セブン○レブンでバイトしながら、勇者や元賢者らと再会したり、深夜クレーマーを撃退したり。
···世界征服はどうした?
①勇者
「ぃらっしゃいませぇ〜〜」
──なんだその腑抜けた声は。
いや、待て。今、口が勝手に動いた。声が出た。しかも、ハキハキしていないと注意された···?
「もっと声出して! 新人なんだから元気だけは出してこ!」
目の前の妙齢の人間の女が、眉をしかめて怒鳴ってくる。胸元には〈店長〉の札。
「いらっしゃいませぇぇッ!!」
思わず魔界式戦闘時の咆哮で返してしまった。店内の空気が凍りつき、レジ前の老人が心臓を押さえている。
──直感的に分かった、これはいかん。おそらく人間界の社会的死亡というやつだ。
◆
我の名は、ルヴィア・ザ・ブラッディア。
魔界を七百年にわたり支配した女魔王であり、冥界の炎を統べる者。
しかし人間界の“勇者”なる少年に討たれ、灰となった···はずだった。
それがどういう因果か、目を覚ませば──
「緑と白の制服···?」
胸には“セブン◯レブン”の名札と、妙に愛嬌のあるスマイルマークがついていた。
魔界の鋼鉄鎧の代わりに、このフニャフニャな制服。
炎の魔剣〈ヘルインフェルノ〉の代わりに、手にはバーコードスキャナー。
これはどうしたことか? どうして我が、あの人間の下働きを──
「ルヴィアちゃん、レジ交代お願い〜! わたしトイレ行ってくる〜」
「む? トイレなど個室の拷問室か。では、我が代わろう──」
この通り、我はすっかり“バイト仲間”扱いされておる。どうしてこうなった。
◆
ピッ。ピッ。ピッ···
「ぐぬぬぬぬ、なぜだ!? バーコードが読めぬ!」
「それ、向き逆。あと、商品が曲がってる」
横から声をかけてきたのは、同じくバイトらしき、青白い顔の青年だった。
この世界に来て初めてまともに話した男だが、表情が死んでいる。
「貴様、何者だ。魔族か?」
「ただの浪人生だよ···。ていうか、なんでそんなにレジに殺気出してんの?」
「我がこの世界で生きるには、レジ打ちを極めるしかないのだ!!」
思わず拳を振り上げてしまった。商品棚のチップスが一斉に震える。
「いや、そんな命懸けなくても···まあ、頑張れ」
そう言って彼は、冷凍食品の補充へと去っていった。
◆
休憩中、バックヤードにて。
「···なるほど。死して蘇り、異世界のコンビニに堕ちたというわけか」
我はこの“浪人生”こと田村なる男に、己の素性を明かしてみた。どうせ狂人と思われるだろうが、黙っていても混乱は収まらぬ。
「転生ってやつか。最近はラノベでよくあるしな」
「ラノベ···? 新しい呪文か?」
「いや、そうじゃなくて···もういいや」
田村はコーヒー牛乳を一口飲み、あくびを噛み殺した。
「ていうか、お前の名前、本当に“ルヴィア・ザ・ブラッディア”なの?」
「うむ。“血の宴を招く者”という意味だ。かつて十万の軍勢を──」
「はいはい。じゃあ、その魔王様は今日も時給千五十円でレジやってもらうから」
「ぬおおおおおおおお!!」
なんだこの理不尽な世界は!!
かつて我を神と崇めた者どもよ···見よ、我が現状を!
◆
──その日の深夜。
我がレジに立っていると、一人の少年が入ってきた。
「いらっしゃいませー···ッ!?」
全身に戦慄が走る。
あの気配···間違いない。
あれは、十九年前。我を討ち果たした勇者だ。
「···ツナマヨと、辛子明太をひとつずつ」
「ツナマヨと···辛子明太、でござい──ぬおおおおっ!?」
手が震える。スキャナーが、勇者の手に触れた。触れた瞬間──魔力が跳ね返る。間違いない、奴だ。
「···お姉さん、変なテンションですね」
「貴様···まさか、我の正体に気づいておらぬのか?」
「いや、ただの変な店員かなって」
この世界の勇者、思った以上に空気が読めない。
──だが、この姿のままでは戦えぬ。
ましてや、あやまってレジ打ちミスなどしたら、我がこの店の信用が損なわれる。
いかん、それだけは──!
