「・・・・・・何やってるの?」
横合いからかけられたその声に、血の気の引く音が聞こえた。
4人の小学生に囲まれて、手には流行のカードゲーム。ちょうど私の逆転勝利が決まり、盛大にいきったタイミングだった。
子供達の歓声とは裏腹に、私はどん底の気分だった。
***
そもそも私が小学生相手にこうして師匠師匠と慕われることになったのは何故であったか。
それは──
密かにカードを集めていたことか。
隠れて買った追加パックを待ちきれず外で開けたことか。
それを近所の小学生に見られたことか。
ちょっとした気の迷いで勝負する? とか言ったことか。
そこで連戦連勝して調子に乗ったことか。
カードの数字しか見てなかった子供達にコンボや戦術を伝授したことか。
その上で未だ勝率90%を保ち続けていることか。
・・・・・・駄目だ、どう考えても自分が悪い。自分でせっせと掘り続けた墓穴が深すぎる。 小学生の群れに師匠と呼ばれる女。どう考えてもまともな女子高生では、ない。
ここで私に声をかけてきた男子は、同じ高校のクラスメイトで、一応は幼なじみ。とはいえ中学に上がる頃には距離ができて、私がカードゲームをたしなむことを知るはずもない。というか誰にもを教えたことはないから当然だけど。まして、こんな風に調子に乗る姿だって見せたことはない。これでもクラスではおしとやかキャラで通しているのだから。
だがそれも終わりだ。言い訳は効かないだろうし、空気を読まない小学生男子が次の対戦相手として名乗りを上げている。ああ、今だけは師匠と呼ばないで・・・・・・。
彼の顔を見るのが怖い。私、一体どう見られているだろう。きっと学校でこのことをみんなに話して、私はあっという間にヤバいオタク女の烙印を押される。からかわれるくらいなら御の字で、いない人扱いすらあり得る。あと一月もすれば修学旅行なのに、そんな針のむしろで2泊3日とか、ふつーに地獄じゃない・・・・・・。
絶望に染まり、笑うしかない私の心だが、子供達は頓着しない。
既にカードを切り終えて、私のことを急かす。悲しいかな、私の体は感情とは無関係になじみの動作を繰り返す。正直、やけくそだ。どうせこの姿を見られているのだ。最後に一花咲かせてやるさ!
後ろ向きに全力で走る感覚で手札を引く。彼からの視線を感じつつも、手元のカードに意識が向いてしまう。キャラカードとスペルカードが半々。始動としては悪くない。もうどうにでもなれって気持ちが思い切りの良いプレイをうむ。びっくりするほどデッキが回る。これは、いけるか? アニメの2期で主人公がド派手に決めたコンボへの道筋が見えている。もちろん私のデッキだからアレンジしてはいるが、始動すればすべてをなぎ払うド派手なコンボが見事に決まった! がきんちょのライフが焼き尽くされて、私の勝利が決まる。後ろめたさと爽快感でもう情緒はぐちゃぐちゃ。すごいゾクゾクする!
あまりの神展開に静まりかえった東屋。はっきり言って、ヤバい。やべぇ・・・・・・と呟く幼き者達。ふふふ、マジでそれな。まあ私の最後の一戦だ。これくらいじゃなきゃ、やってられない。あー、きもちいい!!
「今の、そんなにすごいの?」
「ヤバいよ! だってレインがバルガスとのバトルで決めたコンボだよ! 絶対無理だってみんな言ってたのに、一発で決めたやつ! しかも師匠アレンジで火力も倍だよ、倍っ!!」
ちなみにレインというのはこのカードゲームの販促アニメの主人公ね。バルガスは中ボスの一人で、レイン相手に完全に勝ち越してたヤバい奴。それを奇跡のコンボで打ち破るんだから、燃えるよね。それを! 私が再現して見せたってワケ! わっかんないかなぁ?!
