【推しの子】‐その雲は星々を包んで‐   作:TATAL

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嘘のような現実

「ドームライブは明日だぞ、なんで直前まで家にいるつもりなんだよお前」

 

「えー、仕方ないじゃん。アクアとルビーを放っておけないし」

 

 電話口からアイの飄々とした声が届く。ドームライブを明日に控えた今日。普通なら万一の事故や体調管理のために近くのホテルに泊まる。加えて俺なんかは夜遅くまで当日の流れや演出についてギリギリまで打ち合わせが入っていて、そもそも家に帰れない。それにアイ以外のB小町メンバーはホテルに泊まることを選んでいるのだ。当然アイも同じようにホテルに戻っていると思っていた。蓋を開ければしれっと家に帰ってやがったが。

 

「だから、ミヤコをそっちに送るって言ってんだろうが」

 

 それがアイ以外のアイドルだったら怒鳴りつけてでもホテルに来るように指示しただろう。

 

「いいよー、そっちの方がギリギリまで打ち合わせとかしてるんだし。それに二人から元気貰わないとね!」

 

「……ったく、絶対に遅れんじゃねえぞ?」

 

 だが、それをする気にはなれなかった。俺がアイに甘いっていうのもあるだろう。しかし、それ以上に気が抜けてたとしか言えねえ。最近になってセキュリティのしっかりしたマンションに引っ越した。ホテルに滞在してるよりもむしろ安全だろうと思ったから。アイがアクアとルビーの二人を溺愛してるのも傍から見ていて明らかだったし、アイドルとして急に増えた仕事に忙殺されていたアイが、少しでも落ち着いて家族水入らずで過ごせる貴重な時間でもあったから。

 

「こっちに来るときはいつも以上に変装しとけ。明日は俺が車を出してやる」

 

 結局、俺はアイのワガママを許すことにした。

 

「迎えに来てくれるの? VIP待遇だね、やった」

 

「人気絶頂のアイドルが公共交通機関でライブ当日に会場向かおうとか正気じゃねえだろ」

 

 コイツ、俺が何も言わなかったら自分の足でライブ会場に向かうつもりだったな? 

 

「ダメかなー」

 

「ダメに決まってんだろ」

 

 それで万が一があってライブの開演が遅れでもしたら俺がファンに殺されるだろうが。

 

「じゃあ明日はお迎えよろしくねー、斉藤社長」

 

「惜しかったな、俺の名前はさいとう……ん?」

 

 言っていて何かおかしいぞと気付いたときには既に電話は切れてしまっていた。アイのやつ、俺の名前間違えなかったな? 

 

「……ついに奴も俺の才能を認めたか」

 

 いや、それもそうか。弱小プロ所属の地下アイドル出身が地上波テレビに進出し、あまつさえドームライブだ。アイの力も当然だが、俺のプロデュース力もピカイチだったってことだな! 

 

「フッフッフ、あー、今日は寝れる気がしねえや」

 

 俺がB小町を、アイをここまで連れてきたということの実感が今更湧いてきた。ずっと打ち合わせやら何やらでバタバタしてたせいで、こうやってしみじみと噛み締める時間が無かったからな。

 ホテルの廊下、窓から外を見れば、明日の舞台であるドームが夜の闇の中にどっしりと座っている。あのデカいドームに自分が手掛けたアイドルを送り込み、観客を熱狂させる。その夢が、気付けば目の前にやってきていた。

 

「……夢みたいじゃねえかオイ」

 

 アイに出会って、丸5年。長いようでいて、振り返れば驚くほど短い。それこそ、一晩の間に見た夢だと言われても納得してしまいそうなくらいに。

 やめだやめだ、本番は明日だってのに、なんで俺だけがこんなにおセンチな気分になってやがる。さて、打ち合わせもまだあることだし、もうひと踏ん張りすっか。

 

