〜0083年11月5日
「何処の世界に…、実の父を…母を殺した相手に同情する人がいるのかしら?」
セイラとシナプスの問答は続いてた。
既にニヴルヘイムの横には、アルビオンが到着しており何時でもその照準を彼の船に向けている。
トロイホースは、その光景を見ながらも静観する構えである。
最悪の場合、連邦軍同士の同士討ちとなる懸念もあるため、モビルスーツデッキには、既にパイロット達が搭乗しているモビルスーツが待機状態であった。
それはアルビオンも同じであり、艦橋にいたバニングは急ぎモビルスーツデッキへと向かい、コウ・ウラキ等パイロットも急いでいた。
「私は、ザビ家を憎んでいます。父ジオンの理想を歪め、独裁の道具とし、あまつさえその命を奪った彼らを。
そして、その争いの渦中で母を失った悲しみも、決して忘れてはいません。」
セイラの言葉は、通信機越しでも冷たく、しかし熱を帯びて響いた。
モニターに映る彼女の瞳は、射貫くようにシナプスを見据えている。
「ですが……、そこにいる彼等は違う。彼等もまた、ザビ家の野望という熱病に浮かされ、利用され、そして捨てられた被害者です。
私が彼等を許し、彼等が私に忠誠を誓う。それが『欺瞞』に見えますか?
復讐心だけで、私がこのような危険な場所に来るとお思いですか?」
シナプスは言葉に詰まった。
彼女の論理には、個人的な感情を超越した何かがある。
通常、肉親を殺された者が、その実行部隊であった軍の残党を率いるなどあり得ない。
だが、彼女はそれを「被害者」と断じ、自らの剣として従えている。
その覚悟の重さは、一介の軍人が軽々しく否定できるものではなかった。
「……それに、あの白いザク達を見て、貴官は何を感じましたか?
彼らは誇り高きジオンの塗装を捨て、連邦の色を纏いました。それは、彼等なりの『過去との決別』と『贖罪』の意思表示を…。
それを拒絶するというのなら……貴官は、更生しようとする者の手を振り払い、再び敵へと追いやる狭量な指揮官だということになります。」
セイラの追撃に、シナプスは苦虫を噛み潰したような顔をした。
彼女の言葉は一理ある。だが、連邦軍の士官としての判断を、彼が下すには、とても大きな決断が必要であった。
『横から失礼する』
2人の舌戦に対して、嗄れていながらも威厳を持った野太い声が耳を打った。
『私は、元ジオン公国第603技術試験隊の試験支援艦ヨーツンヘイム艦長をしていた、マルティン・プロホノウというものだ。
今は、しがない輸送船の船長としてここにいるが…、この場における最年長者として言葉を残したいと思う。』
その言葉は柔和であった。
「我々は確かに、間違った戦争をしてしまった。あれ程大きな犠牲と代償を払い、結果残ったものは過去への罪過だけであった。
だが、ここにいる彼女はそれを我々が償う機会を提供してくれているのです。
ここはどうか…、私のこの老骨の顔を立ててもらえませんか。」
その言葉を耳にして、シナプスは目を細めた。そして帽子を目深に被り、瞳を閉ざした。
確かに、自らも20余年地球連邦軍の士官として、その時間を生きてきた。
多くの諍いの原因をその目で見てきた…。
ならば、今ここで狭心を持ったとして果たして争いはなくなるのか?否、否である。シナプスは目を瞑り、過去を見覚える。
多くの同僚が散った、あの戦争…。果たして、それを繰り返すのか?
