蓮がいつもの教室に向かうと、既にアビドスの生徒たちが集まっていた。
“おはようみんな”
挨拶した蓮に、スマホを持ったままのセリカが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「先生、今病院から連絡があったの!柴大将が目を覚ましたんだって!」
“おー、それはいいニュースだ。さっそくお見舞いに行こうか”
「あ、うん……そうだねぇ」
ホシノはどこか上の空で答える。様子のおかしい先輩の頬を、シロコは心配そうな顔をしながらつついた。
「ホシノ先輩、変な顔してる」
「うへ~、おじさんのほっぺたなんかつついても面白くないでしょー?」
“考え事?”
「まあね。お見舞いが終わったら絶対話すよ」
一行は柴大将のお見舞いに病院へやってきた。まだダメージが残っているのかちょっと毛並みが乱れやつれた柴大将であったが、セリカたちの姿を見て笑顔を見せる。
「おや、みんなお見舞いに来てくれたのかい?」
“はい。調子はどうですか?”
「いやぁ、何日も寝てたからか身体がガチガチだよ」
「でも…大将のお店吹き飛んじゃった…」
セリカは悲しそうだが、柴大将は落ち着いていた。
「ああ、ごめんなセリカちゃん。バイトできなくなっちまって…」
「そういう問題じゃないわよ…」
「そもそも、もうすぐ店を畳む気ではあったんだ。予定がちょっと早くなったと思えば……」
「………え?」
セリカは柴大将の言葉にフリーズする。シロコがセリカの聞きたいことを代弁するように質問した。
「……柴大将、どういう意味?」
「ちょっと前から退去勧告をくらっててね。期日までに退去しろと脅されてたんだ」
「待ってください!脅されているって誰にですか!?それに大将のお店はアビドス自治区にあるから、そんな脅しは営業妨害にしかならないはずです!」
柴大将はバツが悪そうに視線を逸らす。その質問に代わりに答えたのはホシノだった。
「……アビドス生徒会がカイザーグループに借金の形として建物と土地の所有権を売りはらったからだよね?」
「………う、うそ…!?」
「そこまで追い詰められてたんですか…?」
「………うへ、病室で長話ってのも失礼だし続きは帰ってから話すよ。じゃあ柴大将、お大事にー」
ホシノはそそくさと出て行った。そんな彼女の後ろ姿を呆然としながら見ていた一同は、顔を見合わせる。全員微妙な顔をしていた。
「………。じゃあ帰りましょうか~」
「ノノミ先輩、ホシノ先輩は何を知ってるんですか…?」
「大丈夫、こうなったらちゃーんと話してくれるはずですよ。もしはぐらかすようならプロレス技叩き込んじゃいますから!」
「ん、またね柴大将」
アビドスの生徒たちはホシノの後を追いかけるように病室から退出する。蓮もついて行こうとしたが、その前に柴大将に呼び止められた。
「そういえば先生、ちょっと頼みたい事があるんだが…」
“なんでしょうか?”
「いや、ついさっきあの子たちと入れ替わりで四人組の子たちがお見舞いに来てくれたんだよ。……そう、うちのラーメンを気に入ってくれたゲヘナのあの子たちさ。あの子たち、お金の入ったスーツケースを忘れていったらしくて…届けてあげてくれないか?」
柴大将が指差した方向に、見覚えのあるスーツケースがある。
“大将、ちょっと聞いてもいい?店を畳むことはあの子たちにも言った?”
「あ、ああ…。とても悲しそうな顔をしていたよ」
蓮は便利屋68が何故スーツケースを置いていった理由がわかって思わず笑みがこぼれた。
“…………大将、そのスーツケースにはかなりの大金が入ってる筈だ。その金でお店を建て直してくれないか?”
「えぇ?でもそれはあくまで忘れ物だ、勝手に使うわけにいかないだろう」
“いや、きっと彼女たちもそう望んでるさ。…あの店が無くなるのは私も寂しいからね”
「………わかった、店を畳むのは少し考え直すよ。それじゃあ先生、また」
蓮はひらひらと手を振りながら退室する。
アビドス高校に戻ってきた一行は、さっそくホシノを取り囲んで逃げられないようにする。
「うへぇ、召喚器も没収されちゃった…」
「ん。知ってること全部吐かないと返さないよ」
「………わかった、こうなったらもう全部言うしかないよね」
ホシノは観念してアビドス自治区の現状について語る。ホシノが入学するより以前にアビドスの生徒会がカイザーグループに土地と権利を売り払ったこと。その下手人たちは既にアビドスを卒業して自治区からトンズラし、底抜けの馬鹿をスケープゴートとして生徒会長の後任にしたこと。
「……カイザーグループはアビドス自治区が欲しいんじゃなくて、アビドス自治区を埋め立てて自分たちの自治区を作ろうとしてるみたい。……で、先に言っておくけど現状これを止める手段はないよ」
「え、ええ!?あいつらに自治区なんか作らせたら何するかわかったもんじゃないわよ!?」
「まあ碌なことにはならないかな。でも今のアビドスじゃどうにもならないし…もし借金返済が奇跡的に終わったところで残るのはこの校舎だけ。………そろそろ、潮時なのかもねぇ」
ホシノはぼそりと呟いた。反応に困った一行であったが、そんな中ホシノの携帯から着信音が鳴る。着信元は…カイザーグループ。
「…………もしもし?」
ホシノは全員に聞こえるように電話に出る。
『アビドス生徒会の小鳥遊ホシノだな?私だ、カイザーグループの理事だ。君たちに残念なお知らせがあるから連絡させてもらった』
「……残念な知らせ?」
