【推しの子】‐その雲は星々を包んで‐   作:TATAL

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腐った嘘

「この度は何と言ってよいか……」

 

「葬式にはご足労頂きありがとうございました」

 

 目の前で沈んだ表情を浮かべながら頭を下げる男に、俺も頭を同じように下げる。過去に何度も仕事をしたテレビ局のプロデューサーだ。ライブを急遽中止したことにより、苺プロは多額の赤字を抱えた。今日まで掛かった人件費や宣伝費、グッズの製造や保管にかかる金額がどかっと乗っかってきたから当然だ。

 

「B小町は……」

 

「しばらくは追悼番組だなんだで引っ張ってやってくれませんか」

 

 個室の居酒屋に二人きり。この会合は俺が何度も連絡を取ってどうにか取り付けたものだった。向こうも苺プロのような曰くつきの事務所と関わりたくなんざ無いだろうが、俺には関わる動機が山ほどある。

 

「追悼番組……」

 

「仮にもドームライブまで漕ぎ着けたアイドルだ。少しは数字になるんじゃないかと」

 

 俺の提案に目の前の男は気まずそうに視線を泳がせながらも、その頭の中には今回の事件をネタにすることで稼げる数字について冷静にそろばんを弾いてるだろう。

 

「良いのか?」

 

「ドームライブがポシャってうちも火の車。それでも所属アイドルは食わせないといけない。腸が煮えくり返るが、勝手に痛くもねえ腹を探られるのも癪なんで」

 

 プロデューサーからの窺うような視線を避けるように、俺はジョッキを呷った。口にした言葉は半分本当だ。事務所が火の車なのも、マスコミに勝手に騒がれるのが癪なのも本当。だが、正直に言えばB小町のことなんざどうでも良かった。メンバーにはほとぼりが冷めた頃に解散するか移籍するように契約書を交わした。それまでの間、路頭に迷わない程度に給料を払ってやらないといけないくらいだ。

 だが、それ以上に俺にとっちゃアイツらはアイの死に繋がる間接的な原因であり、推定容疑者でしかない。気遣いよりも先に来るのは、少しでもアイツらを利用して情報と伝手を繋ぐこと。その為なら、お涙頂戴な嘘だって吐いてやる。

 

「他メンバーの独占インタビューと、ライブDVDの特典にするつもりだった練習中の映像を出します」

 

「……特番か?」

 

「出来れば二時間」

 

「長いな」

 

「関係者インタビューを繋げりゃ何とかなるかと。取れないなら別の局に持ち込むだけです。既にオファーは来てる」

 

 会った直後のこちらを気遣うような気配はもう鳴りを潜め、テレビマンとしての冷たい表情が出てきたプロデューサーを前にして俺は大ボラを吹く。オファーなんざ来ちゃいない。だが、この話を持ち込めば食いついて来る輩は多いという公算はあった。芸能界という腐った世界は、それこそどんなものでもネタにする。特に人の惚れた腫れただろうが、今日の夕飯の献立だろうが、下種な人間の欲望を満たすために消費されるコンテンツでしかない。生き死になんていうのは垂涎のネタだ。節操のないハゲタカのように、コイツらはまさに死肉に群がる。

 

「……分かった。来週頭の企画会議に挙げてみよう。来週半ばには結果が連絡できるはずだ」

 

「助かります」

 

「因果な仕事だな、芸能プロの社長ってのは。手塩にかけたアイドルが死んでも、それすら糧にして進まなきゃいけないなんてよ」

 

「…………あぁ」

 

 カッと目の前が白熱してしまいそうになったのを、ビールを流し込んでどうにか抑え込む。纏まらない頭から辛うじて出力されたのは力ないため息のような声だけだった。

 訳知り顔で語ろうとすんじゃねえ。手塩にかけた、そんな言葉じゃ生温いんだよ。アイは俺とミヤコが娘のように思って育て上げたアイドルだ。あんなちんけなストーカーなんぞに殺されて良い奴じゃねえ。俺がお前らと同じようにアイの死を、ただの飯のタネにしようとしてるなんてふざけたことを抜かしやがって。

