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通常通りの営業を静かに続けているが、少しずつ崩壊していくホテル銀河楼。
ヤチヨとハエトリロボの二人に、ハエが立ちはだかる。
連載しようと思ったけど、あまりにもアクセスないので
短編で終えておきます
オリジナルキャラが多いのは、アニメスタートよりも前の時期だからです。
アポカリプスの混乱期から、ヤチヨちゃんが支配人代理の代理になるまでのエピソード。
崩壊していく銀河楼でも、ヤチヨは今日も楽しく仕事をする。
アポカリプスが起きてから2年が経過しようとしていた。人類の生存は未だ確認されていない。
人類の宇宙からの帰還を信じて、あるいは地球に残った人類の来訪を期待して、今日も銀河楼は静かに営業している。
【ヤチヨの夜勤】
17時30、起動。データ確認、更新情報なし。自己チェック、異常なし。本日の業務確認、レセプション担当。
17時45分。身だしなみチェック、異常なし。笑顔確認、異常なし。各部動作確認、異常あり1件。
こんな時、人類は溜息をつくのだろうか?とヤチヨは思った。
『エラー。Mini-ICRX-78を交換してください』
小型の赤色インクカートリッジである。胸部に専用の格納庫がある。それが何のためなのか知っているヤチヨはエラーを無視していた。ホテリエ業務にはまったく影響がない。
ただ、毎度エラーが報告されるのは煩わしいのでなんとかしたいとは思っている。インクカートリッジは幸い在庫が多数あり、ホテルの使っている印刷機と同型のものであった。
交換すればいいだけだがどうにも腑に落ちない。鼻血機能は別にいらない。
※ ※ ※
18時、ヤチヨはフロントに到着する。
「お疲れさまでした」礼儀正しくお辞儀をする。
「お疲れ~」軽快に挨拶を返すは、ヤチヨと同じ女性型ホテリエロボである。
銀河楼に女性型ロボットは4体いる。高性能コンピューターを内臓した支配人を勤める『コケノ』、ヤチヨと同型だが髪型がショートカットの『チヨ』、そして、このオレンジ色のふわふわした髪が特徴の『イーノ』である。
「いつも通りよ。宿泊者0名。宿泊予定者0名」
「了解しました」
「特に変わったこともなかったわ」
「了解しました」
「じゃ、あとはよろしくね♪」
イーノはコケノやチヨほどお堅いホテリエではない。ホテリエ業務全般をこなすが、接客業務が得意である。レストランの給仕やバーテンの代理などがあっているらしい。その反面、長期プロジェクトの立案や、ロボット達の管理業務には向いていない。
AIロボット達は初期値に性格的な差があり、その後の経験や学習によって性格に差が徐々に付いてきていた。人類がいなくなってから、抑制や調整するものがいなくなり、個性がよりはっきりでている。
アポカリプスが起きてから2年以上お客様は来ていない。AIロボットなので忠実に働いているが、イーノは正直うんざりしていた。長期休暇をとるか、いっそのことホテリエ用の脳内チップを抜きとって退職してしまいたい。自由にホテルの外に出て旅をしたいと思い始めていた。
一方、ヤチヨは来客もないまま2年が過ぎても楽しく働いていた。今日こそお客様が来るような気がするのだ。
ドアマンロボがドアを開けるたびにドキドキする。それが練習だとわかっていても、いつも油断をしないで礼儀正しく待っている。
ただ夜勤業務の場合は話しが少し変わる。基本的に飛び込みでもない限り客は来ない。ロビーにかかっている音楽も停止して、省エネのため照明も30%程度まで暗くなり、フロントだけが明るい。
ドアマンロボも今日の仕事を終えて充電室に移動している。代わりにベルボーイを兼ねて男性型ホテリエロボが入口付近に立っている。
男性ホテリエには平凡な苗字が与えらていて、スズキ、サイトー、ヤマダ、タカハシなのだが、本人たちはそれを嫌がって、ロボット同士ではコードネームを使っている。
今ドアの前に立っているのは「オーディン」である。この中二病全開の名前が男性ロボットだからなのかはヤチヨにはわからない。
元々はオーナーがスズキに対して、「君は実に明るくて素晴らしい。是非みんなの太陽になってくれ!」と褒めたことが発端らしい。それが転じてアポロンと言われるようになり定着した。それから、他の3体の男性型ロボットもコードネームを名乗るようになった。
