聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜 作:斉宮 柴野
「十二宮編で綺麗に終わったので、ここで完結でもいい」
というご意見もいただきましたが、それ以上に、
「続きを読みたい!」
「アスガルド編も読みたい!」
「このまま続けてほしい!」
という声を多くいただきました。
というわけで――。
『聖闘士星矢異伝』、続行します!
改めまして、アンケートへのたくさんのご回答、本当にありがとうございました!
そして新章――アスガルド編!
戦いを終え、ようやく聖域の復興工事に取りかかったアッシュ。
……だったのですが。
夏休み。
家族旅行。
突然やって来る妻。
そして、
「ヒルダさんとお友達になりたいわ!」
そんなアテナの一言から、なぜか話は北欧へ。
人間の聖域を作った男に、休暇など存在するのか!?
新章『アスガルド編』、開幕です!
神々の夏休み! いざ北欧アスガルドへ
十二宮の麓から、道と呼べるものはほとんど消えていた。
アテナエクスクラメーションの衝突地点は深い穴になり、その周囲にも戦いでできたクレーターが続いている。
水道管は途中で切れ、地中へ通した電線も引き直さなければならない。
数日前まで地面だった場所へ図面を広げても、基準にできる石柱すら残っていなかった。
瓦礫の上へ板を置き、図面の被害箇所へ赤い印をつけていく。
「十二宮はだいぶ破壊されてしまったな……。麓のインフラもやり直しだ」
口から出たため息は、ヘルメットの下へこもった。
十二宮の修繕だけでは済まない。電気、水道、通信設備、資材を運ぶ道路も必要だ。
完成したばかりの設備を壊されるのは腹立たしいが、以前の配置へそのまま戻す気にはなれなかった。
病院へ残してきた三人の姿が脳裏に戻った。
いちばん鮮明なのは、全身を包帯で固定されたエレナだ。ベッドから起き上がることさえ許されていない。隣の病室からは、看護師へ痛み止めを要求するデスマスクとアフロディーテの声も聞こえていた。三人とも命は助かった。
ならば、退院後に以前より不便な聖域を見せるわけにはいかない。
「エレナは重傷で入院中。デスマスクとアフロディーテも酷い怪我だが、まあ命に別状はない……。俺が転んでもただでは起きない男だってことは、あいつらも分かってるはずだ。この期に一気に手を入れてやる」
図面の麓側へ太い線を引いた。
救急車が入れる道路を通し、資材置き場を移し、病院までの搬送時間も短くする。
上空から直接重傷者を運べれば、十二宮を担架で下ろす必要もない。
「よし。ここは完全に舗装をしてヘリポートを……」
「ここにはお菓子屋さんとゲーセンを建てましょう!」
図面のヘリポート予定地へ、白い指が置かれた。
なるほど。ゲーセンなら観光客だけでなく、訓練を終えた聖闘士候補生も使うだろう。
日本から最新筐体を取り寄せて、売店と一体化すれば管理もしやすい。
「ふむふむ、ゲーセンなら最新筐体を入れて……って、え?」
顔を上げた先に、純白のワンピースがあった。見間違えるはずもない。
図面へ身を乗り出しているのは、数日前に日本へ帰ったはずの沙織だった。
「どうしたの? アッシュさん」
「沙織ちゃん………日本に帰ったんじゃ……?」
「夏休みだから、また来たのよ!」
何の疑問もない笑顔だ。
その説明だけなら普通の家族旅行に聞こえる。問題は、この家族の構成だ。
「沙織!! 神殿にいないと思ったらこんなとこに!! アッシュ君、ごめんねえ仕事の邪魔して」
後ろから聞こえた声へ振り向けば、そこにいたのは翔子だった。生徒を引率する教師のような顔で近づいてくる。だが、後ろに続く顔ぶれは学校行事の範囲を軽々と越えていた。
「いや………翔子さんもお元気で……」
なんで保護者までいるんだ。