 

「これから他のアイドルを立ち上げる予定は? 見込みがありそうなら、どっかにねじ込むくらいなら出来るかもしれん」

 

 そう言ったのは、俺があんまりにも憔悴して見えた故の哀れみだろうか。

 

「ありがとうございます。ただ、しばらくはアイドル部門は休止かと。今の苺プロで活動しようなんてアイドルはいないですし」

 

 俺は残った温いビールを流し込むと、そう呟いた。

 アイドル部門は休業、というか廃止せざるを得ないだろうな。このアイドル戦国時代に、大スキャンダルを起こした弱小芸能プロダクションが生き残れる隙間なんか無い。一人のオタクが、五人の地下アイドルの追っかけをしてるだなんて言われるようなアイドル飽和時代だ。才能のある人間は大手プロに所属する。そこから溢れた人間が中堅プロに、最後が弱小プロで地下アイドルになる。収入なんてほぼ無い、ギリギリ赤字にならない程度の地下アイドルを養うにはよっぽどグレーなことをするか、会社の体力が無いといけない。今の苺プロがアイと同じ才能を掘り出し、育てるのは会社の風評的にも体力的にも不可能だ。

 

「……ネットに河岸を移すしかねえな」

 

 会合を終え、会社に戻った俺は眩しい光を放つパソコンのディスプレイを眺めながら無意識に口にしていた。画面に映っているのは、大手動画投稿サイトでアイのニュースについてコメントしているどこの誰とも知れないド素人。ネットが身近になり、スマホがあれば動画が撮れるようになってこんな素人みたいなのが人の目に触れる機会が爆発的に増えた。

 その中には、アイドルのように歌や踊りを披露している人間だっているし、歌や踊りにとらわれない、バラエティ企画を売りにしている動画投稿者だっている。テレビのそれに比べりゃ金も掛かってないが、一方で視聴者に親近感を抱かせるし、テレビよりも視聴者やファンと距離が近い。

 

「上手い奴は既に売れる下地がある」

 

 情報収集の為、夜中にこうしたサイトを巡回していれば、自然とアイの情報以外だって目に入る。中には他の十把一絡げとは違った特色を押し出しているような人間もいた。

 

「足りないのはスポンサーとの窓口、交渉代理人、後は社会常識。それをクリアすりゃ、育成の元手も安く済む原石だ。原価が安いし、既に固定客がいるってんなら薄くとも利益は出しやすい。こっちはパイプとネゴ、教育がメインで基本はセルフプロデュースさせりゃ収益性は十分……」

 

 深夜になると、思考があっちこっちに飛んで行っちまう。気付けば、今流れている映像の動画投稿者をうちがプロデュースするならどんな方向性にするか、どうすればより伸ばせるかなんてことをツラツラとメモしていた。まだこうした動画投稿者をスカウトしてプロデュースするなんて業態はメジャーじゃない。うちが生き残るとしたら、こういったところに入り込んで先行者利益を確保するくらいだろうな。

 

「……まーたやっちまった」

 

 殴り書きした企画書のようになってしまった気晴らしのメモを見て、後頭部をガリガリと掻く。捜査が滞ってくると、つい現実逃避も兼ねてこんな手遊びが始まっちまう。少し冷えた頭で自分が書き殴ったメモを眺める。穴だらけだが、上手くやりゃ苺プロもまだ回せるかもしれねえな。……そんなつもりも毛頭ねえが。俺はメモを保存すると、『引継ぎ』と書かれたファイルに放り込んだ。

 

 


 

 

 アイの死は世間を賑わせた。テレビでは特番が組まれたし、情報番組じゃ行き過ぎたファンの暴走や地下アイドルが売れるために行う過激なイベントを上から目線で批評するコメンテーターで溢れた。

