一年戦争時、もし、ほとんど見捨てられたジオンのMS小隊に、異世界からエルフのメイドさんが来たら?

という一発ネタです

なんのクロスか言いようがないけどエルフメイドさんとのクロスなんで。クロスオーバータグ入れました。

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ジオン小隊にエルフのメイドさんが?

一年戦争の折、東南アジアの密林地帯は、ジオン・地球連邦両軍にとって“戦略的価値のない場所”とされていた。

航空戦力も通用しない濃密な樹海、補給線はすぐに寸断され、通信もろくに届かない。

それでも、ここに小さなジオン軍のMS小隊がひとつ、取り残されるように存在していた。

 

部隊の編成は、旧ザク三機。すでに主力からは外れた骨董品である。

パイロット三名、オペレーター一名、整備兵四名。

戦力というにはあまりに貧弱で、補給も支援も滞ることもしばしば。

 

彼らが拠点とするのは、ジャングルを手作業で切り開いた、たった百メートル四方の空間。

そこにテントと修理用の鉄骨、最低限の通信設備が組まれ、無理やり基地と呼ばれていた。

電力は不安定なソーラージェネレーターと、小川から引いた簡易水力の組み合わせ。

食料は常に不足気味で現地調達、弾薬は残弾管理表にすら空白が目立つ。

 

本国から見れば、もはや存在しているかどうかも怪しいレベルの放置部隊。

しかし、隊長以下誰一人として命令違反はせず、この密林の片隅で今日も任務を続けていた。

 

だが――この小隊には、ひとつだけ他と決定的に違う点があった。

 

それは、エルフのメイドがいたことである。

 

すべての始まりはひと月ほど前に遡る。

珍しく本国から届いた補給物資のコンテナ。その中身は、弾薬や食料……のはずだった。

 

「……おい、マジかよ」

 

開封されたコンテナの内部、そこにあったのは、毛布にくるまって眠る一人の少女だった。

尖った耳、透き通るような白い肌、腰まで流れる金色の髪、そして古風な白と黒のメイド服。

どう見ても兵士ではない。

どう見ても戦力でもない。

 

「……で、どうする?」

 

困惑する整備兵の問いに、オペレーターが眉間を押さえる。

この貧弱な基地の通信装置では出力が足りず、本部への無線は届かない。確認のしようもなかった。

なぜ彼女がここに送られてきたのか、そもそもどこから来たのかすら分からない。

 

「なんかもう……めんどくさいから受け入れようぜ」

 

数時間にわたる責任の押し付け合いの末、ついに隊長がぽつりと呟いた。

その一言をもって、少女――ミリィ・エルネスタ・リュミエールは、この小隊に編入されたのだった。

 

 

 

 

夜明け前。

ジャングルの霧がまだ深く、濃い湿気が地面にまとわりついていた。

密林の木々が風もなく揺れることもないまま、鳥の鳴き声と、遠くで木の実が落ちる音だけが、世界の静寂をわずかに揺らす。

 

その薄闇の中で、ただ一人だけ忙しなく動き回る小さな影があった。

 

「えっと、お湯よし、おかゆよし……あ、今日のバナナは黄色が多め……よしっ!」

 

明るい独り言とともに、ミリィ・エルネスタ・リュミエールは、エプロンのリボンをきゅっと結び直す。

朝のわずかな明かりの下でも、衣服の端が整っているかどうか、何度も確かめる几帳面さは健在だった。

 

手作りのスープがコトコトと湯気を立てる鍋を炊事場に残すと、彼女は小さな足音を響かせ金髪の髪を揺らして、基地の奥へと走り出した。

 

ジャングルの片隅に点在する兵士たちの寝床――

それは、簡素なテントだったり、倒壊しかけた旧建物の一角だったりと、およそ暮らしとは呼べない代物だ。

だがミリィは、そんな場所でも、毎朝欠かさず元気な声を届けていた。

 

「みなさーん! 朝ですよーっ!」

 

勢いよく響いたその声は、密林の霧さえ突き抜けるようだった。

けれど、返事はない。あるのは、数か所のテントから漏れる、眠気に負けた呻き声ばかりだった。

 

「隊長さーん! 今日はジャングル産のバナナ入りおかゆですよっ。

昨日たまには甘いもん食いてぇって言ってたの、聞いてましたからねっ!」

 

テントの一つがガサリと揺れ、重そうな気配と共に、くぐもった声が漏れ出す。

 

