燈×楽奈
無路矢×火星人
掌編

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ネコリアン

 

 火星の夕焼けは青いんだって、図鑑に書いてあった。

 私たちが紅い夕焼けに切なくなるように、火星人は青い空に胸が塞くんだろうか。

 

 歩道橋から夕陽を眺めて、そんなことを考えた。

 

 新しい曲をやりたい、と愛音ちゃんが言った。楽奈ちゃんがそれに頷いて、立希ちゃんが私を見た。詞が書けそうかを訊ねられているのだと解釈して、私は頷いた。

 どんな歌を書こうか、アイディアがあったわけじゃないけれど、次を書くことに異論はなかったから、私は罫線が引かれたノートに向き合ってみる。

 

 どんなテーマがいいとか、どんな物語がいいとか、そういう構想をもとに歌詞を組上げられるほど器用じゃないから、ノートに綴った言葉の断片を改めて歌詞に書き上げる方式を取っている。春日影のときからずっと、私の作詞はこんな感じだった。

 

 たまたま開いたページには、火星を見た日のことが書かれていた。今年の冬は約2年ぶりに火星が地球に最接近した時期で、私も何度か火星を観測した。そのときの感想は火星の明るさや軌道に関するものが多かったけれど、1日だけ、楽奈ちゃんと一緒に火星を見たときのことが書かれている。

 

 そのときには、少しだけ深く踏み込んだ話をした。

 楽奈ちゃんは寡黙だ。抹茶とかライブとか、やりたいことを主張はしても、自分の考えや気持ちを言葉にして伝えようという意思が希薄に思える。

 代わりに、楽奈ちゃんのギターは感情に溢れている。

 

 楽しい、苦しい、幸せ、辛い、面白い、つまらない。

 楽奈ちゃんの感情も、私が歌詞に込めた感情も、楽奈ちゃんはギターで歌い上げる。

 

 楽奈ちゃんにとっての言語は音楽なんだ、と私は思っている。

 

 私も、楽奈ちゃんも、きっと『ふつう』からは外れている。普通らしい立ち居振る舞いも、正解も、よく分からないままに生きている。感情を言葉にする術を覚えても、それを歌にして叫ぶことしかできないでいる。

 

 エイリアンみたいだ、と私は言った。

 火星を眺めていたから、「火星人?」と楽奈ちゃんが返した。

 

 地球生まれ地球育ちのはずの私たちは、道しるべも地図もないこの街で、ふらふらとさまよっている。無軌道な歩みで、自分がどこから来てどこへ向かうのかも分からないまま、まるで違う星から来たみたいに。

 

 途端、楽奈ちゃんの言葉を私は受け止められているだろうかと不安になった。楽奈ちゃんのギターを、私は理解できているだろうか。

 楽奈ちゃんの言葉を聞きたい。その気持ちを歌詞に綴ることにした。

 

 ノートの半分くらいをそんな言葉で埋めて、翌日、書きかけの歌詞を立希ちゃんに見せた。

 途中でも、立希ちゃんが曲を作る参考にするために進捗を見せることになっていた。立希ちゃんは私の歌詞を最大限汲み取って曲にしようと努めてくれる。それに甘え切りで、少し申し訳ない。

 立希ちゃんが作りたい曲に合わせて歌詞が書けたらもっと良いんだけど。

 

「これ、野良猫にも歌わせるつもり?」

「ぉ、まだ、楽奈ちゃんには聞けてないけど……一緒に歌えたら嬉しい、と思う」

「そっか。少し考えてみる。愛音もギター上手くなってきたし、野良猫がギター弾きながら歌えるのか知らないけど、いつもより愛音に弾かせても丁度いいでしょ。……楽奈には燈から言う?」

「うん」

 

 気が付けば、楽奈ちゃんのことばかりを書いた歌詞になってしまった。私が感じている孤独を、異物感を、楽奈ちゃんと重ねてみる。

 いつの間にか、楽奈ちゃんにもコーラスしてもらうような歌詞になっていた。断られてしまうだろうか。少しだけ怖い。

 

 RiNGに行っても、楽奈ちゃんの姿は見つからなかった。

 だとすれば、楽奈ちゃんが猫と戯れている駐車場だろうか。少し遠いけれど、そこまで足を伸ばしてみることにした。次の練習の前に、楽奈ちゃんと二人で話しておきたかった。

 