 

「ハッ、そんなもんよりもっとクソみたいなことしてるくせに良く言えたもんだ」

 

 大御所と呼ばれる芸能人が口角泡を飛ばさんばかりの勢いで捲し立てているのを画面越しに眺めながら、乾いた笑いが漏れる。どいつもこいつも嘘吐きだらけだ。アイ、お前の吐いた嘘なんて可愛いもんだったぜ。世の中には、鼻を摘まんだって目を突き刺すような臭さを放つ連中がごろごろ居るんだ。

 そんなことを考えながら、俺は肌身離さず持ち歩いている手帳を広げる。そこには、今回の騒動で増えに増えた芸能界の様々な人間の連絡先がメモされている。アイの死を半ば利用するような形でテレビ局にB小町を売り込んだのは、こうして関係者との伝手を築くことが目的だった。

 

「こいつはアイと直接関係は無え、外れ。AD、繋がりが薄い外れ。外れ、外れ……」

 

 書き連ねた名前の横にバツ印を書き添えていく。アイの仕事には売れる前は俺が、売れっ子になってからはミヤコも手分けして付いて回っていた。その時にアイと多少なりとも顔を合わせて一緒に仕事をしていた人間を第一候補として洗い出した。だが、その誰もがアイと深く関わりを持っているとは思えない人間ばかり。

 

「……だとしたら、俺もミヤコも把握してない人脈」

 

 そこまで口にしたときにふと手帳を捲る手が止まった。アイの交友関係については俺とミヤコがほぼ把握していると言って良い。仕事にはどちらかが常に付いていたし、アイ自身、他人に簡単に心を許すような性格じゃない。俺やミヤコの知る範囲で、アイが自分の住所を漏らすような知り合いなんざそもそもいるはずが無い。

 だが、完全なブラックボックスになっている部分が存在する。アイの妊娠が発覚する直前。B小町から一時離脱する形でアイの次なるステップとして俺が送り込んだ場所だ。

 

「劇団ワークショップ……」

 

 そこに行きだしてからだ。アイの奴が珍しく服に興味を示し始めたのは。それだけじゃない。接待に使うような店の情報を俺から仕入れ始めたのもその頃だ。当時はアイがようやく人並みの生活に興味を持ったのだとミヤコと一緒に笑ってたもんだったが、それがとんだ勘違いだった。妊娠なんていうバカみたいな事実の衝撃に惑わされて、今の今まで頭から抜け落ちてた俺はマヌケにも程がある。

 

「劇団に父親がいる」

 

 ファッションに興味を持ち始めたのは意中の相手が出来たからだ。

 

 接待に使う店を知りたがったのは人の目が気にならないところで会いたいと思ったからだ。

 

 妊娠するような行為が出来たのは仕事の量を減らしていた時期だったからだ。

 

「アイがワークショップに参加するように促してきたのは」

 

 鏑木プロデューサー。映画やドラマ、バラエティまで何でもござれの敏腕プロデューサーだ。人、モノ、金を潤沢に引っ張ってこられる人脈の塊。

 

「アイが個別に連絡を取っているとしたらアクアとルビーの父親にあたる人物だ」

 

 なら、アイのプライベートのスマホに連絡先が残ってる可能性が高い。

 

「だがアイのスマホなんざバタバタしててどこに行ったか……」

 

 肝心のスマホの行方が全く分からない。どこかに捨てられてしまっていたらもう見つけ出すなんて不可能だ。そうなると、俺が取り得る手段は一つだけ。

 俺は懐からスマホを取り出すと、連絡先に登録してある目的の人物を探す。五十音順でも早い方にあるその人物はすぐに見つかった。

 

「壱護」

 

 今にも発信ボタンを押そうと指を伸ばしたところで、背後から突然かかった声に俺は心臓が止まった心地がした。弾かれるように振り向いた先には、憔悴しきった表情のミヤコが立っていた。

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