サトリは苛立っていた。
ここ最近、うまくいかないことばかりだ。
長年自分を追いかけていた魔祓師の弱点を見つけ、ようやくあの男を排除できると判断しサトリは行動を起こした。
しかしその途中、マナを集めるための分体からおかしなものを読み取ってしまう。
それは異常としか言えない女の精神だった。
齢十に届くかという年頃の小娘だ、適当に分体を植え付けてマナを集めようとしたのだが――
その精神は、深淵としか言いようがないものだった。
何だアレは、一体何を思えばあんな精神になってしまうのだ。
理解できない、理解できないということは何よりも恐ろしいことである。
相手の心を読めるサトリにとって、人の心などおもちゃも同然。
――おもちゃでなければならないのだ。
故に、理解できないモノに対してサトリは恐怖を覚える性質を持ち、そういった恐怖はサトリを傷つけるのだ。
精神とマナが直結しているがゆえの弱点である。
結果として、サトリは宿敵である男の弱点を突くことに失敗していた。
そんな深淵を見たことによるダメージが癒えた頃、サトリは上司である七大魔人から突然命令を受けた。
内容は「悪路王の死を調査しろ」というもの。
おかしな命令だ。
悪路王はサトリとは別派閥の魔人であり、討伐されたのは数年前である。
であれば、何のために?
普通は疑問を抱いてしかるべきその命令を
上司の命令は絶対なのだから、当然だろう、と。
しかしそれでも、正直気は乗らない。
なにせあの辺りには例の頭のおかしい女がいる。
とりあえず、悪路王が狙っていたのは百鬼ルトという子供だという。
将来的に障害になるかもしれない天才だそうだ。
――しかし、調査したところルトは非常につまらない男だった。
天才であるにも拘らず、精神が完成しすぎているのだ。
こういう天才は、傲慢で周囲を見下していなければならない。
その方が、精神を読んでいて面白いのに、もったいない話である。
なので、サトリはルトの内面を表層だけ読んで満足し――幸運にもその奥にある真相を知らずに済み――ルトの周囲を攻撃することにした。
しかしここで、問題が発生したのである。
妨害を受けたのだ。
分体が妨害を受けるのは、別におかしなことではない。
しかし妨害の方法が最悪だった。
あの頭のおかしい女の精神としか思えない深淵を見せられたのである。
そのたびに、過去のトラウマが蘇ったサトリは分体を吐き出してしまい、それが捕まって討伐された。
最終的には、その深淵が入った箱を百鬼と瀬戸場の守護領域全域に配置され、サトリは詰んだ。
どうしろっていうんだあんなモノ!
あんなモノ配置して、魔祓師は何をしたいんだよ!
ここまでの度重なるメンタルダメージにより、弱りきったサトリは引きこもることにした。
普通ならば絶対に見つからない結界の中に引きこもり、精神を癒やすことにしたのだ。
もう上司の命令も知ったことではない……と思っていたのだが、どういうわけかメンタルが回復しない。
体調が芳しくないまま、戻らないのだ。
人の心が一度壊れたらもう二度と戻らないことはサトリも重々承知しているが、魔人はそんな軟ではない。
しかし実際に、サトリの精神は一向に回復しないのである。
それどころか、どこからか誰かに視られているような気すらしていて、心がまったく休まらない。
気のせいだ、気のせいだと言い聞かせてなんとか休もうとしても、一向にその気配はなくならず、逆に憔悴していく一方だった。
――もしここでサトリと接触する魔人がいれば、マナを吸い取られていることを理解できただろう。
しかしサトリにとってマナとは精神とイコールであり、誰も入ってこられない空間に引きこもってしまったことで指摘する魔人もやってくることはなかった。
更に悪いことに、引きこもったことで下手人がサトリを見つけられなくなり、マナが吸い取られ続けることになったのだ。
結果として、現在サトリは上級魔人程度のマナしかない。
最上級魔人とそれ未満の魔人の間には絶対的なマナ総量の壁があるのだが、それを突き抜けてしまったのである。
結局、いよいよもって最悪の体調をなんとかすべく、サトリは行動を起こすことにした。
方法は単純、放置していた自分を追いかけていた魔祓師の弱点――その娘を捕まえてこの空間に引きずり込み、いたぶることである。
+
「いや! 離して!」
『――しゃはははは、離すわけないのさ! いいな、いい! 人の精神とはやはりこれくらい脆弱であるべきなのさ!』
ここ最近の不調が嘘のように、サトリは調子に乗っていた。
眼の前には、十歳かそこらの少女がいる。
燃えるような赤髪が特徴的な、凛とした瞳の少女だ。
それが、髪を捕まれジタバタと暴れている。