「合計、三百六十二円になります。温めますか?」
「お願いします」
温めてどうする、魔王よ。
◆
その夜、バックヤードで。
「今日の売上、悪くなかったわね。ルヴィアちゃん、レジ覚えるの早いわ」
店長の褒め言葉に、我は小さく頷いた。
──フン。勇者め。人間界でも生き延びておるとはな。
だが、我はこの地で再起してみせる。
まずは“バイトリーダー”とやらになり、店舗運営を掌握。
その後、周辺のファミマ・ローソンを配下に置き──人間界を再征服する!!
「ふふふ···震えて待っておれ、勇者よ」
──────────────────────
②賢者
「──そろそろ、バイトリーダー昇格の話をしようか」
店長のその言葉に、我が背筋がピンと伸びた。
昇格。
それは、この人間界における“権力”を得る第一歩。
魔界では王冠、人間界では···リーダーバッジ。
「よいぞ。力の証明とあらば、我が全霊をかけよう」
「うん、その意気よ。じゃあ、まずは面接を受けてもらうわ」
「面接···? 敵の本陣に乗り込み、舌戦で心を折る儀式か?」
「いや、ただの社内昇格試験だけど···」
◆
翌日。
控え室で我は待っていた。
リーダー面接を受けるにあたり、スーツ姿に着替えさせられた我は、どう見てもただの真面目な新人である。
そこへ、一人の男が現れた。
「···やあ、久しいな。魔王よ」
「貴様···この気配、まさか──!」
──賢者、ゼクス・エルメロイ。
かつて我が魔界を討伐に来た人間どもの一人。
勇者の参謀として、我を三度封印しようとした、忌まわしき魔法使い。
だが今──
「ファミマ、落ちた」
「は?」
「面接で落ちた。店長とケンカしてな。仕方なく、ここの面接受けに来たわけだ」
···みすぼらしいジャージ姿。
魔導書の代わりに履歴書。
眼鏡は割れ、背中には「実家暮らしです」と書かんばかりの哀愁。
「···ゼクスよ。お前、こんなことのために転生してきたのか?」
「違う、これは···社会という魔物に抗うための布石だ」
哀れすぎて、我も少し涙が出た。
◆
面接が始まった。
「お名前と、志望動機をお願いします」
店長の問いに、ゼクスが言った。
「私はかつて世界の真理に挑み、魔王を封じた者です。その経験を活かし、レジ業務を極めたいと──」
「は〜い、次の方どうぞー!」
「···まだ喋ってるんだが?」
「長いから不採用です」
あまりにも容赦がない。
だが、次は我の番。
「ルヴィア・ザ・ブラッディアです。志望動機は、世界征服の第一歩として、この店舗を足がかりにしたく──」
「いいねー、野心ある子大好き! 採用!」
「·········えっ?」
ゼクス「···えっ?」
◆
こうして我は、晴れて“バイトリーダー見習い”に任命された。
「まさか、貴様に負けるとはな···」
控え室でうなだれるゼクス。
「貴様の過去の栄光など、レジ打ちには通用せん。人間界とは、かくも厳しいものなのだな」
「···くっ、いつか見ていろ。我はドミノピザの面接に向かう」
