――サトリは、百鬼セオを認識していなかった。
理由はいくつか存在する。
一つはこの百鬼セオがあの忌々しい女の側にいることが多かったこと。
サトリは今回の件において全力であの女から眼をそらしていた。
結果として、その近くにいるセオのことからも目を逸らしていたのだ。
もう一つはセオがサトリの視界に入る時、たいてい例の触手を持っていたから。
視界に入れた途端に発狂してたら、セオのことを認識できるわけないのである。
そして、何より――
サトリにとって、セオは才能のない凡人、塵芥に過ぎない。
無論、そういった塵芥の心を弄ぶのはサトリの最も得意とするところなのだが。
それ故に、
偶然視界に入れない限り、サトリはセオに注目しない。
ある意味でそれは、ごくごく自然なことだった。
なにせサトリは、最上級魔人なのだから。
それが――
『――なぜ!』
刃と拳がぶつかり合う。
『――――なぜなのさ!』
拮抗したそれらは、やがて互いが互いを弾きあった。
すなわち――互角。
『なぜこのサトリが、お前みたいな塵芥と拮抗しているのさッ!!』
ありえないことだった。
サトリは最上級魔人。
対してセオのマナは、中級魔人に勝てないほどの量しか存在しない。
どうやら奴のあのおかしな衣服は魔祓刃で作られているらしく、その身体能力はかなり強化されているようだ。
しかしそれでも、やつが相手取れるのは上級魔人がせいぜい。
自分が――最上級魔人が遅れを取るわけがない!
「教えるわけ……ないだろ!」
『くそくそくそッ! 心を読めないのも不可解なのに、お前の強さもまた不可解なのさ! 何なのさ、お前!』
「言っただろ、これからお前を倒すんだ――ってな!」
セオは片手で少女を抱えながら戦っている。
少女はすでに意識を失っていて――セオが乱入したタイミングで気を失ったようだ。
それでもなお、セオとサトリは互角。
否、出力で言えばサトリの方が勝っているはずだ。
なのに――
『こっちの攻撃手段が、ことごとく読まれてるのさ!?』
まるで、鏡を相手にしているかのようだ。
普段の自分がやっているような、こちらのすべてを理解しているかのような戦い方。
そんな戦い方をするものだから、サトリはなおのこと眼の前の塵芥に苛立ちを覚えてしまう。
セオの戦い方は、刀を中心にしつつも光弾で牽制を行うスタイルだ。
まず、光弾は脅威ではない。
威力があまりに低すぎるのだ。
それでも的確にこちらの動きを止めるべく放ってくる。
当たれば一瞬でも動きが鈍り、それは戦闘において無視できない隙だ。
そこに、無視できない威力の刀が迫ってくるとくれば、厄介極まりない。
何より厄介なのは、心が読めないこと。
おそらくは魔祓刃によるものだろう。
しかし、心を読ませない”だけ”の魔祓刃なんてもの、わざわざ開発するのはどうかしている。
特に目の前の男は明らかに才能がない、だとしたらこの魔祓刃と光弾を習得するので精一杯だろう。
完全に、サトリを殺すためだけに魔祓師としての人生を費やしたのだ。
――何がそこまでさせるというのだ?
こいつも、あの女のように何かがおかしいのではないか?
まぁ、実際には「具現化で精神に壁を作る」なんていうもっとおかしなナニかなのだが。
サトリがそれを知るよしはないのであった。
『本当に面倒なのさ! けど――!』
――厄介な相手だ。
理解できない手段でこの場所に入り込み、理解できない手段で心を閉ざしサトリ相手に互角に立ち向かった。
結局なぜ互角に立ち回れたのか、サトリには理由を突き止めることはできなかったが。
理由を突き止める必要も、もうすぐ無くなる。
『お前、本当に才能なさ過ぎなのさ! ――もうマナが切れそうじゃないか!!』
サトリは、笑みを浮かべて一気にセオとの距離を詰めた。
こうすると、本来ならばセオは光弾で牽制を入れてから防御する。
しかし――牽制の光弾は飛んでこない。
サトリの読み通りだ。
「ちっ……!」
『ここまでなのさ――!』
そしてこの牽制がなくなるだけでも、サトリとセオの膠着は一気に崩れる!
