地球圏から遠く離れた彼方。
地球よりも木星の方が遥かに近い様な宙域で、一つの戦艦が遥か遠方から見ればゆっくりと進行していた。
その戦艦の名は『ガーティ・ルー』。元ファントム・ペイン地球連合軍第81独立機動群の戦艦であった。
だが、現在はオーブの艦として運用されており、様々な武装や装備の実戦テストなども行っている艦である。
そして、彼らはオーブを代表する姫。キラ・ユラ・アスハとセナ・ユラ・アスハの願いを受けたカガリ・ユラ・アスハからの密命により地球から遠く離れた宙域まで調査の為に来ていた。
「しっかし。見事に何も起こりませんなぁ」
「そうねぇ」
「まさか嬢ちゃん達の考えすぎって事はねぇだろうが、この広い宇宙から異変を見つけるってのも中々骨が折れるぜ」
艦長であるマリューに言葉を向けるムウは腕を組みながら無重力の中で外を見やる。
そこには数刻前から特に変わり映えのない光景が広がっており、これが後一ヵ月は続く可能性があるという事に大きなため息を吐いていた。
「でも、意味はあると思うのよね」
「意味?」
「えぇ。貴方とクルーゼさんとネオさんは絶対に必須ってセナちゃんとキラちゃんは言っていたんでしょう? なら、あなた達ならその異変を見つけられると思ったんじゃないかしら」
「俺達なら……ねぇ」
ムウはふむと名前の挙がった三人の共通点を考える。
が、それは答えを探すまでもなく容易く気づく事であった。
アル・ダ・フラガの関係者という共通点である。
ムウ・ラ・フラガはアル・ダ・フラガの息子であり、ラウ・ル・クルーゼとネオ・ロアノークは彼のクローン。
であれば、セナとキラは自分達の……フラガ家に代々伝わる勘の良さ。の様な物に頼りたかったのか?
いや……しかし、とムウは思考の海に沈んでゆく。
そんな中、ムウがこの世で一番嫌いな男の声がブリッジに響いた。
「まぁ、当たらずとも遠からずという所だろうな」
「あら。クルーゼさん。哨戒はどうでしたか?」
「三時間前と何も変わらず。宇宙は静かなままであったよ。まぁ、この辺りはかつてジョージ・グレンも到達している場所であり、未踏の地という訳では無いからな。早々何かが見つかるという事も無いだろう」
「そうですわね」
「だから、何かが起きるとすれば……この先」
「セレーネ博士の言っていた……X地点ですか」
「あぁ。あらゆるレーダー、観測器の類が何も見つける事の出来ない暗黒宙域。何かあるとすれば、そこが怪しいと私は思うな」
「それは……セナちゃんやキラちゃんがクルーゼさんに期待している……」
「そう。私の勘だ。そして、残念なことにこれはネオ・ロアノークも同じ意見でね」
その最悪というか。最高というか。
難しい報告にマリューは眉をひそめた。
正直な所、一つの艦を預かる艦長としてはその様な危険地帯に足を踏み入れるべきではない。
踏み入れるべきではないが、何も分かりませんでした。で帰還出来る様な仕事ではないのだ。
カガリはこの作戦に人類の存亡がかかっていると言っていたのだから。
無論、今すぐにという話では無いだろうが。
「ムウ。貴方はどう思う?」
「どうもこうもねぇよ。俺一人なら絶対に行かねぇ」
「……そう。つまり、そこは本当に危ない場所って事ね?」
「あぁ」
「そうなるな」
「……ハァ。でもそうだとしたら行かなきゃ駄目でしょうね。どの道放置は出来ないわ。ミラージュコロイドもGNドライブもフィールドもある。最悪は状況だけ確認して退避。が正解かしら」
「艦長」
「……何かしら?」
マリューが今後の方針について考えている所。
副長のイアン・リーから言葉が向けられる。
「それが、DSSDの科学者たちが話があると」
「話? それはブリッジで出来る話かしら? もしくは私が行った方が良い?」
「ブリッジに向かうと言っていました」
「そうですか。ではここで聞くとしましょうか。嫌な話じゃないと良いのだけれど」
マリューは祈る様な気持ちで呟いたが、クルーゼとムウの顔は残念ながらと言っている様な気がしていた。
そして、そんなマリューの勘は正しく、セレーネたちが持ってきた話は最悪とまでは行かなくとも、悪い話であった。
「暗黒宙域について分かった事がある?」
「えぇ。いくつかデータをまとめていて気付いたんだけど……おそらくあそこにはミラージュコロイドと同じ様な性質を持った何かがいるみたいなの。それが生き物なのか。兵器なのか。それは分からないのだけれど」
「宙域まるごとミラージュコロイドで覆い隠している。みたいな? あり得るの? そんなこと」
「不可能。とは言わないわ。モビルスーツだって、つい五年前までは空想だったのに。今では自由に飛び回って都市を一つ破壊できるくらいの力がある。技術に限界はないわ。時間さえあれば、人類もいつかはたどり着ける場所よ」
「……そう言われると、確かにそうですわね」
「じゃから。ワシ等は、あの宙域に近づくのは反対じゃと言いにきたんじゃ。少なくとも、この艦で向かう事は承知できん」
「いや、承知できん! って言ってもな。アレの正体を確かめなきゃ、俺達がここに来た意味は無いんだぜ?」
「それは分かっておるが……」
「調べるにしても有人機体や戦艦で向かうのは反対よ」
「なら、どうするっての」
「スターゲイザーの使用許可をちょうだい」
「……! でも、スターゲイザーは、あなた達の夢を……!」
マリューはセレーネの言葉に目を見開きながら立ち上がろうとした。
それほどにセレーネの言葉は衝撃的であったのだ。
「確かにスターゲイザーはとても大切な機体だわ。私達の子供と言っても過言じゃない。けれどね。あの子を守る為に人の命を捨てる作戦を容認する事は出来ない。それは、私達の総意よ」
「……」
「勿論。ここでスターゲイザーが失われればカガリ様にまた研究費を沢山貰わないといけないけどね」
場を和ませる為か、イタズラ好きの少女の様な笑みを浮かべて冗談を言うセレーネにマリューは苦笑しつつ、どうするべきか考えていた。
確かに彼女の言うスターゲイザーを使った偵察作戦は有効だろう。
人の命を危険に晒さず、情報だけを持ち帰る事が出来る。
だが、マリューの……長く軍人として戦ってきた女の勘が、それでは駄目だと言っていた。
その根拠を明確にするのであれば、この作戦の人員だ。
初めから無人探査で良いのなら、そうしている。
しかし、わざわざこんな場所まで戦う準備を十全にして来たのは何の為だ?
