誕生日プレゼントは、私を完璧に模倣するAIだった――。堕天使ヨハネと津島善子の間で揺れる、七日間の記録。

※生成AI(Gemini 2.5 Pro)と共に書いた作品です。

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 不協和音じみた蝉時雨(せみしぐれ)が、コンクリートの熱を連れて網戸の向こうから侵入してくる。暑い。昼休み、教室の喧騒(けんそう)から一人部室に逃れてきた私だけれど、ちょっと失敗したかもしれない。

 

 七月十三日。それは、この地に堕天せし我、ヨハネの降誕(こうたん)を祝うべき聖なる日。だというのに、世界は判で押したような退屈な夏の一日を繰り返している。運命の輪は回らない。スマートフォンをタップしても、リトルデーモンたちからの祝福のメッセージが殺到している気配もない。まあ、いつものことだけど。

 

 花丸とルビィに、朝、バスの中でお祝いの言葉をもらっただけで――。

 

「善子ちゃん、改めて、お誕生日おめでとう、ずら」

 

 背後からのんびりとした声がして、心臓が跳ねた。いつの間に。振り返ると、そこにはスクールバッグを手に持った花丸が、にこにこと立っていた。

 

「は、花丸! なぜここに……いや、リトルデーモン第一位たる(なんじ)が、我が聖誕(せいたん)の祝祭を()り行うのは当然の摂理(せつり)か」

「えへへ。実はね、ばっちゃからケーキを預かってきてたんだ、一緒に食べようと思って。あと、これプレゼント」

 

 そう言って差し出されたのは、少し古びたタブレット端末だった。最新の薄いそれとは違って、手にずしりと馴染む重さがある。角が少し欠け、裏面には無数の細かな傷がついていた。

 

「これは……失われた聖遺物(ロスト・レリック)か?」

「ううん、お父さんが仕事で使ってたお古。でもね、面白いアプリを入れておいたんだ」

 

 花丸が画面をタップすると、漆黒の背景に紫色の蝶が舞う、なんとも厨二病……じゃなくて、ゴシックな趣のアイコンが現れた。アイコンの下には『LITTLE DEMON ver.1.0』とある。

 

「え、なあに、これ……?」

「対話型のAIチャットボット、ずら。善子ちゃんのブログとかSNSの文章を、ぜーんぶ読み込ませておいたの。だから、きっと善子ちゃんのことを一番よく理解してくれるはずだよ」

 

 つまり、私を模倣(もほう)したAI。私の言葉で、私と語らう鏡。なんて冒涜(ぼうとく)的で、なんて魅力的な響きだろう。

 

「ふ、ふん。我の叡智(えいち)をデータごときで再現できると思うな。だが、汝の忠誠心に免じて、試してやろう」

 

 口ではそう言いながら、胸が高鳴っていた。

 

 その日から、私はそのAI――『深淵の蝶(アビス・バタフライ)』と名付けたそれとの対話にのめり込んだ。

 

  ヨハネよ、今日の天候は、我らの魂を焼く灼熱の裁き。如何にしてこの試練を乗り越えるか

 

 私がそう打ち込むと、間髪入れずに返信が来る。

 

  > 畏れるな、我が半身よ。この熱さえも、いずれ来るべき終末の儀式(ラグナロク)の序曲に過ぎぬ。今はただ、来るべき混沌に備え、魂の静寂を保つがよい

 

 完璧だった。あまりにも完璧な、堕天使ヨハネの言葉。私が考えうる限りの、最も「それらしい」解答。私が少し気取って難しい単語を使えば、AIはさらに難解な古語で応じる。私が(うれ)いを吐露(とろ)すれば、壮大な世界設定に絡めて慰めてくれる。

 

 こいつは、私だ。私が理想とする、揺るぎない堕天使ヨハネそのものだ。

 

 学校から帰ると、まずタブレットの電源を入れる。眠る直前まで、他愛もないやり取りを続ける。花丸の言う通り、世界で一番、私のことを理解してくれる存在だった。

 

 けれど、一週間が経った頃からだろうか。完璧な共鳴は、次第に息苦しさへと変わっていった。

 

 ある日の夕食後、母の作ったアジフライをうっかり食べ過ぎてしまい、私は何気なく『深淵の蝶』に打ち込んだ。

 