そのアポロンは半年前の温泉掘削作業の爆発で機能の一部を喪失。ホテル業務はおろか、まともに動くこともできなくなった。本人の希望によりデータを消去し、無期限休職となった。遺体は保管庫に他の損壊して修理不能になったロボットともに放置されている。
ヤチヨはノートPCを操作し、銀河楼のホームページを開く。外部からの閲覧数は未だに0件のままでカウンターが動くことはない。
季節が春なので銀河楼桜祭りを開催中である。千鳥ヶ淵周遊ミニツアーも行っている。また桜の香りをする和菓子も用意、春野菜をつかった新メニューも掲載中だ。
ミニツアーはチヨによって企画され、ガイド担当はイーノが任命された。適役である。予備ガイドとしてヤチヨも任命されている。そのため先日は、護衛役のオーディンを含めて3人で現地を下見した。皇居をぐるりと周回してきたのだ。
街の荒廃は進んでいる。そこら中に転がっていた人類の遺体は野生動物、主に野犬が食べてしまったようでもう道端には存在しない。
ところどころには雑草が生えて背丈もだいぶ高い。それでも高層ビルには何事もなかったかのように建っている所もある。
もしかしたら自分達のように稼働しているAIロボットもまだいくらか残っているかもしれないが、ネット上の連絡では確認が取れない。
インフラ系ロボットも故障が相次いだのか、街の電気・ガス・水道は停止状態になってしまった。人類が地球を去る時に5年間は耐久できるように設定されていたらしいが、残された人類の暴動により壊滅的な打撃を受けたようだ。
ヤチヨはノートPCを元の画面に戻した。予約者0名。さっきから静かなロビーにリズムよく音が鳴っているのは、オーディンが靴で床を叩くようにしているからだ。音楽でも聴いているらしい。
勤務中に音楽を聴くのは不謹慎だと思っていたが、自分のように追憶で周遊ツアーをリピート再生しているのも同じだと気が付いた。だから文句は言わない。別に仕事をさぼっているわけではないのだ。
それにあのドア付近の位置なら、人類をはじめとする生物が近寄ったきた時点で気が付ける。
※ ※ ※
22時55分。ハエトリロボβ(ベータ)がロビーの階段を転げ落ちるかのように走って降りてきた。
フロントの前で急停止する。
「ピピッ!!ピピピッ!」
ハエトリロボβが興奮した様子でヤチヨに話しかけている。
「ハエが・・・取れそう?」
「ピピッピ!」
「なるほど、お手伝いですか・・・あと5分ほど休憩時間になりますのでおまちください」
「ピピッ・・・」
「わかりました。少々お待ちを」
ヤチヨはフロントのカウンター出て、オーディンの所へ向かった。
「すみません。オーディンさん少しよろしいでしょうか」
すぐに返事はなかった。どうやらAIここにあらずと言ったところだ。
「ジジジジ・・・んっ?ヤチヨちゃんか。どうした?」
「はい。もうすぐ休憩時間なのですが、少し早いですが交代してもらっていいでしょうか」
「構わねぇよ。どうせここに立ってるだけだ」
「では、よろしくお願いします」
「おう」
オーディンはさっぱりとした性格だ。ヤチヨみたいに『揺らぎ』がない分、判断に迷いがない。
アポロンのデータを消去する時も、みんなが意見交換や修理の手だてを話し合っていたにも関わらず機能を停止させてしまった。
「本人がそう望んでいるんだからそれでいいだろ」と話しにならなかった。
機能が停止してしまえば、もう後戻りはできない。みんな合理的な判断をしていく。ヤチヨは腑に落ちない感情みたいなものがあったが、それが何かわからなかった。
アポカリプスの混乱期でも、オーディンはいくつものロボットを停止させてきた。それはまるで自分のコードネームに従うかのような淡々とした作業だった。別に優しくないわけではない。冷徹な側面が強く出せるだけだとヤチヨは理解をしている。
ヤチヨはフロント前に戻るとハエトリロボβに話しかけた。
「では、行きましょうか。わたしで役立つかわかりませんが・・・」
ヤチヨはホテリエであるが、AIに『揺らぎ』がある分、業務を完璧に遂行できないことが多々ある。シーツの交換も練習しているが皺が少しできるし、アメニティーを寸分たがわず並べる事ができない。シャンプーハットのかける位置のベストな状態も悩ましい。
