0083年10月下旬
2基のHLVとトロイホースは宇宙へと上がり、彼らは成層圏を越えて、静止衛星軌道へと安定した位置に到着した。
HLVの卵のような殻から、1機また1機とザクは姿を現す。
彼等がまずしなければならなかった事、それは長年地上での生活から染み付いた、地上から宇宙へと上がるためのリハビリである。
総数12機が、システムを宇宙用へと切り替えると、推進剤を少しずつ動かしながら、機体を慣らしていく。
共にトロイホースから現れた、ガンダムℵ
とGキャスト
そして、ジム・カスタムとジム・キャノンⅡと、それぞれとランデブー飛行を始めた。
「まったく…しかし、鈍っているな。全機吹かしすぎるな。」
慎重にしかし、直ぐに彼等は宇宙での感覚を取り戻していく。
元はと言えば宇宙任務が主体であったはずの模擬訓練の日々、それを彼等は思い出しているのだ。
そして共にHLVへと搭乗していたセイラであったが、彼女はただ待っていた。
HLVの簡易居住モジュールの中から、目的の船が現れるのを。
「そろそろ頃合いかしら?」
時計に目をやりながら、彼女は備え付けのモニターに目を通す。
同じ頃トロイホースの環境においても、同様にブライトは時間を気にしていた。
「予定よりも遅れているな…」
急に物事が決まるのには慣れっこであるが、それでも心配性はかわりはしない。寧ろ、だからこそ彼はより時間を気にするとも言えるが。
と…、その時だ。太陽が降っていくその地平線、その向こう側からゆっくりと異形の船がその姿を現していく。
その船体は…、巨大であった。何処となく無骨なラインは何処となく、軍艦を想起させるものの、流線型を混ぜ込んだそのラインは、非常に頑強そうな姿を見せていた。
トロイホース艦橋で、ブライトはその艦が地平線から出現するのを眺めていた。
だが、内心ではきっとこう思う事だろう。
『我々に貨物船のエスコートをやれと言うのか…』
と、
「IFFに応答……確認、ヨーツンヘイム級・ニヴルヘイム」
その色彩は、かなり目立つものだった。
ジオンの軍艦であれば、濃緑色で宇宙での目視においてはあれほど見辛いものもない。
しかし、この艦艇のその色彩はトロイホース並みに目立つだろう。
まず最初に無線が入ったのはトロイホースの方であった。
「こちら、地球連邦サイド間定期輸送船、ニヴルヘイム。貴艦等が我々のクライアントか?」
トロイホースの通信回線は、見事にその船との通信を行い、艦橋の画面にその船長の姿が現れた。
目尻や口角、額の深い皺に穏やかな目元、鼻の下に蓄えられた白髪混じりの口髭が、彼に紳士的な風格を纏わせていた。
きっと、様々な苦難を乗り越えてきた船長なのだろう、穏やかなその姿とは裏腹に、誰よりも仕事に忠実な風体もあった。
ブライトは、メインモニターに映し出された老船長の顔を、少しの間まじまじと見つめた。軍人ではないが、長く宇宙で生き抜いてきた男の顔だ。彼が抱いた『貨物船のエスコートか』という内心の不満は、相手の老練でプロフェッショナルな態度を見て、少しだけ鳴りを潜めた。
相手が民間船、あるいは軍属の輸送船である以上、過度に威圧的な態度は不要だが、こちらの指揮系統をはっきりさせておく必要がある。彼は居住まいを正し、マイクに向かって落ち着いた、しかし軍人らしい硬さのある声で応答した。
「こちら、地球連邦宇宙軍所属、強襲揚陸艦トロイホース。艦長のブライト・ノア少佐だ。貴船のIFFを確認した、ニヴルヘイム。いかにも、我々が貴船の『クライアント』であり、これより指定宙域までの護衛任務に就く」
「それは頼もしいことだ。申し遅れた、私の名前はマルティン・プロホノウという、以後よろしく頼む。」
その言葉には威厳があった、いや自らのその船長としての姿に誇りを持っているのだろう。
「ところで、ブライト少佐…我々が運ぶ積荷、と言うのはその宙域で戦術機動を取っている12機のザクか?」
「はい、それとHLVに搭乗している者達も含めて、貴船での収容を願いたい。」
ブライトのその言葉に対して、プロホノウは僅かに目を細めた。
何かを感じているかのような素振りであるが、それに不快感などと言うものを微塵も見せていない。
「承知した。我々は運送屋だ、クライアントの荷物が『何』であれ、目的地まで無事に届けるのが仕事だ。」
プロホノウは一度言葉を区切り、モニター越しに視線を自身の船の舷窓、そこに見えるザクの編隊へと向けた。
「第1、第2格納デッキを開放する。HLVの乗員及び、その『一つ目』の巨人たちを誘導されたし。しかし、連邦のカラーリングのそれを収容することになるとはな…。時代が変わったのか、それとも私が古くなったのか…」
彼は自嘲気味に、しかし余裕を含んだ笑みを口髭の下に浮かべた。
