一 惜しむ転生者と、振り回される父
オタクにとって、好きな漫画の世界で自分が能力を持ったら、どんな能力がほしいか妄想するのは至って自然なことだと思う。
特にそれが、ある程度自分の性質に沿った異能を発現するタイプなら、なおさら。
しかもある程度方向性を自分で考えられるなら、絶対にこういう能力にするんだ、と黒歴史ノートに書き残していてもおかしくはない。
少なくとも俺にとって「
魔祓師という、異能を使って魔を祓う裏社会の異能者集団の物語。
彼らが扱う異能、“
そんな世界に転生したからには、どうしたって“魔祓刃”を使ってみたいと思うのがオタク心。
更に俺は、「魔祓師」における最推しが、物語中盤で劇的に死亡してしまう経験にむせび泣いたことがあった。
いや、本当にいい展開だったんですけどね、そこから「魔祓師」の人気は確固たるものになったし。
それでも、もし物語に介入するなら、彼女を死なせたくないと思うのがオタクというものだ。
二次創作において、死亡キャラ救済は一大コンテンツの一つだからな。
――そう、俺は「魔祓師」の世界に転生したのだ。
しかも「魔祓刃」を古くから扱う一族の人間として。
これなら「魔祓刃」は幼い頃から練習し放題、原作にだって介入できる。
果たして俺に、あの子を救えるのか。
正直疑問だったけど――それでも、俺は本気であの子を救いたいと思った。
加えて、自分好みの「魔祓刃」も作りたい。
オタクとして、この二つは絶対に譲れない夢であった。
しかしここに、一つ大きな問題が発生する。
それは――なんか、俺の知らない情報がこの世界の至る所に散りばめられている、という点だ。
◇
母様が眠りにつき、兄様が外に出かけているのを確認すると、俺は早速今日の修行を開始することにした。
広くて古めかしい感じのする屋敷の、あまり使われていない一室に俺は足を踏み入れる。
一年ほど前から、こっそりと魔祓の修行をするために改造したこの部屋は、一見すると何もない客間だ。
しかし、押し入れの布団の中などにしまった各種修行用の道具を取り出して、部屋のあちこちに開けられた穴や刺したままになってある画鋲に道具を引っ掛ける。
すると、一瞬で前世で見た漫画内のワンシーンが再現されるのだ。
部屋の中には、無数の糸が張り巡らされている。
これらは魔祓刃を生み出す根源である
要するに、この糸に向かって魔祓刃を放つと糸にぶつかって弾かれるのだ。
糸を破壊しない威力のマナに限られるけど。
逆に言うと、糸を破壊しない威力のマナをあちこちから発射してそれを回避するというのは、なかなかどうして修行に有効な方法だ。
俺の手にはクナイのようなものが握られており、これにマナを通すと部屋のあちこちに設置された筒からマナが発射される。
こうしてマナを使用することでマナの総量を高め、マナを回避することで身体能力を鍛えるというのがこの修行の意図。
――これは言うまでもないことだが、マナにぶつかれば人は怪我をするし、非常に危険だ。
それでも俺がこの修行をこそこそ隠れて行っているのは、いくつかの理由がある。
一つはこの世界に転生した俺――百鬼セオに才能がないこと。
もともと、俺が生まれた百鬼家は魔祓師としては斜陽の立場であり、
その例にもれず、残念ながら俺にも才能がなかったのだ。
これに関しての対応策として、原作で行われていたこのマナ回避の修行を行っているのである。
様々な事情から、このマナ回避の修行は魔祓師にとって非常に画期的な修行だった。
中でも主人公陣営には才能に乏しい努力家キャラが一人いるのだが、彼はこういった修行を繰り返して才能はなくともなんとか少年漫画特有のインフレに食らいついていたのだ。
俺もそれにあやかって、幼い頃からこの修行を行うことで後の展開にそなえようとしているのである。
「よし、やるか」
幼い子供の声が、部屋に響く。
マナを通すと、いくつかの発射口からマナが射出される。
最初のうちはゆっくりと、回避もそこまで難しくはない。
これは秘密の修行ゆえ、マナにぶつかるわけにはいかないのだ。
ぶつかると痕になって、母様にはまず間違いなくバレる。
兄様は……俺みたいな無才には興味ないだろうし、問題ないだろう。
「……次!」
しばらくすると、発射されるマナの数と速度が増える。
俺はそれを、身を捻ったり横に飛んだり。
ときには糸を足場にして回避していく。
我ながら、結構な身のこなしだ。
この世界は少年漫画の世界であり、強者は人間離れした身体能力を有している。
そうでなくとも、俺みたいな子どもすらマナが体に宿っていれば、かなりの能力を発揮できるのだ。
マナを持たない大の大人に囲まれても、今の俺ですら負けることはないだろう。
「まだまだ……!」
――さて、俺が修行を急ぐ理由はもう一つある。
原作において発生しうるイベントが、割と近くに迫っているからだ。
この世界は少年漫画の世界。
世界の危機は比較的身近にあり、常に多くの魔祓師が“魔人”と戦っている。
原作における大きなイベントは、今から十年後くらいに発生する“大崩壊”に固まっているのだけど。
それ以外にも、色々と細々としたイベントは発生する。
