ある、夕暮れの街並み。学校帰りの学生達や、残業もなく帰ろうとするリーマン等で溢れる通り。俺もその中を歩いている一人だった。
そんな時、ある路地裏が俺の視界に入った。薄暗く、電灯もないので日が暮れれば真っ暗闇になるだろう路地裏は、最初は向こうの通りと一直線に繋がっているものだと思っていた。
けど、俺の視力が正しくて幻でも見ていないのなら、その奥には店があった。ビルの間に挟まれたこんな場所、しかも路地の奥に店があるなんて普通は誰も気付かないだろう。
見つけてしまったが最後。俺は気になってしまい、路地の中に入ってしまった。もしかしたら美味い飯屋なのかもしれない。何もなければ、引き返せばいい。
路地は狭いが、大人一人が歩くのには十分な幅がある。突き進んでいくと、奥は意外と広いスペースが空いていた。誰も手入れをしていないのか草が自由に生い茂り、その空間のど真ん中には俺の思った通り店があった。
古ぼけた木の家で、入口も今時珍しい引き戸。どうやら昔からここにある老舗のようだ。看板は錆びついているが、「いだちいのお」とひらがなで書いてあるのが分かった。これは……右から「小野一代」と読むのか?
イマイチ何の店か分からないので、俺は中も覗いてみる。すると、漸くここが何の店かが分かった。
「駄菓子屋か」
店の中には、数多くの駄菓子が棚に並んでいた。ここは駄菓子屋だったのだ。壁には風船の入った袋や凧なんかも掛かってあり、いかにも下町にありそうな古い店だった。
飯屋じゃないのは少し残念だったが、駄菓子屋自体もこの都会の中では珍しいので、俺は掘り出し物を見つけたような気分になっていた。
「いらっしゃい」
暫く外から眺めていた俺に、店番らしきお婆さんが笑顔で話しかけて来た。
何も買うつもりはなかったのだが、物腰のよさそうなお婆さんの前でそそくさと帰る訳にもいかず、俺は軽く会釈をしながら店の中に入った。
店の中はやはり数々の駄菓子が置いてある。お煎餅のような定番の物や、最近発売されたお菓子、俺の生まれる前に発売されていた古い種類の物など。一応手に取って調べたが、賞味期限は切れていない。
「あ、これ! 懐かしいなぁ。まだ売ってたんだ」
中には、俺が子供の頃に食べていたお菓子も置いてあった。スーパーやコンビニでは見かけないので、てっきり製造終了したと思ってた。
粉を水で溶かして混ぜて食べる奴、占いが書いてあるガム、おしゃぶりのような形をした飴……懐かしの品々を見ている内に、俺は童心に帰ったような気がした。
思えば、子供の頃は楽しかった。無邪気に遊んで、宿題を忘れて怒られて、母親が買ってくれたお菓子を食べて。
それが、今じゃ仕事に追われ、上司には頭を下げっぱなしで、飯もジャンクフードかコンビニ弁当。家に帰って休んだと思ったら、早く起きてまた出社する日々。
「お兄さんや」
今の生活を振り返って嫌気が差していた時、店の奥にいたお婆さんが俺の傍まで来ていた。手には何か飴のようなものが入った箱を持っている。
そういえば、奥の方には見たことも聞いたこともないような駄菓子が置いてあった。ラベルもない瓶やプラスチックの容器に入った粉や液体。これもその内の一つなんだろうか。
「これがおススメですか?」
俺が尋ねると、お婆さんはゆっくりと縦に頷く。
ここまで品揃えが豊富な店のおススメとあれば、気にならない訳がない。
「これ、いくら?」
俺がまた尋ねると、お婆さんは今度はゆっくりと首を横に振った。どういうことだ?