ふぅ…と、一息吐くとその瞳を眼前に抱き口を開いた。
「……一本取られましたな。よろしい、貴女の覚悟と、その『私兵』たちの戦意、信じましょう。」
シナプスは、緊張で張り詰めていた艦橋のクルーたちに向かって、手を振った。
「総員、第一戦闘配備解除。ただし、警戒態勢は維持せよ。
ニヴルヘイム、及びトロイホースとのデータリンクを開始。彼らは友軍だ。」
『了解、戦闘配備解除!』
アルビオンの砲塔がゆっくりと下がり、照準用レーザーが消える。
それを見たトロイホースのブライトも、安堵の息を漏らした。
「……まったく、心臓に悪いな。アムロ、聞こえているか?お前…わかっていたな?」
『さあ…どうでしょうね。』
わかっているはず無い、しかし確かな事は…シナプスは決して悪気があってやっているわけではないのだ。
『アムロ、連絡将校頼めるか?』
「わかってます。ただでさえ時間が無いんだ、それに…セイラさんも動いています。」
ニヴルヘイムの格納庫ハッチが徐々に開いていく、その奥から一機のモビルスーツが顔を出した。
「ニヴルヘイム、格納庫より機体確認…、データに照合…ありません。」
アルビオンの艦橋ではその機体の姿を見て、今少し警戒を強めるクルーに対して、シナプスは手で制した。
『連絡将校をそちらに送ります。』
「分かった、僚艦のものもそうなのだろうな。」
トロイホースからガンダムℵが飛び出すのと共に、もう一機が宇宙へと飛び出す。
機体推進力は概ね互角といった様子である。
性能もそれなりに高そうであった。
「なんにせよ、コレで事態が動くのであれば、それだけまだマシだと言うことだろう。」
シナプスのその言葉に、周囲は息を呑むしか無かった。
〜数分後
アルビオン、モビルスーツ格納庫に2機のモビルスーツが収容されていく。
1機は連邦軍ならば誰でも見慣れたものだが、もう1機はまるでジオンのゲルググのようであった。
「おいおい、アレがジオンのやつのだってさ…なんだってここに来るんだか。」
文句を垂れるものも多い。実際、連邦軍に残っているものの中にはジオンに身内を殺された者たちもいた。
必然的に、ジオンの機体である。と言うだけで、それに対して憎悪を抱くものも少なくはないのだ。
そんな格納庫要員を尻目に、一人の青年がパイロットスーツのままに、そのモビルスーツに駆け寄っていった。
「うわぁ〜、これがガンダムℵ…アムロの機体か!!それでこっちが、ジオンの!!」
コウ・ウラキであった。
士官学校時代、一時彼はアムロと艦を共にした仲である。
友人…、と言う程のもので無いだろうと、ウラキ自身は考えていたが、それよりも目の前のモビルスーツに釘付けになっていた。
今ならば、苦手な人参も口のなかに放り込まれれば食えてしまうのではないか?という風体である。
「おい!そんなに近づくな、一応危険だからな。」
保安要員がライフルを片手に、見慣れぬモビルスーツに近付き警戒している。
ガンダムℵの方には見向きもしていない様子である。
「何をしているんです!説明した筈でしょう!」
ℵのコックピットから外に出たアムロが、辞めるようにと言った。
「これが我々の仕事だ。おちおちと、ジオンの人間を入れるわけには行かないのだ!!」
彼らの言い分は尤もであるが、それは俄に過剰であった。
彼らは今、試作2号機の強奪に遭ったものだから、2度目があるかもしれないと、そう思っている事だろう。
しかし、そんな彼等に言わなければならない。
もし、アムロが本気であればアルビオン隊なぞ一人で片付けられているだろう事を。
「とりあえず、銃を向けるのは辞めてください。せめてセーフティくらい掛けておいたらどうですか?」
「艦長同士の協定結んだんでしょう?だったら、アムロの言い分を認めてやってください。」
アムロに加勢するように、ウラキが援護射撃をする。
その間にも、その見慣れない機体のコックピットハッチが開いて、中から試作機用のパイロットスーツ。
ちょうどウラキの身につけているものの色違いの物を纏った、起伏のある胸があるそれが降りてきた。
「皆さんご苦労さまです。アムロ…、こっちは大丈夫よ?」
「初乗りなんですから、あんまり無理はしないで?」
アムロが降りてきた彼女の手を取り、地面へと足を着けさせた。彼女はバイザーを上げて、ヘルメットを外す。
「わぉ…美人ねぇ。」
と言う声が何処からか聞こえてきた。
さっきまで艦長と会話していた人物が堂々と現れて、しかもモビルスーツに乗ってくるとは、誰も予想していなかった。
「私は人質兼、連絡官としてここにいます。どなたか、艦橋にエスコートをしてもらっても?」