 その翌日、既に物販目当てで大量のファンがドームに押し掛けてきているのを尻目に、俺は車を出す。この風景をアイに見せて、俺のプロデュース力を奴に知らしめてやろうなんて思いながら。

 マンションにもう到着しようかというところで、妙に騒がしいことに気付いた。パトカーと救急車がマンションの下に停まっている。……胸騒ぎがした。

 俺は駐車場に車を回すことももどかしく、マンションの真ん前に路駐すると、転がるように車から降りる。嫌な想像ばかりが膨らみ、震える手でなんとか鍵を開けてエントランスに飛び込むと、エレベーターを待つ時間も惜しんで階段を駆け上がった。

 

 果たして、俺の想像は最悪の形で現実になった。アイが出てくるはずの部屋、その前に警察と救急隊員がたむろしている。

 

「と、通してくれ!」

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

 警察をかき分けて進もうとすると、焦ったような顔で止められる。

 

「関係者だ! 俺は関係者なんだよ! こ、ここで何があったってんだ!?」

 

 俺を止めようとする警官に半ば怒鳴りつけながら、俺は力づくで警官たちを押し退けながら扉まで辿り着くと、ようやく中の様子が目に入る。

 

 床に点々と残る血。

 

 べったりと血がついたリビングに続く扉。

 

 扉の向こうで泣き叫んでいるルビー。

 

 血だらけのまま、放心したように立ち尽くすアクア。

 

 そして、その瞳から光を失くして事切れているアイ。

 

 地獄のような景色が、俺の目の前に広がっていた。

 

 


 

 

 それからの記憶はあまりハッキリとしていない。ただ、警察からの事情聴取を淡々とこなした気もするし、先にミヤコに電話を掛けて支離滅裂な説明をした気もする。

 それでも俺の頭にあったのは、今日のライブ中止の連絡を各所にしなければ、ということだった。昨日まではすぐ目の前にあって触れそうだった俺の夢が、幻のように消えてしまった。まるでアイの吐く他愛無い嘘のように。

 

「この度はお悔やみ申し上げます」

 

 アイの葬式の日には、業界関係者が多く訪れた。アイがブレイクするきっかけになった映画監督──五反田とかいったか──が神妙な顔で頭を下げているのに、俺も機械的に返す。もう何回も同じセリフを違う人間から聞かされた。声に反応して頭を下げるロボットか何かになった気分だ。

 国民的アイドルとなったアイの死というセンセーショナルなニュースは、たった1時間でニュースサイトのトップに掲載され、日本中が知るところとなった。幸いというべきか、アクアとルビーに関しては、俺とミヤコの子どもということになっているため、そこまでメディアの標的にはならなかった。警察も子どもが現場にいたことや、その名前なんかを漏らすことは無かった。

 

「アイさんが殺された原因について、何か思い当たることは無いのでしょうか!」

 

「他のB小町メンバーとの確執があったとの噂は今回の件に関係あるのでしょうか!」

 

「苺プロの社長として、今回の件をどのように受け止めておられますか!」

 

 代わりに、口さがないマスコミのマイクは俺に向けられた。アイドルでもないのにこんなにマイクに向かって話す羽目になるとは思っちゃいなかった。

 俺にマイクを突き付けるコイツらの中に、誰一人としてアイの死を悼む気持ちがある奴なんていやしない。どいつもこいつも、自分の会社がこのホットなネタを供給する第一人者になりたいってだけだ。そのくせ、大義名分としてアイの死への哀悼を諳んじてみせる。……反吐が出る。

 

「事務所として出した声明以上の説明はありません」

 

 俺の話す内容はいつも一緒だった。事実、俺がこの事件について知っていることなんて殆ど無い。アイを殺した犯人と見られる男は、その後の警察による調査で自殺していたことが分かった。そこまではマスコミだって把握してる。奴らが知らないのはその先だ。

 

 菅野良介

 