「そちらでの健闘を祈る」
そしてゼクスは、戦場を去っていった。
◆
その夜。
「リーダー見習いになったから、発注表の書き方とか、覚えていってねー」
「うむ、任せよ。納品の計算など、魔界の供物管理より簡単だ」
この調子なら、いずれは店長の座も──
「それと、来週から深夜帯もお願いね〜」
「···ぬ、深夜帯とは?」
「23時から7時。人手が足りないの」
「いや、それは魔王でもキツ──」
人間界における最凶の魔物、それは“ブラックシフト”だった。
──────────────────────
③深夜帯
「ふわぁ……寒い……」
吐く息が白い。
現在、時刻は深夜二時。照明の薄明かりと、コーヒーマシンのモーター音だけが鳴り響くコンビニの中で、我はレジに立っていた。
──そう。今宵から始まったのだ。
我が初の“深夜シフト”が。
「ルヴィアちゃん、レジよろ〜。わたし廃棄チェックするね〜」
そう言い残して、深夜帯の先輩バイト・近藤がバックヤードに消えていく。
あまりにも頼りなさそうな男である。
だが、我がこの時間帯を制せねば、リーダーへの昇格など夢のまた夢。
いずれ人間界を手中に収めるためにも、ここでつまずくわけには──
──カランコロン♪
「……む?」
唐突に開いた自動ドア。
その先から、異様な気配が流れ込んでくる。
「……おでん、まだあるかァ?」
現れたのは、奇怪な風貌の男。
濁った目、膨れた腹。
右手には開封済みのチューハイ、左手にはパンツを履いた猫(生きてる)。
「おでん……しらたき……買う……」
……貴様、ただ者ではないな。
◆
「温めますか?」
「ァ? 舐めてんのかァ?」
「舐めてはおらぬ。むしろ、煮ているのだが」
「ォい、店長呼べやァ!」
──で、出た!
噂に聞く“深夜のクレーマー”、通称・夜魍(やぼう)!!
なぜ人間界の魔族は、深夜にのみ現れるのか……!?
酔っているのか、正気なのかもわからぬこの混沌!!
「こちらのしらたき、どうなっとんじゃァァァッ!!」
「ぬぅぅ……!! 貴様、そのように怒鳴るな!! おでんの汁が跳ねるだろうが!!」
我はつい、魔王の威圧を漏らしてしまった。
男の足元を支えていた“猫”が、しゅっと姿を変える。
──これは、変化の術。まさか本物の魔物!?
「……夜型妖獣〈ナメクト〉。擬態型の雑魚だが、油断はできん」
さすがの人間界よ……深夜のセブンに、異界の門が繋がっておるというのか。
◆
「ルヴィアちゃん、どうしたの? レジ、荒れてるけど──うわ、なんか出た!!」
店員近藤が悲鳴をあげる。
ナメクトが喉を伸ばし、アイスケースを舐め回す。……やめろ、溶ける!
「我が対処する!」
「えっ!? 無理でしょ!?」
「……レジを舐めた代償、受けて貰おうか」
我は、レジカウンターの奥から“秘密兵器”を取り出した。
──それは、レジ袋(特大)!!
「はぁああああああぁあああぁぁぁあああ!!」
気合いと共に一閃──
ナメクトを袋で包み、クルンと巻いて結ぶ!
