【推しの子】‐その雲は星々を包んで‐   作:TATAL

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最初の嘘

「ねぇキミ、パフェとか食べたくない? 話だけでも聞いてくれたら何でも奢っちゃう」

 

 たまたまスカウトに出た先で俺の目に入ったのは、キャップを目深に被った女の子だった。光の加減によっては濃い紫色にも見えるような綺麗な黒髪、そしてキャップの隙間から微かに見えるその目。どこで買ったのかも分からないようなダサい服に身を包んでいた彼女に声を掛けようと決めたのは、その目だった。

 

「スカウトって言うから何かと思えば。……アイドル? 私が? 笑っちゃう話だね」

 

 星野アイと名乗った少女は、俺が渡した名刺をしげしげと眺めながら抹茶ラテをズボボと吸い込む。

 

「今うちの事務所で中学生モデル達でユニットを組もうとしてる所でな。君ならセンターも狙えると思う」

 

 芸能事務所、苺プロダクション。俺の名前、斉藤壱護の名前から取ったにしては中々良い名前してると個人的には満足している。まだまだ小さくて吹けば飛ぶような事務所だが、俺の中の勘がずっとうるさく俺の耳元で囁いているのだ。

 

 目の前の少女は、天性のアイドル(嘘つき)の才能がある。

 

 センターも狙えると口では言っているが、俺の中じゃアイをセンターにすることは確定していた。

 他の子達も俺が自分の目で見出だした子達だが、間違いなくアイに喰われる。だが、弱小事務所の苺プロが雄飛するためには、絶対にアイが必要だ。

 

「興味ないです」

 

「いや絶対向いてる。保証する」

 

 すげなく断られてしまうが、そんなもの想定の範囲内だ。これまでの子達も、すんなりとスカウトされてくれたりなんかしなかったんだから。

 

「止めといた方が良いと思うよ。私、施設の子だし」

 

 そう言いながら、アイが笑みを浮かべた。空虚で、何を考えているか分からない笑顔だ。

 

「私……片親なんだけど、小さいころにお母さんが窃盗で捕まっちゃってて。その間施設に預けられて」

 

 でも、とアイは続けた。

 

「お母さん、釈放されても迎えに来てくれなかったんだぁ」

 

 何も堪えていなさそうに笑みを浮かべながら言い放つアイの姿は、人によっては気後れしてしまうだろう。だが、生憎と俺は自他ともに認める人でなしだ。こんなことで怯んであげられるような可愛げなんか持ち合わせちゃいない。

 

「まぁ、良いんだけどね。殴られるより施設の方がましに思えるし。……人を愛した記憶も、愛された記憶も無いんだ。そんな人にアイドルなんて出来ないでしょ」

 

 そこまで話を聞いている時点で、俺はアイの勧誘の成功を確信していた。

 出来ないでしょ、と言いながら、その目は何かを求めているように見える。施設にいて、それが急に東京に出てくる、しかも生活する当ても無いまま。アイは変化を求めてる。それも自分の人生をひっくり返しちまうくらいの。

 

「こんな私はきっとファンを愛せないし、ファンからも愛されないよ」

 

 誰かを愛したいし、誰かに愛されたい。

 

 俺にはアイの言葉がそう聞こえた。だから、なんでもない顔をして言い返してやろう。

 

「良いんじゃねえの。そもそも普通の人間に向いてる仕事じゃないし、そういう経歴も個性じゃん?」

 

 むしろ、どこか欠けている人間だからこそ、芸能界なんていうクソッタレみたいな世界で成功できるもんだ。自分という存在を、人生そのものを商品として切り売りする、まともな神経した人間がそんなことに耐えられるか? 少なくとも俺は無理だね。そんな世界に人を送り出す立場の人間が言うことじゃないのは百も承知だが。

 

「……で、でも、アイドルって皆愛してるぞーとか言うじゃん。私が言ったら嘘に……」

 

「嘘で良いんだよ」

 

 むしろ客は綺麗な嘘を求めてる。芸能界なんていかに綺麗な嘘を吐けるかを競う世界だ。本気でファンを愛してるなんて言ってる人間なんざ、悪いが一人もいないと断言してやる。

