本当に恐ろしいのは、きっとあそこにまた行けば。
あの頃の裕也に会える気がしてしまうんだ。

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半分ノンフィクションです


たった一つの思い出

僕は東京の大学に進学した。

小中は公立で、高校は地元の中堅ぐらいのところだった。

別に東京という土地に拘りがあったわけではないが、地元から離れたかった。

 

今の自分に成熟した精神が身についていると言いたいわけではないけれど、十八歳という年齢の僕にとって、大学まで生まれた県で過ごすというのは悪夢だった。

高校ではある程度学業に身を注いでいたというのもあってか、幸い家はそれを認めてくれて僕は東京に下宿することになった。

 

ユニットバスで四畳半ちょっとの狭い部屋だけれど、男が一人暮らすのに不自由はしなかった。

多少の不満は飲み込んでこれも青春かと思うと、それが楽しくさえなった。

 

僕の部屋には小さな机がある。

その机の上には写真立てが置いてある。

 

これだけが残ってしまった。

ある種、本当の意味で僕が青春と呼べるものを経験したのは後にも先にもあの時だけだったのかもしれないと、よく思う。

 

少し奇妙で、それでいてかけがえのない僕の思い出。

 

写真立てから中の写真を抜き出して、その裏側を見る。

そこには少し子供っぽいような、それでいて古風な雰囲気を感じさせる字体でこう書いてある。

 

 

 

また、日がしずむまえに、きてください

 

 

 

僕は小学生のころ、毎年夏になると東北の南のほうにある祖父母の家に遊びに行っていた。

親が年寄りには定期的に触れさせないと優しさを持って育たないと考えたからだそうだ。

なんて時代遅れな考え方なんだとも思うが、確かにこの年になっても反抗期が来たこともなければ喧嘩の一つもしたことはないし、祖父母の介護をどうするかなんてことも考えている。

 

それを兄弟に投げてしまわないようにすることが優しさだとするのなら、それは残酷なことだと思う。

 

祖父母の家は国道から少し離れたところにある集落の中にある一軒家で、周りは見渡しても田んぼと、数km先にまた別の集落が見えるくらい。

農業機械が通る狭苦しい道路と田舎にあまり似つかわしくないJAの施設だけがあって、集落の反対側には国道が通っている。

家の窓から見える景色は、たまに白鷺が止まっている田んぼだけだった。

 

僕はそういう牧歌的な風景が好きで、むしろ田舎的な雰囲気を家にいるときに味わいながらも国道に出たら2km先にはコンビニがある生活が便利に感じていた。

それでも、僕の子供のころにはスマホなんていう便利なものは買ってくれなかったから日中は退屈で仕方がなかった。

 

面白い漫画なんて期待するべくもないし、テレビはつまらないニュース番組ばかり。

親は買い物に出かけているか、エアコンのついた部屋で祖父母と話しながらニュースを見ている。

そんな退屈な日中の生活が嫌で、僕は家に置いてあるボロの自転車で行ける範囲に遊びにいっていた。

 

せいぜいが片道2kmから5kmぐらいだったけど、小学生の僕にとっては大冒険で、暑い中に帽子を被って知らない土地を探検に行くのがひどく面白かった。

毎年別のところを根城にした。

最初の年は近くの小学校のグラウンドに潜り込んで夏休み中のほかの小学生たちと遊んだけど、次の年は公園にしたりした。

 

僕はその時小学五年生で、これまでに手に入れた情報から近くの団地の脇に公園があると知っていたから今年の根城をここにしようと決めていた。

家からそこまでは2km弱というところで、自分の冒険心を刺激する意味でもちょうどよく距離が離れていた。

 

