聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜 作:斉宮 柴野
その正体はもちろん、海皇ポセイドンより密命を受けた海将軍たち!
だが、ワルハラ宮の警備は厳重。
正面突破すれば騒ぎは避けられない!
どうやって内部へ潜入するのか――?
その時、三人が見つけた一枚の張り紙!
『ワルハラ宮・女性スタッフ募集!』
しかも条件は――。
「美人であること」
これは罠か!?
それとも神が与えた千載一遇の好機か!?
一方その頃、何も知らない沙織とヒルダは、問題だらけの求人票について絶賛会議中!
潜入したい海将軍!
新しい女官が欲しいヒルダ!
そして面白そうだから首を突っ込むアテナ!
それぞれの思惑は、今――面接室で激突する!
果たして海将軍三人は、無事ワルハラ宮へ潜入できるのか!?
そしてセラフィナは、最後まで正体を隠し通せるのか!?
君は、小宇宙を感じたことがあるか!
宮殿の門には、入場券の売り場も土産物屋もなかった。
ここまで観光客について歩いてきたのに、最後はちゃんと止められるらしい。まあ、そうだろう。代行者の住まいを、スキーのついでに見物されてはかなわん。
「………ワルハラ宮は、流石に観光地化されてないか。警備もそれなりに固いな」
衛兵の数だけなら突破は難しくない。だが、倒して進めばその先で誰に会うことになるか。
「そうね……。正面から侵入すれば騒ぎになるし、どうしたものかしら??」
セレン。その声音も、首の傾げ方も、もう慣れたのか。こっちは女言葉を忘れないようにするだけで忙しいというのに。
「ねえ、これ見て!! 門の横の掲示板に、ちょうどいい張り紙があるわよ!」
イレーネの声につられて、掲示板をのぞき込んだ。宮殿への搬入時刻か、出入りの業者についてでも書いてあれば使える。そう期待したのだが、真ん中に貼られていたのは求人だった。
「なになに………?
『ワルハラ宮で働く女性スタッフ(女官)募集!!
【条件】
・美人であること
・恋愛対象が女性であればなおよし(優遇)』」
二度読んだ。
読み間違いではない。美人。女性が好きなら優遇。
仕事の内容より、採用する側の好みの方が詳しい。
「……………これは………」
罠か。
俺たちの変装を見抜いたうえで、宮殿へ招き入れるための罠なのか。そう考えれば、妙に都合がよいことにも説明がつく。
到着した日に、美人の女官を募集中。おかしいだろう。
ただ、罠にしては条件が正直すぎる気もした。
「これよ! 私たちが堂々と内部へ潜入するのに、あまりにもおあつらえ向きの募集じゃない!」
隣では、早くも採用されたような声を出している。待て。後半を読んだか。前半だけで喜ぶな。
「いや待て。この『恋愛対象が女性であればなおよし』というのは……明らかに為政者(ヒルダ)が倒錯した趣味をお持ちなのでは……??」
女官の募集という建前で、自分の好みの女を集めているのではないか。もしそうなら、入り込んだ後の方が危ない。ヒルダを説得するつもりで行って、こちらが別のことを説得され始めたらどうする。
「いえいえ! 私たちは男だから、恋愛対象が女であるのは至極当然! 条件には完全に合致しているから、全く問題ないでしょう!!」
お前は、最初の一行をどこへやった。
「いや、それは『百合』的な文脈で女性を求めているのであって、私たちは生物学的に男だから対象が女なのは当たり前なのであって……いや待てよ? 世間には『男の娘』というジャンルもあってだな……? だが私はもうすぐ三十路(アラサー)の男だぞ……? こんなドレス着て『女が好きです』とか、倫理的にどこから突っ込めばいいんだ……」
自分で言っていて分からなくなった。
雇われるために、女が好きだと答える。そこだけは偽証にならない。ならないが、肝心の性別を偽っている。もっと言えば、ここへ来た目的は就職ですらない。
履歴書のどこまで本当のことを書けるのだ、これは。
氏名、セラフィナ。偽名。職歴、空欄。特技、書けない。志望動機、もっと書けない。好きな相手についてだけ正直でも、何の足しにもならん。
「何をさっきからブツブツ言っているの? 私たちのこの美貌があれば、書類選考も面接も合格間違いなしよ」
合格することだけが問題ではないのだが。
店の窓で見た三人の姿を思い出す。条件の一つ目は、たぶん満たしている。悔しいが、否定する材料がない。美貌に関するソレントの自信を、今さら崩すのも無理だろう。