ムウ、クルーゼ、ネオの三人が必要だったのは何故?
それを考えれば、おのずと答えは見えて来る様な気がしていた。
「……例えば。ムラサメ改の核エンジンでミラージュコロイドを使用した場合。どの程度の調査が可能かしら?」
「そりゃ無限に可能だぜ? ただし、帰ってくる保証はないがな」
「艦長!? 偵察はスターゲイザーが!」
「いえ。残念だけど。『彼』に頑張ってもらうのは今じゃないわ。まだ何も分かっていない中で切り札の一つを切る事は出来ない。臆病であれば生き残れるというワケでは無いの」
「……!」
「イアンさん。暗黒宙域までの宙域図を出して。それと、小惑星とか本艦を隠せそうな物があるか探って。見つけ次第その小惑星を利用しながら暗黒宙域まで限りなく接近し……まずは偵察部隊を派遣します」
「っ!」
「ま、待て……!」
「あなた方の人命をなるべく大事にしたいという理念は確かに素晴らしい物だわ。平時であれば共感出来るし、私も同じ意見を言っているでしょう。ですが、もし。アレが人類の敵である場合……! この作戦の失敗は人類の滅亡を意味します」
「……!」
「そして。私達は軍人。守るべき者の為に、命をかける存在。弱き者を護るためにこの軍服を着ているの。だから、私は例え、どれだけの命が失われても、作戦の遂行を最優先とします。無論、私が使う命の中に民間人である皆さんは入りません。そこだけは安心してちょうだい。DSSDの方々は何があっても地球へ返すと約束するわ」
「いえ! 私達は! 決して我が身可愛さにこんな事を言っている訳じゃ……!」
「それも分かっているけれどね。私達も軍人だから。分かってちょうだい」
マリューはセレーネの言葉を正面から撃ち返し、この場での意見を却下とした。
そして、まだ時間があるから他にいい案が思いついたら教えてと言って彼らをブリッジから追い出す。
「……ハァ。嫌ねぇ。艦長って嫌われ役で」
「そう落ち込まなくても、彼女たちだって分かってるさ。子供じゃないんだ。ただ、より多くの可能性を残したかっただけだろ」
「可能性?」
「俺とマリューが子供を作る可能性、とか?」
「もう! バカ!!」
ムウはマリューに怒鳴られ、ハハハと笑いながら、フッとバカにした様な顔をしているクルーゼを見やる。
「何笑ってんだ。お前」
「別に。なんて事は無いさ。不器用な男だなと思ったまででね」
「へーへー。そうですか」
「しかし。まぁ、最初の出撃から貴様が出るまでもあるまい。私一人で十分だ」
「お前……」
「私はもう、それほど長くはない。ならば、誰よりも適任だと思うがね」
「……」
「それに、可能性は地球に残して来た」
「可能性?」
「あぁ……レイの未来という可能性だ。あの子が未来へ行けるのであれば、もう私に心残りはない。キラもセナも強い子だ。必ずや自らの幸せは自ら掴めるだろう」
「……ケッ、隠居したジジイみたいな事言いやがって。お前は遺影で二人の結婚式に参加する気か?」
「む?」
「ハレの日に、泣かせてやるんじゃねぇよ。兄貴分なんだろ? なら、笑わせてやれ」
「……ムウ」
「さっき博士たちが言ってただろ? 技術は進歩してるんだ。レイの寿命を伸ばす事が出来る様になったのなら、お前だってそれほど時間をかけずに出来る筈だろ。それが出来るまで簡単に死ぬとか言うんじゃねぇよ」
「……やれやれ。騒がしい男だ」
「んだとぉ!?」
「……しかし、まぁ……一理はあるな」
クルーゼは静かにムウへと言葉を返しながら遠い宇宙の向こうを見やる。
つい数年前までは死んだ時の事ばかり考えていたというのに、今は微かだが死にたくないという想いが生まれている事に。
自分の心変わりが少しばかり面白く、笑みを零すのだった。