ランナーズハイ   作:どんとろりんと言葉が溶けていく

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特大スランプ&激烈に忙しいのダブルパンチを食らいましたが私は元気です。本来一本にするところをリハビリの為、別々にしました。




きっと、それの為なら命だって賭けられる。


信念(プライド)

「殺される……?」

「無きにしも非ず……ですね」

 

 二人そろって怯えるがそれも致し方ないものだろう。明朝の空気はぬるくさえ感じるほどの怖気が私達を支配している。飲み込み損ねた唾が口内を湿らせた。遺書……は必要ないかもしれないが今日の並走は覚悟した方がいいかもしれないねぇ……

 

 引きつった顔でカフェと互いに見合わせているとトレーナー君が戻ってきた。絶妙に救世主足り得なさそうだけど、それでも犍陀多の糸のように細いながら救いになり得るというなら手を伸ばすものさ。すぐさま、テキパキした動きでカフェの靴の蹄鉄を直しにかかる。足に近づき触れた瞬間、サイレンススズカの目が一層昏くなったように見えたのは気のせい……気のせいだよね?

 

 多分恐らく十中八九気のせいではないんだろうが矛先がこちらに向かってないなら知らぬ存ぜぬで済ませればいい。カフェ、残念ながら私ではどうにもすることは出来ないよ。此処は一つスケープゴートになってくれたまえ。

 

 そーっと遠ざかっていくと視界の端でカフェが強めにアイコンタクトを送ってきたのが見えた気がした。最近ドライアイが酷いものだし寝起きだから気のせいだろう。うん、気のせいだ。

 

「タキオンさん?」

「さぁーて、並走並走」

「置いて行かないでください、私達の仲でしょう?」

「最後の言葉は『やっぱり珈琲ではなく紅茶が飲みたかった』とご家族に伝えておくよ」

「嘘でもそこは珈琲って言ってください」

「大丈夫、死人に口なしだよ」

「『曲解して伝える』の隠喩で使うものじゃないと思います。あと死んでません」

「隣に死んでる者が居るじゃないか。君だって常日頃「お友達の発言を捏造(死人に口なし)」だろう?私はつい先日のケーキ強奪事件を忘れてないよ」

「アレは本当にお友達が欲しいと言っただけです。決して私が欲しいわけじゃありませんでした。ただお友達に味を伝える都合上、私が食べるしかなかっただけで」

「本人しかわからないことをさも事実のように言われても信用できないねぇ?」

 

「得体の知れない薬を飲ませる貴女が言うのすごく違和感です」

「得体の知れない幽霊が見える君が言うのもすごく違和感だよ」

 

「仲良しか?」

 

「「たった今決裂しました/したねぇ」」

 

 恨みがましい目で見られても困るよカーフェー。残念ながら君が色目を向けたのが悪い。私は関係ない。ほら、生霊とか怨霊とかの親戚みたいなものだろうから、そちらの管轄だと思うよ。頑張って頑張って。

 

 はぁ、とため息をついたトレーナー君が今日のメニューを言う。軽くストレッチして体を温めた後に並走だそうだ。その後、1周本気で走るらしい。なるほど、朝から体力を消耗するのは辛いが、本番で同じことを言えるわけないからねぇ。妥当と言えば妥当か。

 

「兎角、走り込め。コースの位置取り、相手の動き方、それら得られた経験の積み重ねが物を言う。走り込んだら都度メモに残すなりしろ。経験は時間と共に劣化する。経験と知識で別に分けるのではなく地続きのものだ。経験と知識は相互作用があり、どちらかが薄れればもう片方も薄れる」

 

 ふむ、実に実戦的だね。朝一はやはりキツイものはあるが、フィールドワークと考えればそう気を揉むこともない。

 そう、当たり前のことを当たり前にすればいいだけだ。いつもの研究と何ら変わらない。そのはず、なんだ。

 

 なのに、どうしてここまで……。いや、今はよそう。

 

 今、気にすることでもないし、気にしたところでどうなることでもない。一抹の不安感は拭えないし、まるで締め切りに余裕があるレポートを見ているような気分だった。

 

 先が見えるのに、見えない不安感が心に残る。

 

 そんな脳裏を引っ掻く爪に気になりはしたが、すぐに(かぶり)を振って追い出した。今は得られるものに絞るべきだ。実験でも目を離したすきに反応が終わっていた事なんてザラにある。思考を切り分けて集中するべきだろう。

 

 ストレッチをして意識を切り替える。詰まった時は身体の筋を伸ばすのと同じようにねぇ。やっぱりどこまでいっても気分転換に良いのは身体を動かすことさ。無為無用な運動は嫌いなだけでね。そもそも、運動が嫌いだったらトレセン学園に来てないとも思うが……。運動が嫌いなのにトレセン学園に来るウマ娘も居るのだろうか?居るなら是非とも研究してみたいものだねぇ。