「……ミリィ、お前……聞いてたのか……昨日の、独り言……」

 

「はいっ! ばっちり!」

 

彼女は満面の笑顔で答えた。目を細め、得意げに胸を張る。

 

「盗聴すんな……」

「違いますよ? エルフ耳ですっ!」

 

幾つかのテントから、諦め半分の苦笑が漏れた。

眠い目をこすりながら、隊員たちがゆっくりと起き出す。

ブーツを履く音、寝ぼけた咳払い、ほとんど音の出ない古びたラジオを手探りでつけるカチリという音。

それらの生活音に、ミリィの軽やかな足音が混ざってゆく。

 

「オペレーターさん、今日は通信機の調子よさそうです! あっ、アンテナのとこに鳥の巣ありましたけど、ちゃんと避けておきました!」

 

彼女の報告に、通信ブースからぼやくような声が返る。

 

「……なぜ朝からこんなに元気なんだこの子は……」

 

ミリィは一瞬考えるふりをして、ぱっと答えた。

 

「朝の光って、すごく力があるんですっ! だから、みなさんにもその力を分けてあげたいなって!」

 

言い切ると、まるで朝露のような笑顔を浮かべる。

誰かが、ぽつりと呟いた。

 

「……あの子がいなかったら、とっくに心が折れてたな」

 

それは、きっと、みんなの本音だった。

 

ジャングルの朝は、今日もまた湿って、重くて、不安気だった。

だが、この小隊にだけは、エルフのメイド、ミリィの声があった。

それは、戦場の片隅に差し込む、ほんの少しの光だった。

 

炊事場は、ベニヤ板とジャンク材を組み合わせた即席の屋根の下にあった。

雨漏り跡があちこちに残るものの、ミリィがこまめに補修しているおかげで、今朝は珍しく床も乾いていた。

 

「いただきまーす!」

 

元気な掛け声に、隊員たちはまばらな返事を返す。誰も文句は言わない。

バナナ入りのおかゆ。野戦食としては異例だが、疲れた体に染みるほんのりした甘さが、思いのほか好評だった。

 

「……なんだ、甘さ控えめで結構イケるじゃねぇか」

「ちょっとだけ岩塩を入れてみました。味のメリハリ、大事ですよっ」

「お前……この環境でそんな調整するって……料理スキル高すぎだろ」

 

ミリィはふふっと笑いながら、器を持つ隊員一人ひとりの表情を確認していく。

好みに応じて、辛党の整備兵には青唐辛子を刻んで乗せ、食の細い若手には温かいハーブティーを先に出す。

誰も頼んでいないのに、だ。

 

「……ほんと、よく見てるよな。あの子」

 

隊長は、食べ終わった器を指先で撫でながら、ふと口にした。

 

「ミリィ。お前、ほんとに……なんでここに来ちまったんだろうな」

 

ミリィは一瞬だけ驚いたように目を丸くしたが、すぐにいたずらっぽく笑った。

 

「それ、前にも聞かれましたよ? 王室付きメイドでしたけど、目が覚めたらここにいたって、ちゃんと答えたはずですっ」

「……やっぱ謎だな」

「帰りたくないといったら嘘ですけど。

でも、みなさんが元気でいてくれたら、それで充分ですから!」

 

笑顔とともに返されたその言葉に、隊員たちは誰も返す言葉を持たなかった。

 

 

 

 

出撃前の準備が、静かに始まる。

旧ザクたちはすでに林の外れに並べられ、今日の哨戒ルートを確認するため、整備兵たちが手早くチェックを進めていた。

 

「ブースターの気密は仮補修でOK。左の関節部、昨日の雨で錆びてやがる」

「出力落ちてるけど、動かすだけなら持つだろ。補給? 来るわけねーよ」

 

ジャングルの空気に、機械油と汗のにおいが混じる。

乾いた草を踏む足音、レンチの音、そして旧型モビルスーツの動力を起動する重い唸り声――

ミリィはそのすべてを、基地の片隅から見守っていた。

 

「隊長さん、これ、お弁当ですっ!」

 

小さな布包みを三つ、彼女は胸元でそっと差し出す。

それぞれの好みに合わせて具を変えたサゴヤシのでんぷん握り、乾燥果実のピクルス、薄く焼いた卵。

ジャングルの限られた食材で作られた、それでも手間のこもった昼食だ。

 

