「……銀弾使い、ですか」
放課後。
行きつけの喫茶店ペルマトに私たちは集まっていました。
「そう。名前は【
「去年の冬エレウシス本戦ベスト16の猛者や」
私が広げた雑誌――ファイター専門雑誌”Fighting”。
部活の終わり際にリナさんから渡されたもので、丁寧に付箋が貼られたページには黒い髪と黒いコートを羽織った麗人の写真が映っていました。
そう麗人。
女性のファイターだ。
「これやこれ、去年の冬の奴やけどな」
「バンバン叩いてるけど、それぼくのだからね?」
「個人戦ベスト16……凄いですね」
もう何度か目を通した記事の文章を読み直してもまだ驚きがある。
エレウシス。
あの
地区大会といえば弱く感じそうですが、実際には各都道府県の数百、数千人以上の学生ファイターたちを相手にたった1つの枠を巡って奪い合う激闘。
それを勝ち抜いた強者が、最後の最強を決める戦いがエレウシスの本戦。
50人近くに絞り込まれたそこでベスト16。
間違いなく一握りの強者。
記事には占光高校でも長らく現れなかった本戦出場者、
そんな力強い見出しと共に大きく取り上げられている。
しかし。
「……なんでそんな凄いファイターなのに、ドアは知らなかったんでしょうか?」
学年が違うとはいえ、ここまでの学校生活で名前も聞いたことがなかった。
まさかジグ部長みたいに入院してたとかでしょうか。
「……負けたからや」
「? それはまあ1位じゃないから途中で負けたんですよね」
二回戦、いやシードはないから多分三回戦ぐらいでしょうか。
「負けた相手が問題なんだよ」
「負けた相手?」
そんな私の疑問を、二人が教えてくれました。
「――”女帝”さ」
あ。
「シード権からの本戦参加、その最初の第一戦で直撃してしまったみたいだね」
「去年の冬頃やったかな。うるさいぐらい話題やったで、入院してたジグは知らんやろうがめっちゃ好き放題に騒いでなぁ。伝説の再来! 三連覇した占光の伝説の再来VS無敗の女帝! どっちが勝つかー、もしかしたらーみたいでぎゃーぎゃーなぁ」
くるくると先程まで口に加えていたパフェのスプーンの先端を回して。
「――が、結果は知っての通り。女帝は無敗のままやった」
ビシッとその先を、私の顔にリナさんは向けました。
そういうのあまりよろしくないですよ?
「知っての通り、ドロシーが勝つまでな」
「個人では勝ってませんよ」
「そらそうや。出場してないんやから」
おかげであの人には怒られましたけど。
――なんで貴様、個人で出ないのだ! ばかたれめ!!
なんて地団駄を踏んでて、そのあと息切れしてましたけど。
可愛かったですね。
「つまるところあれだね。期待に持ち上げられ持ち上げられて、そして駄目だった落差が激しかったってことかな」
「せやなー。しばらくぎゃーぎゃー言われてたみたいやけど、いつのまにか鎮火しておったわ。というより忘れられたというかな」
「忘れられたですか」
「せや。残酷な話やけどな、人間話題になってる時だけは目を向けるけど、話題が過ぎ去ったら熱も消えてもうわ。うちらやって、次の冬にあっさり負けたりしたら同じことになるで」
「それは……少し怖いですね」
持ち上げてほしいわけじゃない。
むしろ色々と面倒だし、放っておいて欲しいと思っています。
けれども冷遇されたり、落胆したような目を向けられたいわけじゃない。
精一杯に頑張った結果を、正しく評価して欲しい。
そう願うのは贅沢なのでしょうか。
「ま、それはそれとして。このロギンが強いのは変わりはないで、女帝が頭おかしいだけでベスト16や。16」
「問題はLife部じゃない個人勢。しかもうちの生徒会、それも副会長なんだよね。忙しいんだろうし、もしも学業に専念しているってことなら交渉は難しいかな」
生徒会。
本などの創作物だと学校の生徒なら誰でも知ってたり、有名な人の集まりたちのように扱われてますが、現実ではそんなことはないです。
いえ、
精々会長の顔はなんとなく憶えてるぐらいです。
会長っていうにはなんか明るくて、ハキハキした態度の先輩でしたけど。
「副会長……それって次は生徒会長になる人じゃないんですか?」
「うん、まあ有力候補だよ。うちは普通の公立高校だし、みんな生徒会とかなんて興味ないからね、人格とか経歴に問題なければ順当に選ばれるだろうさ」
だから誘えるとしたら今年だけだろうね。
と、本来なら三年生になっていたはずのジグ部長がしみじみと説得力のある意見を仰ってくれました。
……今の私、リナさん、ジグ部長のベストメンバーで挑めるのは今年が最後だ。
伸ばせても多分夏まで。大会で結果を出せてるから秋のフォーマルハウトにも招待されるかもという話だけど、先輩たちには学業がある。
きちんとしたファイターとしての育成学校なら出せた結果が進路に影響するから三年の冬までみっちり出るらしいけど、そうではない。
