聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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北欧アスガルドへ到着したアッシュ一行!

かつて雪と祈りだけに閉ざされていた極寒の地は、観光、牧畜、そして近代化によって大きく姿を変えていた。

その中心、ワルハラ宮で待つのは――オーディーンの地上代行者、ポラリスのヒルダ!

厳格に民を導き、神々しいまでの威厳を備えた少女。

……の、はずだった。

誰にも知られていない秘密の部屋。
壁一面に隠された趣味の数々。

そして、ついに実現するアテナとオーディーンの地上代行者による歴史的会談!

その一言から、なぜか外交会談は予想もしなかった方向へ!

神々の威厳はどこへ行った!?

君は、小宇宙を感じたことがあるか!



第215話

ワルハラ宮の祭壇まで、町の音が届くようになった。

 

以前なら聞こえたのは風ばかりだった。雪に閉ざされた土地で、日々の糧を得るだけでも多くの労力を要した。

 

今は観光客を乗せた車が雪原を行き交い、麓の牧場では機械が働いている。

夏でも気温が上がらない土地は避暑地として知られ、宿泊施設も増えた。

 

変化を嫌う声がなかったわけではない。

だが、冬を越せずに命を落とす民は減り、若者が働く場所もできた。

アッシュの持ち込んだ技術と、ドルバルの政治手腕。

その成果を否定する理由は、ヒルダにはなかった。

 

祈りの言葉を結び、組んでいた指を解いた。

 

「ふう………これくらいで良いでしょう」

 

オーディーンの地上代行者として、今日の務めは終えた。祭壇の前にほかの気配はない。扉の外にも、こちらを待つ侍女はいなかった。

 

今なら戻れる。

 

廊下では歩調を乱さない。呼び止められれば、民の暮らしや神闘士の鍛錬について普段どおりに答えればいい。自室の扉を閉じるまでは気を抜けなかった。

 

鍵を掛け、窓の外を確かめる。

 

「誰も……見ていませんね?」

 

返事はない。

 

本棚の前へ進み、何度も読み返した古書へ指を掛けた。必要なのは中身ではない。

本を奥へ押し込むと、壁の内部で金具の外れる音がした。

 

重い棚が横へずれ、その奥から現れたのは、神具でも機密文書でもない。

 

壁一面の同人誌。女の子同士が寄り添うタペストリー。

日本から取り寄せた最新型のゲーミングPC。神官にも侍女にも見せていない、ヒルダだけの部屋だった。

 

地上代行者として北欧を治める一六歳も、趣味まで神へ差し出す気はない。

ここへ入った時だけは、民の前で保っている厳かな顔を捨ててよかった。

 

「ただいま〜♥ 今日も癒しをちょうだい〜」

 

返事の代わりに、PCの電源が入る音が響いた。

 

昨日の続きからノベルゲームを始める。画面の中では、想いを告げられない少女二人が、互いの手へ触れかけては離していた。

早く言えばいいのに。だが、言えない時間が長いほど、想いの届いた場面は尊くなる。

 

気づけば椅子の上で膝を抱え、画面との距離も近くなっていた。

 

「あん……尊い……。私にも、こんな可愛い彼女がいたらな……。ああっ、このおっぱいが……重なり合う構図……じゅるり」

 

口元を袖で拭う。

 

この姿だけは見られてはならない。神闘士に対する威厳の問題では済まない。

百合を理解しない者から、男性同士の作品と同じ棚へ並べられる危険がある。

 

それだけは許せなかった。

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

窓の下に見えてきたアスガルドは、以前より町らしくなっていた。

 

俺が最初に来た頃は、雪原と集落の境目すら分かりにくかった。

今は除雪された道路がワルハラ宮まで続き、その両側には宿や土産物店が並んでいる。

牧草地へ導入した設備も動いていた。

 

俺の計画だけで、ここまで変わったわけではない。

ドルバルの狸親父は、パライストラ理事長として日本に居座りながら、北欧の利権はきっちり手放さなかった。政治家としては腹の立つほど有能だ。

 

ジェットを降りた途端、冷気が服の隙間へ入り込んだ。

 

「やってきましたアスガルド!! さあ、温泉行こー!」

 

旅行先へ着いたときのはしゃぎ方は変わらないらしい。

宮殿へ背を向け、温泉街の案内板へ進みかけている。

 

「おい。まずはヒルダ殿に会うんじゃないのか??」

 

「あっ、そうだった……。つい観光気分に……」

 

建前はアテナとオーディーンの地上代行者による会談だ。

家族旅行のついでに寄った形になっているが、順番くらいは守ってもらいたい。

 

もっとも、同行した護衛にまで勤勉さを求めるのは無理だったらしい。

 