「そうなんだ。すごいんだね」
あれ? っていうかなんでまだいるの? あきれて立ち去ったかと思っていた幼なじみが、むしろ子供に混じっている。私のすごさをピーチクパーチクしゃべり出す子供達にも嫌な顔一つ見せず、穏やかな表情で話を聞いている。
え、なにそれこわい・・・・・・。
***
僕がその公園に寄ったのは偶然だった。金欠でジュースを買うのが躊躇われたから、公園で水道でも飲むかと寄り道をした。ただそれだけのはずだった。
水を飲み一心地つくと、何やら子供が東屋で真剣そうに何かを見ていた。あまりに真剣な顔をしていたから、興味をそそられて彼らに近づいた。彼らの中心には、机に並べられたカードと、向き合う二人。一人は観客と同じく小学生くらいの男子。そしてもう一人は──知った顔だった。
黒くつややかな髪を後ろでまとめた髪型。色白で本がよく似合う、僕の幼なじみ。とはいえ中学に上がる頃には随分と疎遠になってしまっていたのだけど。
その彼女が、ガッツポーズとともに吠えた。
クラスでは丁寧な所作と穏やな性格で、男子からも女子からも人気がある。笑うときでさえ控えめな彼女が、勝利の興奮に目をきらめかせている。そして子供達からの賞賛を受けて、慎ましい胸を突き出して、仁王立ちしてみせる。学校での姿とは似ても似つかぬその姿。だけど、僕にとって懐かしい姿だ。
しかし堂々としたその威勢も僕と目が合うまでのこと。
ずさぁと血の気が引く音が聞こえてきそうなくらい、はっきりと顔色が変わった。
それでいて表情だけは凍り付いたように笑顔のままだ。何というか、今更ながらに見てはいけないものを見てしまった気がする。
いや、子供に囲まれて大人げなく勝利の雄叫びを上げる女子高生。まあ見られたくはないかな。固まるだけで済んだのがむしろすごい。
何人かの子は、彼女の視線と僕の存在に不思議そうな顔をしていたが、それも次に誰が挑むのかという話になるまで。僕ら二人の間にだけ、奇妙な沈黙が降りる。
子とも達は幾度かのじゃんけんの結果、次なる挑戦者が決まったよう。再び勝負が始まった。張り付いたような笑い顔の彼女は、随分とこなれた手つきでカードを切っている。どうもそれなりにいいカードが引けたようで、引きつったような笑顔が自然な表情に戻る。自分が原因だと分かっているだけに、ちょっとだけホッとする。
彼女はもう集中しているみたいで、目線は手元と机のカードだけに注がれる。騒がしかった子供達が気付けば固唾をのんでいる。何やら期待が注がれているような感じ。状況がわからないのは僕だけのよう。
彼女がカードを引く。一瞥すると、そのままなめらかな所作で、たたきつけるようにそっと優しくカードを出した。そのカードの説明といくつかの操作をして、それで勝負が付いたらしい。
僕はといえば、カードを動かす彼女の白い指に気を取られてどういう理由で勝ったのかは分からなかったけど。
シンと静まりかえった東屋。いや、なにかすごいことが起きたらしいことは分かった。僕には分からない何か。彼女がこらえようもなく、喜びをにじませている理由も、頬を紅潮させるほどの興奮も、何一つ僕には分からなかった。
だから、僕はそれが知りたくなった。
***
近くにいた子に今起きたことについて尋ねてみれば、興奮した口調ながらも丁寧に答えてくれた。むしろ情報量に圧倒されたし、次々に他の子達から補足情報が入るものだから、分かったかは自信ないけど。
ともあれ、彼女は偉業を成し遂げたということらしい。まあそれはいいんだけれど。分からないなりに分かったから、それはいい。
問題は、僕のことを思い出して顔色を変えている彼女に、何をどう伝えればいいのか。それだけだった。
***
私の人生におけるベストバウトはこの戦いだった。それだけは自信を持って言える。だからフィールドを子供達に譲り、彼と話をすることにした。完璧な勝利が私に立ち向かう勇気をくれたのだ。・・・・・・彼の表情からはあきれとか馬鹿にした雰囲気がまるでなかったから、と言うのもある。今でこそ全然話さなくなってしまったが、これでも幼なじみなのだ。その位は分かる。
東屋から少し歩いてブランコへと場所を移す。ブランコに座るわけでもなく、ぶつかり防止の柵に腰掛ける。彼はといえば姿勢良く立ったままだ。やっぱりスポーツしてるとただ立っているだけなのにサマになるね。
彼から何か言われる前に口を開く。少しでも私に流れを引き寄せたい。いきなりカード趣味をあげつらわれたら死んでしまうから、ちょっとずつ反応を引き出すのだ。
「珍しいね、こんなところで会うなんて」
「そうかもね。この公園に来たのも久々だよ」
そういえば小学校の低学年時代は良くここで遊んでいたような気もする。家が近いから一緒に来て、一緒に帰った。こんな風に二人で並んでいることも、昔は当たり前だったなぁ。
「師匠なんだって?」
「っ!!」
詰まった声にならない音が出た。やめて! 昔の話に気をそらされたところにガツンといいのが入った。そこは私の一番柔らかいところ何ですけど?!