 それを聞いた瞬間のアイの表情は見ものだった。脱いだ帽子を握りしめて、独り言のようにぼそっと呟く。

 

「嘘でも、愛してるなんて言って良いの?」

 

 良い顔になってきたな。ここまで来たらもう一押しだ。

 

「色々言ってるが、本当は君も人を愛したいって思ってるんじゃないか?」

 

 やり方が分からないだけで、その対象が見つからないだけで。

 

「可愛く歌って踊っていれば、それだけでファンに対する愛情表現だ。アイドルになれば、愛してるなんて言葉は歌詞の中に幾らでも入ってる」

 

 そこに本当の愛があるかなんて誰も気にしてない。()()()()()()()()()()こそが大事なんだ。一番綺麗な嘘が吐ける人間が、一番多くの人を魅了するんだ。

 

「嘘でも良いから愛してると言っていれば、そのうち嘘が本当になるかもよ?」

 

 そう言って俺は右手を差し出す。たとえアイの求めている愛というものが見つからなかったとしても、俺は彼女を引き込んだことを後悔しない。きっと、いや絶対、彼女は誰よりも輝く星になる。誰もが焦がれて手を伸ばす、けれど決して届かないと愛を叫び続けるような、そんな最高の嘘吐きになる。

 

「俺と、いっちょ大嘘吐いてみないか?」

 

 それが、俺とアイの出会いだった。

 

 


 

 

 B小町

 

 そう名付けたグループの初期メンバーは高峯、ニノ、アイ、渡辺の四人で決定した。いずれも俺が見つけてきた子の中で光るものを持った娘達。

 

 その中でも、アイはやはりとびっきりの才能を持っていた。

 

 歌も、踊りも、誰よりもスタートは遅れていたはずなのに、気付けば誰よりも前に出ている。初めからそれが当たり前だと思うように、気付けば中心に立っている。天性のスター性。

 

「ハハッ、やっぱりお前は本物だよ、アイ」

 

 レッスンを受けているアイの姿を部屋の外からそっと覗いていた俺の口から、そんな言葉が漏れていた。

 

「急に訳の分からない子を引っ張ってきて保護者になるとか言い出した上に会社のお金を積んでまで、とうとう気が狂ったのかと思ったわよ」

 

「悪かったよ、だが、間違いじゃなかったろ?」

 

 隣に立っていたミヤコがため息を吐きながら、諦めたように頷いた。夜の街で、芸能人相手にギャラ飲みを斡旋していた元モデル。たまたまどっかのテレビマンに言い寄られていたのを見つけ、事務所のパートナーとして引き抜いた。B小町のマネージャーとして活躍してもらうつもりだ。

 

「確かにアイは才能があるわ。でも……、あなたが贔屓してるって、他のメンバーに不満が溜まってるわよ」

 

「贔屓か、アイの才能に他が追い付けてないのが悪い」

 

 小さなハコでライブを重ねていれば、否が応でも古参のファンの顔を覚えちまう。デビュー当時は各メンバーにそれなりに付いていたファンが、気が付けばアイが最も多くのファンを独占するようになっていた。それに伴って、曲の割り振りやダンスの立ち位置だって自然とアイにフォーカスされていく。

 

「客が求めるようにプロデュースしてるだけだ。俺に不満を持って、それで努力して這い上がろうとするならそれで良いんだよ」

 

 その矛先がアイに向かわないなら、健全な競争精神として捉えてやる。いくらアイが天才といってもまだ地下アイドルの一人。個じゃ芸能界に太刀打ち出来やしねえ。アイとタイマン張れるようなメンバーが増えるなら俺としても願ったりだった。

 

「ハァ……、それでケアは私に投げっぱなし?」

 

「悪いって。こういうこと任せられんのもお前だけなんだよ」

 

 俺じゃ誰かの気持ちを慮るなんて出来やしない。それが出来るのはミヤコだし、それが彼女の仕事だ。

 

「それに言ったろ? キラキラする世界を見せてやるって」

 

 俺が彼女を引っ張ってくるときの口説き文句。かつてミヤコが憧れたキラキラした世界。それを見せてやる。たとえその時にスポットライトが当たるのが彼女じゃないとしても、裏方として輝かしい世界を垣間見せてやると。

