「いやぁぁぁぁぁっ!!!??? やめて、やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」
【処置進行率30%。対象者の記憶への介入を開始します】
「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!!!!!」
「っ! ジュンコさん……!」
美食研究会の黒舘ハルナは目の前で絶叫とも言える叫び声をあげるジュンコに思わずと言った様子で声をかけ、近寄ろうとした。しかし、そんな彼女を首に付けられた頑丈な首輪とそこから伸びる鎖が動きを封じている。ジャラリ、と鈍い音が響きハルナはその場からそれ以上動く事は出来なかった。それは他の二人も同様であり、ジュンコの叫び声を聞いて顔を真っ青にして震えていた。そんな3人などお構いなしに周囲に立っている白衣を着た生徒達は彼女達の様子など気にしていないように自分の作業を続けていく。
ここはヴァルグレア統制学院が誇る統制局の地下深くに建設された処置専用施設である。ヴァルグレアの闇が最も感じられるこの場所で美食研究会はその洗礼を味わっているのだ。最初に選ばれたのは赤司ジュンコ。一番騒ぎ、抵抗していた彼女が選ばれるのは当然だったのだろう。彼女は現在物々しい機械やコードがつけられた椅子に座らされていた。逃げ出せないように、抵抗できないように体中に枷がつけられ、指一本すら動かすことが出来ないようにされていた。
「い゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!
や゛め゛て゛!!! わ゛た゛し゛の゛き゛お゛く゛!! く゛ち゛ゃ゛く゛ち゛ゃ゛に゛し゛な゛い゛て゛!!!!!!!」
【処置化進行率50%。人格の矯正を開始します】
「お゛っ!!???」
ビクリ、とジュンコは身体を震わせた。カクカクと小刻みに身体を震わせる彼女の下半身から液体が流れ出てくるがそれをこの場で気にする者はいない。本人でさえ気にしていないし気づいてもいない。気付いていたとしてもそこに意識を向ける余裕はないだろう。
「よく見ておくと良いですよ。貴方方がこれからどのような末路を辿るのか、彼女は数分先の未来の貴方方その者ですから」
「っ! こんなこと、こんなこと許されるはずが……!」
「仮に許さないとして誰が罰すると? 我らヴァルグレアに主立って何かを言える勢力などいないでしょう?」
白衣を着た生徒達の中で一番偉そうな女性が無感情に言ってくる言葉にハルナは噛みつくも女性は淡々と言い返すだけだった。それが彼女さえも処置化の対象となっていたことをうかがわせるが流石のハルナもそれに気づく余裕はなかった。
「まぁいいでしょう。今は好きなだけ騒ぐと良いですよ。どうせここまで来た以上逃げられないのですから。諦めて全てを受け入れた方が楽ですよ? ほら、貴方のお仲間のように。尤も、彼女達は受け入れたというよりも逃げた、というべきでしょうけど」
「え?」
女性の言葉にハルナはまさかと振り返れば先程まで身体を震わせていたアカリとイズミは限界を迎えたのか気絶していた。ジュンコと同様に足元に水たまりを作り、そのうえでへたりと座り込んだ二人は辛い現実から逃げるように意識を手放していたのだ。
あられもない二人の姿にハルナも何も言えなくなってしまった。そして、そんな風にしている間に、ピー! ピー! と甲高い音が響き渡った。見ればジュンコの処置化が完了したようで彼女はぐったりとしたまま気絶していた。
「終わったようですね。急いで彼女を“手術します”。準備を」
「了解しました」
女性が指示を出せば生徒達がジュンコの頭にかぶせていたヘルメット上の機械を取り外す。瞬間、ヌラァと彼女の頭頂部があらわになった。
「っ!!!」
ハルナはその光景に目を逸らすが女性に捕まれ、無理やり見せつけられる。逃げる事は許さないと言わんばかりに。
ジュンコの頭頂部、丁度つむじの辺りから何本もの触手上のコードが伸びている。それはヘルメットの内部から彼女の脳に向けて伸ばされたコードであり、それが皮膚を破って侵入し、脳を直接刺激していたのだ。麻酔すら与えられずに激痛と脳を弄られる不快感を味わい続けた結果が今の姿だった。ジュンコは頭に開いた穴をふさぐために隣接された手術室に運ばれていく。