なんとか刀でサトリの拳を受けようとするも、セオは少しずつ劣勢に追い込まれ――ついには首根っこを掴まれる。
『捕まえた!』
「ぐ、……!」
『どれだけ理解のできないことをしていてもッ! 所詮はッ! ただの魔祓師なのさ! 特別なものなんて何も無い! 無能のッ! ガキなのさ!』
「が、ぁ! ぐっ、おっ……!」
――勝った。
サトリは勝利を確信した。
刀を弾き飛ばし、何度かセオのみぞおちに蹴りを叩き込む。
そのたびに、セオの口からはうめき声が漏れた。
『その年で、サトリを倒すためだけの魔祓刃を作り上げて、どういう理屈かは知らないけどこの空間に乗り込んできたのは褒めてやるのさ! でも、うぬぼれていたのさ、お前は!』
「……っ」
『勝てるつもりでいたのさ!? サトリは最上級魔人、選ばれた存在! お前みたいな塵芥とは違うのさ! 決定的に! 存在の格が!』
そして、サトリが勝利を確信した理由は、物理的な優位だけではない。
セオの体に直接触れたというのも、理由として大きいのだ。
心が読めなくとも、それを魔祓刃に阻まれているだけなら――直接触れればサトリはその魔祓刃に干渉できる。
なにせサトリはマナを介して精神に干渉する。
同じように、マナを介してマナを干渉することもできるのだから。
故に、勝ち誇ったサトリは――
「……お前、心が……読め、ないと……煽りのキレが……カスみたいに……なる、んだな」
『このガキィ!』
――図星を突かれて、キレた。
怒りに任せて、セオの魔祓刃の解体を開始した。
「う、おっ!」
『これでわからせてやるのさ! 心を読めないように魔祓刃を開発したんだろう!? けど、サトリはマナに干渉できる! 相手に直接触れればサトリの”魔装”がお前の魔祓刃を解体するのさ!』
「ぐ……!」
サトリから、光が漏れる。
魔装を起動する兆候だ――!
『詳らかに開け! ”
途端、その光がサトリの体を覆い、鎧のようになる。
サトリの魔装は、触れている相手のマナを自由に操作する能力。
これにより、相手の魔祓刃の効果を改竄することも、消去することも自由自在だ。
まず最初にするのは、この男の体を覆うおかしな衣服と武器の消去――をしようとして、何故かサトリは凄まじく嫌な予感がして、それを止めた。
なぜかはわからないが、猛烈にこれを消すのはまずい気がする。
なので、気を取り直してサトリはセオの心を覗くことに決めた。
『しゃはははは! お前みたいな無能の中を解体するのが、サトリにとっては最も至福の瞬間なのさ――!』
かくして、サトリはセオの魔祓刃を解体し――直後。
「――まぁ、お前ならそうするよな」
セオが鋭い視線を、サトリに向ける。
なんだ? この状況で、一体なぜそうも余裕な態度を取れる?
サトリは理解ができない。
否、――理解する余裕すらなかった。
突如として、サトリの精神が
『ぬ、あ!? あ!? ああ!? ぬ、あ!? あああああああああああああああああ!?』
理解、理解できない、できない、理解。理解理解理解、できないできないできない!
サトリの脳内を、意味不明な思考が駆け巡る。
脳みそを直接ミキサーにかけられたかのような異様な感覚!
思考の中に、別の思考がぶち込まれたかのような、おぞましい何かがサトリの脳内で巻き起こされている……!
何が、起きているのか。
理解を許さない、めちゃくちゃな思考の中に何かが混ざり込んでくる。
それは――
”具現化による心の壁の本質は、
人の、思考?
考えられるとすれば、今、自分が心を読んでいるとしたら、それは間違いなく眼の前のセオ以外に存在しない。
そして、この男は何を言っている?
具現化で概念を具現化する? ありえない。
具現化の魔祓刃はサトリも知っている。
主に、武器を使うタイプの魔祓師が、どこでも武器を使えるようにするために習得する汎用の魔祓刃だ。
決して、概念などという理解できないモノを習得するおかしな魔祓刃ではない。
そもそもこの男は、一体何をしたというのだ――!?
”サトリが心を読むためにマナを相手とつなげる必要がある。覚胎心象ならなおさらだ。”
――サトリの魔装について知っている?
使う時は、確実に相手を殺せる時だけだ。
これまで使った相手は、確実に殺してきた。
こいつは――
”心を読まれないための最大の対策は心に壁を作ることだが、もしそれが突破されたらどうすればいい? 答えは……簡単だ。”
――こいつは、一体なにものだ……!
「答えは……簡単だ。俺とお前のマナを、具現化によって生み出したミキサーで……かき混ぜればいい」
サトリは、百鬼セオを認識していなかった。
認識できない位置にいて、認識する価値のない存在だったからだ。
しかし、今。
サトリの精神にはセオ以外のなにものも存在しない。
困惑、怒り、唖然、あらゆるものがセオに対して向けられている。
本人の言葉が正しければ、その感情は今、
だというのに、この男は――
「さぁ、我慢比べと行こう、サトリ。このミキサーに、心が最後まで耐えられたほうが……勝者だ」
――
ミキサーと言った。
セオはサトリが自身の魔祓刃を突破すると解っていたのだ。
解ったうえで、そうさせるべく行動したのだ。
この状況は、すべてセオの手のひらの上。
サトリは今、あらゆる感情がセオに向けられている。
――恐怖という感情もまた、等しくセオへと向けられていた。
かわいそ……
サトリ戦は次回で決着です。
学園入学前の日記編も次回で最後です。