「別にからかってるわけじゃないよ。いや、少しはそれもあるけど」
あるのかい! もう、この男ときたら、真面目な顔でひどいことを言う。
「学校にいる時とは随分違ってて驚いたかな」
でしょうね。一体どうしてこんなことになったのか。でもおしとやかな私も、勝負に本気の私も、どっちもほんとの私だ。どっちが本当とか聞くなよ?
「昔はさ、あんな風に威張ってたなって、懐かしくなった。別にただそれだけなんだけど」
「・・・・・・隠すのがうまくなっただけで、私は変わってないよ」
「みたいだね。よく一緒にヒーローごっこしたり、男子の遊びに交じってたけどさ、時々女子に文句言われたこともあったなって。危ない遊びに誘うななんてね」
「そうなの? えっと、ごめん?」
「何に謝ってるのさ?」
確かに。彼の穏やかな表情に、昔みたいに話せていることに、なんとなく笑ってしまう。
「でもさ、途中から全然遊びとか、ゲームとか、誘ってくれなくなったのはちょっと恨んでるかも」
「その恨みは文句言ってきた女子に向けてよ。誘いにくくなったのはその子達の視線がきつかったからだから。まあ、そのあとすぐに僕はサッカー始めたから時間の問題だったと思うけどね」
「どうせならサッカーも誘ってくれれば良かったのに」
「運動音痴連れてったら僕が恨まれる」
「女の子を連れてったら喜ばれるものじゃない?」
「小学生男子が? 今バトル中のあの子たちがキミのこと女子扱いしてる?」
「・・・・・・師匠って、女の子に付けるあだ名じゃないよね」
言わずもがな、完全にカードのうまい遊び相手にしか思われていない。そうか、確かにあのくらいの年齢じゃ、女子と遊ぶのも照れくさいよね。つまり、彼もそうだったのかな?
ジッと眺めてみる。勘がいいことに、私の言いたいことが伝わったらしい。眉をひそめて手で視線を払うような仕草をした。そして、諦めたように顔をそらした。
「まあ、照れくさかったってのもあるよ。それに中学からは制服になったでしょ。あれがまあ、致命傷というか。一気に男子と女子の違いを分からされて、どうしたらいいかよくわかんなくなったんだよ」
それは分かる。私は小学校の時はずっとズボンだったから、制服のスカートが頼りなくて嫌だった。それでも、次第に慣れていって、女の子らしくすることも覚えた。
おしゃれしたり、おしゃべりしたり、ドラマに夢中になったりね。はじめの頃は全然出せる話題がないから聞き役に徹していて、未だにその流れでにこにこ微笑むくせが付いている。それっぽく微笑んでいればいいようになるのだ。
かっこいい俳優がどうの、どこのリップがかわいいだとか、そんな話題も嫌いじゃない。それよりも新しいカードパックの話がしたい。手持ちのカードとのコンボを考える方が好きだなって、それだけ。女の子の遊びとか、価値観もいいなって思うし、実際楽しい。でも、私の根っこは多分こっちなんだろうなって思う。
そうやってアンニュイな気持ちになってみる。その結果が子供たちの師匠だというのは、まあどうかしているよね。
「時々は話を聞かせてくれよ」
「・・・・・・?」
思考が内面に沈んだせいか、突然に言われた言葉の意味がよく分からなかった。何かそんな流れだった?
