【推しの子】‐その雲は星々を包んで‐   作:TATAL

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完璧で究極な嘘吐き

 産むと決めてからのアイと産科医の動きは早かった。トラブルを避けるために偽名を使い、診察の際には変装して病院まで行く。変装はもちろん俺もだ。芸能界で埋もれないよう、一目見て俺だと分かるために付け始めたサングラスを外し、目立つ金髪を隠せば、俺を斎藤壱護だなんて分かる業界人はまずいない。そもそも弱小プロダクションの一社長なんざ誰も覚えちゃいないだろうが。

 何よりも俺を驚かせたのは、アイのファンであるだろう産科医が非常に協力的だったことだ。

 

「俺はアイのファンです。そしてそれ以上に医者です。産みたいと言われたなら、俺がやることは完璧に、そして安全に彼女が出産できるようにすることだけですよ」

 

 ある日俺が問いかけた言葉に、自信に満ちた笑みを浮かべた彼、雨宮吾郎は事も無げに言っていた。それを出来るようなアイドルファンがこの世にどれほどいるものか。間違いなく彼はアイに脳をこんがりと焼かれちまってる。そしてそれ以上に誠実な医者だった。アイもそれを感じ取っていたのか、病院の中で誰よりも雨宮さんを信頼していた。

 

「君の場合、帝王切開の可能性が高い」

 

 アイのお腹がどんどん膨らんできたある日のこと、雨宮さんはそう切り出した。

 

「赤ん坊の頭蓋骨が大きかった場合、君の体系だと骨盤の開きが足りない事が多いんだ」

 

 帝王切開、いくら出産のことに疎くともそれくらいは知ってる。アイが子どもを産むとなって俺も自分なりに勉強を進めていたのもある。お腹を切り開き、赤ん坊を取り出す手術。それはアイのお腹に手術痕が残るということ。アイドルとしてお腹に傷があるなんて最悪のハンデになる。グラビアどころか、ライブの衣装だってかなりの制限が出る。他のメンバーと比べたときに、アイだけが不自然に露出が減る。それはそのまま、アイの抱える秘密に繋がる邪推を呼び起こしかねない。

 

「お腹に傷は仕事に……」

 

 アイの安全を最優先に、喉まで出かかったその言葉を、俺は飲み込んで別の言葉を吐き出した。俺がブレてどうする。本人が選ぶならまだしもだ。

 

「大丈夫、自然分娩で行けるよ。だって私の子だよ? きっと小顔で美人に決まってる!」

 

 俺の不安をよそに、アイはいつものとびっきりの笑顔でそう言い放った。

 

「……また適当な事を」

 

 俺はそう言いながら、自分でもどこか安心してることに気付いてしまった。ああ、俺もアイの嘘を本当だと信じたいよ。降参だ。アイのやりたいように、そしてそれが出来るように俺は全力で場を整えてやる。

 

「本気なの!? アイが出産なんて!」

 

「ああ、しかも出産の事実は公表しない。そのままアイドルとして復帰させる」

 

 電話口のミヤコは俺の言葉に絶句したのか、しばらく何も言葉は返ってこなかった。

 

「アイ一人の問題じゃない。バレたら事務所ごと終わりよ?」

 

「分かってる。だが、アイなら嘘を貫き通す。俺たちが、最初にアイの嘘を信じるんだ」

 

 時計の針が零時を回って、もう早朝と呼べる時間までミヤコの説得は掛かった。だが、最後には折れてくれた。俺にとってアイはもはや娘みたいなもんだ。そしてそれは、デビューからずっとマネージャーとして付き添ってきたミヤコにとっても。アイがそうすると決めたなら、俺たちは最後にはそれを応援してやるしか選択肢は無い。

 

「せんせ、おつかれさま。でも、呼んだらすぐに来てよ?」

 

「おう、家はすぐ近くだからな」

 

 そうして迎えた出産予定日、俺はありとあらゆる仕事を放り投げて宮崎の病院を訪れていた。アイが雨宮さんと言葉を交わしている。もう夜も更けてきたから、雨宮さんは一旦帰宅する。だが、何か連絡があればすぐに駆け付けられるように待機してくれるらしい。

 

「どうか、アイのことをお願いします」

 