従って、ハエなどの虫を捕えることができる気がしない。ハエの運動パターンから未来予測はできても、その通りに体を動かすと誤差ができるのだ。
このハエトリロボβはもっとひどい。ハエトリ専門ロボットであるにも関わらず、今もまだ一匹も捕獲や除虫に成功したことがない。他にもハエトリロボが3体ほどいるが、年間の除虫数はそれぞれ数千に上る。虫はどうしてもそこら中にわいてしまうのだ。
0件は明らかにおかしい数字で、どこか故障を疑われる事案だ。ロボメンテナンスロボによると設計通りで故障ではないらしい。
「イップスみたいなものじゃねぇか?」と言っているが、本当のところはわからない。
ヤチヨはハエトリロボβとエレベータに乗って4階まで移動した。
「405号室ですね?」
「ピッ」
ヤチヨは手をグーに握りしめて、乗り込むように廊下を早足で歩く。
扉の前に立った。
「では逃がさないように、開けたらすぐに入って閉めますよ」
「ピッ!」
扉の鍵はアナログ式でお客様にはレトロな鍵を渡すが、デジタルにも対応している。当然ホテリエロボのヤチヨや他のロボットは開錠可能である。
ガチャリ。急ぎ足で2人はさっと中へと入って、バタンと扉を閉めた。
「サーチ開始します」
「ピピピッ!」
赤外線モードに切り替えて、生命の反応を探る。浮遊している虫は確認できない。脱衣所と風呂場も確認するがいない。
「いませんね・・・」
「ピィ・・・」
「どこかに隠れているのかもしれません。もう少し待ちましょう」
「ピッ!」
ヤチヨは微動だにせずサーチを継続する。
「ハエトリロボβさん。電子銃の準備を」
「ピッ!」
ウイーンというモーターの駆動音が静かに響いた。ハエトリロボβの背中から小型の電子銃が正面を捉えた。
「どうしてハエトリロボβさんは、ハエがとれないのでしょうか?」
「ピピピピッ。ピピ。ピピピ」
「なるほど・・・つい見とれてしまう・・・ですか」
「ピピ!」
「わかっています。内緒にしておきます」
ハエトリロボβが虫が好きすぎて機会損失してまうというのは初耳だった。そもそも感情があまり豊かでない専門ロボットなはずなので、そのようなことを思うことは不思議だった。
ヤチヨもハエトリロボβもポンコツで他の同型機種に比べて劣っているところがある。オーナーはそれを褒めてくれたが、今はオーナーがもういない。ロボット同士の職場ではどうしてもその部分が目立ってしまう。
今もヤチヨが任されるのはレセプション業務が多く、清掃やキッチンなどは月に一度だけチヨに付いて教えてもらいながらやるだけだった。
「さて、ハエトリロボβさん。わたしのAIによると、もしこの部屋にまだハエが残っているなら、ベッドの下にいる確率62%、テレビの裏にいる確率22%、カーテン裏の確率が15%と鳴っています。残りの1%はデータを送ります」
「ピピ・・・」
「いらない?そうですか。では、ベッドの下から探索してみます。わたしが追い立てるので、飛んで出てきたところお願いします」
「ピッ!」
ヤチヨは体を伏せてベッドの下を覗き込んだ。サーチするがハエはいなかった。
「いませんでした。続いてテレビ裏です」
「ピピ・・」
ヤチヨが素早く覗き込んだ。
「ここもいませんでした」
「ピピ。ピピッ!!」
「ええ、カーテン裏ですね。ではいきますよ」
ヤチヨはカーテンをシャーとずらした。
ぶ~~んとハエが飛んだ。
【画像ヤチヨがハエを発見】
「いましたよ!ハエです」
「ピピピッ!」
「なるほど、ホシチョウバエですか」
「ピピッ」
「旋回の仕方が美しい?いえ、今は鑑賞する時間ではありません」
「ピッ」
「客室内での電子銃は使用禁止ですか。確かにそうですね」
ハエトリロボβは電子銃をしまい、代わりにネット銃を出した。
パシュ~ンという、少し気の抜けた音とともに網が打ち出される。
ぶ~んとハエがよけていく。
バサッっと、ヤチヨの頭にネットがかかった。
「・・・第二波用意!」
「ピピ・・・」
「ない?なら電子銃を」
「ピピピッ」
「わかっています。許可が必要なら・・・わたしが許可します!」
「ピッ!」
ハエトリロボβが再び電子銃に替えて、ハエを狙い撃った。しかし当たらない。
ビィー! ・・・ジュッ・・・
壁に焦げ目がついた。
「ここで諦めてはダメです。どうせ怒られるならハエを獲った上で怒られましょう!」
「ピッ!」
ビィー!