『そう、我々は君たちアビドスに返済を完遂しきる能力がないと判断した。一週間後に一億を支払うことができなければアビドス高校を廃校処分とし、校舎の打ち壊しを決行させてもらう。これは決定事項であり覆ることはないと思ってもらいたい。……では、一週間後を楽しみにしていたまえ』
カイザー理事はそれだけ言うとすぐに電話を切ってきた。
「……今の、なんだったんですか…?」
“……処刑の決行日を伝えに来たんだろう。……仮に一億を用意できたとしてもそれ以上の無理難題をふっかけてくるはずだ。借金を返してもらう気なんかなさそうだぞ、あの男”
「……………最悪」
ホシノは黒服の言っていたことがそのまま起こり、頭を抱える。一週間後、アビドス自治区はカイザーグループに滅ぼされる。自治区に住んでいる者たちも無事では済まないだろう。
(シロコちゃんたちをどうにか自治区から逃がして、転校できるように手続きを進めて…時間が足りなすぎる…!……これはもう、黒服に助けを求めるしかないかも…)
自分を身売りする代わりに後輩たちの転入手続きを黒服に頼もうとホシノは考えていた。同時に、他のみんなにはほぼ確実に反対されるので隠さなければならないとも。
そんな風に考えているホシノをよそにアビドス廃校対策委員会は会議を続けるものの、一週間で一億を用意することは不可能だというのは全員わかっているため頭を悩ませていた。
「こんなの横暴にも程があります!」
「でも、もし一億を用意できたとしても時間稼ぎにしかならない…。カイザーと戦うしかないね」
「相手は大企業なのよ?戦力差を考えたら雑兵は全部スルーして大将首狙い以外勝ち目なんかないわ!それだって成功するとは思えないし、チンタラ戦ってたら校舎が破壊されちゃう!」
“……埒が明かないな。とりあえず今日の会議はここまでにしよう、私は連邦生徒会にどうにか援助ができないか聞いてみるよ。……自治区が企業に乗っ取られる前例なんて誰も幸せにならないからな”
そういうわけでひとまず解散になったのだが、ホシノは一人教室に残って黒服に連絡を入れた。
『……もしもし?』
「……黒服、昨日の話の続きがしたいんだけど」
『いいでしょう。ではいつもの場所でお待ちしていますよ』
その夜ホシノは黒服の元に向かう。
「こんばんは」
「ええ、こんばんは小鳥遊ホシノ。ではさっそく本題に入りましょうか。私を呼び出したということは、そういうことだと捉えても?」
ホシノは頷いた。
「うん。……そっちの要求は私の身柄を確保することでしょ?戦力と
「その通りですね。あの理事にアビドスごと貴女を潰されるのは本意ではありませんから」
「……で、実は頼みたいことがあるんだよね。アビドスに残った後輩たちの転校手続きをしてくれない?できるだけ早めに」
黒服はしばらく無言になった。やがて彼は困ったような声を出す。
「……あの、それは私にメリットがあるわけではありませんよね?」
「こっちだって出来れば頼りたくはなかったけど、まともな方法じゃ一週間で転校の準備なんて終わらない。その点そっちなら多少黒い手段使ってでも間に合うでしょ~?……お願いします、私にできることならなんでもやるから、後輩たちを助けてください」
頭を下げたホシノを見ながら黒服は考え込む。自分には関係がないことだが、小鳥遊ホシノの心残りは無い方が都合がいいと思った黒服は頷いた。
「いいでしょう。砂狼シロコ及び他三名の転入手続きを進めておきます」
「………ありがとう」
「例には及びませんよ。ですが、その心残りを清算し終えたならもう二度と彼女たちに会うことはできませんよ」
「わかってるよ、今生の別れになることは覚悟してるからさ」
ホシノはにへっと誤魔化すように笑う。
「では行きましょうか」
黒服とホシノは何処かへ歩き去る。……夜はまだ明けていなかった。
翌日、蓮は肩を落としながらアビドス高校に向かっていた。落ち込んでいる理由は連邦生徒会が今回の一件に介入できない、しないとリンに言われてしまったからだ。彼女曰く、『インフラを担っているカイザーグループと連邦生徒会が敵対すればキヴォトスが大変なことになってしまう』とのことで、言外にアビドスの一件から手を引いてほしいと伝えられてしまったのである。
“……言いたいことはわかるんだけどなぁ”
『しょうがないさ、リンにだって事情がある。無理やりアビドスから引き剥がされなかっただけマシだと思った方がいいぜ、精神的に』
“まったくだ。昔ならカイザー理事を改心させて…………。………改心?”
蓮は思考を回転させながらモルガナに言った。
“…………キヴォトスの影時間は認知世界の一種だ。その性質を考えると大衆の認知によって創られたメメントスの亜種とも取れる。だが、メメントスは特定個人の認知が歪むと独立してパレスを生み出す…。……カイザー理事にはパレスがあるんじゃないか?ヤツのオタカラを盗んで改心させれば当面の危機はなんとかなるかも…”
『まあ、ありえない話じゃないが…。もし理事にパレス相当の異世界があるにしても問題があるぞ。……今のワガハイたちはイセカイナビもEMMAも持ってないから奴の認知世界に入れないじゃないか!別の方法を考えようぜ?』
“確かにそうなんだけど、何か忘れてるような気がするな。イセカイナビ、イセカイナビ……”
蓮は記憶を徹底的に探る。何かイセカイナビを代行出来るような物があったような気がするのだが、それが全く思い出せない。
うーむと考えていた蓮であったが、考えているうちにアビドス高校に着いてしまった。
いつもの教室に向かうと、セリカが大声で怒っている声が聞こえてくる。ただならぬ雰囲気を感じた蓮とモルガナは顔を見合わせた。