疑問への答えを考える間に、別の小宇宙が翔子の内側から浮かび上がった。
次にこちらへ向けられたのはエリスの顔だ。
広げた図面と崩壊した麓を見比べる目には、満足の色さえある。
「ふむ。破壊からの創造、近代化はなかなかよいものよな……。日本の闇のエデンも、そろそろゼネコンの業者を入れるか……」
邪神の本拠地へゼネコンを入れる相談を、ここでするつもりか。
業者へ何と説明して見積もりを取るのだろう。
「だが、アテナの格式というものもある。そこは保ちながら利便性を上げることで、信仰と観光収入を同時に得るビジネスモデルを構築すべきだ……」
声の主は太陽神アベル。その指先ではバスケットボールが回り続けている。
格式を論じる口調とは裏腹に、目はボールの軸を追っていた。
「アベルもエリスも、ここはアッシュの管轄だ。彼に任せるんだ……。まあ、父親としての街づくりアドバイスくらいなら乗るが……」
アロハシャツにサングラス。声を聞くまで、アイオロスだと認めたくない姿だった。
沙織の父親として参加する気は十分らしいが、聖域を守る黄金聖闘士には見えない。
「お前ら、なんで揃いも揃って聖域にいるんだよ」
「そりゃあ家族だもの。家族旅行よ!」
返事に合わせ、三人の首まで当然のように縦へ動いた。
「そうだったな……。神と英雄のファミリーだったな……。あれ、ヴィーナス(響子)は?」
「お姉ちゃんは普通に仕事。私は教師だからね……夏休みガッツリ取っちゃった!」
ヴィーナスだけは人間社会の勤務表に従っているらしい。神々より会社員のほうが忙しいという、あまり知りたくなかった事実が残った。
◇◇
「そうですか……。平和なのは良いことだ。そう言えば、そろそろ『アレ』が着く頃だと……」
『アッシュ様ー!!』
瓦礫の向こうを探しても、声の主は見つからなかった。
「む?」
『アッシュ様ーーっ!!』
声は近づいている。だが、地上に小宇宙はない。
「どこからだ?」
『上ですわー!!』
「なに!!? 上!?」
見上げた空を、プライベートジェットが横切っていた。その機体から離れた影が、こちらへ真っ直ぐ落ちてくる。
パラシュートは見えない。
落下する影を包んでいるのは、デルタ星メグレスの神闘衣だった。
「まさかあの飛行機から!? しかも神闘衣を着て生身で飛び降りてくるとは!!!」
避けるべきか、受け止めるべきか。判断する前に、地面から土と小石が跳ね上がった。
衝撃で図面の端がめくれ、押さえていたペンも転がっていく。
土煙の中から顔を上げたのは、北欧にいるはずの妻だった。
「アッシュ様!! 会いたかったですわー!!」
フレアの姿を確かめたところまでは覚えている。次に見えたのは目前へ迫る笑顔で、胸へ体重がかかり、両腕だけでなく両脚まで胴へ回っていた。
「フレア!! うおっ……元気なのは良いが……公衆の面前で手足でしがみつくのはちょっと……」
「おお、愛する夫へのダイブか。なかなか情熱的だの。アイオロスよ……我も……」
「良いぞエリス!! 俺の胸に飛び込んでこい!!」
大きく広げられた両腕を前に、さっきまでの威勢が止まった。
「え……、では………」
アイオロスの胸へ身体を預ける。触れた音さえ聞こえそうな近づき方だった。
「ふふ、可愛いところがあるじゃないか」
頬には赤みが差していた。胴へ回された両手足の力と、アイオロスの胸へ添えられた手の遠慮深さ。愛情表現には大きな差があるらしい。
「フレア様!! 無茶をなさいますな!!」
上空から遅れて降りてきた人影が、地面へ両足をついた。ベータ星メラクの神闘衣。
中にいるハーゲンの息は荒く、疲れ切って見えた。
「ハーゲン! 良いの! 私より弱いんだから文句言わないで!!」
「…………はあ」
強さで反論を封じられれば、ハーゲンに言い返す余地はない。