一緒に戦える間は出来る限りの結果を、一緒の努力をしたいと願う私は我儘でしょうか。
「ベスト16……銀弾使い」
広げた記事。
そこに書かれた彼女、
その代名詞である<
――このカードを使いこなしてるなら、間違いなく強い。
もしもこれを使うならどんなデッキにしているか、どんな風に
「……あの、この人夏にいましたか? ドアは見た憶えがありません」
夏のエレウシス個人戦。
私たちは誰も出れなかったけれど、観客として試合は見ていた。
その時のレベルを知るのも大事な勉強だって。
……まあ団体戦での疲れもあってかなりくたくただったのでところどころ抜けはあるかもですが、同じ学校の。
しかもこんな特徴的な方がいたならば絶対に覚えているはず。
「いや、彼女はいなかった」
「エレウシスに初参加したのも昨年の冬が初めてや」
「……夏が苦手ってことでしょうか?」
夏だけ参加してないということはそういうことでしょうか。
しかし、ジグ部長はフルフルと首を横に振って。
「いやそういう話は聞いてない。だが、彼女は
「出来なかった……?」
「
えっ。
「――【ロストバベル事件】 憶えてるだろ?」
「……確か冥牙バベル社のニュースですよね」
思わず窓を見ました。
日当たりのいい窓の光景、その先にあったはずの光景。
この街のどこからでも見ることが出来た巨大な
天を突かんばかりのそれに、昔の私の家が日照権で少し揉めることになってしょうがなく引っ越したことがありました。
あの時はちょうど屋敷も建て直したかったと母様が平然としてたけれど、子供の頃から思い入れがあった場所だったから私は少し嫌いになりました。
「人体実験だとか、行方不明になってた人たちがたくさん見つかったとか色々騒がれてましたけど……」
「そういえばいつのまにか全然聞かなくなったなあ、まだ一年も経ってへんのに」
メガ・バベルコーポレーション。
軍事企業を始めとした様々な産業に関わる世界規模の
手元の携帯から、地球の裏側までと言われるネット通信のエクスラン・ネット。
ニュースや映画、芸能関係のメディア関係に置いて影響がないところがないと言われるメタ=ラニカグループ。
その2つと合わせて、3大メガコーポと言われる巨大企業。
「……余り考えると怖いことになるからやめましょう」
私たちのような一般市民とは縁遠い話です。
「せやな」
「そうだね……ええと話を戻すんだけど、彼女はそれから戻ってきたんだ」
「失踪してたっちゅう話じゃなくて、しばらく休学してたみたいやけどなー。でもタイミング的に、なぁ?」
「なるほど」
だから夏のエレウシスには参加出来なかった。
「そういえば……夏の大会の時、参加が有力視されてたファイターが何人も参加してなかったって言われてましたよね?」
「あったあった。おかげでうちらみたいなのが、運良く滑り込めただけだーとか皮肉言われたわぁ」
「どれだけ被害があったんだろうねぇ……」
しばらく私たちは天井を見上げました。
「…………ま、まあ今は無事なんですよね?」
「せやな。話したことはないけど、ちゃんと学校には通ってるで。目立つから見かけたことあるわ」
「じゃあ近いうちに交渉してみようか……ん? ああ、ちょっと失礼」
ジグ部長が断りを入れてから、携帯を取り出す。
「どしたん? 電話か?」
「いやメールだ……あ、もうそろそろか」
そろそろ?
「今回ここに集まったのは知り合いが来ることもあってね、あ、こっちだこっちー」
カランと聞こえたドアのベルに、ジグ部長が立ち上がって手を振っている。
その方角を私は見ました。
そして、思わず叫びそうになった口を慌てて抑えました。
「やあ。どうもどうも、邪魔しちゃってるみたいで申し訳ない」
思っても見なかった人だから。
「ふ――フツさん?」
茂札普夫さんでした。
学校帰りのはずでしょうか、制服の上からお店で働いてる時には見たことがないジャケット。
それも黒くて渋いかっこいいものを羽織って、髪もワックスを付けてるのか少し髪型を変えてました。
「茂札やんけ、どしたん? それかっこええな」
「あ、これこの間古着屋で見かけて買ったんです。そろそろ寒くなるからちょうどいいかなって」
「昨日の夜にね。メールでちょっと頼まれたんだ、欲しい資料があるってさ」
「欲しい資料ってなんですか? ドアも協力出来ますよ??」
「いやいやいや、大したものじゃないから」
「じゃ、これが約束の資料だ」
「ありがとうございます。すぐコピーして返しますから」
ジグがカバンから取り出したルーズリーフを、フツさんは受け取りました。
あれは確かジグがまとめてる研究ノートだったはず。
「……あの、なにを渡したんです? いや聞いちゃいけないっていうなら聞きませんけど」
手を上げて訪ねてみると、ジグがフツさんを横目で見た。
なんです、ドアに聞かせられない話なんでしょうか。
なんですか!
