——あぁ、俺はいったい何のために生きてきたんだろう。
薄れゆく意識の中、そんなことを考えてしまう。
いつからかは覚えていない。気付いたときには、生への執着が無くなくなり、代わりに死への執着が増していた。
——きっかけは、多分自分の価値が見出せなくなったことだろう。小さい頃は、自分はすごい人間だと思っていた。
俺が小学生の頃、ある日突然マラソン大会で1位を取れた。理由はわからない。今までは、5,6位くらいだったのに、ある年になって突然、1位を取ることができたのだ。それも2位以下と大きな差を開けた状態で。
それから俺は、自分に自信がつき、俺は他者よりも優れている、なんて傲慢な考えを持つようになった。とはいえ、だからといって、それが態度に出たりとかはなく、単純に自分には能力がある、といった程度の認識である。
だが、その認識は中学・高校に上がるにつれて、少しずつ瓦解していった。
学校の位が上がるとともに、同級生の数は増す。そうなれば、当然だが自分よりも優れた能力を持つ人間の数も増す。
そいつらを見る度に、こいつらこそが才能のある人間であり、自分は所詮は『井の中の蛙』だったのだ、と考えるようになった。
多分、このあたりから自分と他者を比較し、自分自身を客観的事実に基づいて、己の価値を定め始めたのだ。そうして、気付いたときには、『何の価値もない自分』というレッテルを自分に己自身で貼り付けていた。
——常に自己と他者を比較した。
比較すれば、いつも自己が他者よりも劣っていると認識してしまう。
たとえ、傍にいる同年代の者よりもいい結果を残したとしても、視野を広げれば、自分よりいい成績の者などごまんといる。そんな考えをいつも持ってしまう。
自分より優れた成績をもつものが居れば、その分野では自分は最底辺。たとえ、数値的に見て最底辺ではなかったとしても、1番でないのならば、それ以外はすべて同じ最低値である。という考えが己の中でいつの間にか常態化していった。
——そこからは、何をしても達成感や高揚感を感じることはなくなった。
思考は常にネガティブ思考。そうなれば、必然的に自信を持てなくなる。
社会人になって、業務をこなしていく。
同期が自分より先に成果を上げた。
当然だ。だって、そいつらは俺よりも優秀なのだから。
仕事でミスをした。
当然だ。俺には、同期や上司みたいに能力があるわけではないのだから。
上司にひどく怒られた。
当然だ。ミスをしたのだから。
だが、怒られたのは一時ではない。業務内容の都合上、その上司とは朝から夕方まで常に一緒に、傍にいる。
だから、2人きりになった際に、怒られる。何度も何度も。
そんな日々が何週間も続いたある日、とうとう人格否定までされてしまった。
その瞬間、自分の中で何かがひび割れた音がした気がした。
そこから先はあまりよく覚えていない。
ただ、その瞬間、自分の中で生に対する完全なる決別が下されたのは確かだろう。
だって…
気付いたときには…
俺は、包丁を片手に自信の手首を切り裂いていたのだから…
——痛い。傷口が出血に呼応するかのようにジンジンと痛覚を脳に伝達してくる。
切り裂いた手首の傷口から熱を感じる。傷口に目を向けると、通常流れてはいけないであろう量の血が流れ出て、浴槽に覆いかぶせたレジャーシートに血だまりを作る。
——痛い。想像以上の痛さに少しばかりの後悔が募る。
だが、それは一瞬のことですぐに、これに耐えれば、この残酷な世界とおさらばできるという期待に感情の支配が塗り替えられる。
イタイ。だが、我慢だ。もう少しで終われる。
イタイ。だガ、我慢ダ。あと、もう少シ。
イタイ。ダガ、あと少しで死ネル・・・・・・・・・
怖い…
死ぬのがコワイ…
だんだんと薄れていく意識の中、今まであった死への期待に、恐怖の感情が少しずつ犯してくる。
やっと死ねる。
でも、死にたくない。
やっと、この残酷な世界から解放される。
死にたくない。
やっと楽になれる。
死にたく、ない…
徐々に体から熱が冷めていき、まるで自分の身体ではないかのように身体が重くなる。
意識が薄れていき、まるで意識と肉体が分離するかのような感覚になる。
そんな死の奈落へと堕ちるような感覚が強まるたび、死に対する期待と恐怖という、相反する感情が残りの意識の中で鬩ぎ合う。
そうして、生からの解放と死ぬことに対する後悔の渦に飲まれながら...
俺が認識していた世界は静かに幕を閉じた——