 アイを殺した男の名前。それを俺は知っている。B小町のアイ以外のメンバーが繋がっていたファンの一人だ。地下アイドル上がりの悪いところだ。過剰にファンと距離が近いから、ファンもアイドルも勘違いする。アイにかまけて、人気が出る中でその辺りを統制出来ていなかった。いや、しようともしてなかった。人の好き嫌い、惚れた腫れたなんてしち面倒なこと、関わりたくも無かった。その俺の怠惰が、アイを殺した。

 

 そのことが、俺の中に暗い炎を灯した。

 

「ニノ、呼び出された理由は分かってんな?」

 

「……はい」

 

 アイの葬式が終わり、役所の手続きもひと段落した頃、俺は事務所の応接室にニノを呼び出していた。B小町の最初期メンバー、アイの人気が出るのに反比例するように、影が薄くなっていった。いうなればアイの一番の被害者とも言える。

 

「菅野良介」

 

 俺がその名前を告げれば、ニノが身体をビクリと震わせた。

 

「お前、アイツと繋がってたろ。アイの住所、教えたりしてねえだろうな」

 

「し、してません……! す、スマホだって見てもらって構わないです!」

 

 俺の言葉に、ニノがそう返してテーブルに叩きつけるようにスマホを差し出した。それを拾い上げると、メッセージアプリを全て起動し、菅野良介と思しき人間とのやり取りを洗う。

 

「……データはバックアップを取らせてもらう。スマホの中身全部のな」

 

「な!? そ、そんな」

 

「代わりに、警察には菅野とお前の関係については言わねえ。警察は俺みたいに温くねえぞ」

 

 スマホというプライバシーの塊を俺に握られることに拒否反応を示したニノだが、俺がそう言えば口を開いたまま固まった。

 

「わ、分かりました」

 

 そして出てきたのは了承の返事。コイツからマスコミに俺のやってることが垂れ流されたって構いやしねえ。どうせ苺プロは終わりだ。

 スマホのデータを吸い出したところで、メッセージやメールのやり取りを消去してる可能性もある。だがそれでも大きな手掛かりだ。

 アイの引っ越しは社内の一部の人間にしか知らせてない。アイを刺した犯人が、どうしてアイの住所を知り得たのか。アイにごく近しい人間から情報を得たはずだ。B小町メンバー、俺、ミヤコ、そしてアイ本人。その中から、犯人に情報が流れるルートがあった。

 

「用件はそれだけだ。帰っていいぞ。契約解除の書類は他メンバーも合わせてまた送るからサインしとけ」

 

 ニノを帰らせ、一人だけになった応接室でソファに深く身体を預けて天井を仰ぐ。俺がやってることが、意味のあることだなんて分かってる。だが、それでもやらない選択肢は無い。アイを失い、夢を失った俺に唯一残された目標。

 

「待ってろよ、アイ。裏で糸を引いてた野郎をぶっ殺してやるからな」

 

 ああ、その為だったら何もかも捧げてやる。俺の夢を、アイを奪った野郎を出来る限り苦しめて地獄に叩き落としてやる。それが今の俺に生まれた新たな夢だ。

 

「ニノじゃない。他のB小町メンバーでも無え。俺とミヤコはあり得ねえ。となると後はアイ本人」

 

 アイの交友関係については流石に全てを把握できている訳じゃない。それについては今までの俺の伝手も利用して一から調べることになるだろう。だが、アイは施設生まれでしかも身一つで東京に出てきた。アイの私生活の交友関係は極々狭い。となると、必然的にその交流はアイドルとして活動してきた範囲に絞られる。

 

「……芸能界」

 

 アイが身を投じ、上り詰めた嘘吐きだらけの腐った世界。その中に、アイの殺害を手引きした人間がいる。今はまだ影も形も掴めちゃいないが、必ずその尻尾を掴んで明るみに引きずり出し、俺がこの手で殺してやる。

 

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