「お、おう……ありがとよ。今日も頑張るわ」

「落とさないでくださいね! 昨日みたいに、途中で地面の神様の朝食になったとか言われたら泣きますから!」

「ああ、昨日は本当にすまなかった……」

 

照れたように隊長が頭をかくと、整備兵たちがくすりと笑った。

そして、時間が来る。

 

「各機、発進準備完了。これより南西ジャングル方面、哨戒ルートAへ出撃」

「了解。行くぞ、みんな――生きて帰る。いつも通りにな」

 

静かに歩み出すパイロットたち。ミリィは、通信ブースの横から、小さく手を振った。

 

「いってらっしゃいませっ。ご無事で!」

 

その声が聞こえたかどうかも分からないまま、モビルスーツたちは密林の霧に溶けるように消えていった。

ジャングルの中には、再び静寂が戻る。

残されたのは、風に揺れる木々と、微かな整備の音、そして――小さく祈るように空を見上げる、金色の髪を持つ少女の姿だった。

 

 

 

 

昼を少し回った頃だった。

濃い霧が晴れかけたジャングルの空に、鈍い衝撃音が響いた。

 

――ドゥン!

 

地響きと共に、密林の向こうから鳥たちが一斉に飛び立つ。

基地の空気が、一瞬にして緊張に包まれた。

 

「今の……爆発音!? 敵襲ですか!?」

 

炊事場から駆け出してきたミリィが、すぐさま通信ブースへ走り寄る。

 

「違う、地雷だ! 哨戒中の2号機が踏んだ! 足のスラスターが吹っ飛んだって!」

「パイロットもその衝撃で足を怪我したらしい!」

 

オペレーターが慌ただしく無線に叫ぶ。

隊長機と3号機が応急支援に回っているとの報告を受け、整備兵たちが工具と予備パーツを抱えて飛び出していった。

 

ミリィも、迷いなく倉庫へ駆ける。

救急セット、包帯、冷却スプレー、簡易担架。

自分にできることは限られている。

それでも、何かをせずにはいられなかった。

 

「怪我してたら、冷やさなきゃ……水も持って……お弁当は……うん、それもいっしょ!」

 

彼女は足元のぬかるみにも構わず、飛び出していく整備班の後を追った。

 

被弾現場は、基地からそう遠くない南側の斜面。

2号機は地面に膝をつき、左脚から黒煙を上げていた。

 

「スラスター直撃だな……やばい、こりゃ動かせねえ」

「関節フレームがイカれてる。自走不能だ!」

 

隊員たちの間に焦りの声が走る。が、それでも誰一人、口には出さなかった。

「置いていこう」なんて言葉は、決して。

 

ミリィは、煙の中で旧ザクのハッチが開くのを見つけると、自分と同じぐらいのリュックサックを担ぎながらすぐに駆け寄った。

 

「大丈夫ですか!? お怪我はどんな感じですか!? 骨折、火傷、目眩――」

「ミ、ミリィ!? お、お前も来たのか……ってか、なんでそんな荷物抱えて……だ、大丈夫だ、単なる捻挫だよ」

 

パイロットの青年は目を白黒させたまま、差し出されたタオルで額を拭われる。

ミリィは冷却スプレーを噴射し、足の甲を確認し、指の動きを確かめながらも、必死に明るく声を出していた。

 

「大丈夫って言ってても、本当に大丈夫かは分からないですから! でも私、がんばりますからっ!」

 

彼女の手は震えていたが、目はまっすぐだった。

 

やがて簡易牽引装置が組み立てられ、2号機は慎重に引かれて移動を開始。

斜面を越えた先で、ようやく帰還の目処が立つ。

 

ミリィは汗だくになりながらも、コックピットの怪我人の傍を離れなかった。

自分のハンカチを水で冷やして患部に当て、小声で話しかけ、笑顔を絶やさなかった。

 

「えっと、お昼は……まだ食べてなかったですよね? すこし歪んじゃったけど、お団子ありますよ。

甘辛タレのやつ、好きでしたよね?」

 

青年がその場で噴き出した。

 

「……お前、マジでなんなんだよ……」

「えへへっ。がんばるのが、私の取り柄ですから!」

 

それは、魔法でもスキルでもない。

ただ、誰かのために全力で動く、その気持ちだけでできている強さだった。

 

夕刻。

小隊は全員無事に、基地へと帰還した。

 

2号機は応急修理を終えたあと、木陰に佇むようにして停められた。

その左腕のフレームには――

 