 踏切を渡って、月極の駐車場へ辿り着く。少しだけ汗をかいた。

 

「ともり?」

 

 予想通り、駐車場の一角には猫に囲まれた楽奈ちゃんがいて、私を見て首を傾げた。

 

「楽奈ちゃんと、話したくて」

「ん。……この子、燈がすき」

「この前、撫でた子……」

 

 楽奈ちゃんの隣り、空っぽの駐車場の輪止めに座る。楽奈ちゃんが指さした一匹が、私の足元にすり寄ってきた。半ば無意識に手を伸ばして、背中を毛並みにそって撫でる。

 

「楽奈ちゃんは、火星へ行きたいって思う?」

「……べつに。私は、私」

「寂しく、ないの?」

「燈は、寂しい?」

「……うん。少しだけ」

 

 楽奈ちゃんは不思議そうに大きな瞳を瞬かせた。

 

「燈の歌詞は、光みたい。暖かくて、私が何処へ帰ればいいか分かる。寂しくない」

「光……」

「火星に燈はいない。抹茶も、猫も、ギターもない。まいごなら、りっきーもそよも愛音も、飴をくれる。私はそれでいい」

 

 結局、私はまだ逃避しようとしている。私のことをわかってくれて、私を甘やかしてくれる世界が存在するという幻想を抱いている。楽奈ちゃんと話していて、改めてそう思った。

 火星の大地がチョコレートで、ピンクのマシュマロが降り注ぐような、そんな幻想を期待している。惰性で受け入れている、ほんの少しの痛みを、地球の引力と一緒に振り切れやしないかとありもしない理想を抱いているのが私だ。

 

「楽奈ちゃん。私と一緒に、歌って欲しい」

「私は、燈の火星人?」

「うん。でも、地球で歌いたい。私が思い出す夕焼けは、赤色だから」

「いいよ」

 

 隣家の庭先の蘭が揺れて、猫が一匹、また駐車場へと顔を出した。ぴんと立てられた尻尾につられて見上げれば、夕焼けに藍色がさして、糸のような三日月が私たちを見下ろしている。月の反射に、寂しくなる。

 

「私も燈と歌う。はやくやろ、ライブ」

 

 にへ、と楽奈ちゃんが笑った。

 私は曖昧に頷いた。なんだか、少し泣きたくなった。

 

 言葉は光。楽奈ちゃんと別れてから、ぐるぐるとそんな言葉が脳裏を渦巻いていた。

 高松燈、という名前の由来を私は誇りに思っているけれど、楽奈ちゃんの言葉をそのまま歌詞に起こすのは少し気恥しい。

 

 灯台の代わりに、狼煙という言葉を選んだ。私の言葉をくべた煙が、誰かの道標になったら良い。

 同時に、楽奈ちゃんのギターを鏑矢にたとえてみる。弓を引き絞って、爪弾かれた弦が荒野に音を響かせる。

 

 私が怯んだ時、隣でギターを奏でてくれた楽奈ちゃんに、今でも感謝している。MyGOがちゃんと集まれたのは、鏑矢のおかげだと思う。

 

「楽奈ちゃんが歌うって言ったの?」

「う、うん……」

「燈ちゃんって、たまにすごいことするよね」

 

『無路矢』という曲ができあがって、初めての練習でそよちゃんが目を細めた。

 

「楽奈ちゃん、リードやりながらこれ歌えるの?」

「ん。火星人、だから」

「火星人? なんの話?」

 

 抹茶パフェを食べながら、楽奈ちゃんが愛音ちゃんと話していた。立希ちゃんの譜面を睨みながら、愛音ちゃんがギターの弦を押さえている。

 立希ちゃんの一声でライブのスケジュールが決まったから、それまでに『無路矢』の練習をする必要がある。ライブやスタジオの予約そっちのけで抹茶パフェを食べていた楽奈ちゃんがようやく食べ終わって、丁度スタジオの予約時間が迫ってくる。

 

 楽奈ちゃんがアルビレオのような瞳を輝かせて、私の方へと振り返った。

 

「燈、はやくあそぼ」

「……うん!」

 

 


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