それは俺が生まれた“百鬼家”も例外ではないのだ。
具体的に言うと――
「――――セオ、そこで何をしているのだ!?」
――――一瞬、思考が真っ白になる。
突如としてかけられた、家にいないはずの父様の声。
「セオ!」
更に声を掛けられて、即座に冷静さを取り戻すものの。
このままでは、周囲から迫るマナに激突してしまう。
それはまずい、すでにこの状況を見られただけでもまずいのに。
――慌てて、体のマナを活性化させて身体能力を上げる。
迫りくるマナのいくつかをマナをまとわせた手刀で弾き、残りは回避によってやり過ごした。
すべてのマナを捌き切ると、余裕が生まれる。
俺は慌ててマナをかき消して、父様の方を向く。
「と、父様」
「これは一体……どういうことだ。セオ、お前がこれをやったのか」
父様。
百鬼家の現当主で、厳しそうな雰囲気の男性だ。
――この人は、原作の登場人物である。
原作では、この作品の超重要人物である兄様に虐待まがいの特訓をさせていたシーンが印象的だ。
現在はまだ兄様にそういった修行は課していないものの。
仕事でほとんど家に帰ってこず、家族として俺が会話をしたことが
そんな父様に言い訳をするのは、あまりにも気が進まない。
しかし、やらないわけにもいかないだろう。
「こ、これはその……わ、私も兄様に負けない魔祓師になりたかったのです。マナを鍛えて、いずれは兄様くらいのマナを手に入れられれば……と」
「それは……」
俺は、おずおずと父様を見る。
俺にとっての父様の印象は、この後俺を叱るか褒めるか、どちらかだ。
“そんな無駄なことをするな”と叱るか、“それでこそ百鬼の人間だ”と、どこか兄様に対する嫉妬を感じさせる称賛を送るか。
その、どちらか。
しかし――
「だからといって、こんな無茶をするな、セオ。それでお前が怪我をしたらどうする」
父様は、俺を優しく諭すように――父として当たり前のことを、俺に言った。
――そう、そうなのだ。
俺の知っている原作の父様と、今の父様はあまりにもかけ離れている。
まるで、
「申し訳ありません、父様」
「ああでも、マナを鍛えようと思うこと自体は悪いことではない。少しずつ、焦らずに鍛えていこう。いいな、セオ」
「はい、父様」
――そうして、話は終わる。
いや、正確にはこの後もう一度話す場を設けて、そこでもう一度親子として今後のことを話そう、と諭されるのだが。
あまりにも、父として当然で立派な姿だ。
これ自体は、俺も前々から感じていたことである。
今の父は原作の父と違って、尊敬できる素晴らしい父だ……と。
これこそが、俺がこの世界に感じている違和感。
原作を全巻読破したはずの俺が、どういうわけか知らない情報。
まるで、それは――
俺が死んだ後に、続編かなにかが始まったかのような。
そんな、違和感。
たとえば、原作者先生による正当な続編や、本編以外のサイドストーリーなどを補完するソシャゲなど。
俺が知らない原作が、俺の死んだ後に展開された結果。
この世界は、俺の知らない世界になっているのではないか。
そう、感じずにはいられない。
だとしたら、ああ。
俺はどうして、それを堪能する前に死んでしまったんだ――!
+
――セオの父親は戦慄していた。
先程の光景、
五歳の子供がマナを扱う、それはまぁいい。
いや、全く良くないが、
だが、いくらルトだからって、あのような過酷な修行を五歳で始めたりはしない。
一般的に、魔祓師が修行を始めるのはマナによる身体強化が完璧になってからだ。
しかしセオは、まだ身体強化が完璧ではない。
そんな状態で自分の放ったマナを回避するという訓練をするなど普通ではないのである。
一応、そういった修行を行う連中はいる。
だが、奴らと魔祓師の間に交流はなく、一体どこからセオはこの修行法を思いついたのか。
異常、としかいいようがない。
なにより、それによってセオはある程度の成果を出しているのだ。
先程父親がセオのやっていることを咎めた時、セオは驚愕から意識を逸らしていた。
その状態からマナをまとわせた手刀と回避でマナの弾丸を捌き切ったのだ。
とても五歳の子供ができることではない。
――はっきり言って、セオに才能はない。
兄であるルトのような圧倒的なまでの才能は、どこにも。
しかしセオには、五歳にしてこのような修行を行って成果を出せる異常性がある。
だから父親は思ってしまうのだ。
セオならば、あの
本来なら、もっときちんと叱ってセオを止めるべきだというのに、そう考えたらセオを強く責めることはできなかった。
原作では、父は妻を失うことでおかしくなり、ルトに強い嫉妬を覚えるようになる。
今はまだ妻を失っていないがために、父のルトに対する嫉妬はそこまで強くない。
それでも、セオというまた別の規格外に対する羨望と期待が、父の脳を破壊しようとしていた。
――これは、大好きだった少年漫画に転生したオタクが、存在しているらしい続編の詳細を知りたがったり、襲いかかる知らない原作に頭を悩ませたり。
そんなセオの転生者特有のムーブに、脳を破壊されたり、ドン引きしたり、勘違いをしたりする人々の物語。