「個人的な意見なんだけど、どうせならドロシーにも聞いたほうがいいと思うよ? 張本人だし」
「ちょうほんにん?」
「ん~~……いや隠すようなことでもない、か?」
フツさんはそうしてドア、喫茶店の入口のほうを見ました。
人目に晒されるのはやっぱり避けたいんでしょうけど。
「大丈夫やで。ここ穴場だし、うちらが結構通ってるけど他の連中全然こんわ」
「プッシュしてる看板メニューがイカスミスパディなのはしぶすぎると思うんだよね。パフェ美味しいのに」
「チャレンジ過ぎんだろ」
私もそう思います。
はぁとため息を吐いたので、私はリナさんと私のカバンを置いていた席を空けました。
「どうぞ」
「いや、女子の隣はちょっと」
「どうぞ」
「……これ断れないノリだな?」
「ドロシーはこういう時動かない」
「諦め~」
親切ですよ?
「では失礼して……まあちょっと中身も確認したかったから、少しだけね」
「はい。何でも聞いてください!」
なんでしょうか。
「女子高生ってこええな、こんな元気なのが今時なの?」
「うちにはわからん」
「ぼくにもわかんない」
「ドアにはわかりますから大丈夫です」
何故かフツさんがため息を吐いちゃいました。
「んじゃそうだね、ちょっと尋ねる前に、これ説明するね」
「そのルーズリーフですよね。何のノートです?」
「僕が知りたかったのさ」
「――エレウシスの覇者。”女帝”のデッキをね」
◆
息を吐く。
息を吸う。
息を止めて、背筋は伸ばしたまま、それは火を見ていた。
それは影だった。
それは人だった。
暗く、陽の光1つ差さない閉じきった道場の中で、蝋燭の火が1つ灯っていた。
それを見つめるのは背筋を伸ばした人影。
真っ白な肌、起伏のない胸、固く引き締められた下腹部、長く長く伸ばされた黒い髪。
女だった。
髪だけを纏った女が座禅を組んでいる。
そして、紅く淡い瞳を揺らすことなく火を見つめていた。
「赤」
口の中で蕩かすように、声をこぼして、手が動く。
その側にて積み上げられた
――<赤の決弾>
「青」
1枚引いて、捲る。
――<青の弾劾>
「白」
1枚引いて、捲る。
――<白の懇弾>
「黒」
1枚引いて、捲る。
――<黒の弾願>
「白、青、黒、黒」
――<白の懇弾>、<青の弾劾>、<黒の弾願>、<黒の弾願>
捲る、捲る、捲る。
口にこぼした色のカードがめくり出る。
「装弾」
――<クイックリロード>
めくり、出たカードを、女は横目で見つめ……指で摘んだカードを、舞うようにデッキに重ねる。
音が鳴る。
セットされたマシン、オートシャッフルマシンが作動する。
自動的にデッキが混ぜ合わされ、無作為に、機械的な動作のままに混ざっていく。
そして、停止。
「黒」
宣言し、また引いて、捲る。
それを繰り返す、揺らぎなく、蝋燭の火を揺らさぬようにそれは繰り返し続けた。
それは修練。
それは研ぎ澄まし。
何度も何度も数え切れぬほどに繰り返して、やがて蝋燭は燃え尽きた。
闇に覆われた中で、艶めかしい白い肌を汗ばませた女は目を薄く開きながら、息を吸って吐く。
集中する。
集中する。
その中で、やがて女は瞬き――気を吐いた。
「……今度こそ」
闇の中で見えるものを、憎々しく睨みつける。
「今度こそ当方は……勝つ」
恨み、誓う名は――
「フェムス・コンカレント」
◆
「フェムス・コンカレント」
ノートに記された名前を読み上げる。
それが。
「それが
興味もなく……見ようともしなかったその名前に。
――どうしょうもない懐かしさがあった。
それは些細なものでも、いずれ流れを変えるかもしれぬ。
――投げ込まれた小石