TS、退行、中学生、ある意味人生を謳歌していた。
そんな緒山まひろの元に、一つのメッセージが届く。
それは、二年前を最後に会っていなかった親友からであった。
『緒山、夜暇か?』
緒山まひろにそんな連絡が来たのは、夕方頃だった。久しく会っていなかった親友、彼が彼女になってしまっているのも知らない筈だ。
まひろは一度は断ろうかとも考えるものの、どことなくここで会わなければ、二度と会えない気がした。気がつけば、『いいぞ!』とメッセージを送る手が動いた。
「おいっす……?え、緒山?女?」
「お、おう……色々あってな!気にすんな!」
「そうか……まぁ、いいか」
久しぶりに会った親友が、くたびれていた。青髭の残る顔、よれたスーツ。どれだけの努力があっただろう、黒の革靴は、先がすり減って色が変わっていた。
まひろはそれを見て、言いようもない重さを感じてしまった。俺が家に籠る間、どれだけの時が経ったのか、そう思わずにはいられなかった。
「公園でいいか?」
「おう」
「すまんね」
語尾一つとっても、記憶の中の彼とは似ても似つかない。いいよな!と何かと断定してきた彼、勢いの跡さえ感じられなかった。
夜の公園は、静寂に包まれていた。街灯の光に寄る虫がよく見える。彼は、近くの自販機に向かった。まひろも着いていく。
「何がいい?」
「え、いいのか?」
「俺は社会人だぜ?気にすんな」
「じゃあ、これで……」
「あいあい」
まひろはミルクティーを指差す。彼は使い込まれた革財布を取り出し、小銭を投入した。ボタンを彼が押すと、ガコンと鳴ると共に小さめのミルクティーが落ちてきた。彼は同じように、ブラックコーヒーの缶を選択し、手に取った。
「そこ座るか」
「ん」
近くのベンチ、端と端に二人が座る。秋の夜、夏が過ぎ去った余韻を残し、冬手前の涼しさを持っていた。
二人は静かに飲み物を飲みだす。言葉はなく、ただ街灯の薄暗さが彼らを照らしていた。
「なぁ」
「ん?」
「元気だったか?」
「前会ったのは……二年前?」
「そうだな」
「こんな感じになっちゃったけど、オレは元気だぞ」
「そっか……いいなぁ……」
「お前は?」
まひろがそういうと、彼の顔が陰った。陰影の中で、彼の表情が窺い知れない。だが、そこから生命の気配を感じられないのはまひろにも分かっていた。
やがてフゥーッと息を深く吐いた彼は、ポツリと言った。
「あんまり、上手くいってないんだ……」
「え……」
「就職して、あんまりいい場所じゃなくて……」
「ちょっと、疲れてる」
そう言って彼はまひろに向かって乾いたような笑いを浮かべた。社会人経験のない、外にすら出てないまひろに、その重さは理解できない。だが、どうしようもなく大変だったのだろうとは、彼が言わずとも理解できた。
「い、生きてりゃいいことあるさ……」
「そうか……そうなのかな……」
「そうだぞ!」
「いいことって、いつ来るんだろうな」
猫背になって俯く彼。まひろは、言葉を失ってしまった。現実に立ち向かった彼と、逃げた自分。どうしようもなく、その溝は深かった。
何を言えばいいのか、まひろが困っていると、彼は申し訳なさそうに視線を落とした。そして、二年前の彼を思い出すような笑みを浮かべる。瞬間、致命的な何かを間違えてしまったとまひろは直感で理解した。
「わりぃ、嫌な話をしちまった」
「いいって、何でも聞くぞ」
「いいんだ、高校出てからの話聞かせてくれ──────
しばらく二人は話していた。高校出てからの動向、思い出話。二年間の蓄積は、数時間に及ぶ会話という形で表現されていった。先程までの暗い話題ではなく、明るくてどこか懐かしい話が続いていった。
その間、彼は昔に戻ったようだった。しかし、どこか影と空虚さを抱えているようで、ともすれば消えてしまいそうな儚さを纏っているようにまひろからは見えてしまった。
「あ~おもろ……わり、そろそろ帰らねぇと」
「仕事か?」
「まぁな、楽しかったよ」
「オレもだ!また話そう!」
「そうだな」
公園の入り口前で二人は別れる。街灯に照らされるまひろの視界には、彼の表情は映らない。彼は影の中で、確かに手を振っていた。まひろは笑顔で手を振り返す。
しばらく手を振っていたが、やがて見えなくなった。まひろは手を振り止め、帰路についた。街灯の光を縫うように進む、そこには底抜けの明るさと、本人の笑顔があった。
──────しばらくすると、彼の訃報が届いた。