奴らはいったい何者だ?   作:Shigy20250620

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トルーマン大統領失脚までのストーリーを描いてみようと思ったんですが・・・
登場人物にトルーマン大統領を入れてしまうと、どうしても破滅劇にしかならないのです。
書いててこんなに気が滅入るとは思ってみませんでした。
安易に設定するもんじゃありませんね。




戦地の現実 -数字が語らないもの-

 1944年、街に控えめなクリスマスの準備が進むその日、ワシントンポストに1つの記事が、ひっそりと掲載された。

 その記事は1人の、男の目にとまり、世界の運命を変える蝶の羽ばたきの一つへと姿を変えていった。

 

 1945年、1月。

 ホワイトハウスの一室、重厚な扉が閉じられ、議場のざわめきが徐々に収まり始めた。

 新大統領トルーマンが就任してまだ日が浅い。

 議会は、低迷する支持率、膨らむ反戦デモの扱い、そして何よりも戦争遂行の根拠について、ようやく本格的な議論の場に入ろうとしていた。

 委員長の木槌が机を叩く音を響かせ、室内のおしゃべりが収まる。

「本日の議題は、太平洋方面における戦況報告と、国内における士気問題です。トルーマン大統領、そしてパターソン軍務長官にはご出席いただいている」

 議長が言い、視線で1人の男に合図を送る。

「ミスター・ウィッティアー」

 議長に名前を呼ばれた男が立ち上がる。

 列の中ほどに席がある、痩身長身の上院議員。

 マサチューセッツ選出、エイモス・H・ウィッティアー。

 造船業と商船隊を地盤にもつ、典型的な北東部“ヤンキー”気質の中堅議員として知られている。

 温厚だが、数字の整合性には厳しい。“共和党でも民主党でもなく、良心に忠実”と評される人物である。

「大統領、軍務長官、質問させていただきます」

 良く通る声で切り出したウィッティアーは手にしていた新聞を皆に見えるように掲げる。

 折り目がついているが、見覚えのある紙面だった。

 ワシントン・ポスト、社会面の一角。

 その記事を読んでいないものは、この場にはいなかった。

「本紙のこのコラムに関し、私はいくつか確認したい。題名は『戦地の現実、数字が語らないもの』」

 ウィッティアーが視線を周囲に向ける。

「政府は太平洋で“優勢”と発表しております。しかし、この記事では、帰還兵の証言をもとに“公式発表には反映されていない負傷者の実態”があると記されています」

 皆、真剣にウィッティアーの言葉を聞いていた。

 すでに議場の空気は緊張を帯びていた。

 新聞記事を議会で取り上げるのは珍しいことではないが、このタイミング、この内容となれば話は別だ。

「ご存じない方のために、どのような記事か紹介しましょう」

 ウィッティアーが歌うように記事を読み上げていく。

 

