第1話 粛清王「綾小路清隆」
東京都内某所。1人の男が地面に頭をこすりつけ、土下座の姿勢をとっている。男の年齢は40代から50代くらいであろうか。白い髪の毛はきれいに整えられ、かけている黒い眼鏡や身に着けているスーツからも知的な雰囲気が漂っている。そんな男の顔からは血の気が引き、頭を地面にこすりつけながら冷や汗が止まらない様子で、がくがくと震えている。
「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ」
土下座をして震え続ける男に対して、笑顔で声をかけるのは黒いスーツを身に着けた若い男。年齢は10代であろうか。整った顔立ちとセンターパートで分けられた茶色の髪、スーツの上からでも分かる鍛えられた肉体。きっと一般的な中学生・高校生ならば多くの女子から好意を寄せられるだろうということが容易に想像できた。
「それにしても久しぶりですね、坂柳さん。最後にお会いしたのは確か....ホワイトルームの解体前でしたね。」
「お、お久しぶりでございます。粛清王様」
「粛清王なんていう固い呼び方はやめてくださいよ。以前のように清隆君と呼んでくれて構いませんよ。」
笑顔でそう続ける粛清王と呼ばれた男は、続いて坂柳と呼ばれた男に土下座の姿勢から顔を上げるように促した。
「.....清隆君。久しぶりだね。最後に会ったのはホワイトルーム解体計画のとき....そこから数年経っているとはいえ本当に....本当に変わったね。」
「そうですかね?自分ではあまり自分の変化には気づけないとは言いますけど、そこまで俺は変わっていないと思いますよ」
「いや....本当に変わったよ。立場も当然だけれど、なによりも清隆君自身が大きく変わった」
「俺自身がですか?」
「清隆君がホワイトルームに居た頃は良くも悪くも感情に乏しくて、表情の変化も無かったと思うけれど、今の君は笑顔を見せるほど感情に満ち溢れている....この数年間で何かあったのかな?」
「聞きたいですか?」
清隆と呼ばれた男は変わらずの笑顔でそう問いかけるが、冷徹な目からとてつもない殺気を漂わせた。その瞬間、左右に居た側近と思わしき2人の男女がポケットに手を入れた。
「.....い、いややめておくよ。」
坂柳は空間に漂う殺気に、押しつぶされそうになりながら震えた声で答えた。
「......賢明ですね。俺も坂柳さんをこの場で殺したくはありませんから。それに今日坂柳さんを呼び出した本命の話をまだできていませんからね」
清隆と呼ばれた男はそう言うと、自身の左に居る側近に合図をした。すると側近は一枚の紙を取り出し坂柳の前まで行き、床に置いた。
「これは...?」
「契約書です。読んでいただき、この場でサインをして頂きたい。」
坂柳は契約書を手に取り目を通した。
「...これはどういうことでしょうか」
「書いてあるままの意味ですよ」
契約書には
・綾小路清隆を国立高度育成高等学校に入学させること。
・配属クラスは綾小路清隆の要望通りにすること。
・上記2つの内容の履行を確認した場合、綾小路清隆は坂柳成守の要求を可能な範囲で1つ叶えること。
・契約書に署名し、上記の条件を履行しなかった場合は死で償うこと。
の4つの条件が記されていた。
「清隆君。なぜ君が高度育成高等学校に入学したいんだい?今や君は裏社会の王。高校に入学したところで得られるものなど無いはずだけど....」
「坂柳さん。得られるものがあるかないかは俺が決めることですよ。あなたに教える義理はありません。あなたはその契約書にサインしてくれればいいんですよ。」
「.....この要求を可能な範囲で叶えるという条件は?」
「そのままの意味ですよ。金が欲しいなら金を差し上げますし、どこかの土地が欲しいなら差し上げます。誰か消えてほしい人間がいるのなら......」