セイラのその言葉に、一同驚くと同時にウラキが名乗り出た。
「自分はウラキ少尉です。艦長からエスコートを命令されました。」
「そう。ありがとう…、アムロ一緒に行きますよ」
2人はウラキの後ろピッタリと着いていくように、艦内を進んで行った。
道中、アムロはウラキに二三話かけた。
「まさか君が、試作1号機のパイロットだとはね。」
「へへ、凄いだろう?アムロの噂はよく聞いていたけど…実際、もう戦果とか挙げてるんだろうし、やっぱりガンダムはジムとは違う?」
軽口を言い合う2人、対してはセイラには比較的どうでも良い話であった。
特にモビルスーツ談義で盛り上がっているのだから、この男たちはまるで子供であった。
「ウラキ少尉…でしたね。先刻は、私の友人たちが貴方方に迷惑をかけたと聞きました。」
「友人って……誰ですか?」
ウラキからすればそれはまったくの情報である。
「なる程度な…連絡は取れてないか。急ごう。」
アムロはウラキを急かした。
アルビオンの艦橋へと到着し、シナプスと再びの挨拶を交わした後、アムロは事の次第と計画を少しずつ話していった。
「なに!!それでは、我々は貴艦等の情報提供者と戦闘を行ったというのか!!なぜそのような橋を渡るのか!」
シナプスは狼狽えた。いや、政治的判断というものに疎い彼らしいと、そう言えばそうであるが…。その手は額を湿らせる汗を拭った。
「私たちも、まさかそんな戦闘をするとは思っていませんでした。
ですが、我々に連絡を入れたのは彼女達なのです。何か、大きな物事が動いていると。」
シナプスは顎に手を置いて考えた。果たして…どのような事が起きているのか…。事態は2号機奪取よりも深刻な方向に進んでいる事は、デラーズの演説より確かな事で、何処かで核を使うのかもしれない。
「ですから僕達は、このまま暗礁宙域を目指して敵のアジトである、『茨の園』を強襲しようと考えているんです。」
「座標データと、敵の戦力データは揃っています。
間に合えば、敵を壊滅に追い込む事も可能だと。」
しかし、聞いた戦力はアルビオンやトロイホース。そして、ニヴルヘイムの戦力を加味しても、優に数倍はいる。
如何に前世代機であるザクが主戦力としても、数に勝る暴力は無いのだと。
普通であれば考えるのだが…、トロイホースの戦力は正直に言って普通ではない。
ニュータイプがアムロ、セイラにクスコ、と言う3人に加え、連邦軍でもトップのエリートであるクリス。そして元ジオン軍であり、性能を超過する義眼の男ゲラートがいる。
正直に言えば、アムロだけでも、最低20機近くを相手にしても戦える事だろう。
しかし、シナプスにそんな物差しは無い。
「作戦行動中は、私が撤退の可否を判断する。それでも良いな?」
「はい、無論です。貴官が最も階級が上なのですから…。」
艦橋でそんな話になっている頃…、アルビオンの格納庫では一人のメカニックがセイラの機体をみていた。
「なんだろう……、既視感有るのよねぇ…。」
彼女が見ているその機体は、セイラの乗ってきた機体である。
ガンダムℵは、以前性能試験等で見慣れていたが、もう一機に何故か既視感を覚えていたのだ。
「この機体なんて名前なんだろうねぇ。ゲルググ…、ではないみたいだし。ザクでも無いし…。う〜ん」
その既視感の正体を、彼女は理解できない。
いや、もしもこの機体の直ぐ側に立って内部のパーツの番号を見れば、きっと彼女は驚きつつ頭を抱える事だろう。
〜同時刻・アナハイムエレクトロニクス社 月面 フォンブラウン
「ええ、ええ……はいはい。わかっております、はい…。」
ガチャンとデスクに置かれている電話に、男は力なく受話器を置いた。
彼の額には大量の汗と、共に何か悪いものが噴き出しているのだろう。顔の色が優れなかった…。
「すぅ〜〜〜、はぁ〜〜〜」
と言う大きなため息と共に、彼は頭を大きく抱え顔を上に上げた。
「危ない橋と言うものは、渡りすぎては崩落してしまう…。今回はマズかったか…。」
髭を蓄えた顎と、ツルツルの頭を撫でながら男は後悔していた。
電話の相手は、地球連邦軍…それもそのなかでもかなり上の人間であった。
彼らは、今までアナハイムがやってきていたジオンとの、様々な闇取引の情報をチラつかせながら足下をみていたのだ。
「いったい幾つの情報を持っているのか…恐ろしいものだ。なんにせよ、対価の分は支払った。」
彼のデスクの上には、機体のカタログと廃棄処分という報告書が記載された物が置いてあった。
RX-78 GP00 ブロッサム
その機体は今、何処にいるのだろうか?
ともかく、アナハイムとしては今後も関わりたくない相手であることは、確かであった。