「完封……!」
「すごい……ていうか早業すぎ……」
店内が静寂を取り戻す。
「……おでん……しらたき……」
元の姿に戻った酔っ払いが、うわ言のように呟く。
さっきまでの気迫は、全てナメクトの憑依によるものだったらしい。
「近藤、こやつを追い出してくれ。あと、猫も」
「う、うん……」
◆
その後、なんとか朝を迎え、シフト終了。
店長がやってきた。
「深夜帯、おつかれー! 夜のクレーマー、来たでしょ?」
「うむ。レジ袋で封印しておいた」
「え、なにそれこわい」
我が言葉を冗談と思っているようだが……
あの猫、再び現れることがあれば、次こそ焼却処分せねばなるまい。
◆
その夜。
いつものように勇者が来店した。
「……からあげ棒と、アイスカフェラテ」
「お主、夜も来るとは……何者だ?」
「夜勤明け。俺、警備会社で働いてんの」
……なるほど。人間界においても戦っておるのか、勇者よ。
だが──
「からあげ棒、在庫切れだ」
「え、うそ」
「代わりに、チキン南蛮バーガーをすすめておこう。貴様の勇気に免じて、温めてやってもよいぞ」
「……あ、うん、ありがとう」
◆
「ふふふ……」
我がこの街を支配する日は、近い。
まずは夜の異形どもを退け、
次に昼のヒエラルキーを制し、
いずれはこの日本の物流網を──
「……その前に、来週のシフト希望表、出しておいてねー」
「ぬぅぅぅぅ……」
人間界最大の試練──“シフト調整”が、我を待っていた。
──────────────────────
④強盗
──その日、我はいつものようにレジに立っていた。
夕方の来店ラッシュも終わり、深夜の店内は静けさを取り戻していた。
「……次の納品、明日の午前か」
納品表を睨みながら、深く息を吐く。
完全に、この人間社会に馴染んでしまっている自分が怖い。
「ルヴィアさん、コーヒーマシン、こぼれてます」
「む、すまぬ。……貴様、勇者ではないか?」
「だから俺、もうただの警備会社の社員だから……」
勇者──否、現代日本の一般青年となった男は、我の勤務時間に合わせてよく来店してくる。
ツナマヨおにぎりを買い、缶コーヒーを一口。
その姿にかつての因縁の名残はなく、
むしろ“同じ労働者”としての親近感すら湧いてくるほどだった。
──だが、その日。
平穏を破る“異物”が、ドアをくぐった。
◆
カランコロン♪
重い足音。
土で汚れた作業服にサングラス、顔の半分をマスクで覆い、手には……刃物。
店内の空気が、凍った。
「──金を出せ。レジの金、全部だ」
「……」
我は一瞬、動きを止めた。
“人間界における実戦”など、初めての経験だ。
「おい、聞こえねぇのか!?」
男がナイフを突きつける。
その一歩が、レジのセンサーを横切り──
「──いらっしゃいませっ!!」
我は思わず、戦闘時の咆哮で返してしまった。
「うるせぇ!! 黙って言う通りに──!」
◆
「そこまでだ」
声がした。
……勇者。
いや、警備員風のジャケットを羽織った彼が、我の横に立っていた。
「何だ貴様!?」
「防犯カメラも記録済み。あと一歩動けば、通報スイッチを押す」
「……ああん?」
ナイフが向けられた、その瞬間。
「押した」
我が言った。
勇者と同時に、我がボタンを押していた。
「えっ、もう?!」
「待機は必要ない。敵ならば即応だ」
「そういうもんだっけ!?」
◆
男が詰め寄る。
勇者がその腕を払おうとする──
──そのとき。
「今だッ!!」
我が手に持っていた、おでんの器(あっつあつ)が男の顔面に炸裂。
「アアアアァァァァッ!?!?」
「ちくわぶ、全弾命中」
「うっわ、容赦無いな」
と言いつつ、その隙に勇者が男をタックルで押し倒し、腕を制圧。
ナイフが床に転がった。
「……無事か?」
「……ああ。感謝するぞ、勇者よ」
「だから違うっての……」
◆
数分後、パトカー到着。
騒動はあっけなく終わった。
「……あんたら、よくやったよ。特に女性のほう、勇敢だったね」
警官の言葉に、我は少し照れた。