白い布の端切れが、そっと巻かれていた。

丁寧な縫い目。ほつれた布の中央には、小さな刺繍があった。

 

「無事でいてください」

 

それは、ミリィが余った布に丹精込めて縫った、お守りだった。

 

「なんかよ……こういうのあると……不思議と落ち着くんだよな」

 

パイロットの独り言に、誰も笑わなかった。

その気持ちは、全員が理解できたからだ。

ミリィは基地の端、炊事場のかまどに薪をくべながら、ぽつりと呟いた。

 

「明日は……タロイモ、採れたらいいなぁ……そしたら、ちっちゃなコロッケ……」

 

そうしてまた一日、彼女の戦いが終わる。

 

泥と汗と油と煙――

そのすべての中で、微笑むエルフのメイドは、

今日もこの小隊の、一番小さな希望だった。

 

 

 

 

それから、さらに数週間が過ぎた。

補給はいつも通りとぎれとぎれ、修理パーツは底をつき、湿気と腐食は容赦なく装備を蝕んでいった。

そして今、密林の小隊は、もはや形ばかりの戦力となっていた。

 

稼働するモビルスーツは、隊長の旧ザク一機のみ。

他の機体はすでに部品取りに解体され、装甲も外され、雨風に晒されるまま放置されている。

 

だが、それでも命令は消えなかった。

「ここを確保し続けろ」「通過する友軍・敵軍に対応せよ」

生きている限り、兵は命令を放棄できない。

 

そして、報が届いたのは、その日の朝だった。

 

「白い木馬が、この戦域を通過するらしい」

 

その名を聞いて、空気が凍る。

地球連邦軍の新型戦艦――ペガサス級強襲揚陸艦ホワイトベース。

その艦に乗っているのは、あの――ガンダム。

 

北アメリカ大陸でガルマ部隊を葬ってきた白い悪魔。

そして、そのパイロットは――あの赤い彗星すら退けたと噂されるエース。

 

「逃げるってわけには……いかねぇよな」

 

隊長は小さく呟いた。

ここ最近、ようやく頻度が多く届くようになっていたわずかな補給。

それも「敵と交戦せず逃亡した」と見なされれば即座に打ち切られるだろう。

名目上でも、接触の意思を示さねばならない。

 

だが、勝てるわけがなかった。

旧ザク一機。対するは連邦最強と名高いモビルスーツ。

まともに交戦すれば、それは即ち死を意味していた。

 

重たい沈黙の中で、誰もが言葉を失っていたその時――

 

「でしたら――私を、肩に乗せてくださいっ!」

 

声が響いた。

全員が振り返る。そこには、いつものようにメイド服姿のミリィが、真っ直ぐに立っていた。

 

「……お前、何を言ってる……」

「隊長さんの旧ザクに、私を乗せてください。それで、こちらに敵意はないって、はっきり示すんです!」

 

隊員たちは顔を見合わせる。

突飛で、無謀で、何より戦いからかけ離れた提案――

だが、それはあまりにこの小隊らしい方法だった。

 

「わたし、武器も持ってません。魔法も使えません。

でも……戦う意志がないことは、きっと、わかってもらえるって信じてます!」

 

沈黙が隊員たちを覆う。

しばらくして、隊長が鼻を鳴らすように言った。

 

「……いいだろ。俺たちはミリィのお陰で何とか頑張ってこれたんだ。

だからミリィお前を信じて賭けてみる。どうせ、このままじゃ全滅だ」

 

こうして、ひとつの賭けが始まった。

 

その数時間後。

傾きかけた太陽が浮かぶジャングルの上空に、重く低いジェットの音が響いた。

ホワイトベースだ。空の向こうを静かに飛行している。

基地に気づいたのか偵察用のモビルスーツを降下させていた。

 

森の向こうから、それは現れる。

白い機体。鋼鉄の悪魔。

伝説となりつつある兵器――RX-78 ガンダム。

 

だが、その基地の中央、前に立ちはだかるのは、一機の旧ザク。

その平たい肩の上に、命綱を頼りにちょこんと腰掛けているのは、一人の少女――ミリィが乗っていた。

 

メイド服のスカートが風になびき、揺れる金髪に包まれた顔には不安を押し殺した笑み。

手を広げ、何の武器も持たず、ただまっすぐにガンダムへと向き合う。

 

