「名前を知ったら呪われる系の怖い話ってカスだと思いませんか?」
深夜二時。
外は暗く、普段なら自分も眠っているような時間。そんな時間に、後輩はそう呟いた。
「……と言うと?」
「紫鏡とかそういうやつですよ。〇〇までに名前を覚えたら殺されるーとか、この話を知った者が呪われるーとか。そういうのが怖い話の中でカスって話です」
「あー、小学生の頃無性に怖がってたかも。怖い話が載ってる本とかで読んでさ。でも、カスって言う程?」
「カスって言う程ですよ。良いですか?恐怖ってのは結局の所、人間の想像力から来るものなんですよ。死が怖いのは人間が死を知らないからです。幽霊を恐れるのは幽霊がどういう存在かを知らないからです。知らないから、なんでもあり得ると思ってしまう、思えてしまう。そこで最悪を想像してしまうのが人間なんですよ」
「でもさ、怪我するのが怖いって時もあるんじゃない?痛みは経験から知ってるよ?」
「そうやってすぐ反例を持ってくるのは先輩の悪い癖ですよ。反省してください」
「……ごめん」
そう素直に謝ると、後輩は「分かればいいんですよ。分かれば」と呟いて、一つだけ咳をして話を続けた。
「だから、怖い話ってのは人間の想像力を駆り立てるような話じゃないといけないんです。最悪を想像させるような話じゃないといけないんです。読み手に、聞き手に『こんなものは作り話だ』と認識させた上で最悪を想像させて怖がらせる話じゃないと駄目なんですよ」
「……それが紫鏡とかがカスな理由?」
「そういうことです。だってあれ、読み手聞き手……まあ、まとめて読者とまとめますけど。読者を巻き込むだけの話じゃないですか。あれの恐怖点って作り話じゃないかもしれない……のただ一点なんですよ。分かりますか?」
「まあ、確かにそうだろうけど……短くちゃんとまとまっているのは評価点なんじゃないの?」
「怖い話に恐怖以外の評価点がいりますか?」
そう返されてしまえば特段何も言い返せなかった。
高校を卒業してから二年。後輩とはその間ずっと会わなかった訳だけど、怖い話に対して博識というか……何かこだわりがあるのは変わっていないらしい。それを感じて、少しだけ嬉しかった。喜んで良いことなのかは、分からなかったけど。
「しかも、ああいう話って呪われて殺されるの一辺倒じゃないですか。そこもつまらないですよね。面白みも想像力もなにもない。しかも、先延ばしにするんですよ?すぐ嘘だとバレるにしても、『ほらあなたの後ろに!!』って言い切った方が一瞬の恐怖が出そうじゃないですか?」
「あはは……でもさ、それって君が言って良いの?全部自分に刺さるんじゃない?」
「良いんですよ、私は。本物なので」
「……それもそっか」
おおよそ、一年前。
自身の母校で自殺者が出た、というニュースを見た。それが後輩だったと気づくのに時間はそうかからなかった。なんせ、警察の事情聴取だって来たのだから。
自殺理由は苛めと家庭環境のせい……ということらしい。警察から自分に託された遺書にもそう書いていたけれど、当時は何もかもピンとこなかった。
だって、後輩はいつでも元気で、笑顔で、そのような様子なんて、後輩はおくびにも出さなかった。あんなに近くにいたのに、仲が良かったというのに一切気づけなかった。
「……怖い話って良いですよね。どこもかしこも怖い話ばかりで。時には死ぬより恐ろしいと思ってしまう恐怖もある。私はそういうのが全部事実だったら良いのにな、って思ってたんです。もしそうならば、私が今居る環境はそれよりはマシなんだって、安心できたので」
「それは、嫌な安心だね」
「そうですね。でも、先輩以外の安らぎなんてそれぐらいでしたから」
それからまた数ヶ月。今度は殺人事件が起こった。
後輩を苛めた高校生。高校の教師にクラスメイト。そして、後輩の両親。死んだ全員が、
「私が怖い話の恐怖を与える存在になれたらな、とは何度か思いました。そしたら、私はいくらでも憎い相手に復讐できる。私はいくらでもあいつらにやり返せる……!!その夢が叶った、というべきなんですかね。」
「もっと他のやり方があったんじゃないか、とは思うけどね。何を、どこまでできたは分からないけど……せめて、僕に話していてくれたら……と、思うのはわがままなのかな」
「わがままですよ。でも、私も先輩には知られたくないってわがままを押し通しただけなので、お互い様ですね」
後輩は布団に横になっている僕の上に乗っていた。重さは感じないけれど、その手は僕の首に触れていて、少しだけ呼吸が苦しい。
