アイが復帰して早数ヶ月。B小町は快進撃を続けていたかというと、必ずしもそういうわけじゃなかった。
「社長、中抜きエグくない?」
「アホか、そもそも利益薄っすいところでやってんだから仕方ねえだろ」
預金通帳を眺めて不満そうに呟くアイにそう言い返す。もちろん地下アイドルとしては破格の成功だ。チェキや物販だけに頼らず、安定して生活できる程度の給料を捻出できる程度には稼ぐことが出来ている。細々としているが、テレビにだって出ることも出来てる。じゃあ何が足りないと言われたら、俺もそこに苦戦していた。
「人間味、ねぇ……」
SNSサイトを巡回している中で見かけたアイへの評価の一つ。良くも悪くもプロの笑い方、人間臭さが無い。
「そりゃそうだ、完璧な嘘の笑顔なんだからよ」
自分を見てくれていると錯覚するくらいに魅力的な、細部まで計算しつくされた微笑み。それがアイの強みだ。
だが、更に勢いを付ける為にはまた一つ何か起爆剤が必要になるのも確か。アイ自身も、レッスンを受ける傍ら思うところがあるのか、時折考え込む仕草を見せていた。
ミヤコから聞いたが、アクアとルビーの選択肢を増やすためにも、もっと稼ぎたいとアイも考えているらしい。その割に躊躇なくコンビニで高いアイス買ってやがるが……。
「……俺に出来るのは、とりあえず仕事を取ってきてやることくらいか」
アイだけじゃない。B小町全体のこともある。長期療養していたセンターの劇的な復活、という材料はすでに出涸らしだ。ここで手を拱いていたら、次々と追いかけてくる別のアイドルにファンを搔っ攫われちまう。
そんな俺の悩みは、ある日突然のビッグニュースと共に解決? ……というのも業腹だが、解決することになる。
SNSに投稿されたキレッキレのヲタ芸を披露する双子の赤ん坊。B小町のミニライブで突如発生したその珍事件で、世間の注目が一斉にB小町へと向かった。
「21万リツイート……転載動画もすでに200万再生……。赤ちゃんコンテンツはバズりやすいとはいえこれは流石に……」
スマホ画面を見て頭を抱えるミヤコ。そう、渦中の双子というのがよりにもよってアクアとルビーだった。俺にも黙ってミヤコがアイの仕事姿を二人に見せようとミニライブに連れてきていたのだ。
結果、アクアとルビーがどこで覚えたのかもしれないキレキレのヲタ芸を披露。それと共に、赤ん坊を見たであろうアイが見せた笑顔。それを目ざとく捉えたファンの投稿した写真も同様に注目を浴びることとなった。
「ちょっと来い……」
ミヤコの首根っこをひっ捕まえて部屋から連れ出す。アイがバズったのは良い。だが、なんつーことをやらかしてくれてんだと言わざるを得ない。
「二人が母親の仕事姿を生で見たいって言うから……」
「まだベビーカーに乗ってる赤ん坊がぁ?」
ミヤコのぼそぼそと口ごもるような言い訳は、俺の言葉に押し潰されるように尻すぼみになっていく。言っちゃなんだがアクアもルビーもアイに似て美形だ。赤ん坊だからすぐにバレたりはしないだろうが、どこから繋がるか分かりゃしないってのにこんなリスクのあることを……。
「私はベビーシッターをやる為に社長夫人になったんじゃない……」
俺がくどくどと説教をしていると、ミヤコがぼそっと言う。
「あー……、悪かったよ」
アクアとルビーの世話を一手に任せちまってるのは確か。加えてアイのマネージャーとしての仕事もある。それだけ負荷を掛けてることについては、明確な俺の負い目だ。色々背負わせちまってるだけに、ミヤコだってストレスを溜めちまってたのかもしれん。
「……外じゃ俺とお前の子だっていう設定は徹底させろよ」
それだけ言うと部屋を出た。これ以上はあんまり互いに顔を合わせていない方が良い。少なくとも今は。
俺とミヤコのそんな微妙にギクシャクした一幕があったことなど露知らず、あのヲタ芸赤ん坊騒動でアイは何かを掴んだのか、それから一年、一時停滞を見せていたアイの歩みはまた進み始めた。
増えたのはモデルの仕事だ。これまでもメインだったが、あのミニライブ以来、更にモデルの指名依頼が増えたような気がする。そして業界人と話す機会が増えれば、綺麗な見た目と裏腹にどこかズレていて破天荒なアイのキャラが周知され、ラジオアシスタントといったトークメインの新しい仕事にも繋がる。
俺もこの機を逃すまいと片っ端からアイに仕事を詰め込み、色んなオーディションを受けさせた。この勢いを止めちゃいけねえ。
そうして掴んだ初めての地上波ドラマの仕事。端役も端役だが、それでも地下アイドル上がりにしては大きすぎる一歩だ。ミヤコのやつ、アクアとルビーも撮影現場に連れて行ってたが。立って歩けるようになったし、歳の割に落ち着いてんだから留守番くらい出来るだろうに。
「いやぁ、あの二人からは色んな意味で目を離せなくて……」
俺の言葉に、ミヤコが苦笑いと共に返してきたのはそんな言葉だった。なんだ、そんなに手が掛かる奴らだったのか。俺が見るのは大抵アイと一緒にいるときだから、そのときが特別大人しいだけなのか?
