聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜 作:斉宮 柴野
応募者は――セラフィナ、セレン、イレーネ!
その正体が海皇ポセイドン直属の海将軍だとは、もちろん誰も知らない!
正体を隠せ!
女声を忘れるな!
何を聞かれても自然に答えろ!
万全の覚悟で面接室へ入ったシードラゴンを待っていたものは――。
まさかのヒルダ&アテナ!
なぜアテナが採用面接にいる!?
そして始まる、想定していた質問とはあまりにも違う面接!
追い詰められるほど淑女としての完成度を上げていくセラフィナ!
それを見て勝手に感動するセレンとイレーネ!
果たして海将軍三人は、正体を隠したままワルハラ宮への潜入に成功するのか!?
というか――。
これ、本当に採用面接なのか!?
君は、小宇宙を感じたことがあるか!
扉の向こうまで来れば、もう引き返せない。
いや、引き返すだけなら簡単だ。忘れ物をしたと言えばいい。腹が痛いでも構わん。だが、ここまで来て逃げ帰ったとなれば、海皇への日報に何と書く。
敵地への侵入は目前でしたが、急に嫌になりました。
書けるか。
隣の二人からは、今さら何をためらうのかと言いたげな気配がする。
お前たちは気楽でいい。俺にはアッシュに見つかるという問題まであるんだ。
化粧を落とせば済む話ではない。
ともかく、まずヒルダだ。採用されれば宮殿に出入りできる。日々の予定も知れる。護衛を外す機会を探すことだってできるだろう。面接の一つくらい、愛想よく乗り切ってみせる。
「…………美しい…………」
よし。第一印象は悪くない。
正面の席はヒルダ。では、その隣は。
「超美人!! こんなに綺麗なのに、なんでかわからないけど……どこか背筋がゾクッとするような、野性的な色気と威圧感も感じるわ……。
この人達になら、ちょっと強引に迫られて抱かれてもいいかも……」
……………………な ぜ ア テ ナ が い る ! ! !
アスガルドにいることは知っていた。だからこそ、この格好までした。
だが、面接にまで同席するとは聞いていない! 地上の女神に、ほかにすることはないのか!
右も左も、さっきまでの余裕がない。笑顔を保て。頼むから顔を見合わせるな。
三人同時に凍りつけば、何かあると教えるようなものだ。
今の発言は何だった。威圧感と言ったな。まさか小宇宙を嗅ぎつけられたか。入室前に十分抑えたはずだ。海将軍だと見抜かれたなら、なぜ衛兵を呼ばない。こちらの出方をうかがっているのか。
落ち着け。先走るな。
「その………セラフィナさん。あなた、本当に……『ついてない』の?」
「は??」
しまった。
今のはセラフィナの声ではない。俺の声だ。だが、仕方ないだろう!
何を聞いている! 経歴、志望理由、得意な仕事。そのあたりから始めるものではないのか!
正体を疑われる覚悟はしていた。身分証を求められた時の答えも用意した。海界との関係を問われれば、知らぬ存ぜぬで押し通すつもりだった。
そんな質問への返答は用意していない。
いかん。腹を立てている場合ではない。失礼な質問だと抗議するか。それとも聞き間違えたふりをするか。今からでも「何のことでしょう」と笑っておけば――。
「貴方達の美は完璧すぎるわ。ワルハラ宮の品格を大いに高めてくれるでしょう。
採用には極めて前向きに考えていますが………どうかしら?
アスガルドの親睦を深める伝統として……本日はまず、私と一緒に温泉に入って……お互いの裸の付き合いを……じゅるり」
ない。まともに面接をする意思など、こちらにもない。
親睦を深める伝統だと。今考えたのではあるまいな。それに、最後の音は口に出す必要があるのか。
ただ、一つだけ分かった。俺たちを海将軍だと疑っているわけではない。少なくとも、ヒルダの関心は別のところにある。
ならば、断りようはある。
ここで乱暴に拒めば不自然だ。恐れる必要もない。温泉に入るために応募したのではないのだから、断る理由は十分にある。セラフィナなら、どう言う。
「滅相もございません。私たちは公私の別は厳格に分けたく存じます。
それに……嫁入り前の清らかな肌を、いくら女性同士とは言え、みだりに晒すなど……恥ずかしくてとても出来ませんわ」
言えた。
兄にだけは聞かれたくない。アッシュにもだ。今の一言を知られれば、帰順の条件に一生分の口止めを加える必要がある。
だが、任務のためだ。これでいい。
隣から、妙に熱い視線を感じる。そんな目で見るな。この切り返しを今後の模範にするなよ。
◇◇
上手い!! 完璧な淑女の切り返しだ!!
ソレントにとって、先ほどの低い声が招いた不安は、もう過去のものだった。やはり筆頭に任せておけばいい。潜入のために声まで作り、予想外の誘いにも即座に応じる。見事なものではないか。
これなら身体検査もお風呂も完全に回避できるわ!!
イオの安堵にも、疑う余地はなかった。採用後に困ることまで、きちんと先回りして断ってくれたのだ。表情を崩さずにいるのが惜しい。今すぐ礼を言いたいくらいだった。
◇◇
さっきまで、この人は何か隠しているのではないかと気になっていた。だって、きれいというだけじゃ説明がつかないんだもの。にこやかなのに、簡単には近づけない感じがする。
なのに、恥ずかしくて出来ませんわ、だなんて。
そんなふうに断れるのね。断られたほうが失礼だったと分かるのに、怒鳴られたわけでもない。私だったら、嫌よ、で終わっている。
「ぶふっっ!!」
ちょっと、血!