 

 ふぅ、吐き出した息は白く、熱を持っていた。胎の底に滞留した(あぶく)が弾けて活力になる。丹田なんて非科学的だけれども、ヒトの中で最も安定した部分にエネルギー源があると考えるのは何もおかしなことではない。まぁ、チャクラがどうという話をするつもりはないがね。それでも、力を込めやすい、意識しやすい部分というのが重要なのかもしれない。肩甲骨に力を込めろなんて言われても出来ない人が多いように、意識しやすさというのは一つのラインになるんだろう。

 

 なにやら文句を垂れていたカフェも位置についた。サイレンススズカもとっくに準備は出来ているらしい。私も位置について、冷える空気を肺に満たす。

 

 思想は明晰に、身体は十分に温まった。

 

 さぁ、始めようか。なぁに、すべては実験材料、カフェも、スズカも、私自身も。

 

 得られるものは全て得よう。きっとそこに解があるのだから。

 

~~~~~

 

「酷いな」

「開幕辛口とは思わなんだ」

「来ていたのか」

「まぁね。ちょーっと様子を見にって感じだけど」

 

 シービーから渡された缶コーヒーを飲む。冷えた体に温かい微糖が染みる。ほっと息を吐いたのは生理現象のようなものだった。浮かぶ白い吐息は空に消えていく。何気ない態度で渡されたから飲んでしまっているが普通に生徒から奢られたのか。あまり良くはないんだが……飲んだ手前何も言えんな。

 

「次に何か持ってくる」

「いらない。それより、さっきの話聞きたいな。何が酷いのかな~って」

「あぁ、そのことか」

 

 ふむ、いくつか思案して手元のバインダーをめくり、評価のページを見えるようにしてから俺の所感を述べた。といっても今パッと見ただけという前置きはつくが。

 

「まずタキオンか。才能は目を見張るものがあるが、やはり足が脆い。肉体全体の負荷に足の耐久が追い付いていない。アレでは一度の怪我が致命的になる」

「ウマ娘の怪我って大体致命的じゃない?」

「選手生命としてはな。タキオンの場合生命に関わるほどのモノになる。なまじ身体が仕上がっているのがいけない。余白があればその分を耐久に振れるが今のタキオンではな」

「んー…もうこれ以上手を付けられない的な話?」

 

「近い。正確には“これ以上手を付けるための時間がない”という話になる。やろうと思えば長い時間を掛けて足の脆さをカバーできるようには出来るだろう。だが、先のレースには絶対に間に合わないし、その足が完成する頃にはタキオンは引退間近かもしれないということだ」

 

「わーぉ……言い切るね」

「今の足ではな。それに少し身体が歪に感じる。なんというか、仕上がりにムラがある」

「ムラ?」

「上半身しか鍛えていない人間を考えてみろ。上だけが出来上がっている状態だ」

「あー……バランスが悪いね。でもタキオンが?」

「あぁ、栄養の取り方か薬剤によるものか……。そのあたりはもっと調べないとわからないが、きっと仕上がりが早いのもそのせいだろう。足の脆さに耐える為に身体を完成させる必要があったというのは理解できるが、1歳の子供を10歳まで急速に成長させてガタが出ないなんて奇跡はありえない」

 

「ふぅん、よく見てんだね」

 

 なにやら怪しい目を向けてくるが当たり前の話だろう。

 

「よく見ないとわからないからな」

「へぇーそーですか」

「なんだ」

「なんでもー。じゃあマンハッタンカフェは?」

 

「カフェか。そうだな」

 

 悩ましいな。正直なところ担当ではないからそこまで言うつもりはないし、言うこともない。粗はあるがそれも直すべき点として理解しているし、足りない部分も純粋に日々の積み重ねだ。そうだな。しいて言うのであればだが……

 

「誰かの影を追っている……だな」

「その心は?」

「カフェに聞いてみないとわからないが、誰かのフォームを真似しているような感じがする。他のフォームを真似して合うわけないと思うんだがこれが不思議と合っている。そこは面白く見えるな。カフェには誰かが通った轍を踏み、それを越えようとしている。明確な目標があるヤツは強いを地でいっているんだろう」

 

「じゃあ……あー、いや、あんまり聞きたくないというかなんとなく想像できるんだろうけど……。スズカちゃんは?」

 

「スズカか。スズカ……か…………」

 

「結構長い沈黙あったね」

 

 正直なところわからん。成長はしている。というよりずっと右肩上がりなのがおかしい。本来、成長というのは食べる事に近いプロセスを辿る。まず、経験となる食事をする。様々な料理を食べて、それを消化する。消化には個人差があるものの、大抵はそれなりの期間を消化のみに費やして終わる。そして、栄養が身体に反映される。大まかにこのプロセスだ。だから、食べてから栄養として反映されるまでのタイムラグがあってしかるべきだ。

 