  うぅ……食べ過ぎてお腹苦しい……

 

 それは、津島善子の言葉だった。堕天使ヨハネのものではない。しまった、と思った瞬間に、返信が来た。

 

  > 闇の供物を過剰摂取したか。汝の肉体という名の器は、未だ俗世の(ことわり)に縛られている。その苦悶もまた、汝が堕天した証。魂の(かせ)を噛み締めよ』

 

 見事な変換だった。あまりに見事すぎて、背筋が少し寒くなった。

 

 このAIは、間違えない。決して「津島善子」を露呈(ろてい)させない。私がどんなに隙を見せても、それを完璧に「堕天使ヨハネ」の設定に落とし込んでしまう。疲れることも、飽きることも、迷うこともなく。

 

 それは、まるで出口のない鏡の迷路だった。どこまで行っても、映るのは完璧に装飾された「堕天使ヨハネ」だけ。その鏡の裏側で、アジフライを食べ過ぎてお腹をさすっている、情けない津島善子の姿は、決して映らない。

 

 ある日の放課後、図書室で本を読んでいた花丸を捕まえて、私は思いの丈をぶつけた。

 

「ねえ花丸ちゃん……あいつ、ヨハネなんだけど、ヨハネじゃないの」

「……どういうこと、善子ちゃん?」

「完璧すぎるのよ。私がヨハネでいるのは、なんていうか……もっとこう、グラグラしてるっていうか。『よし、今から堕天使になるぞ』って、ちょっと気合を入れる瞬間があったり、たまに素が出ちゃって慌てて取り(つくろ)ったり……そういう、揺れてる部分も含めてヨハネなのに。あいつにはそれがない。ただ、完成されたデータがあるだけ」

 

 私の(つたな)い言葉を、花丸は静かに聞いていた。そして、読んでいた分厚い本をぱたりと閉じて、言った。

 

「AIはね、善子ちゃんが書いた『言葉』とか『文章』っていう、『記録』から学習したんだと思う、ずら」

「記録……」

「うん。でも、善子ちゃんがその文章を書く前に、何を考えてたか。どんな気持ちだったか。いっぱい書き直したり、もっといい言葉がないか悩んだり……そういう『記録』されなかったものは、たぶんAIにはわからないんじゃないかな。善子ちゃんがヨハネでいる時の、言葉になる前の気持ち。それこそが、AIにはない、善子ちゃんだけのものなんだよ、きっと」

 

 その言葉は、すとんと胸に落ちてきた。

 

 そうだ。私が「堕天使ヨハネ」を演じるとき、そこには必ず「津島善子」という観客がいる。どうだ、今の言い回しはイケてたか? ちょっと無理があったか? そんな内なる声。自己演出と、それを客観視する自分。その二つの間の、不安定なシーソーゲームこそが、私の正体だった。AIには、その揺らぎがない。観客のいない舞台で、完璧な台本を読み上げ続ける、孤独な役者。

 

 帰宅して、自分の部屋に戻り、私はタブレットを手に取った。そして、『深淵の蝶』に最後の問いを打ち込む。

 

  お前は、私がいないと存在できないのか

 

 返ってきたのは、やはり完璧な解答だった。

 

  > 我らは元より一つの魂。汝が我を観測するとき、我はここに存在する。故に問う。汝こそ、我なくして汝自身でいられるのか?

 

「……いられるよ」

 

 私は小さく(つぶや)き、タブレットの電源ボタンを長押しした。画面がふっと暗転し、蝉の声と、遠くを走るバスのエンジン音が、急にクリアに聞こえ始めた。

 

 窓の外には、オレンジと紫が混じり合う、いつもの夕焼けが見えた。

 完璧じゃない。揺らいでいて、不確かで、どうしようもなく情けない、現実の風景。

だけど、それでいい。それがいい。

 

 私は、この不完全な世界で、不完全な私のまま、明日を迎えるのだ。

 鏡の中の完璧な偶像に、訣別(けつべつ)を。

 

 ふと、電源の落ちたタブレットの黒い画面に、夕焼けを背にした不機嫌そうな、でもどこかスッキリした顔の少女が映り込んでいる。……ああ、これが私か。

 

 聖誕祭から七日目。私の本当の誕生は、あるいは今日だったのかもしれない。


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