机の上の書類は無事かしら。いや、そうじゃない。ハンカチ、ハンカチはどこ。面接の最中に鼻血を出すなんて、さすがに応募者も驚くでしょう。
「と………尊い……!! 『嫁入り前』……なんと清らかな響きなの……!!」
「くっ……! 『百合』の良さがちょっと分かってきちゃった……! この奥ゆかしさ、イケる……!」
ただ、趣味の話で盛り上がるのと、採用面接は別。ここでは私も面接官なのだから、ちゃんと役に立たないと。
まず何を聞くんだったかしら。働ける曜日? 住み込みを希望するかどうか? ヒルダと打ち合わせをしてから呼ぶべきだったわ。浮かれている場合ではなかった。
「採用!!! 即採用よ!! 明日から朝一番で来てください!!!!
そのときは……ぜひ、このワルハラ宮公式の『新制服』を着て……!!」
もう決まったの?
これは、制服?
仕事に必要な形には見えない。寒い国なのに、どうしてこんなに布を省いたの。そもそも、今、公私を分けたいとはっきり言われたばかりでしょう。
止めたほうがいい。これは、さすがに。
「…………セクハラです」
間に合わなかった。
「ぐふっ……」
待って。そこで倒れるの? 叱られたのよ。喜んでいる場合じゃないでしょう。何の面接なの、これ。
「ヒルダ!! しっかりして、ヒルダ!!!!」
返事をしてほしい。私一人では収拾がつかないわ。採用と言ってしまったし、制服は断られたし、明日どんな格好で来てもらうかも決まっていない。
せめて、普通の制服もあると言って。あるでしょう? 宮殿なのだから。
「我が人生に……一片の悔いなし……。
……いえ、やっぱりダメ。処女のまま死ねない……絶対に嫌……」
自分で戻ってきた。
「そうよ! 私だってまだ死ねないわ!
……はっ!? でも待って、たとえ百合や男の娘のお姉さま方とイチャついたとしても……これって星矢に対する浮気になるのかしら!?」
まずい。これは本人の前で言える話だろうか。
きれいな人をきれいだと思うだけなら、別に悪くないはず。そこまではいい。でも、その先は。私の中だけで勝手に線を引いて、星矢も同じつもりだと決めていいの?
「星矢……! 沙織は心も体も純潔の乙女です……!
……でも、お相手が綺麗な女の子や可愛い男の娘なら、ノーカウントだから仕方ないのよね!?」
◇◇
絶対に仕方なくない。都合のいい言い訳をするな。
俺が男の立場なら、そんな屁理屈をこねる女は直ちに願い下げだ!!
いや、俺は男だ。何を仮定している。長くセラフィナをやりすぎたか。
頼むから、その話に俺たちを巻き込まないでくれ。頷けば賛同したことになる。否定すれば恋愛相談の続きを振られる。微笑んで黙っている以外に、取れる態度がないではないか。
しかも、採用は決まった。帰っていいはずだ。制服については断ったし、出勤は明朝だと言われた。礼を言って立ち去れば、それで今日の任務は成功なのだ。
では、明日よろしくお願いいたします。
この一言を挟む隙さえあればいい。
「でも……やっぱり初めての相手は、星矢に捧げるべきなのかしら……。重い女って思われないかな……」
ない。会話に隙がない。
ヒルダの説得はどうする。ポセイドンの命令を果たすために来たんだぞ。採用に浮かれて目的を忘れるな。……浮かれてはいないな。もう、何でもいいから帰りたいだけだ。
この状況で海皇の名を出してみろ。なぜ女官の応募者が海皇の使者なのか、説明する羽目になる。そのうえアテナまで目の前にいる。交渉どころではない。
「沙織、その点に関しては諸説あるわ。最近のネットのコラムによれば、今の若い男は変に初心な女よりも、ある程度手慣れてこなれている女のほうがリードされて嬉しい……という話もあるわよ」
諸説ある、ではない。誰が書いたかも分からん文章を根拠にするな。相手はその星矢という男だろう。
隣の二人に助けを求めたい。だが目を合わせたら最後、保っている表情まで崩れそうだ。ここまで三人で化けてきたのだから、最後の挨拶くらい誰か代わってくれ。
◇◇
そういう考え方もあるの?
知らなかった。私の知らないところで、恋人同士にはいろいろと決まりがあるのかもしれない。好きだと言ってもらえたから大丈夫、なんて安心しているのは、私だけだったりするのかしら。
「ええっ!? マジで!? じゃあ私、星矢と本番を迎える前に、ここで誰かと練習しておいたほうがいいってこと!?」
……ここで?
【アッシュの用語集】
■ワルハラ宮女官
ヒルダ殿の身辺や宮殿内の業務を担当する職員。
本来なら採用には経歴確認や勤務条件の調整が必要だと思う。
今回?
顔を見て数分で採用されたらしい。
人事担当を置こう。
本気で。
■採用面接
応募者の能力、経歴、適性などを確認する場。
少なくとも俺はそう認識している。
今回のワルハラ宮で何が行われたかについては、俺にも説明できない。
ただ一つ言える。
採用面接で応募者から「セクハラです」と指摘されるのは、かなりまずい。
■潜入
敵対勢力や目的地へ正体を隠して入り込むこと。
成功の基本は、
目立たない。
疑われない。
必要以上に印象を残さない。
……応募開始直後に即採用されるほど目立っている時点で、本当に成功と言っていいのだろうか。