「……呪う条件は私の名前を覚えていることでした。私が自殺すれば、少しの間は私を苛めていたあいつらの記憶に残る。家族だって名前は覚えている筈。少し、被害は広がりましたけど、復讐は完璧に果たされたんです」
「果たされた、筈なんですけど……」
「僕が君のことを忘れるとでも思ってたの?」
「思ってませんでしたよ。頭から抜けていたのは私の方です。憎い奴らに気を取られて、先輩のことを自然と省いていた」
首にかかる手にもう少しだけ力が加わった。呼吸は苦しいが、まだ喋られる。
「抵抗しないんですか?」
「できるの?」
「できませんけど……でも、しようとする奴らはいましたよ?」
「そうなんだ……まあ、できたとしてもしないよ。むしろ僕はさ、感謝したいぐらいだからさ」
自分がまだ死んでいないのは後輩の優しさなのだろう。きっと、怪異としての本能に抗っているのだろう。それでも、僕は次の瞬間には死ぬかもしれない。
だから、しっかりと後輩の目を見て、伝えたいことをただ伝える。
「本来なら二度と話せない筈だった君とこうして会えて、会話までできた。それがとても嬉しかったからさ」
後輩はそれに返事をしなかった。
ただ自分の呼吸がだんだん楽になって、やがて後輩の手が自分の首から離れていく。そして、後輩は長い溜め息をついて「そういうところですよ、先輩」と一言だけ呟いた。
「……えっ、殺すんじゃないの?」
「酷いですね、先輩。私が先輩を殺すと思いますか?」
「いや、だって……呪いは!?名前を知ってる人を呪うんじゃないの!?」
「私の名前を知っている人の元に、深夜二時に現れるという呪いです。これなら、最後の最後に先輩に会えますからね」
「……さっきまで僕の首を絞めてたのは?」
「ビビらせようと思いまして、無駄でしたけど」
「ビビらせ程度のために首を絞められてたの!?」
あはははと笑う後輩を目に、僕は溜め息だけついて立ち上がった。やはり、明るい姿を見れると、昔と変わっていないように見えて安心してしまう。
「……それじゃあ、先輩さよならです」
「時間とかあったの?」
「それもありますし……ちゃんと成仏してくれた方が先輩も安心するでしょう?」
「それはそうだけど……」
死者と生者。具体的にどのような差があるかは分からないけれど、確かに差はあるのだろう。きっと、ずっと共には入られないということも、確かに分かる。
「私のことを忘れて幸せになってください……とは、口が裂けても言えませんけどね。幸せになって欲しいですけど、先輩に忘れられたら死んでも死にきれないですからね」
「死者ジョークやめてね?」
「あははは!……そうですね、先輩。時々でいいんですけど、家族や友達。大切な人に私のことを話してください。怪異になった私のことを。つまんないカスの怖い話として語り継いでくださいね」
「それで良いのか、って思っちゃうような遺言だ……まあ、うん。分かった。つまんないカスの話として君のことを語り継ぐよ」
「えっ、先輩酷すぎません?」
「言い出しっぺは君だろうが!」
「あははは!」
「こっ、こいつ……!!」
最後の最後に、高校生の時に戻ったようだった。いつだって僕はこんな風に後輩にからかわれて、笑われて──でも、その笑顔は好きだった。
……本当は連絡先や家ぐらい知るべきだったんだろうけれど。いつも誤魔化されて終わりだったけれど。
「では、お元気で先輩。地獄で待ってますので」
「僕を地獄行きにするなよ!!……じゃあな、元気で、って言うのはおかしいか。ちゃんと成仏してね」
「…………はい!」
「今の何の間──って、消えた……」
なんともまあ、締まらない別れだったと思う。最後の最後に途端にボケをしまくって、突っ込み切れなかった。でも、これもきっと後輩の優しさなのだろう。
湿っぽくない別れにするために、あえて彼女はまるで昔のように僕をからかったのだ。そんなもの、余計な世話だというのに。
また会えて、話せた。それで十分。言葉にして伝えたあれは、心の奥底からの本心だったのだから。
静かになった僕の部屋。時計の針は深夜三時を指していた。
やあ、アカゲさんって知ってます?
アカゲさんは人を呪うんです。そして呪われた人の元に深夜二時に現れて……そのまま首を絞めて殺しちゃうんですって!きゃー!怖い!
……えっ?アカゲさんに呪われる条件?ああ、簡単ですよ。アカゲさんを知らないことです。だから、あなたは大丈夫ですね。あなたにはもう関係ない話なんですよ。
だから、最近起きている連続首絞め殺人事件だってあなたには関係ないことになりました!嬉しいですね!怖くないですね!
では、お別れといきましょうか。
皆さん、私のこと。時々で良いから思い出してくださいね?