「すまんな、ハーゲン……。うちの妻が迷惑をかけた」
「いえ………こちらこそ、フレア様がいつもお世話になっております」
目が合った。
口にしなくても分かる。強すぎる身内に振り回され、止めようとすれば力の差を突きつけられる。
「ヒルダ殿は息災か? ドルバルの狸親父は、パライストラ理事長として最近はずっと日本だからな」
「ええ。我々神闘士も全員が揃いましたし……。フレア様が、そろそろアルベリッヒにメグレスのローブを譲ってもらえたら、もっと平穏なのですが……」
「まだアルベリッヒは、私から1本も取ってないですからね。譲るなんてまだまだですよ!」
耳元で言い切る声に迷いはなかった。
清楚な外見に騙された者は、決まって同じ間違いをする。勝負を譲って後進を育てる気など、あの声からは欠片も感じられない。
アルベリッヒ自身の力で一本取るまで、メグレスの神闘衣を渡す気もないのだろう。
「フレア様は大切なお体ですし、あまり前線に出られるのは……」
苦言は最後まで届いていない。腕にかかる力が弱まり、背後の視線は沙織たちの方へ流れていた。
◇◇
「ねえ……ヒルダって誰?」
沙織の顔がこちらをのぞき込んでいた。
だが、目の前で眉が跳ね上がった。
「なんだこの小娘は! 我がアスガルドの至宝、ヒルダ様を呼び捨てにするとは……!! 無礼だぞ!!」
「ひっ!」
純白の肩が縮まり、半歩だけ後ろへ下がった。
まずい。
止めるより先に、周囲の温度が下がった。ハーゲンの背後から向けられた殺気は、神闘士の怒気を押し流すほど強い。
「…………そこのあんた……」
先ほどまで明るかった目には、光が残っていない。
「うちの娘を怖がらせて……五体満足で生きて帰れると思ってるの……?」
ハーゲンへ踏み出しかけた身体を、アイオロスの両腕が後ろから押さえた。
「翔子、待て待て! 物騒すぎる! 相手は同盟国の使者だぞ!」
「でも、この男が沙織をっ……! うわ! エリス!! 出てこないでよ!!」
途中から声の調子が変わり、前へ出た顔つきまで別人になった。怒りに反応し、表へ出てきたのはエリスらしい。
「すまんな。オーディーンの戦士よ。娘が失礼をした」
謝罪の言葉とは裏腹に、神気は隠されていない。受け止めた額へ汗が浮かんだ。
「………貴女から放たれるその神気……争いの女神・エリス様。………と言うことは? その後ろの小娘は……?」
純白のワンピースの袖から両手が上がり、顔の横で二つの指が立った。
「はいはーい!! 私は城戸沙織!! 副業でアテナやることになりました!! さあ、敬え!!」
「………ア、アテナが……こんなに軽いのですか……?」
返事はなかった。開いた口も、しばらく閉じそうにない。
神の名は口にするだけでも重い。それを副業と言い切るアテナなど、想像したこともないだろう。
「まあ、こっちの太陽神(アベル)が、バスケにうつつを抜かしているくらいだからなぁ……」
「何を言う! 火神も赤司も強敵だ! 日頃の厳しい練習とミーティングは欠かせんのだぞ! 神の威信にかけて、全中(全国中学校バスケットボール大会)は譲れん!」
「……というわけだ。こういうことだ、沙織ちゃん。ヒルダ殿は北欧アスガルドのオーディーンの地上代行者。ポラリスのヒルダ殿だ」
「あー!! ドルバルさんの後釜の!!」
「そうそう」
説明が通じたなら問題ない。そう判断した直後、嫌な予感がした。
目の前の瞳が輝いている。
「じゃあ………今からアスガルドに行きましょう!! 是非、ヒルダさんとお友達になりたいわ!」
「え…………。今から、ですか!?」
向かいの顔から血の気が引いた。
アテナの訪問を事前通告なしで受け入れろと言われれば、アスガルドの神官も神闘士も総出になる。歓迎式典、警備、宿泊場所、食事、オーディーンへの報告。ハーゲンの頭では、必要な準備が次々と浮かんでいるはずだ。