「歓迎しよう、トロイホース。……手荒な真似はしないでくれよ? この船は見かけによらず繊細でね、暴れられると骨に響く」
そう言って彼は、通信士にハンドサインを送り、ニヴルヘイムの巨大な船体側面にある貨物搬入用ハッチが、重々しい音を立てて開き始めた。
その開口部は、ザクを立ったまま余裕で飲み込めるほどの巨大なものであり、元が定期客船・貨客船であったヨーツンヘイム級の面影と、その収容力の高さを物語っていた。
その巨大なハッチが開放されると、宇宙の暗闇の中に、煌々とした照明に照らされた広大な「穴」が浮かび上がった。
軍艦のカタパルトデッキとは違う、貨物を大量に飲み込むための無骨で実用的な開口部だ。
「しかし……でかいな。嘗て特務艦艇と言われていた物の生き残りとこんなところで出逢うとはな、ムサイとは勝手が違いそうだ。」
ザクのコックピットの中で、パイロットの一人が思わず呟く。
彼らにとって、このニヴルヘイムは単なる輸送船というよりも、まるで巨大なクジラか何かのようにも見えただろう。
「全機、相対速度を合わせろ。船長に釘を刺されたばかりだ、壁に擦るなよ」
リーダー機からの通信が入り、白いザクの編隊は慎重にスラスターを噴射する。
地上での重力下運用から解放されたばかりの機体だ。AMBAC(アンバック)による姿勢制御は、まだ少しぎこちない。
それでも彼らは、かつての感覚を指先に集中させ、レーザーガイドに従ってその「クジラの腹」へと滑り込んでいく。
マグネット・コーティングが施された関節が、微細な調整に追従し、ザクたちは音もなくデッキへと着地した。
足の裏に電磁ロックがかかる鈍い振動が、パイロットたちに安堵をもたらす。
一方、HLVのハッチからも、セイラたちを乗せたランチ(小型艇)が発進していた。
「行きましょう。今は、これが私達の船なのだから」
セイラは窓の外、圧倒的な質量で浮かぶニヴルヘイムを見上げ、小さく息を吐いた。
連邦軍の軍艦ではなく、あえてこの民間船を選んだこと。それが吉と出るか凶と出るかは、まだ分からない。
だが、あのプロホノウという男の声には、奇妙な安心感があった。
トロイホースの艦橋では、ブライトがその収容作業の一部始終をモニターで見届けていた。
「全機収容確認……。手際がいいな、やはりただの民間船ではないか」
ニヴルヘイムのその収容速度は、並みの腕のものではない。トロイホースへと全機を収容する間にも、ニヴルヘイムは着々と発進作業を続けている。
ブライトは帽子を目深にかぶり直し、隣に立つ副長へと指示を飛ばす。
「よし、本艦も随伴する。ニヴルヘイムの右舷後方へ。
これより我々は、この船団の護衛任務に移行する!」
宇宙の海原へ、白きザクを腹に収めた巨船と、木馬が並んで進み始めた。
―――
〜同じ頃、シーマ・ガラハウ率いるシーマ艦隊は、地球連邦軍のとある情報筋から、妙なデータが送られてきていた。
「ほお…、こんな物をよこしてくるとはねぇ、手土産のつもりか何かかい?乗ってやらんこともないが…、――それよりも、お姫様方の動きはどうだい?」
シーマ艦隊は、デラーズ・フリートの動きに呼応しているよう見せるために、敢えてデラーズの言う作戦までの猶予期間で、作戦遂行の準備を進めているかのように偽装していた。
実際、彼女等の動きは決してバレない動きではあった。何せ、彼女達の動きは、自らの為の動きである。一番に利用できるものが誰であるのか、彼女は打算から分かっていた。
モニターには、静止衛星軌道付近を航行する、不自然なほど目立つ塗装を施されたヨーツンヘイム級と、それに随伴する「木馬型」のシルエットが映し出されている。
「お姫様……セイラ・マスは、予定通りそのヨーツンヘイム級『ニヴルヘイム』に収容された模様です。あのブライト・ノアの艦が、文字通りケツを振って護衛していますよ」
副官のコッセルが、呆れたような、それでいてどこか楽しげな声を出す。
かつて自分たちを地獄へ突き落としたジオンの象徴たるダイクンの娘が、連邦の英雄に守られ、さらに「連邦のザク」まで引き連れて宇宙を渡る。
そのあまりの皮肉さに、艦橋の兵士たちの間には奇妙な緊張感が漂っていた。
シーマは扇子を口元に当て、薄く笑いながら目を細めた。彼女の脳裏には、半年前のあの日、デブリの墓場で交わしたあの「ダイクンの娘」の凛とした声が、今も鮮明に焼き付いている。
「ふん……。アムロの坊やが言っていた通り、あの女、本当に死地に飛び込んできやがったね。しかも連邦の『木馬』を盾にするたぁ、良い度胸じゃないか」
彼女の言葉には、かつてコロニー落としという「汚れ仕事」を押し付けられた自分たちとは対照的な、光の中を歩む者への嫉妬が混じっていた。
しかし、それ以上に、4月の会談で「銃口を下ろせるか」と問いかけてきたセイラの覚悟が、今まさに形となって自分の目の前に現れたことへの、奇妙な高揚感があった。