「ハーゲン殿。ミーメはどこにいるかな?」

 

オルフェウスの関心は、到着した時から一人にしか向いていなかった。

 

「ああ、オルフェウス殿はミーメの琴の師でしたな。今なら鍛錬場におります。案内させましょう」

 

案内させましょう、ではない。お前も客を迎える側だろう。

止める間もなく、二人分の背中は宮殿の奥へ消えた。こちらを振り返る気配もない。

 

「……おい。もう護衛投げ出してるよ、あいつ……」

 

「大丈夫よ。オルフェウスはアフロディーテちゃんと引き分けた実力者なんだから、何かあってもすぐ駆けつけてくれるわ」

 

実力の問題ではない気もしたが、アフロディーテと引き分けたのは事実だ。

敵の小宇宙も感じない。今くらいは師弟の再会を優先させてもいいだろう。

 

「そう言えばそうだったな……。まあ、平和な証拠か」

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

「何言ってるの!! アブノーマルなカップリングなら『BL(ボーイズラブ)』よ!! 男同士の熱い絆が愛に変わる、あの尊さが分からないの!?」

 

「違う!! 『百合』こそ至上よ!! 女の子同士の、柔らかくも危うい秘め事……それこそが芸術でしょうが!!」

 

右から左から怒声が飛んでくる。

 

俺は応接室の隅へ避難している。

 

床の上でぶつかり合っているのは、アテナとオーディーンの地上代行者だ。国家間の対立ではない。

BLと百合のどちらが上かという、神々にも人類にも解決できそうにない争いだった。

 

取っ組み合うたびに小宇宙まで膨れ上がり、テーブルの脚が床を擦る。

茶器が落ちないよう押さえているのは俺だ。

ここで宮殿まで壊せば、十二宮の復興費にアスガルドへの弁償まで加わってしまう。

 

「ああ……どうしてこうなったかな……」

 

最初は良かったのだ。

 

『アテナ』として示された威厳へ、オーディーンの地上代行者として礼が返される。

 

「アスガルド平和外交!」みたいな感動的なシーンで、原作アニメファンの俺もにっこりだったんだが……。

 

思い返せば、崩壊の始まりは趣味の話だった。

 

『ときにヒルダさん、ご趣味は?』

 

『民達の平和を祈る以外でしたら……最近は、日本のゲームが……』

 

ここまでは良かった。国家を背負う者同士が、互いの文化を知ろうとする立派な会話に聞こえていた。

 

『マジで!! 何が行けるの!?』

 

威厳は三秒で消えた。

 

『え? ああ…ノベルゲームが……』

 

「……このあたりからだったな。お互いの地雷(性癖)を踏み抜いたのは」

 

同じ趣味なら仲良くなれる。普通ならそうだ。ところが、好むジャンルだけは正反対だった。

 

互いの本棚を否定し、推している作品を並べ、気づけば口論になり、今は床の上で上下を奪い合っている。

会談のために用意された資料は、もう誰も見ていない。

 

「はあ………はあ………なかなかやるわね、ヒルダ」

 

「はあ………はあ………そっちこそ、沙織」

 

相手の実力を認める場面だけ見れば、少年漫画の好敵手そのものだ。

争っている内容を知らなければ、だが。

 

「アブノーマルなジャンル争いはさておき……ノーマルな話をしましょう。不毛だわ」

 

「そうね。まずは男女のまぐわいこそ、生命の基本だものね」

 

ようやく争いが終わるのか。

そう期待した俺が馬鹿だった。

 

いつの間にか床へ茶器が持ち込まれ、向かい合う二人の間に湯気が立っていた。

数分前まで互いの髪を引っ張っていたとは思えない落ち着きだ。

 

「で、体位はこういうのがエロくて……」

 

「確かに……でも、こちらのほうがより背徳感が……」

 

話題が悪化している。

 

どちらも年頃なのだから、恋愛や性に関心を持つこと自体へ口を挟むつもりはない。

だが、保護者と護衛に聞かせる話ではない。

 

「でも私たち、女じゃない? こういう感じで、強引に辱められるのも………」

 

「……確かに。負けた神の巫女が、屈強な戦士に……ちょっとそそるかも」

 

揃って頬を赤くしている。

 

窓の外を見た。雪は静かに降っている。あちらの方がよほど神聖だ。

 

「でもでも! アテナは処女神だからって、ヤッたらダメとかみんな言うのよ!! なんで神様だからって恋愛制限されなきゃいけないの!?」

 

「私だって同じよ!! オーディーンの地上代行者は、清らかな乙女でないといけないって!! ドルバル様は男だからいいって言われてるのに、なんで私ばっかり!!」

 

そこだけは、笑って片づけられなかった。

 