勇者がぽそっと呟く。
「まぁ、元・魔王だからな」
「なんだそりゃ?」
◆
その夜、バックヤード。
「おでん投擲とか、反則すぎるでしょ」
「何を言う。ちくわぶは魔界でも“魂の棍棒”と呼ばれていた」
「うそつけ」
──だが、共闘は成された。
かつて敵であった我らが、今や背中を預ける仲となっている。
「……なあ」
「なんだ?」
「その……お前、本当に“征服”なんて、する気あるのか?」
「フン。今はまだ、バイトリーダーが目標だ」
「それ、前より目標ちっさくなってない?」
「うるさい」
笑いながら、勇者が缶コーヒーを差し出す。
「ほら。今日の分」
「……ありがたく受け取っておこう」
──魔王と勇者が、缶コーヒーを挟んで共に笑う。
かつて世界の存亡を賭けて戦った二人は、今、セブン◯レブンで肩を並べていた。
──────────────────────
⑤売上目標
──それは、ある平日の昼下がりだった。
「ルヴィアちゃん、今日さ、本部の人来るから」
「本部……? それは何だ、王都の参謀本部のようなものか?」
「うん、そうね。ちょっとウザめのやつ」
そのとき、店の空気が変わった。
カランコロン♪──
「お疲れ様です」
ピシッと整ったスーツに、冷えた空気をまとった男が現れる。
その名は――
「本部スーパーバイザー、“神官”ミハイル・オオクラです」
我が思わず息を飲む。
──気配が違う。
この男……只者ではない。
◆
「売り場、乱れてますね。POPの角度、5度ずれてます」
「……む?」
「陳列が甘い。フライヤーの温度管理、基準値から1.2度高いですね」
ピッ、ピッ、と指先で何かを測るたびに、店内の秩序が崩されていく。
「あと、バイトリーダー見習いのルヴィアさん。勤務報告、1分遅れてますね」
「ぬ……それはほんの誤差では──」
「遅れは遅れです。“規則”が“秩序”を作るんです。魔王であろうと例外ではない」
「貴様……なぜ我が魔王と知って──」
「元・神官ですから。かつて貴女を封印しようとした者の一人ですよ」
「何ィィィィィィッ!!」
田村(浪人生)「またかよ! 何でみんな転生してんの!?」
◆
「というわけで、この店舗の業績も良くないし、閉店を検討します」
「な──!? 貴様、そんな横暴が許されると思っているのか!!」
「許すも何も、私は“本部”の人間ですから。売上がすべて。効率が正義です」
──本部。
それは魔界より冷酷な、数字の神が支配する領域。
だが、我は屈しない。
この店には、我が築いた“絆”があるのだ!
「ならば、勝負しよう」
「勝負?」
「貴様の要求をすべて満たし、売上目標を達成してみせる。それが叶わねば──閉店も受け入れよう」
「……フッ。面白い。では、今日1日で10万円売り上げてみてください。この時間帯にしては無理な数字ですがね」
「上等だ。人間界の“全力接客”、見せてくれよう」
◆
──魔王の逆襲が始まった。
「いらっしゃいませぇぇぇぇぇッ!!」
その声量、雷鳴にも似たり。
客が3人、驚いて商品を3倍買っていった。
「ちくわぶ3つ、おでんパックに詰めたぞ」
「そんなに誰が食うんだよ!」
「我だ!!(購買)」
ちくわぶを自己購入し、売上を押し上げる。
「近藤! レジ打ちの補助に入れ!」
「はいッス魔王サマ!」
店員たちが一致団結し、鬼の勢いで売りまくる。
田村はビール棚の前で、飲みもしない発泡酒を次々に買い込んでいく。
渾身の自爆営業だ。
「売上! 今、いくらだ!」
「8万6千です!」
「ぬうううううっ!! あと少し!!」
◆
ラスト1時間。
しかし、突如、店のレジが異音を発した。
「ピピッ……エラー。エラーコード:E-07」
「なにィ!? まさかレジが壊れた!?」
「それは私の仕込みです」
神官ミハイルが、不敵に笑う。
「電圧をわずかに操作し、機器を故障させる……かつての“神術”の応用です」
「小賢しい……!!」
我は、残された手段を取った。
──手動レジ打ち。
「金額確認! 商品点数、5! 合計、1,473円!」