 スズカにはそれがほぼない。食べたものがそのまま吸収されて反映される。胃と腸がなく、口と食道を通ったら全自動で栄養に変換でもされているんだろうか。それほどまでにタイムラグがない。だが……

 

「アレはダメになる」

「……やっぱり?」

「わかるか」

「そりゃね。あんな思いつめられている顔されたら誰だってそう思うよ」

 

 何を思ってそうなったのかはわからない。踏み込んでいいものかすらも分からない。だが確実に言えるのはあのままだと潰れるという事。逃げ気質のウマ娘は二つに大別できる。先頭に立つことを譲らない一番に括るウマ娘と、臆病な為に最初から最後まで文字通り逃げるように走るウマ娘の二つだ。スズカの場合、前者に近い気質だった。先頭に執着する姿はまさにそうだろう。だが、ここ最近では後者の気質が見え始めている。何かに怯えるように逃げているのだ。

 

「怖いね。」

 

 ふとそうこぼしたシービーが手に残っていた缶コーヒーを一気に飲み干した。

 

「っはぁ、試しに買ってみたけどアタシはあんまりだったな」

「そうか」

「なーんかさ。色々なことが起こってるのがねぇ……」

「不安か?」

「気に入らない、の方が正しいかも。退屈はしないけど、やることが多いってのはメンドーだね」

「そういうものだ。面倒事は此方を待ってくれないからな」

「それはそう……単なる我儘ってわかってはいるんだけどさぁ。やる気、出ないよね」

 

「芙蓉ステークスは…「やるよ」

 

 遠く、スズカ達の走るトラックの先の先、ここではないどこかに目線を向けているシービーはぴしゃりと言った。譲れない一線があるというように。

 

「やる。一度決めたことをやっぱやめたって言うのは簡単だけどね。一度決めたことはやっぱ曲げたくないよ……子供っぽいとか思ったでしょ?」

「子供だろ」

「こーどーもーじゃーなーいーでーすー」

「折り合いを付けられないならまだ子供だ」

「あー…なら子供のままでいいよ。折り合いを付けたくないからここまで来たのにさ」

「嫌いか?」

「嫌いだね。答えが出ないから悩んでるのに思考停止じゃん」

「そうしないと苦しむでもか?」

「答えを出さずにいるよりよっぽどマシだね」

「強いな」

「みんなが弱いだけ……って思いたい」

 

 空き缶がクシャリと潰された。不安をかき消すように合掌の形で挟まれた空き缶がさらに潰される。

 

「少数派になりたくてなったわけじゃないし、ましてやなろうと思ってなったわけでもない。なのにそれが間違いみたいに扱われて不満に思わないヒトはいない……そうでしょ?でも、大人達は社会に迎合することを望んでいて、自分らしさがラベリングされてく。そんな生活は息苦しいから……ずっと走っていたいから、此処まで来たのにそれらからは逃げられないまま。」

 

「頑固だって言われてもさ。せめて自分だけは自分を許してあげたいじゃん。みんなが間違いだって言っても他ならぬアタシだけは正解だって叫んでいたい。そうじゃないと、誰が救ってやれるんだって」

 

「誰にも理解されないならせめて孤高でありたい。そうじゃないと、アタシはアタシを許せない」

 

 平らになった空き缶が宙を舞う。クルクルと回る空き缶が反射して、光を瞬かせた。

 

「はい、これ」

「………」

「担当からのプレゼント、要らなかったら捨ててねー」

「行くのか」

「十分見れたし、なんとなく溜まってたモノも先生に吐き出せたしね~。じゃ」

 

 そうやってひらひらと手を振るシービー、ふと視線を落とせば潰された缶コーヒーが鈍く光っている。暫く思案して、それをしまった。捨てたら捨てたで文句を言われそうだからな。

 

 飲みかけで少しぬるくなった微糖を飲み干す。心配してる奴が一番心配しないといけないのはどこも変わらないんだろうか。グッと溜めた息を吐いた。ため息ではないと思いたい。

 

 ちょうどスズカ達が帰ってきたところだ。俺は手元のバインダーを見て声をかける。

 

「集合、軽くほぐしながら聞いて欲しい。俺から見た評価を出そう」




 タキオンの信念はあくまで自らの研究による最速の到達であり、それが自分であるかどうかは関係ない(としているけど自分でしたいと思っている)

 シービーの信念は納得できない事に折り合いを付けたくない事であり、それが結果的に頑固として出力されている。

 どっちも信念に即しているけど出力方法が違うんですよね。目標に自分が入っていないタキオンと目標が自分の心基準っていうシービー。

 それはそれとしてまともそうな子が一番やばかったりするって聞いたことがあるので……
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