「安心してください。ヴァルグレアがこの処置を始めて10年近くが経過しています。当初こそ成功率は“30%未満”で数多くの“廃棄”を出しましたが今は“100%”を達成しています。貴方も、彼女も直ぐに再会することが出来るでしょう。脳を弄られ、新しい自分となってから、ね」
そう言いながら女性はハルナの腹部にボディブローを叩きこみ、怯んだ一瞬を付いてジュンコが座っていた椅子に拘束した。その動きは手馴れており、彼女がどれだけ携わっているのかを示していた。
「さぁ、美食研究会の皆さん。ヴァルグレアによる統制された世界の為の礎となってください」
女性はそう言って薄く微笑んだ。数十秒後、ハルナの絶叫が部屋中に響き渡った。
「本来ならば温泉開発部も処置化し、こちらの都合の良い手駒として運用したかったが……救急医学部め、意外と抜け目ないか」
統括局にある自身の執務室にてゲヘナで行った一連の作戦における報告書を呼んだカシウス・レンクロフトは忌々し気にそう呟いた。ゲヘナという自由と混沌が売りの学園には相応しくない異常な情報収集能力。雷帝時代に整備されたそれらは現在のトップである万魔殿が十全に活用していた。そのためにゲヘナでの諜報活動は遅々として進んでいないどころか全く活動出来ていなかった。
故に、今回の作戦は一か八かというよりもゲヘナへの嫌がらせとトリニティを更に混乱させるためのものだったのだ。目標は風紀委員会と救急医学部が運営する病院にそれぞれ囚われている美食研究会と温泉開発部の捕縛。最低でも部長である黒舘ハルナと鬼怒川カスミの確保に動いたのだが、結果としては半分成功し、半分が失敗した。
先ず、風紀委員会が管理する牢獄への襲撃はトリニティのサンクトゥス分派が手配した不良グループたちによって無事に成功した。カシウスはレクス分派を通して実行させたはずだったがサンクトゥス分派のリーダーとなった筑厘ミキの意外な協力によって彼女たちが主体となって動いたのである。この襲撃は風紀委員会側の怠慢もあって成功し、美食研究会のメンバー四人全員の捕縛に成功していた。
しかし、救急医学部への襲撃は失敗した。というよりもこちらに関しては情報が漏洩していたらしく、ヴァルグレアが手配した不良グループが病院に到着する前に風紀委員会によって壊滅させられていた。牢獄襲撃が成功したのはこちらに視線を向けていたせいもあったのだ。
「やはり我ら経由だとゲヘナは早々に気づくか……。雷帝め、面倒な組織を残してくれたものだ」
ゲヘナの情報部。それは雷帝が設立したキヴォトス屈指の情報収集能力を持った組織であり、設立当初から対ヴァルグレアを前提としているだけの事はあり、ヴァルグレアに対する諜報能力は異様に高かった。現在でこそ雷帝の失脚の影響で当時よりは劣るものの依然としてその能力は高く、ヴァルグレアとて警戒しなければいけない程だった。
「しかし今回の一件でトリニティ側への諜報は手薄な事が判明したな。……今後は対策されるだろうが我らが動くよりかは安全なはずだ」
改めてレクス分派を手中に収めておいて良かったとカシウスは感じていた。サンクトヴァリエの補給を断つために手を出したトリニティ侵攻。その橋頭保として期待したレクス分派との同盟。その結果がもたらしたものはヴァルグレアの予想をはるかに超えた功績を叩き出していた。
「トリニティも既にエデン条約を締結できる状況ではない。トリニティで暗躍する謎の組織の話も聞くが状況はかねがね予定通りに進んでいる」
そう呟くと引き出しからとある作戦書類の束を取り出す。その内容を見たカシウスはニヤリと笑みを浮かべた。
「そろそろ本格的に始めるとしよう。ヴァルグレアによる統制された未来の為に」
その作戦書類、“レクス分派によるクーデターとその支援による本格的な介入。トリニティの内戦計画書”をカシウスは実行するべく準備を整えていくのだった。
——トリニティによるサンクトヴァリエへの補給断絶を目的とするトリニティの介入
——認可
——同盟者、レクス分派を中心に添えクーデターを実行させよ
——我らヴァルグレアはレクス分派による支援要請を受けてから動くものとする
——各員実行の日は近い
——その日に備え、準備を整えよ
——全ては統制された未来の為に
第三章 完
中途半端ですが第三章はここでおしまいです。以降は第四章に行きます。引き続きエデン条約編の話になると思います。