「現金です!」
「預かり1万円、釣銭、8,527円ッ!!」
まさかの暗算。まさかの暗器のような速度。
我が手計算を超高速でこなす様に、ミハイルの目が揺らぐ。
「な……この者、完全に“業界”に染まっている……ッ!?」
◆
そして、運命の瞬間──
「本日の売上、100,216円ッ!!」
「……ぬっ、まさか……」
神官ミハイルの肩が崩れ落ちる。
「我が誓い、果たしたぞ。本部よ、ここに屈せいッ!!」
「……完敗です。魔王ルヴィア。あなたこそ、真のリーダーです」
スーツの男は静かに頭を下げた。
◆
「ルヴィアちゃん! 昇格おめでとう! これがリーダーバッジね!」
「うむ、感謝する」
店長がバッジを手渡す。
──それは王冠ではない。
だが、今の我には……この小さなバッジが、誇らしかった。
「ふん、これで我が支配する店舗が一つ増えたわけだな」
「だから支配とかやめなって……」
◆
こうして、我は人間界で初の勝利を手に入れた。
だが、終わりではない。
次はこの都市、そしてこの国、いや……物流網そのものを手に入れ──
「ルヴィアちゃん! 明日シフト入れるー?」
「無理!!」
──────────────────────
⑥ありがとう、セブン◯レブン
──それは、静かな朝だった。
コンビニの入り口に、張り紙が掲げられている。
「店長退職のお知らせ」
「……えっ、店長、やめるの?」
「うん、ごめんね。来月には故郷に戻ることになって……」
店長が去る。
それは、この店舗のリーダーが“ルヴィア”になる、という意味でもあった。
「これからは、リーダーのルヴィアちゃんに任せるわね〜」
「ぬ、むむむむ……」
魔王、動揺。
◆
その日の夜。
バイトたちが集まって、店長の“ささやかなお別れ会”を開いていた。
「このセブン、最初はただのバイトだったけどさ……今じゃ第二の家っすよ」
「魔王様の統治下ならば、ここも安泰だな!」
田村はチューハイで乾杯しながら、例によって限界まで飲み干していた。
「で、魔王様は……これからどうするの?」
誰かの何気ない問いに、店内の空気が止まる。
「このままバイトリーダー続けるの?」
「世界征服とか……結局、しないの?」
◆
ルヴィアは静かに缶コーヒーを開けた。
「……人間界に来て、最初は戸惑った。全てが奇妙で、全てが無力に思えた」
「だが、我はここで“繋がり”を得た。お前たちと過ごし、戦い、笑い、働き、そして……疲れた」
「人間界の労働、恐るべしだな!」
笑いがこぼれる。
「それでも……我は思う。世界征服など、必要なかったのかもしれぬと」
──世界を征服するより、
一つの場所を守る方が、ずっと尊い。
「それに、我がいなくとも……お前たちなら、この場所を守っていける」
「えっ、それって……まさか──」
◆
数日後。
ルヴィアは、制服を畳んでカウンターに置いていた。
「退職届(魔法陣付き)」と一緒に。
「この力を、次に生かす時が来たのだ。もっと広い世界で、何かを築くために」
「……次って、どこに行くんだ?」
「ドミノピザ」
「賢者と同じとこ行くの!?」
◆
その後ろ姿を、勇者が見送っていた。
「結局、お前って魔王だったのかな」
「さあな。今となっては、ただの元バイトリーダーかもしれん」
「じゃあさ、またどこかで、“ただの客”として会おうぜ」
「うむ。おでんのちくわぶを用意しておけ。三本だ」
二人は笑い、拳を軽くぶつけ合った。
◆
そして──
浪人生・田村は、魔王のいない店舗で、静かに働き続けた。
後日、彼は某国立大学に合格し、社会学部で“組織と支配構造”について学び始めたという。
魔王の背中を追いながら。
◆
この物語に、特別な教訓はない。
ただ一つ、伝えるとすれば──
「人生は、セブン◯レブンのようなものだ」
出会いと別れがあり、深夜にも異形が現れ、
何が起きても、“いらっしゃいませ”と迎える強さがある。
だから、
──ありがとう、セブン◯レブン。
そして、行ってらっしゃい、魔王様。
〈完〉