「そうよ! 最悪、面接の場でヒルダと直接対面できるわけだから、その場でポセイドン様の命(説得)を果たせるじゃない。任務遂行には最短ルートよ!」
それは、そうだ。
ヒルダの居場所を探し、警備を避け、二人きりになれる時機を待つ。その手間が一度に省ける。応募者として通されれば、少なくとも門番と争わずに済む。
面接官がアッシュだった場合については、いったん考えないことにした。採用まで聖域参謀長にやらせているとは思いたくない。
「おお…………確かに………そうね。よし、行くわよ。どうせ不合格で追い出されたとしても、正体がバレる以外の問題は起きないわ」
言ってから気づいた。その一つが、致命的なのではないか。
だが、二人にはもう聞こえていないらしい。受付へ向ける笑顔に迷いがない。今ここで引き返そうと言い出したら、さっきまでの俺の説明は何だったということになる。
背筋を伸ばせ。声を間違えるな。俺はセラフィナだ。仕事を探している女であって、海界から送り込まれた男ではない。
頼むから、名前と顔だけで採用してくれ。特に、家族構成については聞くな。
兄の職業を書く欄があったら、その時は撤退しよう。
◇◇
ヒルダの机にあった求人票を、私はもう一度ひっくり返した。
裏には何もない。表へ戻しても、やっぱり同じ条件が書いてある。冗談の下書きならよかったけれど、端にあるのは掲示済みの印だった。
「ねえヒルダ、この募集って何??」
「何って……ワルハラ宮の新しい女官の募集だけど?」
うん。そこは読める。
「いや、この露骨な『百合優遇』の文面よ……」
もっと隠そうよ。隠せばいいという話でもないけど、正門にこれを貼ったの? 観光客も読むところに?
「それはそれ……。同じ趣味や志向を持つ人達相手なら、一緒にお風呂に入ったり、スキンシップでおっぱいとかお尻とか触り合ったりしても許されるじゃない……じゅるり」
分かる。分かるけど、求人票に書くところから始めるのは違わない?
私だって、好みの人に囲まれて暮らすのは楽しそうだと思う。そこを否定したら、昨日までの自分の発言まで否定することになる。けれど、女官って仕事でしょう。応募したら急にお風呂へ誘われるのは、説明不足が過ぎる。
口元を拭く時間があるなら、こっちの文面を見直してほしい。
「ん〜〜。でも今の時代、パワハラとかコンプライアンスもうるさいから……。上の立場の人がそれやると、一発で『セクハラ』って週刊誌に売られない?」
そこで初めて、机の向こうの笑顔が止まった。
「…………確かに……。オーディーンの地上代行者がセクハラ告発なんてされたら、アスガルドの観光事業に大打撃が……」
想像したくない見出しだった。神像を背景にこの求人票を撮られたら、言い逃れが難しそう。私まで隣に写っていたら、アテナも共同で募集したことにされかねない。
だから、ちゃんと考えなければいけない。せっかくの募集を、もっと上手く使う方法を。
「でしょ? なら………こういうのはどう? いっそ『男の娘』を募集するのよ! 見た目は美少女、中身は男の子! 一粒で2度美味しくない!?」
可愛い服が似合って、化粧も上手で、普段の姿はまた違う。そういう人なら、面接だけでも会ってみたい。
「……良いかも……!」
ほら、食いついた。
美人だと思っていた相手が、実はすごいイケメン。逆もできる。これは、お得なのでは?
星矢に同じことを頼んだら、どんな顔をするだろう。絶対に嫌がりそうだけど、あの顔立ちなら似合う気がする。今度、衣装だけでも用意してみようか。
いけない。今はヒルダの求人の話だった。
「それにね! 私たちが神の美貌で誘惑して、向こうが理性を保てなくなって襲ってきたとしても、私たちが警察に訴えなければセクハラ事件にはならないわ! 私たちはイケメンを堪能できて、男の娘達は悶えながら私たちの美貌に屈する……完全な合意形成よ! これはイケる!!」
「そうね……! 素晴らしいわ沙織! 知恵の女神の叡智を感じるわ!!」
差し出された手に、思わず自分の手を打ち合わせた。
褒められると気分がいい。知恵の女神と言われるのも、悪くない。私の考えでヒルダの顔が明るくなったなら、助言した甲斐があるというものだ。
ただ、求人票はまだ机の上にあった。
……あれ? 女官の募集なのに、男の人を採ったら何て呼ぶの?