まあ二人がアイの子どもだということさえバレなければ最悪構わない。ミヤコもアイと双子の両方が目に入るところにいた方が安心だろうしな。
初ドラマの仕事は、まあ当然のごとく、画面の端っこに数秒だけ映って終わりの文字通り端役だった。それでも画面に映った子の中じゃ、一番可愛かっただろうが。いっそ主演の女優なんかより……。
「いや、だから削られてんだなこれ」
アイが映った場面を何度か巻き戻して見ていれば、アイを意図的に画角から外しているんじゃないかと思うような画面になっていることに気付く。主演の女優は確か「可愛すぎる演技派女優」ってキャッチコピーで売り出し中だったか。
「セールスポイント被っちまったなこりゃ」
これは明確に俺のミスだ。苺プロは番組構成に口出しが出来るような力なんざ持っちゃいない。アイは端役も端役。対して相手は主演女優。キャラが被ったときにどっちを優先するかなんて火を見るよりも明らかだった。
「とにかくテレビの仕事を、って焦った結果だな。まあ切り替えるしかねえ。このワンシーンでも、見る奴が見ればアイの魅力に気付く」
カメラマン、ディレクター、演出、監督、このドラマに関わった人間は今回の撮影でアイの魅力を知った。じゃないとこうまで露骨にアイ映るシーンを削ったりしないからだ。ということは、この縁で次の仕事に繋がるかもしれない。俺はニヤリと口元が笑うのを抑えられなかった。ゆっくりとだが、確実にアイの知名度を稼げている。一般人相手にじゃない、業界人相手にだ。俺が見た夢、プロデュースしたアイドルがドームライブをするという途方もない夢、アイについて行けば、それが現実になるかもしれない。
「は? アイを映画で使いたい?」
転機と言えるのは、恐らくこの電話だ。
「ええ、代わりと言っちゃなんですが……」
アイが端役として出たドラマの監督。五反田とかいうその男が出した交換条件は、これまた俺には理解不能な内容だった。アイの仕事場に引っ付いて来ていた双子の男の子を出演させること。代わりにアイを次の映画にも出す。
「アクアのこと、だよな……?」
撮影現場で一体何やらかしたんだアイツ。そう思ってミヤコに聞いてみたが、ミヤコも詳しくは知らないらしい。どうやら監督とアクアが話しているのは見たらしいが、そこで気に入られたんだとか。確かに時折年齢に見合わない言動しちゃいるが。
「それで急遽アクアを苺プロ所属に、ねぇ」
交換条件として出されたアクアの映画出演については、アクアを苺プロに所属するタレントということにすれば何とかなる。手続きも実の親であるアイ、外向きに親ということになっている俺とミヤコは当然事情を知っているのだから、すんなりと済んだ。
「アクアと共演かー。楽しみー!」
アイはその提案に一もにも無く頷いた。もっとも、自分が映画に出演するということよりもアクアと共演出来ることの喜びの方が大きいみたいだったが。
「世の中、どっから繋がるか分からんもんだな」
撮影へと向かうアクアとルビー、そしてミヤコを見送って俺はボソッと呟く。気合入れてこっから仕事取ってきてやるとか息巻いてたのに。
「ねー。でも、やっぱりアクアは私の子だね」
「は?」
「美形過ぎて映画にスカウトされるんだもん。流石私の子!」
隣でそう言ってキメ顔をかますアイに俺はため息を吐く。
「どこに人の目があるかも分からんのに滅多なこと言うなバカ」
「えー、こういうときくらい良いじゃん、斉川しゃちょー」
「今日は前半部分は合ってるが残念だったな、俺の名前は斉藤だクソアイドル」
そろそろ俺の名前覚えてくれない? ミヤコの名前は覚えたのにさ。
アイとアクアが出演したのは、ミニシアターなんかがメインで上映しているような低予算のホラー映画。日本の田舎を舞台にしたもので、アクアは序盤にワンシーンだけ登場するエキストラ。そしてアイも主演じゃなく脇役だ。だが、その映画は前回のドラマと違い、アイをきちんと画面に収めていた。主演の女優が霞むくらいに。最後の方なんかは、アイが主演じゃないかと思わせるような演出だった。完璧に磨き上げられた作り物の笑顔を浮かべる美少女。夏の森の中で、不気味な演出と共に現れるアイの姿は、見る人の目に焼き付いただろう。
当初は都内のいくつかのミニシアターでしか上映されて予定が無かったらしいその映画は、その年の映画賞で監督賞にノミネートされてプチバズりした。その結果、上映館が予定よりも増え、B小町の星野アイという人間を多くの人間が目にすることになる。
「はい、はい! ぜひ、うちのアイをお願いします!」
それと共に、苺プロも急激に忙しくなってきた。アイを指名する番組が増え、地上波のバラエティにも呼ばれるようになった。その容姿とは裏腹にどこか世間からズレた感性を持つアイは、ただの美少女アイドルとしてだけでなく、話せて、笑わせて、数字の取れるアイドルとしてその認知を広めていった。三年も経つ頃には、地下アイドルから地上波の顔と呼ばれるまでにアイの知名度は上がっていた。そしてそのことは、俺の夢がもう目前にまで迫っていることを意味している。
ドームライブ
俺が夢見たステージが、ついに手の届くところまで来た。アイとアイが率いるB小町が、時代を代表するアイドルとして、ただの弱小プロでしかなかった俺の会社がドームライブを単独主催することが認められるまでに。
「いよいよ来週はドームだ!」
俺は浮かれていた。今の苺プロは飛ぶ鳥を落とす勢いだ。敵なんかいない。目の前には夢にまで見たドームの扉がもう開いている。
それは俺にとっての夢の集大成で、そして悪夢の始まりになるとも知らずに。