人間としての人生まで制限される。アテナの神の機工と戦ったばかりの俺には、二人の不満を間違いとは言えない。

 

誰を好きになるかも、誰と生きるかも、本人が決めればいい。

神が課した役割に従うため、人間の願いを捨てる必要などない。

 

もう少し言葉を選べとは思うが。

 

「私は早く、星矢の立派なアレを咥え込みたいってのに!!」

 

前言を撤回したい。

星矢、ここにいなくて良かったな。

今のお前なら、神の攻撃より早く逃げるかもしれない。

 

「だ、大胆!! ……私なら、ジークフリートは硬派で良さそうだけど………でも……バドのあのワイルドさも捨てがたいし……」

 

一人に絞る話ではなかったのか。

 

「じゃあ、3人で……とか!」

 

「ええっ……! で、でも……ドキドキするかも……」

 

止めるべきだろうか。

 

いや、妄想の中なら誰も傷つかない。

現実に持ち込もうとした時は、ジークフリートとバドを交えて話し合えばいい。

俺が口を出すことではない。

 

隣から、深く息を吸い込む音が聞こえた。

 

俺と一緒に部屋の隅へ避難している妻の顔は、神闘士として敵へ向き合う時より深刻だ。視線の先にあるのは、茶を飲みながら妄想を広げる主君の姿だ。

 

「………私は、ヒルダ様の教育を間違えたのでしょうか……?」

 

「いや、気にするなフレア。神というやつは、基本的に変態しかいないからな。ヒルダ殿も、オーディーンの奴にそそのかされたのかもしれん」

 

「いかにアッシュ様であろうとも、我らが主神オーディーンの悪口は……」

 

咎める声が止まった。

 

応接室の中央から「じゅるり……」と聞こえたからだ。

 

「………はあ」

 

隣で肩が落ちた。もう主神を擁護する気力も残っていないらしい。

 

「まあ、世界が平和なら、神様がエロゲに夢中でもいいじゃないか」

 

神が人間を支配し、人間の生き方まで決める世界よりはいい。

 

人間の趣味に染まり、好きな作品について喧嘩し、恋愛への不満を言い合っている方が、よほど安心できる。威厳がどこかへ消えたことには目をつぶろう。




【アッシュの用語集】

アスガルド
北欧に存在する、主神オーディーンを信仰する極寒の土地だ。
昔は雪と寒さに耐えるだけでも大変だったが、今は観光、牧畜の機械化、避暑地としての開発も進んでいる。
俺も色々と手を入れたが、政治面ではドルバルの狸親父の功績も大きい。
腹は立つが、有能なのは認める。

ワルハラ宮
アスガルドの中心となる宮殿。
ヒルダ殿がオーディーンの地上代行者として祈りを捧げ、政務を執る場所でもある。
当然ながら、神聖で厳かな場所だ。

……壁の向こうに秘密の趣味部屋があることは、たぶん公式記録には残さない方がいい。

ポラリスのヒルダ
オーディーンの地上代行者としてアスガルドを治める少女。
民からの信頼も厚く、神官としての責任感も強い。

今回初めて分かったことだが、私生活については思っていたよりずっと人間臭かった。
まあ、それでいい。
神の代行者だからといって、人生全部を神へ差し出す必要はないからな。

神闘士
オーディーンに仕え、神闘衣を纏ってアスガルドを守る戦士たち。
現在はハーゲンたちも揃い、戦力としてかなり充実している。
黄金聖闘士とは文化も成り立ちも違うが、実力者揃いなのは間違いない。

ミーメ
アスガルドの神闘士の一人。
琴を使った戦いを得意とする。
オルフェウスとは音楽を通じた師弟関係にあるので、あいつが到着早々そちらへ行ったのも仕方ない。
護衛任務を忘れていなければ、だが。

オルフェウス
琴座の聖闘士(邪霊士)
今回は護衛として同行してきたのだが、ミーメがいると聞いた瞬間に消えた。
師弟の再会は大事だ。
大事だが、護衛という仕事も思い出してほしい。

BL
男性同士の恋愛を扱った創作ジャンル。
今回の会談を外交問題へ発展させかけた原因その一。

百合
女性同士の関係や恋愛を扱った創作ジャンル。
今回の会談を外交問題へ発展させかけた原因その二。

なお、どちらが上かについて俺から結論を出すつもりはない。
神々ですら決着できなかった問題へ、人間の俺を巻き込むな。

オーディーン
アスガルドの主神。
ヒルダ殿を地上代行者として置いている。

今回、本人は一度も出てきていない。
にもかかわらず、なぜかフレアから俺がオーディーンの悪口を言ったとして怒られた。
理不尽だと思う。
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