コクピットの中、アムロ・レイは眉をひそめていた。

目の前に旧ザク。しかし、敵意が、感じられない。

 

「……なんだ、この感覚……?」

 

視界に入ったのは、モビルスーツの肩の部分、小さな人影。

見惚れるほどの滑らかな金髪、場違いでクラシカルな黒白のメイド服、頭にはプリムリボン。

あどけない顔立ち、よく見ると、尖った耳――まるで、子供のころ読んだファンタジー物語に出てくる妖精のような――

 

「え?」

 

その瞬間、緊張がすっと解けた。

あまりに突拍子もない光景に、ほんのり目覚め始めたかもしれない、ニュータイプの感覚すら対応を拒んだ。

敵でも味方でもない。

なんだこれは。エルフ? メイド? なんだそれは。

 

アムロはしばらく動けなかった。

それは、戦場に似つかわしくない、人を殺すための戦いから、明確に外れた存在だった。

 

そして――

 

ガンダムは、何もせずに立ち去った。

 

旧ザクの隊長も、ミリィも、微動だにしなかった。

ただ、見送った。

沈黙と共に、戦場の一線はすれ違い、そのまま白い機体は森の向こうへと消えていった。

 

誰も撃たなかった。

誰も死ななかった。

ただ一人の、何の力もない少女の存在が、それを変えたのだった。

 

その夜、隊長は焚き火の前で呟いた。

 

「……あの子のやることは、たまに訳が分からん」

「でも、生き延びられましたよね」

 

ミリィは、少し照れくさそうに笑って、湯気の立つスープを配っていた。

 

誰よりも非力で、誰よりも奇妙で、そして、誰よりも強い――

このジャングルの小さな基地で、彼女の伝説が加わったのだった。

 

 

 

夕陽が艦橋の窓の端をわずかに染めていた。

地平線に沈みかけた光が、オレンジ色の帯となってブリッジの床に斜めに落ちている。

 

そこには、偵察任務から戻ってきた直後のアムロ・レイが報告に立っていた。

 

「接敵はしましたが……戦闘は回避しました」

 

アムロの静かな声が、ホワイトベースのブリッジに流れた。

だが、その言葉が持つ意味を測りかねた、ブライト・ノアはほんの少し眉をひそめた。

 

「接敵したが、何も起きなかったと?」

「はい。武装は確認できず。モビルスーツの肩に……」

 

アムロの口調が急に曇る。

言い淀み、わずかに目線を伏せた。

 

「……モビルスーツの肩に……人影がありました。白と黒のメイド服の金髪の女の子です。

耳がとがっていて、もしかしてエルフというのかもしれません」

「………………は?」

 

ブライトの口から漏れた一言は、困惑というより現実に対する拒絶に近かった。

空調の微かな音が、やけに大きく感じられる。

室内の全員が、まばたきすら忘れたかのように固まった。

 

「お、おいアムロ……何を見たんだ? 熱でも出てたか?」

 

ブライトが頭に手をやりながら、慎重に問いかける。

だが、アムロはきっぱりと首を振った。

 

「いえ、本当に……見たんです。白と黒のフリルの服で……ザクの肩に座って……風にメイド服と髪をなびかせていて……」

 

その光景を思い出しているのか、アムロの声には混乱と、それ以上の感情がにじんでいた。

恐怖ではなく、戸惑い。神聖なものに対する畏れのような、何か。

 

「……え、なんだって? エルフ?」

 

その声は、壁際にいたカイ・シデンだった。

片手にチューブ式携帯食、もう片手はポケットに突っ込んだまま。

明らかに真面目な報告を聞く態度ではなかったが、その表情には――素で驚いた顔があった。

 

「……見たよ。実際にいたんだ」

 

アムロの答えに、カイは手元にあるチューブを見つめた。

思わず自分の精神状態を疑ってしまったのだ。

 

「これ……幻覚作用あったっけ?」

 

横で、リュウ・ホセイが腕を組んだまま苦笑する。

 

「まぁ、この戦場で正気保ってるだけでも奇跡みたいなもんだしな。

……だが、アムロがそんな冗談言うタマじゃないのはわかってる」

 

ブライトがちらりと視線を横にやると、オペレーターが無言でうなずいた。

 

「……カメラ映像、あるか?」

「あります。こちらです」

 

端末に表示された映像が、無言のまま再生される。

 

ガンダムの視界カメラ。戦場の風景。丘の向こう。

すべての、武装を解除した旧ザクの姿。

そしてその肩。

微かに風に揺れる、白と黒のフリル。長く、淡い髪。

少女――メイド服の。

 

