【推しの子】‐その雲は星々を包んで‐   作:TATAL

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皆を騙しきる嘘

 アイ率いるB小町の躍進は地下アイドル界隈という狭い世界の中では間違いなく規格外だった。

 ただの中学生モデルを集めた地下アイドルユニットが地上波に出演するなんて自分のプロデュース手腕が恐ろしい。……いや、これに関してはアイの才能がまさに規格外だっただけだな。

 

「アイ、そろそろ歌と踊り以外の武器も身に付けてもらうぞ」

 

「歌と踊り以外?」

 

 今の俺の使命はアイの才能を育て、飛躍させること。その為には、今の地下アイドル路線だけじゃダメだ。地下アイドルでやってくだけなら歌と踊りがピカイチであれば良い。

 だが。その先を目指すなら更に上に積み上げる必要がある。

 

「演技だ。俺の知り合いのプロデューサーの伝手を頼って劇団のワークショップに参加させてもらえることになった。しばらくそこに通って演技を叩き込まれて来い」

 

「えー、めんどくさいなぁ」

 

 俺の言葉にアイが面倒だと全身で示すように床にだらけて伸びる。最近は俺がレッスンルームに来ると他のメンバーが露骨に不機嫌になるから、俺がアイと話せるのは他のメンバーが帰った後、自主練で残っているアイのもとにこっそり訪れないとこうして二人で話すタイミングも作れやしない。

 

「そう言うな。これもお前の願いを叶えるのに必要なんだから」

 

「願い?」

 

 アイがそんなのあったっけ、とでも言いたげに首を傾げた。おいおい、俺がスカウトしたときにあんだけ言ってたじゃねえか。

 

「愛してるを本当にする為だよ」

 

「あー……」

 

 コイツ、今の今まで本当に忘れてやがったか? いや、それもコイツの嘘かもしれん。いつだって自分の心を覗かせない、それでいて他人の心には否応なく自分の存在を刻み付けていく。無神経と天衣無縫の紙一重の上を見事に舞っているのが俺の最高のアイドルだ。

 

「まあ一回は行け。どのみちこの先演技力は必要になるんだから」

 

「……はいはい、分かったよ伊藤しゃちょー」

 

「惜しいな、俺の名前は斉藤だよクソアイドル」

 

 コイツわざと間違えてんじゃねえだろうな。

 

 鏑木という敏腕プロデューサーのコネを使ってねじ込んだアイのワークショップへの参加は、俺の予想を超える成果を叩き出していた。これまでは仕事以外は自分の身の回りのことにすら無頓着だったアイが、身嗜みに気を遣うようになりやがった。ミヤコにファッションのことについて聞いている姿をたまに見かけるようになったし、そんな変化をミヤコも喜んでいるようだった。

 

「アイがネイルに興味を持ち始めたみたいなのよ」

 

「ほー、良いじゃねえか。これで私生活クソださアイドルだってすっぱ抜かれることは無くなるな」

 

「せっかく素材は最高なのにもったいないと思ってたから、これを機に色々仕込んでやるわ」

 

 ミヤコもそう言って楽しそうに笑っている。最初は俺がアイに入れ込み過ぎてると苦言を呈していたミヤコだったが、気が付けば俺以上にアイに入れ込むようになっていた。マネージャーとして誰よりも近くでアイを見続けてきて、その躍進を目の当たりにしてきたんだからそれも当たり前か。

 

「なんだかんだ言いつつ、お前もアイに入れ込んじまってるじゃねえか」

 

「……うっさいわね」

 

 俺が笑いながら指摘すれば、ミヤコは口を尖らせて目を逸らした。無自覚だったか。いや、今のは俺が余計なことを口走ったかもしれん。

 

「なんにせよ、他のメンバーのケアも頼むぞ」

 

「分かってる。でも、あなたも仕事取ってきてよね」

 

「任せろって」

 

 俺はそう言ってみせながらも、内心では焦りを覚えていた。B小町は今やアイありきのグループになり始めている。アイという絶対的なセンターと、それを支えるバックダンサーという図式がファンの中に定着し始めてしまっていた。アイの露出が増えるほど、B小町のアイ以外のメンバーの影が薄くなり始める。最初はアイという存在を露出させるためにB小町というユニットで戦っていたのが、気が付けばB小町に仕事を回すために、アイをバーターにすることだって起こり始めてるんだ。

 

「ったく、こんなんじゃ社長失格だって言われても仕方ねえな」

 

 だが、俺は焦り以上に期待と興奮を感じていた。だって考えてみろ、元は施設出身のただの中学生だぞ、それが天性の嘘吐きで、気が付けば数えきれない人間を虜にし始めている。こんな最高の嘘吐きを俺が最初に見出した。その事実にゾクゾクしていた。アイの勢いにB小町が吞まれそうになっている? それくらいの荒波、乗りこなしてやるよ。

 

