾す、嫌な言葉だ。

「領民を実験台に病を振りまく・・・なんでそんな非道なことを」

うるさいよ、何も知らないくせに。

ジスランが望んでやっていると思っているのか。俺たちが望んでこうなったと思っているのか。

レックスがまだなにか言っている。けれど聞き取れない。意識が混濁してきた。

 

「解放軍!領主ジスランを討ち取ったぞ!これより、攫われた領民を救うため進軍を開始する!」

 

老騎士の叫び声が聞こえた。不思議と、それだけははっきりと聞こえた。

 

ああ、痛いなぁ。流れる血を見ながら、ゆっくりと足を動かす。

ゆっくりと、ゆっくりと。

もう眠ってしまいたい。両親や村人たちに会いたい。

 

血が雨に流されていく。それでもレェブンは動き続けた。

レックスが驚愕する声が聞こえた。自分は何か、彼が驚くようなことをしているのだろうか。

レェブンは気付かなかった。ゆっくりと、死に体の身体でレックスの前にたち、進行を妨害していることを。

「まだ・・・まだやる気なのか!?」

 武器もない。鎧も砕けた。刺された個所から血はとまらない。

 それでも、よろよろとレックスの元に向かう。

 遠くから、誰かが駆けてくるのが聞こえた。

「レックス、何があっ」

「アレイン、来るな!!」

 アレインと呼ばれた青髪の青年剣士が思わずと言った様子で立ち止まる。 

彼らの目の前には1人の青年。傷だらけで武器もなく、あとは死ぬだけの兵士。

そんな男がゆっくりとレックスに向かう。剣を一振りすれば終わる。それなのに、レックスも、ソルジャーの少女、クロエも、そして解放軍の頭目アレインも、様々な死線を超えた彼らが一歩も動けない。

レェブンはそんな状況など理解できない。もはやほとんど意識はない。

それでも、口から洩れる言葉があった。

 

父さん、母さん、みんな。

 

自分を焼いた者たちのこと。その痛みを忘れない。雨の中でも炎は消えない。

 

ジスラン様、奥様。

 

自分を罰してくれなかった人たち。そばにおいてくれた。すこしだけ、穴をふさいでくれた。

 

タチアナ。

 

自分と同じように、心に穴をあけた人。燃える炎を忘れられない人。

 

そして気が付いた。自分が死ねば、タチアナは1人だ。

タチアナが死ねば、自分は1人だ。

きっと自分たちは、それが嫌だったのだ。

口に出して互いを大切だなんて言う関係じゃないけれど、それでも死なれたら嫌なのだ。

すくなくとも、レェブンにとってそれはたまらなく嫌なのだ。

 

だから、いかせない。

タチアナの命も、痛みも、後悔も。

こいつらの安っぽい正義感が壊していいものじゃないのだから。

 

行かせない、タチアナのところには、いかせない。

 

そう、口から言葉が漏れた。レックスの鎧を殴る。

力なんて入らない。レックスにダメージなんてない。それでもなんども殴る。

鎧が血に染まる。もはや、子供が親を殴るような、その程度の威力しかない。

それでも殴り続ける。

 だれも何も言わない。言えない。

 やがて、レェブンの拳が、だらんと下がる。瞳から光が消えていく。命の終わりが近い。

 

「‥‥見事だ」

 

 アレインのつぶやきが、聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと気が付くと、知らない場所で横になっていた。

回りを見ればテントの中らしいことが分かったが、なぜこんな場所にいるのか。

起き上がろうとして、腹に激痛が走り、思わず叫びが漏れた。

するとバタバタと慌てた様子で誰かが走ってきた。

「っ、起きたのね」

現れたのはタチアナだった。すこしケガをしているようだったが、それでも生きていることにレェブンはよかった、と思わずつぶやいた。が、それが彼女の怒りを買ったようだ。

 

「よかった? 死に体で帰ってきたやつの言葉とは思えないわね」

ゴゴゴ、と怒りのオーラを纏ったタチアナに思わず息を呑む。

というより、何がどうなったのだろう。おもわずタチアナに問えば、タチアナは変わらぬ表情で告げる。

「…負けたのよ。私たちは」

 

 タチアナは言う。解放軍は結局、タチアナのいる屋敷まで攻め込んで、制圧。彼女たちを捕虜にした。しかし討ち死にする前のジスランから聞いた話と、現れたゼノイラの魔導士バルトロの独白を聞いて、解放軍のアレインは病の蔓延の裏にゼノイラの暗躍があったことを確信。タチアナの話と研究に価値を見出し、領民の待遇改善を条件に研究続行を認めたらしい。

「それでも、あいつがジスラン様を殺した事実は変わらない。だから私は、あいつについて解放軍に入る。あいつの理想の、最期を見届けるために」

 覚悟の決まった顔。タチアナの決心は固いようだった。しかし、まだ疑問はある。

 なぜ自分は生きているんだろう、と聞いてみる。

 

「それが条件だったからな」

 

 と、違う誰かの声がした。テントの入口に青い髪の青年、アレインが立っている。隣にはレックスの姿もある。

 

「改めて名乗ろう。解放軍のアレインだ」

「君たちのしたことは、決して善行とは呼べない。君たちを非難する者も少なからずいるだろう。しかし、君たちが心の底から病を憎んでいることは理解した」

「俺たちの戦いもまだまだ続くだろう。薬は必要になる」

 それを聞いても腑に落ちない。薬が必要なら、タチアナだけいればいいはずだ。自分を助ける理由はないだろう。レェブンはいぶかし気にそう伝えた。

「理由は二つある。1つは、君のような優秀な兵士を、ぜひ解放軍に迎え入れたかった。なにより最期に君が見せてくれたあの戦い。君はここで死ぬには惜しい男だと、オレは思った」