「う、うわ……ほんとにいる……」

 

ハヤトが思わず声を漏らした。

 

「でも……なんだろう、怖くない。……あの人、こっちのことまで心配してそうな顔してる……」

「そうそう、なんか『ごはんちゃんと食べてますか?』って聞かれそうな雰囲気あるよな」

 

カイが冗談めかして付け足すが、ハヤトは真剣に受け止める。

 

「いやほんとに……そんな気がします」

 

再び訪れる沈黙。

だが今度は、先ほどの困惑とは少し違っていた。

誰もが、画面から目を離せなかった。

意味を探そうとするように、あるいは意味を見失っているかのように。

 

やがて、ミライがぽつりと呟く。

 

「……可愛いわね」

 

その一言が、場の張り詰めた空気に、思いもよらぬ角度から風穴を開けた。

 

「そこ!?」

 

フラウの鋭いツッコミが、やや裏返った声で飛んだ。

 

「いや、なんだ……この……なぁ……?」

 

ブライトが眉間を押さえながらうめくように言う。

正気の範囲で受け止めるには、あまりに現実離れしていた。

 

だが映像は、何よりも雄弁だった。

そこに確かに存在していたという事実は、否定できなかった。

 

ブライトはしばらく押し黙ったのち、深く息を吐きながらアムロに向き直る。

 

「……まぁ、お前が撃たなかったのも、わかる。うん。わかるよ」

 

彼の声には、苦笑とも諦めともつかぬ響きがあった。

 

「……はい」

 

アムロの返答もまた、どこか力が抜けていた。

この現実を、ようやく共有できたことに対する、安堵にも似た声音だった。

 

「……アムロだけじゃないと思うよ。オレも……無理だったと思う」

 

ハヤトの声は小さく、けれどはっきりしていた。

 

「人間じゃない気がするのに、人間以上に人間らしいって感じがした……あれ、変な言い方かな」

「オレも撃てなかったと思うぜ……あれ」

 

カイがぽつりと漏らした。誰かの冗談に便乗するのではなく、心底そう思っている声だった。

 

「引き金に指かけた瞬間、ちょっと待ってって脳が止まる……そんな気がする」

 

リュウももうそれに付け加えることはないと、無言で頷いた。

 

「なんかもう、報告書には『敵意なし、遭遇後撤退』って書いとけ。エルフとか書くな。混乱の元だ」

「了解です……」

 

それで本当に済むのか、と言いたげな空気が一瞬漂ったが、誰も反論はしなかった。

誰一人として、あの映像を見なかったことにはできなかった。

セイラが、スクリーンを見つめたまま静かに呟く。

 

「……あんなのが、前線にいるなんて。ジオンも、人材配置がおかしいわね」

「人材って言うのかこれ……?」

 

誰ともなく発せられた感想に、小さな笑いが起きた。

だが、どこかにまだ残るざらついた沈黙が、それ以上の軽口を封じていた。

映像の中、旧ザクの肩で風に揺れるフリル。

 

それは、何かを守るような、あるいは祈るような――

ただそこにいることだけで、戦場の流れを止めた存在。

 

「いやでも……」

 

ハヤトが口を開く。

 

「ジオンにだって、戦いたくない人がいるんだって……あれを見て、実感した気がする」

 

彼の言葉には、他意のない率直さがあった。

敵とは何か。戦うとは何か。

エルフのメイドという異質な存在が、その境界線を曖昧にしたことを、誰も否定できなかった。

 

やがてブライトが、誰に向けるでもなく、締めくくるようにぼそりと呟いた。

 

「――まぁ……たまには、そういうこともあるか」

 

それは、軍人としての理屈ではなく、一人の人間としての敗北宣言だったのかもしれない。

 

その日、ホワイトベースの作戦記録には、ひとつの曖昧な項目が残された。

『第七十八報告:敵MS旧ザク一機と非交戦接触。敵意なし。撤退』

そこに、エルフのメイドによって戦闘が止められたという事実は、どこにも記されなかった。

 

あとでその記録を見たカイは、ぽつりと漏らしたという。

 

「『エルフのメイド:戦闘抑止効果あり』って注釈でもつけときゃよかったんじゃね?」

 

誰も笑わなかった。だが、誰も否定もしなかった。

ただ、誰もがその映像を思い出すたび、ほんのかすかに、あのメイドの作る料理の香りがしたような気がした。

 