女装しているから女官でいいのかしら。そこだけ別の役職にしたら、着替えるたびに肩書きまで変わりそう。それも面白いけれど、名札を作る人は困るかな。
考えることが急に増えた。制服はどうするのか、普段着で働いてもらうのか。顔を見ないうちから衣装を決めるのは早い。それぞれに似合うものがあるはずだし、本人の好みも聞きたい。
求人票をこちらへ引き寄せた。美人であること。その下に、女性が好きなら優遇。さっきは露骨だと思った文面が、今は説明不足に見える。
服を選ぶのも私たちでやりたい、って書いたら応募が減るかな……。
とりあえず、それは採用してから相談しよう。本人から着てみたいと言ってもらえれば、なおよし。そういう優遇なら、こちらも歓迎だ。
「ひ、ヒルダ様!! 大変です!! 先ほどの女官募集の張り紙を見て、とてつもない美人が三人ほど応募に来られました!!」
扉の方へ向けた目を、机に戻せなくなった。
「なっ、何ですって!?」
見直している間に、もう応募があったの? しかも三人?
「全員、モデル顔負けの長身とプロポーションで、神話の女神かと見紛うほどの美貌です! すでに面接室にお通ししております!」
神話の女神なら、ここにも一人いるのだけれど。
普通、美人が来たくらいで息を切らして執務室まで来る? この慌て方なら、相当なのかもしれない。
「沙織! 男の娘の募集要項の改訂は後にするとして、とりあえず今来た応募者の面接よ!!」
改訂前に来たってことは、今回は女の人なのね。
分かっている。分かっているけれど、私も顔を見たい。三人並んだところを見たら、どんな人を好むのか、自分でも知らなかったことが分かるかもしれない。
「私も行くわ!! 面接官として同席して、私の新しい扉(性癖)を開くきっかけにするわよ!!」
言ってから、さっきまで求人票を責めていたのは誰だったかと思った。
面接官だ。面接官として行くのだから、ちゃんと質問すればいい。名前、前の仕事、ここで働きたい理由。それから、何が得意か。うん、聞くことは決まった。
友達同士なのかな。そろって美人なら、一緒に歩くだけでも目立ちそう。宮殿に勤めたい理由は何だろう。
「恋愛対象が女性なら優遇」を読んで来たのだから、そこも聞いていいのかしら。
いや、先に仕事内容だった。危ない。今のを最初に聞いたら、ヒルダの隣に面接官を一人増やした意味がなくなる。
【アッシュの用語集】
■ワルハラ宮
ポラリスのヒルダ殿が暮らし、オーディーンの地上代行者として政務を行うアスガルドの中心地。
周辺はかなり観光地化したが、宮殿そのものまで自由入場にはしていない。
当たり前だ。
神官の自宅兼政府施設へ、スキー帰りの観光客がぞろぞろ入ってきたら困る。
■女官
宮殿内でヒルダ殿の身の回りの世話や各種業務を担当する職員。
今回は人手を増やすため、新規募集を行っていた。
求人条件については……。
俺は見ていない。
見ていないことにしておきたい。
■セラフィナ
アスガルドへ潜入した謎の美女。
長身、美貌、落ち着いた物腰。
本人は正体を隠すため、かなり必死らしい。
なぜそこまで俺と顔を合わせたくないのか、非常に気になる。
会ったら聞いてみよう。
■セレン
セラフィナとともに女官へ応募した美女の一人。
清楚な服装と柔らかな物腰が特徴。
潜入任務にもかかわらず、かなり役になりきっているという話だ。
こういう人間ほど、本番で強い。
■イレーネ
三人目の応募者。
活発な印象の美女で、三人の中でも特に行動力があるらしい。
ワルハラ宮の求人を発見し、「これを使って潜入すればいい」と最初に提案したのも彼女。
発想だけなら正しい。
問題は三人とも、本当に採用されそうなことだ。
■求人票
働く人材を募集するため、仕事内容や条件を記載したもの。
通常なら、
仕事内容。
勤務時間。
給与。
必要資格。
そのあたりを書く。
今回のワルハラ宮の求人票は、なぜか容姿や個人的な好みについての記載が目立っていたらしい。
ヒルダ殿。
後で人事制度について少し話をしよう。
■面接
応募者と採用側が直接会い、採用するかどうかを判断する場。
今回の応募者は三人。
面接側にはヒルダ殿。
さらに沙織ちゃんまで参加するらしい。
■コンプライアンス
法律や社会的なルールを守り、組織として適切に活動するための考え方。
神様だから対象外、ということにはならない。
むしろ神だろうが王族だろうが、立場が上なら余計に気をつけろ。
俺が聖域で散々苦労して整えた部分でもある。
アスガルドにも研修を入れた方がいいかもしれない。