 

「……嘘だったら許さないからね?」

 

「おう、アイなら見せてくれるぜ」

 

 俺の言葉通り、アイをセンターに据えたB小町の快進撃は凄まじい勢いだった。瞬く間に多くのファンを獲得し、マイナーながら物販は売り切れ続出。今注目の地下アイドルとしてテレビでも取り上げられ始めたのだから。今が売り出し時だ。

 

「うちのアイを一度生で見てやってくれませんか?」

 

「きっと気に入ると思います」

 

「今度、近くでミニライブやるんで。あ、デモテープ聴きます?」

 

 俺はここぞとばかりに持てるコネを使いまくった。知り合ったプロデューサーやディレクター、とにかく片っ端からアイとB小町を売り込んだ。アイを一度でも見れば、誰もが虜になる。芸能界に身を置いて長い人間なら、アイのその天性の才に気付かない訳が無い。

 

 数字が取れる。バズる。金になる。

 

 動機は何でもいい。とにかくアイはウケた。業界人に、テレビに、そして人々に。

 

「どうしてアイばっかり!」

 

 順風満帆じゃなかった。B小町の中で不和が拡大した。社長の俺に直接不満をぶつける人間が出るくらいに。これまでも何度も止めろと注意した。そんなことをするよりも、努力してアイに対抗できるくらいの魅力を身に付ける方が仕事に繋がるとも言った。

 

「アイの代わりに出て、アイと同じかそれ以上にやれるか?」

 

「……っ!」

 

 俺の言葉にすぐに言い返せないようじゃダメだ。自分でも分かってんだ。アイと同じようにはやれない。アイと自分は違うって。それを心の奥底では認めながら、違うと自分に嘘を吐いてる。

 

「俺に不満があるのは良い。俺が嫌いなのもな。スカウトしておきながら塩漬けしやがってって愚痴くらいいくらでも聞いてやる。……だがな、グループにそれを持ち込むんじゃねえよ」

 

 ある日のミニライブの直前。控室にあったアイの衣装がズタズタに引き裂かれていた。カッターナイフで見るも無残な状態にされたそれは、とてもじゃないが開演時間までに修復することは不可能だ。

 

「すぐに代わりを用意させる。直前で衣装変更になってすまんが……」

 

「大丈夫」

 

 過去の衣装をリバイバルということで使い回すか、あるいは下手人の衣装をサイズ調整して着せるか、そう考えていたところに、アイは短く返した。

 

「今日の物販のTシャツあるよね? あれ着れば販促にもなるじゃん?」

 

「あ? アンコールならともかく初っ端からそれで出るなんて……」

 

「だーいじょうぶ!」

 

 俺の心配をよそに、アイはとびっきりの笑顔を浮かべて見せた。

 

「私は最高のアイドル、でしょ? 佐藤しゃちょー?」

 

「……惜しいな、俺の名前は斉藤だよクソアイドル」

 

 最高のアイドル、その言葉を、アイは嘘にしなかった。急遽、私服のスカートに物販のTシャツという出で立ちで堂々とステージに出たアイは、それが最初から決まった演出であるという最高の嘘を演じて見せた。客は誰も、アイの嘘を疑わなかった。その日の物販は、ライブが閉演して三十分ともたずに完売した。

 

「同じグループ内の他のメンバーの悪口を言う人間はいらない」

 

 それ以降、俺はその方針を掲げるようにした。それは取りも直さず、アイに手出しすることは許さないという意思表明だ。残ったB小町のメンバーからの不満は更に高まったが、矛先が俺一人に向くなら望むところだった。

 

「俺がアイを贔屓してる? 馬鹿言うな、成果を出せるなら誰だって同じように贔屓してやるよ」

 

 俺はB小町の前で堂々と言い切ってやった。自分でも嘘だと分かり切ってる嘘だったが。

 アイと同じくらいの実力を持ったアイドルがいたとして、アイと同じくらいに贔屓が出来るか? 出来るわけがねえだろ。

 

 アイは俺の夢だぞ。

 

 

 

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