 アイが次へのステップとして劇団のワークショップに参加している僅かな隙間。俺はそこでアイ以外のB小町メンバーの仕事をねじ込んだ。ワークショップを終えたアイの出演をバーターにすることも厭わなかった。アイほどじゃないとは言え、他のメンバーも俺が見出したアイドルだ。露出が増えればやはり仕事はしっかりこなすし、彼女らにも固定ファンは付き始める。アイという絶対的センターの存在があれば、逆にその影も色濃くなる。頂点であるアイを健全にライバル視し、必死に努力する周りのメンバー。そういう二番手や三番手を応援したがる人間だっているんだ。それが健気に見えるように、それぞれの個性と融合させる形でお見せしてやれば良い。

 俺の狙いはピタリとハマった。アイの露出が少し減ったところに、アイの裏側を知るB小町メンバーというコンテンツでアイの人気を利用した他メンバーの活躍の場を提供する。アイという太陽が無ければ、その周りに光る星の輝きだって綺麗なもんだと分かる。そうなると人間ってのは不思議なもんで、絶対的な頂点よりはそれを追いかけようと努力する側をより好ましいと感じたりするんだ。その絶対的な頂点が誰よりも努力を重ねているから頂点にいるなんてことも忘れて。

 

「流石ね」

 

「あ? んだよ急に」

 

 ある日、深夜の事務所で仕事に追われていると、一緒に残ってくれていたミヤコがそんなことを言い出した。

 

「B小町の他メンバーも着実にファンを増やしてる。不満はあるけど、他のメンバーも少しずつ上向き始めた」

 

「当たり前だろ? アイは別格だが、高峯もニコも渡辺も、それ以降のメンバーも最後は俺の目で選んだんだぜ?」

 

「相変わらず自信家ね」

 

「社長が自信満々じゃねえと社員も不安になるじゃねえか」

 

 まあそれはそれとしてアイや他のメンバーを見出した俺の能力に自信を持ってるのは当然だけどな! 

 そう、順調だったんだ。このままアイの演技力が磨かれて、地上波ドラマだって夢じゃない。地下アイドルからテレビの顔、そしてゆくゆくは武道館だって……! 

 

「おい、最近太ってきてねえか?」

 

「あー……えっとー……」

 

 ある日、体調不良がずっと続いて休んでいるというアイの見舞いに行ったときに、彼女のお腹が出てきていることに気付いた。

 

「妊娠しちゃった、てへ?」

 

「は……?」

 

 目の前が真っ暗になった。

 

「父親は誰だ!」

 

「んー、内緒」

 

「内緒って……お前なぁ!」

 

 てへ、と舌を出すアイに俺は思わず声を荒げてしまう。アイドルが、それも現役高校生が誰とも知れない奴の子どもを身籠っただと? アイ一人どころか苺プロそのものが吹き飛んじまうような大スキャンダルだ。人工中絶、手術費、それを秘密に出来る病院、俺の頭の中に次から次へと思考が濁流のように流れ、しかしどれ一つとして明確な形を伴わないままほどけていく。俺のショートしそうな頭が何とか導き出した結論は……。

 

「えげつない便秘で腹が膨らんでる可能性だってまだあるだろ……」

 

「たまに加藤社長って馬鹿になるよね?」

 

「惜しいな、俺の名前は斉藤だよクソバカアイドル……!」

 

 俺は一縷の望みをかけてアイと共に宮崎に飛んだ。最悪の事態に備えて体調不良による長期療養の発表を事務所として出した後に。

 もし、もしもだ、万が一アイが妊娠していたとして、受診した病院がアイのことを漏らす可能性はどうしてもある。それを防ぐにはどうするべきか、そもそもアイのことを知らないところに行くしかない。幸い、アイはテレビでの露出も増えているがまだ全国区というほどじゃない。田舎に行けばアイのことを知らない人間だって当たり前にいる。

 

「ええっと、星野さんですね。そちらは親御さんですか?」

 

 俺達が訪れた病院で診療にあたってくれたのは眼鏡をかけた真面目そうな医者だった。

 

「まぁ、戸籍上は……。彼女は施設育ちなもので、実質後見人というか身元引受人というか」

 

「なるほど」

 

 俺のしどろもどろな説明にカルテに目を落としながら医者が頷いている。そしてアイのお腹をじっと観察する。

 

「先生、どうなんでしょう……、物凄い便秘という可能性は……」

 

「だとしたら死んでますねぇ」

 

「そっちは順調! 今日も問題なかったよ」

 

 俺の一縷の望みはあっさりと打ち砕かれた。というかなんで問題の当事者がそんな暢気なんだよ。こちとら人生が終わるかどうかの瀬戸際なんだぞクソが! 

 

「とりあえず検査してみましょう。準備がありますのでお待ちください」

 

 医者がそう言って診察室を出て行った。その様子を見る限り、アイのことはバレていない……、のか? 