「デラーズには悪いが、こっちにはこっちの流儀ってもんがあるのさ。1抜けさせてもらったほうが得さね。」
光学望遠の限界ギリギリ、その端で行われるその姿に期待が無いと言えば嘘になる。
「ハッ、大義だの義挙だのと抜かしている連中に、この泥水の味は分かりゃしないのさ。」
シーマは扇子を閉じ、コンソールに映るニヴルヘイムの巨体を見据えながら、どこか晴れやかな、しかし毒を含んだ笑みを浮かべた。彼女にとって、デラーズ・フリートという組織は、自分たちに汚れ仕事を押し付け、戦後は不浄なものとして切り捨てたジオンの残滓そのものである。
そんな者の何処に大義だの義挙だのがあるのだと、有るのはやっかみと暴虐の先に至る自慰に他ならないのだと。
「コッセル、全艦に伝えておきな。あのお姫さまが本物かどうか、まずは遠目から見定めさせてもらうよ。」
「もし偽物ならば?」
コッセルが拍子を打つ様に、聞き返す。
「その時はその時さ、あたい達が美味しく頂戴してやるだけさ。」
「そりゃあいい。お姫さまの肉が美味いか、それとも鉄の味がするか……楽しみですな」
コッセルは下卑た笑いを浮かべながらも、その手つきは正確に艦隊への秘匿通信を走らせる。シーマ艦隊の面々にとって、連邦もデラーズも信じられぬ敵でしか無いが、シーマが「見定める」と言った対象だけは、彼らにとっても特別な意味を持っていた。
―――
〜同時刻 月面 フォン・ブラウン
宇宙港の大きな格納庫では、特異な双胴の船が横たわっていた。
低重力化に於いて、繋留作業というものは地球とは比べ物にならない程に厳重に執り行われなければならない。
それでも、ペガサス級のそしてそのアルビオンの最新鋭の船体は、ドッグの中では一際目立った。
「なに!!それはどういうことか!!」
アルビオンの艦橋で、艦長であるエイパー・シナプス大佐は声を荒げた。突然の知らせに驚愕し、大きく目を見開きながら、次の言葉を待っていた。
「い…いえ、ですからトロイホース隊と合流せよとの…軍部の命令です!!」
「だが、あまりにも唐突すぎる。我々は単艦での追撃を命令されていた…、それを軍部は打ち消すのか。」
軍による命令の上書き、戦時であれば決して珍しい事ではない。しかし、体裁的に未だ平時であるこの時期に、突如として命令を上書きされたのだ。
しかも、ジョン・コーウェン中将の命令を上書き出来る相手など、その強さは推して測るべし。
「命令は遵守していただきます。つきましては、トロイホース隊との合流地点で有りますが…」
「……座標を表示しろ。それと、相手方の現在位置もだ」
シナプスは、苛立ちを抑え込むように短く息を吐き、モニターを指し示す。アルビオンの高性能な光学センサーと連邦軍の戦術ネットワークが同期し、暗黒の宇宙空間に一点の光跡を浮かび上がらせた。
「合流地点は……暗礁宙域の縁か。追撃対象であるガンダム試作2号機の予想進路とは、僅かに逸れるな。」
シナプスは顎を撫でながら、戦術マップを睨みつけた。彼が困惑しているのは、単なる命令の上書きという事象に対してでは無かった。
『しかし…なぜ、このタイミングでトロイホースなのか』
ジョン・コーウェン中将が主導する〘ガンダム開発計画〙の要であるアルビオンに、わざわざ〘お荷物〙とも揶揄されることもある、いわく付きのトロイホース隊を合流させる。
そこには軍上層部のどす黒い政治的意図、あるいは現場のシナプスには計り知れない、何か、が動いている予感があった。
「バニング大尉、君はどう見る」
傍らに控える、一年戦争を生き抜いたベテラン、サウス・バニング大尉に問いかけた、彼はその類まれな経歴から、その目算を始める。女癖が悪いのがたまに傷であるが、それ以外であれば彼は卓越していた。
バニングは腕を組み、モニターに映る「木馬」のシルエットを見つめました。
「トロイホースには、ブライト・ノア少佐が乗っています。戦術能力に疑いはありませんが……随伴している民間輸送船『ニヴルヘイム』、こいつが引っかかりますな。積んでいるのは、地球で接収された『ザク』だと聞いています」
「ザクだと? 今さら宇宙に上げてどうする。軍上層部の考えることは、相変わらず理解に苦しむな」
シナプスの言葉に、艦橋内には重苦しい沈黙が流れました。しかし、一介の艦長である彼に、拒否権はない。
「……致し方ない。アルビオン、発進準備。軍令部への返答は『命令受領、直ちにトロイホース隊との合流地点へ向かう』だ。各員、繋留解除を急げ!」
月面都市フォン・ブラウンのドームが開き、最新鋭の双胴艦アルビオンが、その巨大な質量を重力から解き放つ。
彼等の行く末に待つものは、彼等の想像よりも突拍子もない相手であることを、彼等は知る由もない。