清隆と呼ばれた男はそこから先は口にしなかったが、その冷徹な瞳からは怪しい光を坂柳は感じた。また、契約書に記してある条件を履行しなかった場合は死で償う事という条件が、より坂柳に恐怖を感じさせた。噂通り、いや粛清王という名前通り目の前の男は殺人を一つの選択肢として考えられる人間であることを改めて感じた。しかし、坂柳は高度育成高等学校の理事長として、この契約書を受け入れるわけにはいかなかった。
「清隆君。私は高度育成高等学校の理事長として、この日本の教育を背負っている自負を持っている。入学させる生徒には忖度も絶対にしないし、平等・公平に生徒たちを選ぶ義務が私にはある。」
「....つまり何が言いたいんですか。」
「この契約書にサインするわけにはいかない。この契約書にサインすることは、今まで生きてきた自分自身を否定することになるからね。」
坂柳は恐怖を感じながらも、強い意志を宿した瞳で目の前の男を見つめた。
「....なるほど。どうやら本当にサインする気がないようですね......あまりこの手段は使いたくなかったのですが...」
そう言って清隆と呼ばれた男はポケットから一枚の写真を取り出し、坂柳の目の前に投げた。
「.....!有栖!」
「ずいぶん可愛らしい娘さんではありませんか、坂柳さん。」
「.......娘に手を出されたくなければ契約書にサインしろ、ということですか....!」
「いえいえ。そうは言っていませんよ。ただ、娘さんはどうやら先天性心疾患を患っているそうですね。きっと道端でたまたま暴漢に襲われても逃げられないのではないかと心配になりましてね」
「......」
坂柳成守にとって娘は自身のすべてであった。妻が亡くなってから娘を男手一つで育ててきたが、母親に似てとても聡明でかわいらしい子に育ったと思っている。だからこそ、娘を失うことは自身の生きる理由を失うことと同義であった。しかし、それでも坂柳成守にはこの契約書にサインすることはできなかった。
「私はこの契約書にサインすることはできない。」
「.....」
坂柳の返答を、清隆と呼ばれた男は笑顔を消して無言で聞いていた。
「私にとって、娘はかけがえのないものです。私の人生の全てです。私の命と娘の命では、私は迷うことなく娘の命を選ぶ。」
「だったらこの契約書にサインした方がよいのでは?」
「....そうですね。その通りだと思います。しかし、私の娘は...有栖は私の公平で誰にでも平等に接するところを一番尊敬していると、そう言ってくれたんです。」
坂柳は強い意志を宿した瞳、死を覚悟した瞳で、綾小路の冷徹な瞳を見返しながら続けた。
「私は有栖が尊敬してくれた、好きでいてくれた父親としてこの契約書にサインするわけにはいかない!」
「.....そうですか。では結構ですよ坂柳さん。」
「え....」
「....なんですか?まさか私がこの場で激昂して、坂柳さんを殺すと思いました?」
清隆と呼ばれた男は改めて笑顔を見せながら続けた。
「坂柳さんの言い分はごもっともだと思います。俺の前でここまで言い切る人間は随分久しぶりですよ。高度育成高等学校へ入学することは諦めましょう。」
「.....正攻法で入学することもできると思いますが...」
「裏社会の王が正攻法で入学できるのなら、それはもはや入試の体をなしてないと思いますよ。」
清隆と呼ばれた男は笑いながらそう言った。
「帰りの車を出させましょう。入口の所に止めてあるので、気をつけて帰ってください。」
「わざわざ気を使ってくれてありがとう。清隆君.....じゃあまたね。」
「ええ。またどこかで会えたら」
清隆と呼ばれた男は笑顔でそう言った。一刻も早くこの場から離れたかった坂柳はすぐに立ち上がり、振り向かずに入口へ向かって歩き始めた。
ーだから気づかなかったー
ー粛清王が冷酷な光を瞳に宿していることにー
皆さん初めまして。ポポのタンと申します。小説を書くのは初めてなので文章が拙いと思いますがよろしくお願いいたします。
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