「はい、任せてください!」

 

 病院を出る雨宮さんにそう言って頭を下げれば、彼はいつものように穏やかな笑みを浮かべて返してくれた。

 

 結局、その約束が果たされることは無かったが。

 

 アイは結局、自然分娩で双子を無事に出産した。本当なら雨宮さんにも見てもらいたかったが、あの日病院を出て以降、行方不明になってしまったという。家にも帰った様子は無く、突如として姿を消した。

 まさか、アイの出産を目前にして急に発狂でもしたのか、なんて思いもしたが、あれだけアイに親身に寄り添っていた人がそんなことになるとは考えにくい。

 

「……まさかとは思うが」

 

 アイの妊娠のことを知った誰かが主治医の雨宮さんのところに押しかけたか? そして、最悪の場合は……。

 

「やめだやめだ、そこまで俺が考えるこっちゃ無え」

 

 頭に浮かんだ嫌な想像を振り払うように俺は首を振った。もしかしたら急に体調を崩して実家に戻ったりしたのかもしれねえ。あるいはアイのファンに主治医だとバレたと知り、慌てて身を隠したのかもしれねえ。何より、今の俺はアイが産んだ双子だけでも手一杯なんだ。

 

「いいか、世間的には二人は俺と妻の子どもということにする。役所への手続きや買い物なんかに一緒に出掛けるなんて以ての外だからな」

 

「えぇー?」

 

「えー、じゃねえよ危機感持てバカ」

 

 俺の言葉に口を尖らせて不満を表明するアイだったが、それだけは譲れなかった。アイの出産を見越して新たに購入した家族向けマンションの一室、その中であればアイとその子どもたちは親子であっても良い。だが、一歩外に出ればダメだ。双子は対外的には俺とミヤコの子どもになり、アイがもし一緒にいたとしてもそれはたまたま子どもを預かっているだけ。そういうことになった。ただ……一つ懸念があるとすれば。

 

「良い子でちゅね、愛久愛海(アクアマリン)~っ!」

 

 アイのとんでもねえネーミングセンスで名付けられた子どもが俺とミヤコの子という扱いになるということだ。

 笑顔で腕の中に眠る男の子をあやしているアイだが、俺は頬がひくつくのを抑えるのに必死だった。なんだよアクアマリンって。どう考えても人に付ける名前じゃねえだろ。昨今のヤンキーカップルもびっくりなキラキラネームじゃねえか。とりあえず名前を縮めてアクアと呼ぶことにした。フルだと特徴ありすぎて噴き出さない自信が無え。

 

「はんぎゃーっ! はんぎゃーっ!」

 

 アクアがアイを独り占めしているのが気に喰わなかったのか、ベビーベッドの方から存在を主張するような泣き声が上がった。

 

「はぁい、なんでちゅかー」

 

 アイは二へ二へと嬉しそうな笑みを浮かべながら今度はベビーベッドから女の子を抱き上げた。星野瑠美衣(ルビー)。溢れ出るアイのセンスによって名付けられた双子の妹だ。アクアよりはまだマシ、か? いや、多分最低でも中学に上がるまでは自分の名前を漢字で書くことは出来ないだろうけどよ。

 双子を両手に抱えたアイは、ほぎゃほぎゃと泣くルビーを見てきょとんとした表情を浮かべている。

 

「どうしたのアクア~?」

 

「そっちはルビーだろ、それでも母親か」

 

 そんだけ特徴がありすぎてぶっ飛んだ名前付けてんだからせめて区別くらいはつけてやれよ。

 

「人の顔と名前覚えるの苦手なんだから仕方ないでしょ。いやでちゅねー、日本の男は母親を幻想視しすぎて」

 

「パスポートも持ってない奴がグローバルな事言うな! 第一海外ロケNG入れてんだろお前!」

 

 というかそれ以前に双子とはいえ性別から違うんだから顔覚える以前の問題だろ! そもそもお前の子だろうが! なんで俺とミヤコの方が先に双子の見分けが付くようになってんだよ! 

 

「でも私才能あるって思った人の名前は覚えられるよ、佐藤社長」

 

「惜しい、俺の名前は斉藤だクソアイドル」

 

 ってか待て。じゃあ今まで俺の名前をずっと覚えてないのは俺が才能無い人間だったからとでも言うつもりかこのクソアイドル! 