 

「アイ……本当に、どうしてこうなった」

 

 医者も席を外し、二人きりになった診察室で俺は口を開く。

 

「社長の俺にどうしてもっと早く相談しなかった。相手の男は誰なんだ……」

 

「それは……、えへへ、内緒!」

 

「またそれかよ……!」

 

 とびっきりの笑顔でそう返すアイ。コイツがこの顔をしたってことは絶対に口を割るつもりはないってことだろう。

 それから、準備が出来たという医者のもとで色々と検査をしてもらった。エコーまで撮ってもらい、得られた結果は。

 

「検査結果、20週。双子ですね」

 

「「双子……」」

 

 思わず俺とアイの言葉が重なった。

 

「……アイ、本気で産む気なのか? 16歳で妊娠、出産なんて世に知られたらお前もウチの事務所も終わりだぞ」

 

「……先生はどう思う?」

 

 俺の問いに、アイは自分で答えを出すことはしなかった。医者の男からは、自分で決めることだとありきたりなアドバイスを受けるだけに終わってしまった。

 その後、俺はミヤコも含めた方々への事情説明をどうすっかと待合室でコーヒー片手に頭を痛めていると、アイが階段を上っていくのが見える。あの野郎、せめてエレベーター使いやがれってんだ! 万が一があったらどうするつもりだよチクショウ! 

 俺がアイの後を追いかけるように階段を上っていけば、辿り着いたのは屋上。そこで、先ほどの医者とアイが話しているのが風の音に混じって俺の耳に入る。

 

「君は……アイドルをやめるのか?」

 

 その言葉が聞こえた瞬間、俺は血の気が引くのを感じた。バレていた! このクソ田舎だったら大丈夫かと思っていたのに。医者が若い男だったから最悪あり得るかと予想したが、そんな素振りも無かったから油断していた! 

 

「なんで? やめないよ?」

 

 アイドルであることがバレていたというのに、アイは焦った様子はなかった。何なら、物陰に隠れてこっそりと会話を聞いている俺の方がよっぽど心臓をバクバクさせていた。

 

「でもそれは……」

 

 医者の言葉の先は容易に想像がつく。ファンへの裏切り、炎上、バッシング。そりゃそうなるだろう。俺だってファンだったら許せるわけがねえ。

 

「私、家族って居ないから。家族に憧れあったんだ」

 

 だが、アイの言葉が医者の言葉を遮った。

 

「……お腹に居るの、双子なんでしょ? 産んだらきっと賑やかで、楽しい家族になるよね!」

 

 その言葉は、アイが何をしようとしているかを雄弁に物語っていて。

 

「子供は産む……アイドルも続ける、つまりそれは……」

 

「そ……! 公表しない」

 

 俺の予想通りの言葉がアイの口から出てきた。……ああ、コイツは俺が想像していた以上の奴だった。

 

「嘘はとびきりの愛なんだよ? 子供の一人や二人、隠し通してこそ一流のアイドル」

 

 あの日、俺が見出した嘘吐きは、俺の予想なんかはるかに超える無敵の嘘吐きになっていやがった。

 

「嘘に嘘を重ねて、どんなに辛いことがあってもステージの上で幸せそうに歌う楽しいお仕事!」

 

 愛とか分からなくても良い、嘘でも言い続けるうちに本当になるかもなんて言って引き込んだ嘘吐き。

 

「でも、幸せってところだけはホントで居たいよね。みんな気付いてないけど私たちにも心と人生があるし」

 

 それは、芸能界というドロドロとした闇の中で、誰よりも綺麗な嘘で塗り固めた一等輝く星になった。

 

「母としての幸せと、アイドルとしての幸せ。普通は片方かもしれないけど、どっちも欲しい。星野アイは欲張りなんだ」

 

 その言葉が、嘘ばかり言うアイが漏らした本当の一欠片だ。

 俺の想像よりもずっと図太く、ずっと強い。一番星のように眩しく、見る者の目をその輝きで灼く。

 

「……ああ、そうだよな。お前はそういう奴だ」

 

 アイが腹を括ったように、俺も腹を括った。そうせざるを得なかった。

 

「俺はお前が一番キラキラして、輝くところを見てえんだ。その為なら、どんなドロドロした泥だって引っ被ってやる」

 

 俺は芸能事務所、苺プロの社長だ。中学生モデルで立ち上げたアイドルユニット、B小町を育て上げ、地下アイドルからテレビにまで出演するくらいにプロデュースしてみせた。

 出産となるとかなりの長期休みになる。当然アイの人気は翳るだろう。間違いなく、復帰しても前までのような勢いとはいかない。それに子どもなんていう大スキャンダル間違いなしな爆弾も抱えた状態での再スタート。普通なら再起なんて不可能だ。

 だが、その程度がなんだ。俺のアイは、そんなくだらねえ本当なんかに押し潰されたりしない。最強無敵、完全無欠の嘘吐き(アイドル)様だぞ。

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