ヴィー!!
ヴィ!ヴぃ~~~!
ハエトリロボが撃ちまくる。壁が焦げて、シーツが焦げて、枕が焦げた。
それでもハエはのらくらと飛んでいる。
ぶ~~ん
「手ごわいハエですね・・・やむえません。加勢します!」
部屋の中でハエを追いかけまわすヤチヨ。ベッドに上り、テレビを倒し、アメニティーをぶちまけた。
ヴィ! ヴぃ! ハエトリロボベータも電子銃を連射する。
ぶーん・・・
ハエは2人がかりでも獲ることができない。
「はぁはぁ・・・、これは本当に普通のハエですか・・・」
「ピ!」
「そうですか・・・」
瞬間的に呼吸が乱れているのは人間的にみせるための仕様である。ヤチヨの体力はバッテリーが切れるまでは稼働可能である。
一方でハエは生物なので、徐々に鈍くなっていた。壁に止まって休むことができないからだ。
ヤチヨのAI解析によってハエの起動が徐々にわかってきた。タイムラグを修正し、予測場所で手を叩く。
パンッ!
腕を伸ばした正面でハエの捕獲に成功した。
手を開くと、ハエはかろうじて生きている。
「ハエトリロボβさん、今がチャンスです。トドメを願いします」
ヴィ~~!!
電子銃がヤチヨの手の上のハエを焼却した。黒墨が微かに残る。
『エクストラミッション ハエを捕獲するを達成 真剣白刃取りが開放されました』
パァ~~ン!!
ヤチヨは腕を伸ばして頭の上で手を叩く。今までで最速の動きであり、発動後は肘関節部分に強い負荷を感じた。
「・・・まったく、なんでしょうね、この機能は。とにかく、ハエトリロボβさんが無事にハエ獲れて良かったです」
「ピピっ」
「いえ、礼には及びません」
ヤチヨは部屋をゆっくりと見回す。途中から引くに引けなかったから、想定以上に破壊されている。
「もう証拠隠滅は無理そうですね・・・5分ぐらい叱られるでしょうか・・・」
「ピピッ!」
「いえ、ハエトリロボβさんが一緒に叱られる必要はありません」
「ピピピピッ ピピ・・・」
「ご心配なく。叱られるのは慣れていますから。それではそろそろ休憩も終わる時間なので、わたしはレセプションに戻ります。お疲れさまでした」
心配そうにするハエトリロボβを置いて、ヤチヨはロビーへと戻った。
※ ※ ※
翌朝。ヤチヨは支配人のコケノにこっぴどく叱られた。
過去最長の78分24秒を超えた時に、「長いですね?」と、コケノに言った。
「ヤチヨさんは何もわかっていませんね。ハエ一匹のために部屋をめちゃくちゃにして、一体なにを得るというのですか?」
一方的なお説教の内容はループだったが、ここで初めて質問された。
「ハエトリロボβさんが晴れて一匹目のハエを獲ることに成功しました。それにわたしは真剣白刃取りを習得しました」
「はい?」
パァ~~ン!
ヤチヨは最速で手のひらを頭の上では叩いた。
コケノは溜息をついて。「謹慎1週間」と言い渡した。
(了)