祖父母の家についてから三日ぐらい経って、家にいるのに飽きてきたころにそこに行くことに決めて親に許可を取った。

翌日の朝早くからその公園に向かって自転車をこぎ始めて、大体十五分くらいで着いた。

遊具はブランコとジャングルジムにシーソーがあり、少し砂場が一か所用意されていて悪くなかった。残りはだだっ広い空間が広がっているだけの公園だったけど、むしろその空間で何ができるか考えるのもよかった。

 

まだ少し早い時間だったのに、ブランコに乗っている子供がいて少し驚いた。

その男の子に自分が遠くから来た子供であることを伝えると、じゃあそっちの話を聞かせてよ!と言われて、一緒にブランコに乗りながら互いの話を一時間はしていた。

 

男の子の名前は裕也くんと言って、すぐそこの団地に住んでいるらしい。

話しているうちに同い年という事もわかって、あっという間に仲良くなった。そこからは追いかけっこなんかをして遊びまわって、気づいたら空が暗くなっていた。

 

また明日遊ぼうね!

そう約束をしていったん家に帰ったらこっぴどく叱られた。

暗くなる前に帰るというのが小学生の僕が出歩く上での鉄則で、特に何度か来ているといっても地元ではない土地なのだから気を付けるようにと重々言われていたんだ。

ただ、裕也くんと遊ぶのが楽しくて時間を忘れてしまっていた。

 

親の気持ちも年を重ねたら理解できるようになったけれど、当時の僕にとっては知らない土地という非日常に包まれた空間で同い年の友達と朝からずっと遊ぶことができるというのは何よりも楽しい娯楽だった。

加えて裕也くんとは馬がやけに合って、あるいは地元の友達と遊ぶよりも楽しかったかもしれない。

 

翌日からは流石に日が暮れてきたら帰るようにした。

夏だったから必死になって自転車を漕げばぎりぎり暗いと言われないくらいの時間に帰ることができて、そんな風に必死になるのもまた楽しかった。

 

毎日朝の同じくらいの時間に集合して、昼も食わずに水筒だけを飲んで遊び倒して、それだけでいい。

確かにあの日々は、僕の人生の中のたった一つの純粋な青春といっていいものだと思う。

一週間が経つ頃、裕也くんからある話をされた。

 

僕が住んでいる団地には、呪われた部屋がある。

 

裕也君が住んでいる団地、名前を鷲ヶ谷団地と言うそこの裕也君が住んでいる棟の最上階は封鎖されている。

しかし、その最上階にも普通に部屋はあって、なぜ封鎖されているのかは謎だった。

理由らしきものが一個だけあり、その階の角部屋には「何か」があるというもの。

 

一家心中があった、夜な夜な女の幽霊が出る、真昼に光を放つ何かがその部屋に見えた。

噂は多岐にわたっていたが、どれもその階を丸ごと封鎖する理由になるようなものではないのは確かだった。

 

裕也君はその部屋まで行ったことを休み明けに学校の友達に自慢したいのだという。

度胸試しというやつで、一人で行けばいいのにとは少し思ったが裕也君も怖いのだろう。

その心を汲んでやることにして、明日一緒についていくことにした。

 

翌日、家から写ルンですを持って公園に向かった。

裕也君はいたけど、やはり怖かったのか公園で遊んでから行こうという事になって少し時間を潰してから行った。

 

その団地に着いて裕也君の住んでいる棟まで行ったときに、何か奇妙な薄気味悪さのようなものを覚えた。

多少古いこともあってかエレベータがあるような棟ではなく、四階まで二人で階段を昇った。

 

三階から四階まで続く階段は言う通り鎖で封鎖されていた。

そこまで厳重なわけではないけれど少し不思議だった。

鎖を壁に固定しているパーツは壁に直接ねじ止めされていて、コンクリートにわざわざそこまでしてするような封鎖だとは思えなかったからだ。

 

それをくぐっていった先で四階の廊下が目に入ると、思わず声が出てしまった。

そこは明らかにこれまでと違っていた。

 