 もはや繰り返し過ぎて定番のギャグか何かだと周囲からは思われてたんだぞクソぁ! 

 

「とにかく! アイドル「アイ」は本日復帰となる。今後の活動について話し合うぞ」

 

 俺はホワイトボードに苺プロ会議と題して今日の本題に入る。アイとアホみたいな漫才やるために時間を空けたわけじゃない。アイが出産のダメージから回復し、ある程度動けるようになってきたこと、ミヤコの業務を調整して双子のベビーシッターが出来るようになったこと。諸々の準備がようやく整い、今夜、アイは再び活動を始めるのだ。

 

「復帰第一弾は今夜の歌番組。生放送だけど……、いけるよな?」

 

「もちろん」

 

 俺の試すような問いに、アイはいつもの自信に満ちた笑みを浮かべて答えた。ああ、そうだ、その顔だ。俺の自慢のアイドル。

 

「アイが仕事の間、子どもの面倒は妻が見る」

 

「はぁ……」

 

 俺の言葉にミヤコがため息を吐いて答えた。いや、悪いとは思ってるんだぜこれでも。だけど仕方ねえだろ。事情を知ってて全面的に協力できる人間なんて俺以外じゃミヤコしかいないんだから。

 

「奥さん若いよね。社長の若い子贔屓には他のメンバーもマジで引いてるよ」

 

「初耳だ。気をつけよ」

 

 アイ贔屓だと言われるのはまあ俺も自覚があるが、若い子贔屓だとまで思われてたのか。ロリコンなんていう不名誉なレッテルは何が何でも避けないと。アイより先に俺が社会的に死んじゃう。

 

「子ども達、仕事場に連れてっちゃダメ?」

 

「ダメに決まってんだろ!」

 

 そしてとんでもないことを言い出したアイを俺の怒声が遮った。コイツ、まだ自覚してねえのか。

 

「肝に銘じろ。アイドルのお前が、16歳二児の母、なんて世に知られたらアイドル生命即終了。監督責任問われて俺の事務所も終わり。全員まとめて地獄行きだ」

 

 自分で言っててなんだこのクソみたいな設定は。なんだって俺はこんな社会人生命どころか文字通り命懸けの綱渡りなんかしてるってんだ。

 ……だが、それも今夜の復帰第一弾で報われる。世間ではB小町というグループ名は知られていても、アイという名前は薄れてきてる。当然だ、日々新たなアイドルが雨後の筍のように生えてくるアイドル戦国時代だぞ。劇団ワークショップからの体調不良発表で一年近く活動休止していたアイの名前が風化するなんて当たり前の話だ。

 

「B小町、知ってるグループ?」

 

「知らね、興味もねー」

 

 スタジオでセッティングを進めるテレビクルー達の雑談が耳に入ってくる。

 

「どこサイドのゴリ押し?」

 

「地下上がりだろ」

 

「苺プロだって、知らん事務所」

 

「乳あるし、グラビアやらせりゃ良いじゃん」

 

 いくらアイドル、芸能人の端くれだって言っても高校生の女の子だぞ。そんな子がいる前で、聞かれているかも、聞かせちゃマズいなんて欠片も考えずに無遠慮な会話を続けるスタッフ共。そしてそんな会話が繰り広げられるのも仕方ないと思っちまってる俺。どいつもこいつも腐ってる。

 芸能界には、笑顔の裏に嘘と打算が隠れてる。放送に穴を開けてはならない。どんな演者にも最大限のパフォーマンスを引き出すよう、スタッフだって嘘を吐く。お偉方だってそうだ。良いものを作るフリをして見てるのは数字だけ。いや、場合によってはもっと酷く、醜悪なことを考えてたりもしやがる。誰しも、好むと好まざるとに関わらず嘘を吐く。そんな魑魅魍魎渦巻く世界が、芸能界だ。

 

「……上等だ」

 

 この世界が嘘吐きのグランプリ、一番の嘘吐きを決める世界だってんなら、うちのアイが負けるわけがねえ。

 

 ──うちのアイは、本物(マジモン)嘘吐き(アイドル)だぞ。

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