「それは名案ですわ! ヒルダ様も絶対にお喜びになります!!」
「フレア様!? アテナの突然の訪問など、国を挙げた一大行事になりますぞ!?」
肝心の妻から止める気配は感じられない。むしろ、今から出発するつもりらしく、腕へかかる力が強くなった。
◇◇
「おいおい………流石に護衛の準備を……」
そこまで言って、口が止まった。
護衛は誰につけるのだ。
同行者を数え直す。黄金聖闘士のアイオロス。聖闘士の翔子と、その内側にいるエリス。さらにアテナである沙織と、太陽神アベル。邪神エリスまで数えれば、神が三柱いることになる。
この顔ぶれを守れる人材など、聖域中を探しても見つからない。普通の護衛を同行させれば、守るどころか守られる側が増えるだけだ。
「オルフェウス! ヤン!」
「「はっ! ここに!」」
指を鳴らす音と同時に、足元の影が二つに割れた。そこから現れた邪霊士は二人。どちらも片膝をつき、次の命令を待っている。
「準備を整えなさい。私たちの護衛は任せるわ」
「はっ! 邪霊士の誇りにかけて、必ずや御身とアテナ様をお守りいたします!!」
「よし、それならグラード財団のプライベートジェットを出そう! ハーゲン殿も是非、一緒に乗っていくといい」
「は……はい。かたじけない……」
すでにハーゲンから反対する力は失われていた。
「じゃあ、アッシュ様も行きましょう〜!!」
腕へ回っていた両手の力が、そのまま進行方向を変えた。プライベートジェットの着陸場所へ向かって、足が地面を滑り始める。
「え? おい、待て! 俺は十二宮の復興の指揮を執らなきゃならないんだ! ヘリポートの予算承認とか、業者との打ち合わせがっ……のわーーーー!!」
靴底を地面へ押しつけても止まらない。図面へ手を伸ばす間にも瓦礫の山が遠ざかっていく。
振り返った妻は満面の笑みだ。対して、こちらは荷物のように引きずられている。
誰か止めろ。
助けを求めて順に目をやった。返ってきたのは、サングラスの位置を直す指、回り続けるバスケットボール、すでに北欧の空を眺めているような顔。助ける気のある者は一人もいなかった。
「さあ、北欧のオーロラを見に出発よー!!」
「向こうの体育館の設備も視察しておきたいな」
「ふふ、冷たい風も悪くない」
数時間後、プライベートジェットは北へ向けて離陸した。
窓の下で小さくなっていく聖域を見ながら、置き去りにした図面と工事業者へ心の中で謝るしかなかった。
ハーゲン「アッシュ殿」
アッシュ「なんだ、ハーゲン」
ハーゲン「一つ、お聞きしても?」
アッシュ「どうぞ」
ハーゲン「フレア様を止める方法をご存じありませんか?」
アッシュ「ない」
ハーゲン「即答!?」
アッシュ「俺が知りたいくらいだ」
ハーゲン「しかし夫であられるなら……」
アッシュ「夫だから止められると思うな」
ハーゲン「では、フレア様が突然プライベートジェットから飛び降りた場合は?」
アッシュ「着地点から離れる」
ハーゲン「止めないのですか!?」
アッシュ「止めようとして、お前は止められたか?」
ハーゲン「…………」
アッシュ「そういうことだ」
ハーゲン「ではメグレスの神闘衣をアルベリッヒへ返していただくには……」
アッシュ「一本取れ」
ハーゲン「それができれば…」
アッシュ「頑張れ、アルベリッヒ」
ハーゲン「他人事ですね!?」
アッシュ「こっちは今、十二宮の復興工事を放り出して北欧へ拉致されてるんだぞ」
ハーゲン「……お互い、大変ですな」
アッシュ「ああ」
ハーゲン「一杯いかがです?」
アッシュ「着いたら飲もう」
フレア「アッシュ様ー! もうすぐアスガルドですわよー!」
アッシュ「…………」
ハーゲン「…………」
アッシュ「その前に二杯にするか」
ハーゲン「賛成です」