  政府発表によれば、太平洋方面の戦況は「おおむね優勢」とされている。

  確かに、発表される戦果一覧には「撃破」「撃沈」「排除」といった力強い言葉が並び、日本軍に対して有利に推移している印象を与えている。

  しかし、最近帰国した兵士への取材を通じて感じるのは、数字だけでは見えてこない“別の輪郭”である。

  しばしば引用される「日本兵が我が軍の兵士1人を倒す間に、我が軍は日本兵2名を倒している」とする比率についてだ。

  この数字は、戦場で死亡が確認された者のみを基準にしている。

  ところが、実際の戦闘に関わった兵士の証言では、“死者”よりも“戦線に復帰できないほどの重傷者”の数がはるかに多いという。

  戦線に戻れない重傷者をどのように扱うかによって、「優勢」の意味合いは大きく変わってくるだろう。

  負傷者事情について、いくつか気になる声が寄せられている。

  複数の兵士が語ったところによれば、最前線では治療までの時間が長く、適切な処置が遅れた結果、命を落とす例も少なくないという。

 「戦闘中より、負傷してからの方が怖かった」と語った若い伍長は、最初は言い淀んでいたが、やがて静かにこう付け足した。

 「傷そのものより、治療を受けるまでの道のりがつらかった」と。

  補給の問題も現場から繰り返し語られる。

  前線に届く食料は、種類が少なく栄養が偏っている。

  缶詰が主で、量も十分とはいえないそうだ。

  貨物船は日本軍につかまり、あるいは沈められる。

  沈んだ船から引き揚げても、無事なものは缶詰だけだ。

  悪名高いハードタックですら日本軍の手で魚の餌にされている。

 「食事の話題ばかりしていた」とある水兵は苦笑したが、

  その表情は、ただの冗談にして片づけるにはあまりに沈んでいた。

  痩せた状態で戦場に立つ兵士が増えていることは医療担当者の証言からも裏付けられる。

  今春にかけて、再派遣を拒む例が増えているという報告も聞く。

  拒否した兵士の多くは、“臆病”というよりは「あの状況にもう一度戻れる自信がない」と語る。

  彼らの声を、単なる個人の弱さとして片づけるには、あまりにも多くの共通点がある。

  もちろん、政府発表が示す通り、我が軍の士気は高く、前線で奮闘している兵士が多数存在することは疑いようがない。

  ただし、数字や公式声明だけでは捉えきれない現場の姿があることも、どうか心に留めてほしい。

 

  戦況は一つの指標では語り尽くせない。

  前線の兵士たちが置かれた環境、帰国した兵士たちが抱える思い、それらは私たちの暮らす日常からは見えにくい。

  しかし、そこにこそ、戦争の行方を左右するもう一つの現実が潜んでいるのだろう。

 

「まず伺いたいのは、死者数だけを基準に“優勢”と判断する現行の報告方法は、戦況を正確に反映しているのかという点です。負傷し戦線に戻れない兵士の数について、政府はどの程度把握しているのか?この点を大統領、あるいは軍務長官に伺いたい」

 パターソン軍務長官が軽く前に出て、用意された文書に目を落とす。

「上院議員、戦況報告はあくまで軍が現地から得た情報をもとに構成しております。戦果の基準は国際的な慣例に従ったものであり──」

「ええ、承知しています」

 ウィッティアーは静かに遮った。

「しかし、この記事では“死者よりも、後方送りの重傷者の方が多い”と、多数の証言が紹介されています。度重なる補給難で負傷者の処置が遅れ、戦闘の直接的死因以外の犠牲が増えていることも」

 言葉遣いは穏やかだが、声は迷いなく通る。

「これらについて、政府はどれほど把握していますか?」

 軍務長官が一瞬返答に迷った。

 その隙にウィッティアーは言葉を重ねる。

「さらに、帰国した負傷兵の一部が再派遣を拒む例が増えているとのことでした。これは、単に“士気の問題”として片付けてよいのでしょうか?それとも、現場環境が彼らを再び戦地へ戻る気力を奪うほど過酷になっているのでしょうか?」

 議場の視線が、ゆっくりとトルーマン大統領に移る。

 新大統領は口を開いた。

「上院議員、あなたの問題意識は理解している。補給の遅延や、前線の環境が厳しいことも承知している」

 トルーマンはウィッティアーを見つめて言う。

「しかし、我々はこの戦争を──」

「その“この戦争を続ける正当性”こそ、私が伺いたいのです」

 ウィッティアーの確固とした信念を思わせる、言葉遣いこそ静かだがごまかしを許さぬ強い意志が籠った言葉が大統領の動きを止めた。

 議場に数秒の静寂が落ちる。

 ウィッティアーは再び新聞を軽く掲げる。

「この記事には、“数字や声明だけでは捉えきれない現場の姿がある”とあります」

 パターソンの表情がわずかに歪む。

 それに気づいているのか、いないのか。

 ウィッティアーは言葉をつづけた。

「私も同感です。だからこそ、大統領、私は尋ねたい。この国は、どのような基準で“戦争の継続”を判断しているのか」

 ウィッティアーが就任して日の浅い大統領を鋭い視線で射貫く。

「私たちが国民に求めている犠牲は、数値上の優勢だけで正当化されるものでしょうか?」

 トルーマンは答えを探すように視線を落とした。

 準備されている答弁書には、ここまで踏み込んだ質問への記述はない。

 議場には、ウィッティアーの問いが緩やかだが確かな重みをもって漂っていた。

「……政府としては、戦争目的を明確に保ちつつ、前線兵士の状況をより正確に報告する体制を検討する。補給体制についても改善を急ぐつもりだ」

「改善が急務であることは、この記事にある兵士たちの声からも明らかです。大統領、国民は正確な情報を必要としています。戦争を続けるか否か、彼らは判断する権利を持っている。この議会も同様です。どうかご留意ください」

 ウィッティアーは深く一礼し、席に戻った。

 議場は再びざわめき始める。

 そのざわめきは、“戦争を続ける正当性”についての議論が、もはや一部の反戦運動だけのものではなくなったことを示していた。

 

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