まさか、タダってことなんじゃないだろうか。久々のお客さんに、一つ味見ってことで。
「食べてもいいんですか?」
お婆さんはニッコリと笑って頷く。やっぱり、タダで食べてもいいらしい。
俺はお婆さんの好意に甘え、赤い飴玉のようなものを一つ取って口にした。
口の中で転がせば、それは今までに味わったことのないような甘さが広がって行った。何味、と形容することが難しいが、今までに食べたどの飴よりも美味いことは確かだ。
「そりゃ!」
飴玉を舐めながら店を見ていると、外から子供の声が聞こえて来た。
今まで人があのお婆さんしかいなかったから、てっきりお客が来ないものだと思っていた。しかし、近所に住む子供達には人気なようで、外では6人の小学生ぐらいの子供達が集まっていた。
「次は俺だ! えいっ!」
何をやっているのか見に行くと、俺は飴玉を吐き出しそうになる程盛大に驚いた。
何と、子供達はメンコをして遊んでいたのだ。
子供の一人がメンコを叩きつけると、地面に置いてあったメンコが風圧でひっくり返る。結果に一喜一憂してまた盛り上がる子供達に、俺は目が点になっていた。
今時の子供はゲームで遊ぶのが普通。外で遊ぶにしても、メンコなんてやっている子供は見たことがない。
「おじさんも、やる?」
不思議そうに眺めていると、子供の一人が俺に気付いて声を掛けて来た。
どうやら、俺がメンコをやりたそうに見えたらしい。
「おじさんも、遊ぼ?」
「遊ぼう!」
他の子供達も、俺を店から引っ張り出してくる。
こうも誘われると断れないのが悲しいところだ。空を見ると、まだ日も明るい。夕飯はまたコンビニで弁当でも買って帰ればいいか。
「よーし!」
上着と鞄を置き、ワイシャツの袖を捲って俺は子供達の輪の中に入った。
何時間経っただろうか。
俺はすっかり子供達と遊ぶのに夢中になっていた。遊んでいる内に、今の嫌なことを全て放っていられるような気がしたからかもな。
だが、気付けばもう空は真っ暗だ。この楽しい時間も、あっという間に終わってしまう。
「おじさん、次は何して遊ぶ?」
子供達はまだ遊ぶ気で、俺に尋ねて来る。
けど、俺は首を横に振った。
「もう暗くなったし、遊びはおしまい。君達も帰らなきゃ」
捲った袖を戻し、荷物を持つ。そういえば、駄菓子屋のもの何も買ってなかったっけ。
呑気に考えていると、子供達は全員俺をじっと見つめていた。
「おじさん、遊ぼうよ」
「遊ぼ遊ぼ」
「遊んで」
子供達の様子がおかしいことに気付いたのはこの時だった。
もう夜だというのに、帰ろうともせずに俺を誘ってくる。親が待ってたりしないんだろうか。
少し狼狽える俺だが、ここは子供の情操教育上ビシッと言ってやらねば。
「遊びは終わりだって! 君達も早く帰りなさい!」
「遊んでよ」
怒鳴る俺にビクともせず、最初に誘ってきた子供が俺の腕を掴んできた。
引き剥がそうとするが、その子供は普通では考えられない程の力で握っていた。
「いたたたたっ!?」
「遊んで」
子供にしてはあり得ない程の強い力で掴まれ、俺は苦痛の声をあげる。
それでも、子供達は無表情のまま俺を見て遊ぶよう言ってくる。
助けを求めるように駄菓子屋のお婆さんを見るが、お婆さんは微笑んだまま縦に頷く。
漸く理解した。ここは、現実とは違う場所なんだ! 俺はとんでもない場所に迷い込んでしまったんだ!
「う、うわああああ!」
俺は恐怖のあまり、悲鳴を上げながら腕を掴む子を蹴り飛ばした。腕を離され、俺は子供の様子なんか気にせずに来た道を戻って行った。
路地は日が暮れていて来た時より余計に暗かったが、一本道だったから突き進めば問題なく元の道に戻れる。
そのはずだった。
「はぁ、はぁ……!」
路地裏を走り続ける俺だが、一向に通りに出ない。真っ直ぐ進んでいるはずなのに、一片の光すら見えなかった。
とうとう息切れした俺は、立ち止まって少し休む。
どうしてこんなことになってしまったんだ。俺は駄菓子屋によって、子供と遊んでいただけなのに。
元の何もない日々に戻りたい。そう願って、俺はまた一歩を踏み出そうとした。
その時、不意に背中を引っ張る感触を感じた。
「おじさん、遊ぼ」
振り返ると、最初の子供が無邪気に笑い掛けていた。
そして、子供の背後からは無数の白い手が伸び、俺を闇の中へと引きずり込んでいった。
規則的なアラームが鳴り響き、俺の眠りを覚ましていく。
音を鳴らす目覚まし時計を止め、俺は布団の中から起き上がった。
普段なら眠気を引き摺っているはずだが、今日は自棄に寝覚めがよかった。きっと、あんな夢を見たからに違いない。
「夢、か……だよなぁ」
あの駄菓子屋も恐ろしい子供も、夢の中の出来事だったのだ。それもそうだ、あんな非現実的なことが起きてたまるか。
そんなことよりも、朝の支度をしなくては。会社に遅刻すれば、また上司に怒られてしまう。
俺は普段通りの辛い生活を疎ましく思いながら、当たり前の日々がこんなにも愛おしいものだったのかと感謝していた。
今日もまた、日常が始まる。
まずは布団を畳もうとして、俺は気付いてしまった。普段、布団を仕舞っている押入れの戸が開いていることに。
そして、中から白い肌の子供がジッとこっちを見つめていることに。
「オジサン、アソボ」
子供は俺の足を掴んで引き千切ると喉に食らいつkkkkk――。
古びた駄菓子屋の看板に書いてあった「いだちいのお」。
これを並び替えると、「おだいいのち」。
そう、あの店名の意味は「お代、命」。
風呂に入ってる時に思い付いたのを一時間で書きました。