それは錯覚かもしれない。

だが、戦場に確かにあった異物として――その記憶は、誰の心にも焼きついて離れなかった。

 

 

 

 

あれから数年が経っていた。

一年戦争は終わり、地球はようやく次へと歩き出そうとしていた。

 

だが、あの戦いで何が起き、何が消え、何が残ったのか。

それを記録する者は、規模に比べてまだまだ少ない。

 

ジャーナリスト、カイ・シデン。

彼もまた、そんな数少ない記録者の一人になっていた。

 

今回の取材対象は――とある東南アジアの辺境地帯に広がる、小規模だが高度に整備された農園。

熱帯のジャングルを切り開いて生まれたその農地は、近年、地球連邦政府の再生支援モデルとして密かに注目を集めている。

 

だが、カイの目的は農業ではなかった。

そこには、旧ジオン軍の元兵士と、耳のとがったメイド服の少女が共に暮らしているという、奇妙な噂があったからだ。

 

「……やっぱり、あの子なのか?」

 

チャーターしたヘリが、草地に静かに降り立つ。

エンジン音が停止した中、カイ・シデンは一人、機体から降り立った。現地案内人の姿はない。

 

上空から目にした目的地を目指して、迷いなく歩き出す。

やがて、唐突に開けたジャングルの縁に立つと、むせかえるような湿気と、濃密な土の匂いが鼻を突いた。

 

だが、その先に広がっていたのは、かつての密林とは思えない光景だった。

 

木立の向こう――

見渡す限りの緑が続く。トウモロコシ、バナナ、パパイヤ、麦畑。

幾筋もの灌漑路が、規則正しく水田を潤している。

 

ところどころ旧ザクのパーツでできた農耕用機械の姿も見える。

 

その中心、わずかに見える家屋の前に、白い影が立っていた。

 

麦わら帽子をかぶり、風にスカートを揺らすその姿。

 

エルフ耳。金色の髪。白いエプロン。笑顔。

それは、あの戦場で出会った、あの子だった。

 

「――初めまして。取材の方、ですね?」

 

それは変わらなかった。

髪も、笑顔も、仕草も。

あの日、戦場でガンダムと向き合っていたあのエルフの少女が、今もここにいた。

 

肩に麦わら帽子、メイド服は農作業用に丈が短くなっていたが、白と黒の配色はそのまま。

その子は、その後ろの、緑の果樹や水田と、不思議と調和しているように思えた。

 

「……こりゃ、記事にする前にまず自分の頭が追いつかねぇな」

 

カイは帽子を取り、苦笑しながら歩み寄った。

 

「ここを切り開いたの、お前らか?」

 

「はいっ。最初は、小さな畑と、鶏小屋から始めたんです。今では、地域の学校給食にも野菜を送ってるんですよ?」

 

彼女の語る日常は、もう戦争の匂いのしないものばかりだった。

 

そこへ、貫禄がある男がひとり物陰から出てきた。

工具を持ち、油に汚れたシャツのまま――もうその目は、かつての兵士としての戦いの色は抜け落ちていた。

 

「まさか取材が来るとはな。この子はずっとうちらの伝説だぜ」

「伝説、ねぇ……」

「まぁ、事実だよ。オレたち全員、あのときミリィがいてくれなかったら、生きてない」

「信じられないかもしれないがな――」

 

そうすると、もう一人、また一人と、カイのもとに男たちが集まってきた。

 

「……ほんとに、旧ザクの肩にメイドが乗ってるだけで、ガンダムが去っていったんだ」

「無線も弾もロクにない中でさ、隊長がこいつに賭けるって言い出して……バカかと思ったよ」

「でもよ、そしたら本当に、何もせずにガンダムが引き返していったんだぜ? あの白い化け物が、だ」

「……だから、オレらここまで来られた。農園も、生きてるのも、あの瞬間があったからだ」

 

男たちは皆、まるで昔話をするように、それでいてどこか誇らしげに語っていた。

ミリィは困ったように笑いながら手を振る。

 

「えへへ……ちょっとだけ、頑張っただけなんです」

 

その光景を見ながら、カイは少しだけ笑った。

 

「……ああ。信じられるよ」

 

風が吹いた。

麦畑が揺れ、白いエプロンの端がふわりと舞った。

そしてカイ・シデンは、カメラのシャッターを切った。


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