そういう場所として有名だから近所のヤンキーが来ているのか、お菓子の袋やたばこの吸い殻、空のペットボトルなどゴミがひどく散乱していた。

それまでの階と違って壁や床も黒ずんだり落書きもあって、清掃が全く入っていないように思えた。

 

汚いな、と言いながら階段を昇り終えると違和感に気づいた。

上がって左の突き当りの部屋の前だけ、異様に綺麗なのだ。

 

ゴミが散乱していない。

壁も床も汚れていないようで、誰かがこまめに清掃していないとあり得ないような綺麗さだった。

そんなものだから、件の部屋はあそこだとすぐ分かった。

 

怖かったが、ここまで来た手前引くに引けなくなって裕也君と一緒に部屋の前まで行った。

部屋には鍵がかかっているだろうから、その前で立っている裕也君を撮れば十分証拠になるという事で話をしていた。

 

団地にしては珍しくここには全部屋の前にポストが用意してある。

部屋に近づくと、その部屋のポストに落書きがしてあることに気が付いた。

名字のところは空欄で誰も住んでいないようだったが、その下の部分に少し子供っぽい字体でこう書いてあった。

 

どうぞ、お入りください

 

それを見たときはちびるぐらい怖かったが、裕也君といたずらだろうという事で結論付けて写真を撮った。

写ルンですを部屋の前でピースをしている裕也君に向けてシャッターを押す。

部屋の番号が映るように気を付けて撮り終えると、肩の荷が下りた。

 

なんだ、何も起こらないじゃないか。

この綺麗さだって、昨日誰かが来て片づけたんだろう。

 

そういうことにして、帰ろうとしたら裕也君が悪ふざけでこの部屋に入ろうぜ、と言い出した。

何も起こらないので調子に乗っていたのだろう。

おい、やめろよ~と言いながら笑っていると、ドアノブが回った。

 

ドアを引くとそのまま開いてしまい、僕らは硬直した。

なんで鍵が開いているんだ?誰も住んでないはずだろ、そういろんなことを考えていると裕也君が喋った。

 

「俺、中も見てくる」

 

流石に止めようとしたが、そのまま中に入っていってしまった。

入ろうぜなんて言い出して引っ込みがつかなかったのかそのまま行った裕也君を、流石に追いかける気にはなれなかった。

一人でこの部屋の前にいるのも怖かったけれど中に入るのはもっと怖かった。

 

そのままどれくらい待っただろう。

数十分か、数時間か。

気づけば夕暮れが差し掛かる時間になっていたが、裕也君は出てこなかった。

 

暗くなる前に帰らなければ怒られる、と咄嗟に思って、大きな声で先に帰るよ!と叫んだ。

急いで階段を降りて自転車に飛び乗るようにして帰った。

 

本当は裕也君を心配して中に入るとか、大人を呼ばなければ行けなかったのかもしれない。

でも、正直に言うと。

 

僕はあの時、ひどく怖くて裕也君を置いて逃げ出してしまったんだ。

夕暮れなんてのはその口実に過ぎなくて、僕は見捨てて逃げだした卑怯者なんだ。

 

家に帰っても後悔に苛まれて仕方がなくて、翌日の朝一番に写ルンですを持って公園まで行った。

裕也君はきっとあの後無事に家まで帰っていて、今日もまた僕に会いに来てくれるのだろうと思っていた。

その日一日待っても、裕也君は来なかった。

 

その日の晩、子供が一人行方不明になったという話を聞かされた。

誘拐か事件か、何かあれば不安だという事で僕は翌日に家に帰ることになった。

 

地元に帰ってから写ルンですの現像に行ったが、もうその写真を渡すことはできなくなってしまった。

 

 

 

この写真はそれからずっと大切に写真立ての中にしまっていて、僕以外の誰にも触れさせていない。

これはあの時一緒に遊んだ裕也との、たった一つ繋がれる思い出。

 

だから、これを捨てるわけには、どうしてもいかないんだ。


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