「えっと……もしかして私、心配させてる?」
子供をカードで従える女子高生。いや、ちょっと心配になるな? クラスに友達はいるのかしらって。いや、彼とも同じクラスだから友達いることを知らないはずはないんだけど。
「別に心配してるわけじゃない。たださ、惜しくなった。昔はこんな風に話をしてて、なのに今は全然で。多分このまま家に帰ったら、また話すこともなくなるんだろうなって思ったら、さ。カードの話でも、アニメの話でも何でもいいよ。ただ、たまには話をするくらいはいいんじゃないかって、思ったんだ」
「そういえば、小さい頃はいつも君に話を聞いて貰ってた気がする。退屈そうにしてた気もするけど」
つんつんと肩をつついて過去を責めてみる。別に怒ってるわけじゃないけど、そうやって話を聞かれるんじゃ楽しくない。ちゃんと釘を刺しておかなければ。
「そういうポーズを取らないといけないんだよ、男子は」
「ふぅん。ふーん。そっか、そうだったのかぁ。ふふ、そんなに私の話を聞きたいのか」
「・・・・・・時々ね?」
この期に及んで予防線を張ろうとする彼の発言を無視する。正直言って、話を聞いてもらいたくはある。子供たちとはカードの話は合うけど、やっぱり年の差のせいか限界がある。戦術とかの話をしたくても彼らではまだ経験が足りない。じゃあ、彼はどうだろう? 昔はよく話を聞いて貰っていて、その名残か今だって話しやすく感じてる。カードの話をしても多分怒らないで聞いててくれる。・・・・・・悪くない。どころかすごくいい気がする。これでカードについても議論できたら最高じゃない?
「カード……」
「……今金欠なんだけど。こづかい少ないし」
「今も500円なの?」
「んなわけないだろ。まあ、多くはない」
代わりにシューズとかサッカー用品は買ってもらえてるからいいけど。なんて言ってる。まあ真面目に部活やってるし、親としては応援したくなるよね。私のこの趣味は隠しているし応援される類いのものじゃないからなぁ。
「私も鬼じゃないから、今からカード一式新品を買いなさいとは言わないよ?」
「待て、それは話が変わってない?」
「変わらないよ? ただお話しするよりもね、バトルする方が気持ちが深く繋がるんだ・・・・・・!」
「お前、目が怖いよ・・・・・・」
「私の手で最強を育てる・・・・・・こんなに嬉しいことはない!」
「アニメの台詞とかでしょ、それ!」
「まあまあ。はじめはね、私のカードを譲ってあげるからさ。一緒にバトルしよ?」
何がいいかな? 初心者向けのハイスピード? いや彼は意外と頭を使ったプレイの方が好きだった気がする。じゃあトラップとスペル中心で組んでみる? でも自分のデッキを一から組ませてみるのもいいかもしれない!
そんなことを考えていたら、子供達が私のことを呼びに来た。かわいい奴らめ、私とのバトルが忘れられないと見える。機嫌良く腰を上げる私に、彼はあきれ顔だ。
「師匠さぁ、その人カレシ?」
そしてついでのように爆弾発言を落としていく。
「んんん!」
ちらりと様子をうかがう。が、にこやかな表情のままで何を考えているかがまるで分らない。ポーカーフェイスどころかにこやかフェイスが私の自己流独心術のことごとくを弾いている。
「違うよ? 今は幼なじみで……あとはまあ、おいおい?」
「おいおい?」
首をかしげる子を前に、私こそおいおいのことを知りたい気がしないでもない。
「でもその人もバトルするんだろ? 強いの?」
いや、触ったこともないと思うなぁ。なんて、これから始めるところなんだと言っておく。ほとんどアニメめいたカード中心の思考だね。人のこと言えないけど結構やばいかもしれない。いや、彼も昔はこんなんだったな。いいな、なんか昔に戻ったみたいだ。まあ昔に私みたいな怪しい師匠ポジはいなかったけどね! やってみると分かるこのポジションの中毒性。実は師匠呼びは結構気に入ってるのだ。バチバチにやり合う役目は彼らに任せて、後方師匠面するのは気分いいんだよなぁ。
初心者には興味がないようで、私の手を引いてバトルフィールドへと連れ出そうとしてくる。仕方ないなぁ。なんてまんざらでもなくついていく。
そして私の後ろを彼もついてくる。なんだか愉快な気持ちになったものだから、彼に笑いかけてみる。
「君も私のこと師匠って呼んでみる?」
「恥ずかしいし呼ばないよ」
……やっぱり私って恥ずかしい??
でも彼の足音はすぐ後ろにある。それで、単純な私は満足を覚えてしまうのだった。
終わり