あんな無様を見てなぜそう感じるのかさっぱりわからないが、まったく嘘を言っている感じがしない。どうやらこの男はまぶしいほどにまっすぐなようだ。

「それと二つ目。タチアナが君を救わないなら一緒には来ないと言い出して」

「余計なことを言わないで」

 タチアナがぎろりとアレインをにらむ。アレインはそれを見て、言ってはまずかっただろうか、などと口にする。そういうとこだぞ、とレックスがアレインを小突いた。

「だがもちろん、君の、レェブンの意志もある。君にとってオレはジスランの仇だ。よく考えて、決断してほしい」

 そういわれて、自分の手を見る。

 ジスランのことは好きだ。失って、また心に穴が開いてしまった。

 けれど恨む前に、聞きたいことがあった。

 

「なんだ?」

 アレインはレェブンの瞳を見る。堂々と立つその姿は、絵物語の王のようだ。

 レェブンはアレインに問う。

 

 ジスラン様は、最後になんて言って死んだんだ。

 

「『これでようやくお前の元に行ける』。そういっていた」

 

 それを聞いて、レェブンはうつむいた。なんということだ。どうしようもなく、嘘ではないことが分かってしまう。

 望んだ未来とは違いすぎる場所に来てしまった。ジスランも、もうおわりにしたかったのかもしれない。痛みも恨みもすべて。

 

 そうか、彼はきちんと罰してもらえたのだ。

 

 それを理解すると、悔しくなった。

 もっとできることはなかったのだろうか。ジスランを光の中に戻せなかったのだろうか。

 彼が自分に、そうしてくれたように。

 

 解放軍。この場所は、闇の中にいる人たちを救い、あるいは罰してあげられるのだろうか。痛みと苦しみを終わりにできるだろうか。

「すべてを救えるとは約束できない。けれど、オレは信じている。この先には、光満ちる自由な世界があるのだと」

アレインが言う。それでも決心はつかない。

また、誰かを焼かなくてはならないかもしれない。その美しさを、見なくてはならないかもしれない。

「ジスラン様の薬を完成させるには人手がいるのよ。自分だけ抜けられるなんて思わないことね」

と、タチアナが口をはさんできた。

しかし、自分が役に立てることなどたかが、とまで言ったところで、タチアナの表情が変わる。イライラし始めた顔だ。おもわずひゅ、と息が漏れた。

「一から私の都合や状況を把握している奴を育てるのは時間が惜しいの。分かるかしら」

だが自分が生きているのなら、かなり優秀なクレリックがいるのだろうし、と思わず食い下がると、さらにイライラした様子でタチアナが続ける。

「彼女たちは信仰に重きを置いているの。薬学にかんして、プロじゃない」

 それは自分も、と言ったところで、さらにタチアナが口を開こうとした。が、こんどはレックスがははは、と笑った。タチアナが今度はレックスをにらむ。

「なに」

「はは、いや、お前は賢いんだと思ってたけど、案外面倒なんだなって」

「なによ、会ったばかりで私を分析しているの。そういうあなたも賢いようには」

 

「付いてきてほしいならそういえばいいだろ?」

 

レックスの言葉にタチアナが一瞬ぴく、と固まる。アレインはあまり腑に落ちていないようだ。

「別に。勝手にすれば」

なぜか例のカラスの仮面を取り付けてからそう話すタチアナ。表情が分からないから怒っているのかわからない。それがとても怖い。だが耳が赤いところをみると激怒している可能性が高い。

 

タチアナは何も言わない。次の言葉を間違えたら解剖されるかもしれない。

ふと、タチアナと別れてここに残る未来を想像する。

広い屋敷。走るクレリックたち。けれどそこに彼女はいない。

 

それを想像すると、なんだか。

 

そして、ついには言葉が漏れた。

 

「オレはタチアナがいないと寂しい。だから一緒に行くよ」

 

ガタン、と音がしてタチアナが立ち上がった。思わずひえっ、と声が漏れる。

タチアナの耳は真っ赤だ。相当怒っているらしい。

しばらくタチアナは黙っていた。レェブンも同様だ。

沈黙を破ったのはアレインだった。

「歓迎しよう。二人とも」

レックスがあちゃーと顔を手で覆った。

しかしアレインの言葉でタチアナは我に返ったのか、仮面をつけたまま出ていく。

「か、勝手になさい。でも今度そんな怪我をしたら殺すから」

 それだけ言い残して去っていく。

 

 その背を、レェブンは目で追った。

 自分たちは罰してもらえなった。少なくとも今は。

 自分たちが焼いた者たちを忘れる日は来ないだろう。

 薬が完成してもそれは変わらない。

 

 けれどもう少しだけ、罰が先ならば、彼女と歩む共犯者として生きられるなら。

 それも、悪くないのかもしれない。レェブンはそう思った。

 

 一陣の風が吹き、天幕近くのたいまつの炎を、人知れず吹き消すのだった。

 

 




いかがだったでしょうか。
ちなみにこれで終了予定です。


クレリックさんたち、なかなかエンドリザレクト撃ってくれないっすよね。
リザレクトオーブSは何処にでも売っててほしかった・・・金が。

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