それを視るだけで、サトリは一気に自身のメンタルが持ち直すのを感じていた。
当然だ、そもそもこれはメンタルのダメージではなくマナを奪われているだけなのだから。
『どうだい、苦しいかい、辛いかい? しゃははは! 言わずともいい、わかっているのさ、お前の心はもう折れかかっているのさ!』
「サトリ……最上級魔人のサトリ……母上の敵! 貴方なんか、父上が絶対に退治してくれる!」
『強がるけど、意味はないのさ。あの男は絶対ここへ助けになんて来ないのさ。なぜならここは、このサトリが作り上げた精神空間だからさ!』
この子供は、まだ子供でありながら随分と強がっている。
気丈であり、頑強な精神だ。
だが、内心はすでにもう殆ど崩壊状態にあり、この虚勢もろうそくが燃え尽きる最後の灯火に過ぎない。
サトリはもはや、この子どもの精神をいかに美味しく平らげるか、ということしか頭になかった。
『サトリはマナを切り離せるのさ。そしてサトリにとってマナとは精神! 切り離したマナの中に隠れれば、誰もサトリを見つけることはできない!』
「それでも父上なら……父上、なら……!」
『お前、さっきから、それしか言えなくなってるのさ。そもそも、仮に見つけられるならあの男はサトリを何度も何度も取り逃がしていないんじゃないのさ!?』
――サトリにとっても、あの男は忌々しい男だ。
どれだけ心を読んで隙をついても、すぐに立ち上がってくる。
ついには支えだったはずの妻を殺しても心が折れなかったことで、サトリはあの男の理解を諦めた。
頭のおかしい深淵女と同じ位置に置いたのだ。
実際には順序が逆だが。
『だいたいあの男は、お前の存在をサトリの前から隠しきっていたのさ。アレほど戦闘を繰り返しても、一度もお前のことを考えなかったのさ!』
「それは、父上が私を守るため、に――」
『――実は、そうじゃないかもしれないのさ』
そして、サトリはこの小娘の殺し方を決めた。
ニイ、と思わず笑みがあふれる。
『あの男は、お前の母親のことは戦場で考えたことがあるのさ。それだけ大事だったんだろうさ。でも、お前はない……これは少しおかしいのさ』
「な、なに、を……」
『実はお前――父親から疎まれてたんじゃないのさ?』
「ち、違う!」
少女の中に、疑念が生まれた。
――捕まえた、サトリは内心でほくそ笑む。
『お前のことをサトリが知ったのは、お前の父親の部下がお前のことを考えたからなのさ。その時確かに、お前の父親はこう考えた――』
「や、やめて――」
――サトリには、悪癖がある。
自分の勝利を確信した時、相手の心を読んで、その心を折るという悪癖が。
すでに状況は決定的、ここからどうやっても相手が逆転することはない、そう確信した時にサトリは相手の心を折ろうと言葉を弄する。
ある意味でこれこそ、サトリが「覚」たる所以だろう。
サトリからしてみればそれは食事と同じ、必要なことなのだから他人にとやかく言われる筋合いはないのだ。
しかし――そういった無駄な行動は、戦場において致命的な隙となる。
とはいえ今回は、サトリ自身のメンタルダメージ回復が目的、食事のために殺しているのだから、責められるような隙とは言えないだろうが――
『余計なこ――――』
「う、おおおおおおおおおおおおっ!」
――その隙がなければ、
突如としてサトリの精神空間に出現した少年は、サトリの体を踏みつける。
驚愕と衝撃で、思わずサトリは少女から手を離し――直後、少年の追撃が入った。
手にした刀が、サトリの体を切り裂いたのである。
『な、が、あああああ!?』
「う、うまく行った……転移の際にあれだけ揺れるとは思わなかったが……」
サトリは、眼の前で理由のわからないことをぶつぶつ呟く少年に視線を向ける。
なんだ、なんだ、なんだこいつは――!?
「それにしてもこの子は……髪色と顔立ちからして……娘か? またそういう……」
『なんなのさ、お前は……! 一体何者なのさ!』
少年は、ちらりと視線を足元で倒れる少女に向ける。
少しだけ頬を掻いてから、少女を抱えて刀を構え直す。
そして――
「――俺はセオ。百鬼セオ。お前をこれから、倒す男だ」
『お前、お前……!』
サトリは、眼の前で起きる”ありえないこと”に激怒し叫んだ。
『なぜ、
ありえないことだ。
あってはならないことだ。
だが、それ以前におかしなことがある。
この男は――このガキは――
『そもそも! なぜそんなおかしな格好をしている!』
なぜ、やたらと装飾が華美なタキシードのような服を着ている――!
いきなり出てきた女の子の話とかしましたが、これは前フリとサトリのキャラ建てのためなので今はスルーして大丈夫です。
ここからはセオタード仮面様の無法をお楽しみください。